水滴が落ちる音と共に僕の意識は浮上した。そしてそれに追従するように新たな雫が僕の頬に墜ちたようで冷たく形を持たないその感触が僕に完全なる覚醒を果たさせた。
「ここは………またあの場所か………たまには他の景色はないものなのかなぁ」
僕は頬に流れた水滴を腕で拭った後、起き上がって周囲を観察し、そして僅かばかりの不満と共に大きく深呼吸した。
そこは僕には見慣れた場所であった。見慣れたと言っても数えるほどしかないが、どれも印象に残っている記憶のため、その場所とそれが何者の仕業によるものかを確信するのに一瞬の時間も要する必要はなかった。
大きな湖畔にそれを取り囲む巨大な森。生物の息吹を感じさせない、どこか作り物めいた、不自然な森の中に僕はいた。陽光が差し込む木々の根を枕にしていたようで、少し前に雨でも降っていたのだろうか──この世界に天気の概念があるのかは不明だが──木の葉が湿っていた。
周囲を眺めてみると、やはりと言うべきか、奴がそこに当然のように立っていた。
憮然とした表情で見つめる僕に対して、奴は──ガガギゴは何の反応も示さず、またその口を開くこともなかった。
ただ、僕を見つめたまま直立不動で立っていた。
僕とガガギゴの間に会話は始まらなかった。お互い相手のことはわかっているのに自分から話しかけるのは何か敗けたような気持になるために、会話の口火を切ろうとは思わなかったのだ。
まるで、その沈黙に耐えられなくなった方が負けと言うような勝負をしているみたいだった。
僕は何故ここにいるのか、そしてVENUSが語ったことの真偽をガガギゴに問いただしたかったが、それを聞くのはなんだか釈然としなかった。
ガガギゴが素直に話してくれるとも思えなかったし、話してくれたとして、それが真実だったとしてもそれを素直に受け取れるほど僕は大人ではないだろうからだった。
やがて、沈黙に耐えられなくなったのか、はたまた単純にその我慢比べに付き合うのが面倒に思ったのか、ガガギゴが口を開いた。
「何のようだ」
「……はぁ!?」
ガガギゴが最初に発した言葉は僕の予想外の言葉であった。僕はてっきり、毎度の如く何か話があって僕をここに呼び出したと思っていたからだ。
それ故、奴の質問に、僕は怒りの籠った質問で返すことになった。
「お前が僕をここに呼んだんだろう!」
「違うな。いつもならそうだろうが、今回は違う。今回はお前の意思でここにやってきたのだ。聞きたいことがあるのだろう。聞いてやる。話してみろ」
それはどこまでも傲慢な言葉のようだった。奴からすれば至極当然の質問をしただけなのかも知れなかったが、僕はそのようにしか受け取れなかった。
僕は一瞬、聞きたいことなどないと踵を返したくなったが、それは大人げない子供の様な反応であり、ガガギゴからの印象をさらに貶める行為に他ならないのではないか。そう思ったので、ここに来た是非は一旦置いといて僕はVENUSから聞いたことへの疑問を口にした。
「お前も僕と一緒にいただろうから聞いていると思うけど、VENUSからお前が僕が集めているプラネットシリーズを使って何かしら企んでいると聞いた。それは本当なのか? 本当だとしたら何が狙いなんだ」
僕はガガギゴに率直に聞いた。そこに長年共に戦ってきた仲間への配慮などと呼べる優しい感情はなかった。僕は愛理ちゃんはともかく、ガガギゴに関してはさもありなんと考えていたし、こいつが何の目的もなしに僕にくっついているわけがないと思っていたからだ。
だからVENUSから話を聞いたときもガガギゴに関しては「まあそうだろうな」と言った感想を抱いて、そこに疑問は抱かなかった。
残念にも思わなかった。むしろ納得感の方が勝っており、安心感すら憶えたくらいだった。
そしてそのような疑念を抱かれたガガギゴは両腕を組んでしばし考えこんだ後、「なるほど」と納得したように頷いて答えた。
「まず、お前の誤解から解いておこう。俺はそのVENUSとやらの話を聞いていない。だから、お前がそいつから何を聞かされたのかも知らない。故に話せ、そいつからどのような戯言を吹き込まれた」
「聞いていない? そんなはずがないだろう。お前だって僕のデッキに入っているし、同じ精霊なんだからあの世界での出来事は知っているはずだろう………!」
「ふん、まずそこからか。大前提として、そのVENUSとやらはお前に俺は敵だと忠言をしたのだろう。敵だと思っているものをそう易々と自らの領界に踏み入れさせると思うのか?」
「それは…………ッ!」
