その日、僕は海沿いの浜辺で体育座りをしながら呆然と振っては去り行く波を眺めていた。
何か意味があってそこにいるわけではなかった。ただ、何もする気がおきず、かと言って部屋に篭るのも何か居心地が悪くてふと、海に行こうと思っの行動だった。
時たま、僕にはこう言う気力のない、心の冷めた状態になる時があった。こう言う心の機微は全ての人に当てはまるのかもしれないが、あまりそう言うことに聡くはない僕には預かり知らぬことであった。
それ故、世界でただ1人自分だけが度々こう言う状態になるのだと本気で思っていた。
ちなみに、授業には出ていなかった。つまりサボっていた。一度だけ授業に出なかった僕の様子を三沢君や愛理ちゃんが見にきたが、僕の様子を見て去って行った。
彼らは僕がこう言う状態の時、何を言っても心に響かず行動にも移さないことを知っているため、切羽詰まった状況でもなければ何も言って来ることはなかった。
僕にはそれがとてもありがたかった。僕は誰とも関わりたくなかったのだ。
海の向こうでは海鳥たちが飛んでいるのが見えた。彼らは島から島へと渡っていくのだろうか。その生活は刺激的なものなのだろうかと海鳥の生態などよく知らない僕は頭の中で海を渡り、見知らぬ島へゆき、そしてまた果てない海を行く。そんな海鳥の姿を空想した。
空想しながら海鳥が渡った先、その先の故郷を想いノスタルジーに浸っていた。そして、僕は海の向こうにある昔の友人たちは今頃何をしているのだろうと思った。
今頃、皆と同じように授業を受けているのだろうか。それとも僕と同じようにサボるなんてことをしているのかもしれない。僕はお仲間でもいて欲しいのかと自嘲して忍び笑いをした。
次いで後輩の佐藤君はどうしてるのだろうと考えた。アカデミアを目指すと言っていたからやはり受験勉強に勤しんでいるのだろうか。
そうかもしれない、少なくとも僕よりはずっと真面目だから、勉強をサボったりはしないだろう。或いは大好きな仮面のことを考えたりでもしてるのだろう。
「はぁ、家に帰ろうかなあ」
僕はため息を吐きながら、するつもりもない帰郷を呟いた。そして立ち上がり、波で靴を濡らしながら浜辺を歩いた。海の冷たさと足を通っては抜けていく波が気持ちよかった。
僕はどこを目指しているわけでもなく、ただ歩いていた。目は前を向いているが心ここに在らずといった感じで、何も視界に入ってはいなかった。そうやって歩いていたせいだろう。いつのまにか誘い込まれるように僕は見知らぬ洞窟の中にいた。
洞窟は薄暗く、微かに周囲が見える程度の明かりしかなかった。背後を見ても入り口はなかった。ただ底しれない暗闇が広がっていた。
僕はそれに少しだけ恐怖を感じながらも「まあ、いいか」と普段から持ち歩いているPDAで足元を照らしながら前へと足を向けた。
洞窟の先に何があるのか、あるいは何もないかもしれないが、とりあえず見に行ってみようと冒険心に心を揺さぶられ奥へと向かうことにした。
そうすることでこの虚無に満ちた心に熱を灯せる気がしたのだ。
薄暗い洞窟を歩くのは少々苦労した。足元を照らしているとはいえ、湿っているのか滑りやすく、そして綺麗に整地されているわけではないゆえに時折りつまづきそうになったからだ。
それでもなんとか転ばずに進んで行った先──大体体感時間で20分ほどだろうか──洞窟の最奥にたどり着いた。
見た限りそこに出口はなかった。その代わりと言うのもおかしな表現だが、だだっ広い空間が広がっていた。
周囲には自然にできたのであろう細い岩の柱が立っており、その先にある天井は予測で5・6mくらいだろうか、ライトで照らせば見える程度の高さであった。
「ここがゴールか……」
僕は諦観が入り混じった気持ちを隠さずに呟いた。誰に隠す必要もないと言うのもあったが、小さな冒険がサクッと終わってしまったことが残念でたまらなかったからだ。
それから、少しだけライトで周囲を照らしたのち、何もないことを確認した僕は引き返すことに決めた。その瞬間、ライトが何かを捉えたのを僕は見た。
それをもう一度確認しようと洞窟の奥の壁面にライトを向けると、やはり見間違いではなかったようで、何かが光を反射しているのを見れた。僕は「大したものではないだろうけど、一応確認するか」とその反射した壁面へと進んだ。
