アカデミア卒業生がその年最後に行う在校生に向けた卒業模範デュエル。それを明日に控え、あとはもう本番に備えて眠るだけというタイミングでベッドに潜り込んだ時、僕を呼ぶ声が聞こえた。
──クリクリ〜!
それは空気に反響して聞こえてくる何処からかの声であった。そして、今の僕にはまだ見えない姿なきものの声でもあった。
「気配は感じるのに、姿は見えない。声だけ……精霊がいるのか?」
『そっちではないよ。彼がいるのは君の机の上さ』
僕が聞こえてきた声の主はどこかとキョロキョロと部屋を見渡しながら気配を探していると、今度はそんな僕を誘導するように女の子の声が聞こえてきた。
それは以前、学園の森の深部にある滝で聞いたアウスの声であった。
「今の声、アウスなのか!?」
『ああ、ヒータのクリスタルを手にすることでようやく声が届くようになったんだね。今まで話しかけても届かなくてヤキモキしていたよ』
電気の消えた部屋の一角、そこから聞こえるどこか落ち着いた、聞くものに知性を与えるような声は間違いなくアウスその精霊の声であった。
どうやら彼女曰く、ヒータを倒し火のクリスタルを手にしたことで僕の精霊に干渉する力が増した結果、姿形を捉えることは叶わないまでも、その声、意思を察知するところまでは増幅されたとのことだ。
「アウス、姿が見えないのは残念だけど、また君と話せるのは嬉しいよ。カミューラのときも姿を見ることはできたけど一瞬だったし、落ち着いて話すこともできなかったからね」
『そうだね。あの時はそんな余裕はなかったし、とても落ち着いて話を、なんて状況ではなかったからね。こうして話せるのは僕としてもありがたい』
以前アウスの姿と声を聞いたのはカミューラの城での戦い以来だった。あの時は愛理ちゃんを守るための緊急事態であり、切羽詰まってた。その上、僕もすぐに意識を失ったからとても話なんてできる状態ではなかった。
それだけに、声だけでも聞けるほどにクリスタルの力が強まったのは嬉しかった。強いていうなら、アウスの慎ましくも落ち着きと深い知性を感じさせる姿をこの目で捉えるようになっていたらもっと嬉しかったのだけれど、それはまた今度のお楽しみということみたいだ。
一応、姿を見るだけならカードの表紙やソリッドビジョンの投影によってみることは叶うけれど、そこに彼女の意思は感じられない。
あれでは人形を見ているのと同じで、精霊が憑いていないならともかく、そこにいるはずなのに感じられないというのは寂しくもあった。
「姿は見えないけど、今後はこうして話はできるってことだよね。いやー嬉しいよ。またこうして話せるなんて」
『そうだね、まあ僕たち精霊にとって自分のマスターであるデュエリストと話せないのは珍しいことではないけれど、やはり実際話せるとなると嬉しいものだね。意思疎通ができるようになってよかったよ』
僕が不意に舞い込んだ幸福に喜びを噛み締めているように、彼女もまた喜んでくれているのがその声から伝わってきた。
そうして感動の会話をしようと続きを話そうとしていたのだが、それを遮るようにアウスと同じ女の子の呆れたような意思がこもった声が聞こえた。
そしてそれは、ごく最近聞いた、ヒータの声であった。
『おいおい、話せれて嬉しいのはわかるけどよ。今はそれより先にすることがあるんじゃないのか。お客さんが待ちぼうけくらってるぜ』
『あっ、そうだった。僕が君と話しているわけにはいかなかったね。コナミ、今君の部屋にハネクリボーが来ているんだ。何か用があると思うよ、聞いてあげてほしい』
客を待たせるんじゃないと言うヒータに諌められるように声をかけられたアウスが喜びの声をあげていた僕に来客の存在を教えてくれた。
そしてそれはどうやら遊戯さんのおかげで有名となったモンスターであるクリボーの親戚のような存在であるハネクリボーであるらしかった。
僕はアウスに促されハネクリボーがいるらしい机の方に向き直り、声をかけた。
「ハネクリボー、いったいこんな時間に何の用があってきたんだい。こんな夜も更けてきた時間に来たんだからたぶん急ぎの要件だと思うんだけど」
僕はできる限り優しく、相手を攻めている印象を与えないように努めながら話しかけた。
大事なデュエルを明日に控え、そろそろ就寝に着かないといけない時分。それを知っているかどうかはわからないが──恐らく僕の予想が当たっているなら、知っているはずだが──それによる焦りが、僕を訪ねてきた彼を攻めるような口調にさせないか不安を感じたからであった。