僕はガガギゴの指摘に詰まり、考えた。あの世界の出来事をガガギゴは知らないと言った。それはつまり、VENUSがガガギゴにあの世界の出来事は知られたくはない故に弾いたということだ。いや、知られたくないと言うより干渉されたくないの方が適切だろうか。僕を保護することが目的であったなら、ガガギゴを警戒するVENUSがそれを許すはずがないものな。いずれにしても、警戒していたことだけは確かだ。
僕は今この世界に自分がいるのが僕自身の意思で来たと告げたガガギゴの言葉に不信を深めた。もし、この自然に囲まれた夢の世界にガガギゴの意思で連れてこられたとしたら、僕はまんまと奴の罠にかかってしまったと言うことだろう。
何故なら僕はもう奴にVENUSからガガギゴは敵だと言う助言を受けたことを話してしまったからだ。そしてその狙いも。VENUSに弾かれたというなら、その中身を知りたいと思うのは当然、それを狙いに僕を誘ったとしても可笑しな話ではない。
僕は自らの迂闊さに耐えがたい慙愧の念に襲われた。
そんな僕を見てガガギゴは何を思っているのか、或いは何も感じてはいないのかもしれない。ともかく、奴は湖の傍まで歩いて背を向けながら話始めた。
「だがまあ、理由はわかった。お前がこの世界に来た理由もな。お前は俺が敵か味方か確かめたかったのだ。そのためにこの世界にまで意識を飛ばしてきたわけだ。ご苦労なことだ。それとも殊勝な奴だと認識を改めるべきかな。お前は思っていた以上には俺のことを信用していたのだなぁ」
馬鹿にしたように口角をあげて笑うガガギゴに反して、僕は顔を赤らめながら反論した。「そんなわけがないだろう!?」と。
そしてガガギゴは真面目な顔と偽りのない真実だと言った口調で僕の疑念への回答を示した。
「勘違いされるのも怖気が走るのでこれだけは言っておくぞ。コナミ、俺はお前の味方ではない。それだけは断じて違う。俺がお前に力を貸しているのはそこに利用価値があるからだ。俺は誰の味方でもない。お前にも、エリアにもな」
「それなら、お前の目的は何なんだ。プラネットシリーズの力を使って何をするつもりなんだ」
「それを話す道理はないな。理解力のないお前のためにもう一度言ってやろう。俺はお前の味方ではないのだ。利用してやろうと考えている相手にその目的まで話す馬鹿がどこにいる。お前はただ、粛々とカードを集め、その時を待っていればいいのだ」
僕はまるで話すつもりのない様子のガガギゴに歯噛みした。こいつは断固として話すことはないだろうとわかったからだ。味方云々はともかく、仮に味方だったとしても、こいつがその内に秘めた目的を僕に打ち明けることはなかっただろう。ましてやこいつの言う通り、敵であるのなら猶更話す道理はない。まったくその通りであった。
僕はため息をついて途方に暮れた。こいつからその秘密を吐き出させるのは容易なことではない。ましてや自ら敵であると白状している以上。その難易度たるや想像もつかない。
だけどその時ふと思った。敵の敵は味方理論なら通じるのではないだろうかと。つまり、ガガギゴが言うには──その言葉を全面的に信じるのならだが──こいつは愛理ちゃんの味方ではないと言う。なら、こいつ自信の目的は置いといても、愛理ちゃんの件なら知っていることを話してくれるのではないだろうか。
それに、ここには僕とガガギゴしかいない。他の精霊はプラネットモンスターも含めていないのだろう。気配を探ってみても感じられない。もちろん確実に愛理ちゃんの仲間であると言いきれるアウスもいない。
なら、彼女について聞く絶好の機会かもしれない。
僕はそう思い、今だに湖を見下ろしているガガギゴに聞くことにした。
「ガガギゴ、お前が僕の敵なのはよ~くわかった。それはいい。だけど、それなら愛理ちゃんについてはどうなんだ。彼女については知っているのか」
「エリア………? ふむ、その質問に答えるにはまずお前がVENUSとやらから何を話されたかを知らねば答えれまい。それについて、お前は話すつもりはあるのか」
顔を半分こちらに向けて目を細めながら聞くガガギゴに僕は答えあぐねてしまった。そして、僕が回答する前にガガギゴが湖に向けて反応した。
「それより、お前もこっちに来てみたらどうだ。中々見ごたえのあるデュエルだぞ」
「………?」
僕は愛理ちゃんについて話すべきかどうかと言う思索を止めて、ガガギゴの見ているモノを見るべく湖に近づいた。
果たしてそこには2人のデュエリストがデュエルする光景が、湖に反射する形で映し出されていた。
『俺は手札からE・HERO バブルマンを守備表示で召喚!』
『私はマクロコスモスを──』
水面に映し出されている映像には十代君が白いマントと仮面をかぶったデュエリストとデュエルしていた光景であった。
「これって十代君と誰かがデュエルしているのか………」