それは大きな結晶だった。白く透明で透き通った結晶が前面が岩でできていた洞窟に埋まっていたのだ。僕はその自然にできたにしては不自然なほどに形の整った菱形の結晶に目を奪われながら『その中にあるもの』に興味を奪われた。
そこにはカードがあった。奇妙なことにその菱形をした結晶の中にまるで囚われているかのようにカードが入っていたのだ。
カードは裏面しか見えずその内容を確認することはできなかった。側面から見えないか回ってみてもピッタリと結晶は岩に埋まっていたため、見ることは叶わなかった。
しかし、僕はこの思いがけない発見に酷く高揚した。好奇心がくすぐられて仕方がなかった。まして冷めていた心からの反動か、その熱の入りようは我を失うほどあった。
そして好奇心に身を任せるがままに何とか岩壁からその結晶を取り出せないか結晶に触れた時、それは起こった──。
「──どうして……」
結晶に触れた途端、目が眩むような光が僕を襲った。そしてその光が閉じた時、僕は巨大な水槽の前に立っていた。
水槽の中では大きな鯨が多様な魚たちと共に泳いでいた。水槽をより引き立てるためだろう。通路の灯りは薄暗く、水槽を照らす濃く美しい清らかなブルーライトが水槽を一層引き立てていた。
僕は通路に誰もいないのを見渡したあと、再び水槽に目を移し何が起こったのかわからず、ポカンと口を開けて立ち尽くした。
水槽の中では変わらず鯨が悠然と泳いでいた。
僕はいつまでもこうしていても仕方がないと思い、周囲をもう一度観察した。すると、ここがどこか見覚えのある場所であることに気が付いた。
「そうだ。ここは水族館だ。確か………彩音さんとデートした時の………」
中学生の頃、同級生であった彩音さんとのデートした場所。彼女の希望で僕たちはこの水族館へやってきた。そして今僕が見ている光景と同じ、大きな鯨を眺めていたんだ。
「なら、どこかに彩音さんが──」
もしかしたらいるのかもしれない。この不可思議な現象の中で僕が振り向いた瞬間、そこには青空が広がっていた。
「………なんで?」
僕は夢でも見ているのだろうか。そう思ってしまうのも仕方ないだろう。そこはどこかの屋上だった。確かに先ほどまで暗い通路の間で水槽を眺めていたはずなのに、洞窟から水族館へと移動したように一瞬で僕は外へと移動していた。
水族館と同じように、僕以外の人はいなかった。ただ、見覚えのある場所で、白い鳥が数羽天高く飛行していくのが見えた。
屋上と外界を遮る網目状で鉄製であろうフェンスからその向こう側を眺めてみるとまた、やはり見覚えのある光景があった。
そこは町であった。僕の実家がある、3年間あくせく通った中学校の屋上から見えた風景であった。
「水族館の次は中学校の屋上か………なんだろうねこの状況は」
僕は奇妙なことに明らかに異常な事態であるにもかかわらず落ち着いていた。何故だか、危機感が持てなかったのだ。
むしろ、安らぎさえ感じていた。
少しの間、夢かとも思っていたが、そうではないと僕は一蹴した。なぜかはわからないが、これは現実であると確信を持っていたのだ。だが、そう理解しておきながら慌てふためかなかったのは、僕が鈍感であったからでも図太い性格であったからでもない。ましてや異常な事態に慣れたからでもなかった。
ただ、そこかしこから感じる空気だろうか。よくわからないが、敵意と言うものを感じなかったのだ。
どちらかと言うと親しみの方が近いのだろうか。誰かに見られていると言う視線は感じていたが、悪意を持って僕を思い出の場所に連れて行っていると言う意思を感じなかったのだ。
カーッ! っと、背後でカラスのなく声が響いた。
僕がその声に反応するように振り向くと、青空であったそらはいつの間にやら夕暮れへと変化し、周囲一帯には多数の真っ黒いカラスが整然と僕のことを見ていた。
それはゾッとするような光景であった。カラスたちを見た僕の背筋から恐怖の汗が出たのを臆病だと批判するものはいないだろう。100人が同じ光景を見れば100人が恐怖するであろう光景であった。ホラー映画さながらの光景だった。
僕が固まっていると、全てのカラスが一斉に鳴いた。耳をつんざくような声と共に一斉に羽ばたき飛び立ったカラスに思わず腕で顔を守りながら目をつぶった。
そして音が消えたのを見計らい再び目を開けた先に合った場所は──。
