「く……くくく。俺の負けか……」
意識のみが存在している夢の世界。その世界で行われた僕とガガギゴのデュエルは僕の勝利で終わった。
デュエルダメージが痛みとしてプレイヤーにも与えられるデュエルだったためだろう、ガガギゴは膝をつき肩で激しく息をしている。
僕も同様、できれば倒れ込みたいほどに疲れていたが、ガガギゴのように立っていられないほどではなかった。
「ガガギゴ、デュエルは僕の勝ちだ。そして、今のデュエルで僕は確信したぞ。ガガギゴ、お前は僕には勝てない! プラネットシリーズのことは諦めろ!!」
「ぐっ…く、くくく。言うようになったじゃあないか、あの死と敗北に恐れ泣いていた小僧が」
「あの時とは違う。僕はもう恐れてはいない。死ぬこともデュエルに負けることにも!」
「ぬかしやがる。だがいいだろう。吠えるは勝者の特権だ。その大言壮語、今は受け取ってやる」
恐れなどないと言い切った僕を昔と変わらぬ嘲るような目で見ながらガガギゴはゆらりとふらつきながら立ち上がった。
その姿に元気はない。立ち上がり立っておくだけでも厳しいであろうことが見てとれた。
「ガガギゴ、さあ答えてもらおうか。愛理ちゃんについてお前の知っていることを!」
「ハァ………ハァ……その前に、一応聞いておこうか。それを知ったとして、お前はどうするつもりなのだ。仮にエリアが敵だったとして、お前はあの女と戦えるのか?」
愛理ちゃんが敵だった場合か……。僕ガガギゴの問いに少しだけ考えて、そしていくら考えても恐らく変わらないと言えることを答えた。
「僕は……愛理ちゃんが敵だったとして、僕を利用するために近づいていたとするなら、僕は一度きちんと話がしたい。僕はプラネットシリーズがすごい力を持っていて、それが全て集まるとなにか物凄いことができるんだろうってことは知っている。だけど、それで何がしたいのかを僕は知らない。だから、愛理ちゃんの目的が他人を傷つけたりするようなものでないなら、その力で叶えてあげたいと思っているよ」
そうだ。例え愛理ちゃんが敵だったとしても、僕が彼女を好きな気持ちは変わらない。彼女から向けられる好意が目的のための欺瞞だったとしても、僕が幸せであった事実は変わらないのだ。
だから、彼女が望むなら、それが誤った道でないのなら。僕は力になってあげたい。
「それに、僕はそんなすごい力で何かしたいことがあるわけでもないからね。好きな女の子が望むならいくらでも力になってあげたいさ」
「甘いな。甘すぎて寒気がするぞ。そんな心構えでは、いいように利用されるのがオチだ。それがわからんのかお前には」
「いや、わかってるよそんなことは。その上で、話し合いたいのさ。だからガガギゴ、教えてくれないか。彼女は僕の……」
最後まで言葉を言えない僕を睨むように見つめ、愚かだなと深いため息をついた後、ガガギゴは愛理ちゃんについて答えた。
「エリアは、潜在的な意味合いでの敵だ。あの女がどこまでそれを認識できているかはわからんがな」
「潜在的な……敵? それは一体どういう意味なんだ…………」
僕は訝し気にガガギゴに問い返した。敵………というのはわかるが、潜在的と言う言葉をつけた理由がわからなかったからだ。
「あの女は、いやエリアか。エリアは本人が自覚しているかは別として、勇者を探すと言うお題目の元この世界へと転生させた大賢者と呼ばれる者の操り人形にすぎないと言うことだ。つまり、大賢者がお前からプラネットモンスターたちを奪えと指示を出せば迷うことなく実行するだろう。そこに奴自身の意思や好意が介在する余地はない」
僕はガガギゴの言葉に一瞬、理解することを拒むように呆けた。そして、沸き上がる悪い予感を拒むように口を開いた。
「愛理ちゃんが………操り人形………。で、でも、彼女は水霊使いエリアって精霊で…………!」
「そうだ。あの女に宿っているのは精霊の魂だ。まごうことなきな。そこは疑いようがない。だが、そこは重要ではない。奴らは魔法使い、そしてそれを纏める大賢者の力なら魂に細工をすることぐらい容易いだろうよ。ましてや未熟な魔法使いの子供などなぁ」