「そうだな。そして、最後のセブンスターズでもある。見ろ、仮面をつけた方。お前の鍵を持っている」
「なんだって!?」
ガガギゴが指さす方、仮面をつけた男だろうか。声の低さからして恐らく男だとは思うが、その仮面の男の胸元には僕が所有していた鍵と同じ形状のものがかけられていた。
「どうして僕の鍵をあの男が!?」
「お前がVENUSによって意識を失った後、洞窟で横たわっていたお前から鍵を奪ったのだ。その後、人質にするつもりだったのか。それとも遊城十代を呼び寄せるつもりだったのか。意識のないお前の肉体はほれ、あそこの棺に丁重にしまわれているぞ」
ガガギゴの指が移動し、それに連動するように水面の映像も横へと動いた。そこにはまるでエジプトのミイラのように腕を交差して棺に納められている僕がいた。
その姿に目立って傷跡はなかった。むしろ、洞窟内で倒れたと言うことはその時ついていたであろう泥などは拭われて身ぎれいにしてくれたようで、僕の服や顔に汚れは見受けられなかった。
仮面の男は奇麗好きなのだろうか、それとも単にセブンスターズの中のそこまで危険ではない人物で倒れていた僕を慮ってくれたのかもしれない。
鍵を奪ったことに思うところはあるけれど、そこまで危ない事態にもなりそうにないことにほっとした。
そして、十代君がデュエルする光景を見ながら僕も決めた。
ガガギゴは敵だ。間違いなくそうだろう。さらに多少なりともこいつのことを信じていたのだろう。少しだけ傷ついた自分がいることも認める。
だが、愛理ちゃんが本当に敵なのかどうか──僕としてはそんなはずはないと信じたいが──彼女がVENUSの言う通り敵なのかどうかを確かめねば、僕としては安心して眠れそうにない。
ガガギゴが愛理ちゃんの味方ではないと言うのならそれを教えることにためらいはないはずだ。
彼女が果たして、いや、彼女だけではない。霊使い達、アウスとエリア。それにこれから出会うであろう他の霊使い達が僕の味方なのかどうかもそれでわかるだろう。
彼女たちが世界を救うためではなく、プラネットシリーズの力を利用するために近づいてきたのか。僕はそれを確かめておかなければならなかった。
そうでなければ、今後一切、心の底から愛理ちゃんたちを信じることはできないだろうからだ。愛理ちゃんの………僕へと向けてくれている恋心も──。
僕を意を決してガガギゴに聞いた。
「ガガギゴ、VENUSは愛理ちゃんもまたお前のようにプラネットシリーズの力を利用するために僕に近づいてきたと言った。世界の危機と言うのも、そのための方便だと。お前はそれが事実なのかを知っているのか」
「それを何故俺に聞く。エリアが敵なのかどうか。そこに疑問を持つなら、直接聞けばいいだろう、俺に聞かずともな。それとも怖いのか、直接聞くことが。それが事実であった時に変わるであろう関係性が。恋人ではいられなくなることが………」
ガガギゴは僕に目線を向けて答えた。そこには嘲りのような感情はなく、ただ確認作業をするような淡々とした感情が乗っていた。
「そうだね。僕は直接聞くことが怖い。それを恐れている。不信を抱き、それを直接彼女に確認したことで愛理ちゃんとの関係にひびが入るのが、とても怖い。だからお前に聞く。そしてその結果がどうであれ、その後のことはその時考えたいと思っているよ」
「俺が嘘をつく可能性もあるだろう。仮にエリアに聞いても否定されるのがオチであろうが。何をもって俺の言葉を信じるつもりだ」
「デュエルで」
ガガギゴの問いに僕は間髪を入れずに答えた。そこに迷いはなかった。
「ほう、デュエルか。俺と戦うつもりか。今度は子供の頃のような生易しいデュエルにはしてやらんぞ」
「構わない。ただその代わり、僕が勝ったら愛理ちゃんについてお前の知っていることを偽ることなく教えてくれ。多くは望まない。ただ、彼女が敵なのかどうかだけは真実を……」
「いいだろう。お前が勝てたらそれを答えてやる。だがその代わり、俺が勝ったら何を差し出す。お前の要求を答えてやるのだ。当然、敗けた際のリスクも考えているのだろうな」
「僕が敗けたら、お前のためにプラネットシリーズの力を使ってやる。それが望みなんだろう」
僕がそう言うと、ガガギゴが僕から離れた。そして腕を前に出したかと思うと、そこに乳白色の光の泡が集まり、デュエルディスクを生みだされた。
それを了承と受け取り、僕もまた、心に念じてデュエルディスクを左腕に生み出した。
「では始めようか」
「うん」
お互いを見た僕らは、デュエルの準備ができたことを確認できたことを知った。そして小学生以来のガガギゴとのデュエルが始まった。
「「デュエル!!」」
毎回どんな理屈つけてデェエルに持ち込もうか考えるのがちょっとめんどい。