「今度は僕の家の前か………」
屋上の次、カラスが飛び去った先に僕が立っていた場所は僕の生家の前であった。二階建ての一軒家、築10余年の木造建築であったかな。ともかく懐かしき僕の家がそこにはあった。
だが残念ながらそこに人はいない。もうわかっていることだが、これは外観だけを真似た僕の記憶から作られた場所であった。
そして何者がこの光景を作り出しているのかはわからないが、生物を作ることはできても、人は作れないようだった。
僕は何故か飼ったことのない亀が玄関前に小さな水槽に入って置かれているのを見ながら苦笑した。
不器用な優しさがそこには感じられたのだ。目的はわからないが、僕を連れまわしている主人は僕に元気を出してほしいのだろう。
僕が軽いホームシックらしきものに罹っていると思って、友達や家族との思い出の場所を作り出しているのかもしれない。
「うん、もういいよ。そろそろ出てきてくれないか。君と話がしたいんだが………!」
僕は小さな亀を両手に抱えて撫でながら空へと叫んだ。何者がこの現象を起こしているのか気になったのもあるが、いくら僕のためを思ってのことだとしても、この幻にいつまでも付き合うと言うのは面倒だったからだ。
『……──何が悪かったのでしょう。あなたの望む世界を作ったのですが………』
「いやー何が悪いって、この世界には人がいないじゃないか。僕が望んだのは場所ではなく、思い出の人たちとの再会だよ。側だけを真似た張りぼての世界じゃあ、僕を引き留めることはできないよ」
僕が天へと叫んだ先、そこから二対の真っ白い翼をもつ、黄金の鎧を纏う女性型の天使が空間に響くような美しく女性らしい声を発しながら舞い降りてきた。
それはとても神秘的な姿であり、明らかに人のそれではないことを如実に教えてくれていた。
『人間………やはりそれが必要ですか。再現するにはもっとあなたの記憶を読み取らねばなりません。時間を貰えるなら作りますが、どうでしょう』
「その必要はないよ。このホームシックも一過性のものだからね。それに会うならリアルの人と会いたいさ。ところで君は誰か聞かせて欲しいんだけど。それから目的も」
『私はVENUS。あなた方がプラネットシリーズと呼ぶ惑星を司るカードの一枚。The splendid VENUSです。目的はあなたの保護と幸福です。そのためにあなたの記憶からこの世界を再現しました』
僕と同じ高さにまで降りてきたVENUSはそう言った。彼女の身長は僕よりも高く、VENUSの名に相応しい女神のような神々しさで僕を見下ろしていた。
「保護と幸福ね、うーん、よくわからないんだけど。僕を保護ってなんで?」
『あなたは本来必要のない使命を与えられた。そして運命も。故に我らの運命であるあなたを守る。あなた達の言葉で表現するなら呉越同舟は許さないということです!』
「あーなるほど………よくわからないけど。よくわからない理由で僕を縛ろうとしているのだけはわかった。君の意思に従わない場合、僕をどうするつもりだい」
その手に持っている杖を地面に叩きつけ強い怒りを見せるVENUSに空間も同調しているのか重低音を響かせながら地面が脈動していた。
『無論、その時は力をもってあなたに示しましょう。あなたに外の世界は厳しすぎることを!』
「力ずくか……いいね。その方がわかりやすくていい。こんな仮初の世界を作って変にアピールされるよりはずっとね! さあ、デュエルと行こうか!! 僕が勝ったら君を貰うよ!!」
脈動する世界。ひび割れていく世界で僕はデェエルディスクを構えた。理由や目的なんてどうでもいい。僕は僕の目的であるプラネットシリーズを手に入れる。
そのために守られる必要などないことを証明する!
『ああ、悲しい。しかしそれも宿命。安らぎよりも戦いを。それがデュエリストの性というのならそれに倣いましょう』
顔を掌で覆いながら悲しそうに呟いたVENUSが杖で空間にデュエルディスクを模した光を生み出しそこにデッキを置いた。
僕はそれにちょっとだけ驚きながらもデュエルディスクを構えて、デュエル開始の口上を告げた。
「「デュエル!!」」
今回の話はハッピーバースデーの前に気分が落ちた状態で書いていたので出だしが沈んでいました。そしてハッピーバースデーを知って快調しました。