愛理ちゃんの………いや、この場合エリアの魂と言うのが正解なのかな。どちらでも同じことだけど、それに細工されているかもしれない。ガガギゴがほのかに嫌悪をその顔に浮かべながら告げたその言葉は僕には俄かには信じがたい内容だった。
違うな、信じたくないだけか。僕は、愛理ちゃんが敵になると言う事態など来ないと信じたかったのだ。だけど、デュエルで敗北したガガギゴが嘘を言うとも思えない。
恐らく、少なくとも、ガガギゴが認識している限りでは、愛理ちゃんは僕の敵になると言うのは確実なことなのだろう。
それをVENUSも感じたのだろう。だから、彼女のことを敵だと忠告したのだ。
「ガガギゴ、素朴な疑問なんだけど、どうして君はそんなことがわかるんだ。VENUSは、まあ星の化身のような強大な力を持っているからって納得できないこともないけど。君は普通の精霊だろう。それとも、精霊ってのはどいつも他人の魂の状態がわかるようなやつらなのか?」
「精霊にそんな力はない。俺がそれを知っているのは曲がりなりにもあの女と契約していた過去があるからだ」
契約…………そうか、ギゴバイトの頃のか。そう言えばエリアのカードだと一緒にいるものな。それ関係でか。もしかして愛理ちゃんと出会うのとほぼ同時に僕のデッキにこいつが宿ったのもこいつとエリアの幼少期の関係が関わつているのか………?
「まあいいか。それよりそのことをアウスは………他の霊使いは知っているのか」
「さあな。そこまで俺は関係が深くはないからな。だが、それを確認するのなら気を付けることだ。奴らがそれを知っているなら、それはすぐに大賢者の元へと伝わるだろうからな」
「ぐっ、そうか。それを確かめるのは難しいか…………」
愛理ちゃんがプラネットモンスターの力を使ってしたいことがあるなら協力するのはやぶさかではなかったんだけど、推定彼女を操っているらしい大賢者とやらが求めているなら話は別だ。
僕は何とかして愛理ちゃんを開放する方向へ話を進めないといけない。
そしてアウスやこれから来る霊使いの皆が愛理ちゃんの味方なのか、それとも何も知らずに来ただけで僕の味方をしてくれるのかはわからない。直接聞くのは悪手だ。最悪、愛理ちゃんを盾に僕に命令してきても不思議じゃないだろう。魂に細工するようなことをするんだ。大賢者とやらが何をしてきても不思議じゃない。
僕は会ったこともない大賢者のことを思い、歯噛みした。何をどうすればいいか妙案がまるで思い浮かばなかった。
「ガガギゴ、何か方法は──」
僕がガガギゴに愛理ちゃんを助ける方法を聞かんとしたとき、森全体を揺るがすような轟音が鳴りひびいた。それは何かを叩きつけたような音であった。
それは都合3度鳴りひびき、一度目で森が騒めくほどの暴風が吹き荒れた。二度目は立っていられないほどの地震が起こり、僕は両手を地面について体勢を保つのがせいぜいだった。そして三度目の轟音が鳴りひびいたとき、空がガラスのように割れた──。
「あれは──」
「くく、どうやら時間切れのようだな。お前のお迎えが来たようだ」
割れた空、そこから杖の先端が覗き、そしてゆっくりと宙に浮きながら黄金の鎧と杖を持った天使であり女神でもあるVENUSの存在が僕たちの存在を見下ろしていた。
「VENUS…………!?」
『ああ、コナミ。ようやく見つけました。さあこの世界から出ましょう。そのようなトカゲとは関わるべきではないのですから』
VENUSは杖を僕へと向けると、有無を言わせずにその先端から放たれた光の泡が僕を包み込みゆっくりとではあったが宙へと浮かび上がらせた。
僕は直感的にすぐにでもガガギゴに問いかけなければならないと悟った。僕を包む泡が頑強でとても割ることはできなかったからだ。そしてそれゆえに抗うこともできずにこの世界から目を覚ますだろうとわかったのだ。
「ガガギゴ、最後に教えてくれ! 愛理ちゃんを助ける方法は!!」
そんな僕を見ながらガガギゴは何を語ることもなく宙へと上がっていく僕を見守っていた。そこには回答への明確なる拒絶が示されていた。
だが、最後に僕がVENUSと同じ高さまで昇った時、閉じていた口が開いた。
「俺がお前と約束したのはエリアが敵かどうかまでだ。それ以上のことは約束していない。その先は自分で見つけることだな」
その言葉は僕が期待するような言葉ではなかった。そして、その言葉を聞いた直後、VENUSと同じ高さまで昇った僕は彼女の杖で頭をこつんと優しく突かれることでテレビを閉じるように明瞭であった意識が閉ざされるのだった。
天高く昇ったコナミがVENUSによって消えていくのを何を思うでもなく俺は見ていた。しばらくすればこの世界も霧のように消えてなくなるだろう。
この世界はあくまでもコナミの夢を介して作っているだけなのだから、目を覚ませば用もなくなる。
周囲を見渡せば木々がすでにその端々から消えて言っているのが見えた。もっと奥では恐らく霞のように大地も空間も消えて言っているだろう。俺もまた、早いことこの世界からでなければならなかった。
「それはそうと………まだなにかあるのか、VENUSとやら」
俺はそう言いやると天上から未だ見下ろしているVENUSを見やった。VENUSはコナミを現実の世界へと回帰させた後も変わらずにそこに居座っていた。
彼女が強引に叩き壊すと言う手段を取ったがゆえに空いた空間は光を一切交わらせぬ暗黒に続いていた。それを背にVENUSは一度杖を鳴らすと光を纏いながら地表まで降りてきた。
俺の目前まで降りてきたVENUSはじろりとこちらを見た後、杖を俺に突き付けて感情のこもらぬ声で言った。
『ガガギゴ、この世界でのやり取りも、これまでのマスターとの会話も、すべて私は見ました。その上で私の裁定を下します。あなたの存在は彼に有害です。あなたは彼には必要ありません』
「くく、だから消しに来たと言うわけだ。流石は星が生んだ精霊なだけはある。俺とコナミしか入れないこの世界に力づくで入ってくるとは、精霊としての格が違うな」
どこか皮肉気に笑いながら俺は献身的なまでに守ろうとするVENUSを内心で嗤った。
VENUSがその気になれば今の疲労した俺など容易く消せるだろう。デュエルならいざ知らず、単純な精霊としての力で抗うには万全な状態であったとしても非常なまでの力の差があるのがわかる。
杖を突きつけられ、抵抗しようにもその力も残っていない状況では次の一瞬に消されても可笑しくはない。目の前にいるこの女も俺と言う精霊を消すことに躊躇などしない。
それだけの力と非情差を持ち合わせながらその力をただ一心に一人の人間に注ごうとする。その愚かしさが可笑しく笑いたくて仕方がなかった。
『ガガギゴ、命乞いをするつもりはありますか。あなたのその言葉次第では助けてあげないこともありません』
「………ほう? これは意外だな。俺を殺さないと言うのか?」
『それはあなた次第ですね。さあ、答えなさい。あなたは何が目的でマスターに近づいたのです。あなたの目的如何によってはもう暫く様子を見ることも検討に入れましょう。それがマスターの利になることならば』
目的を話せば……か。それはつまり、こいつの下に迎合することと同義。それは……不愉快だな。俺は嫌な顔を隠すことなく、VENUSに対してNOを突き付けた。
「戯言をほざくなよ。俺がお前たちに降ることはない。勿論コナミにもだ」
『それが答えですね。マスターに仇なす者に慈悲は必要ありません、逝きなさい』
その言葉と共に杖の先端から無造作に、エネルギーを溜めることなく放たれた。その閃光は俺を包んで大きく余りある巨大な線上の光の集合体となって突き進み、直線上にあった木々や湖を破壊しながら突き進み続けた。
破壊によって齎されたその轟音が鳴り止んだ時、元の場所にあったものは何一つとして存在しなかった。
そこにあった全てのものが存在しないことを確認したVENUSは上げていた杖を下ろし、最後に周囲を一度見渡した後、撃ち漏らしがないことを確認するように頷き消えゆく世界に巻き込まれぬよう光の粒子となって姿を消したのだった──。
さようならガガギゴ。