そうして聞いた僕の質問に対して、そのハネクリボーの返答は酷く不明瞭な回答てあった。
なにせクリクリ〜としか喋れなかったからだ。その内容が僕にわかるわけがなかった。
その上姿も見えないのでジェスチャーによる察しもできない。僕は彼の言葉に相槌をうちながら、途方に暮れた。
そんな僕を見かねたのか、横から見ていたであろうアウスとヒータが言語を話せない彼の代わりにその意思を僕に翻訳してくれた。
『コナミ、どうやら彼の主人、遊城十代君が困ったことになっているらしい。それで君を頼ってきたみたいだよ』
『そうみてえだなあ。遊城十代ってのは明日のお前のパートナーだろ。不調を来す前になんとかしてやった方がいいんじゃねえのか。こいつがわざわざ来るぐらいだ、相当なことになってるかもしれないぜ』
2人はどうやってクリクリとしか話せないハネクリボーの言葉を理解しているのか、たぶんわかるんだろうけど──同じ精霊だからなのだろうか?──どうやら僕の予想通り彼は……彼でいいんだよね。
ハネクリボーに性別があるのかはわからないけれど、ともかく彼は十代くんの持ってるハネクリボーの精霊であり、何やら僕の助けが必要な事態になっているとのことだった。
それを聞いて素知らぬ顔ができるほど冷淡ではないし、何よりパートナーの一大事となれば無関係ではいられない。
僕はハネクリボーの案内を元にそれを解決するために部屋を出て十代くんの元へと向かうことにした。
コナミが十代の元へと向かい始め寮を出た時、その相手である遊城十代はレッド寮の自室で緊張からか眠ることができず、すでに就寝に着いた翔と隼人を背後に机に向かってデッキと睨めっこしていた。
(明日はカイザーとデュエルする最後のチャンス。カイザーはめちゃ強え。その上吹雪さんまでいる。生半可なデュエルにはならねえ。後悔しないためにデッキを確認しとかねえと)
十代は本人も気づいてはいなかったが、酷いプレッシャーを感じていた。それが肉体に影響を及ぼし、睡眠を妨げていたのだ。
そして、何度も何度も、飽きることなくデッキに瑕疵はないか、もっと良い調整はないかと普段の彼には似つかわしくない行動をとっていた。
(カイザーとデュエルしたのは入学して少しした頃だったなあ。翔とタッグを組んでデュエルするために、学園最強の名を持つ翔の兄貴と戦った。その時はボロ負け、手も足も出なかった。あれから随分時間が経って俺は強くなった。今の俺なら、カイザーにだって遅れはとらないはずだ)
三幻魔を相手に大徳寺先生の力がなければ勝てなかったからかもしれないが、どうしてもカイザーに勝てるという自信が持てず、不安の影を拭いきれずにいた。
それが、彼にらしくもない相手に合わせたデッキ調整という道を取らせようとしていた。
その思考を遮るように、彼の精霊であるハネクリボーが十代に話しかけた。
──クリクリー!!
「ハネクリボー、こんな時間にどうしたんだよ。そんな声出して」
十代の周りを飛び回るハネクリボーはまるで急かすように彼を外へと出るように促していた。
それに悪いけど遊んでる暇はないんだと十代は言いたがったが、外から感じた気配が、正確にはドアをすり抜けるように部屋の中を覗いて出てくるようにジェスチャーしてきた霊使いのヒータの存在が彼に何事かと外へ出る選択を取らせた。
そして、背後で眠る翔と隼人を起こさないようにそっと、ドアを開けるのだった──。
部屋から出てきた彼の姿を見た時、なるほどと、僕はハネクリボーがわざわざ遠いラーイエローの僕の部屋まで来て僕を呼んだのかを悟った。
十代君が正常な状態ではないことがすぐにわかったのだ。
と言っても、特別体調が悪そうとか、機嫌が悪そうとかそういうわかりやすいものではなかったが、なんとなく、その雰囲気が硬く締め付けられていると感じたのだ。
「コナミじゃないか、こんな時間にどうしたんだ。それにさっきのヒータはどこに行ったんだ……?」
「十代くん、ちょっと今からいいかな。デッキを持って少し歩かないかい」
「歩くって今からかあ? コナミ、お前もわかってるだろ、明日はカイザーとのデュエルだぜ?」
「そう言わないでさ。その丸藤さんとのデュエルに勝つためでもあるんだ。だからさ、ね!」
僕は渋る十代くんに小声で話しかけながら、若干無理矢理ではあったが、外へと連れ出した。
そして崖の上に建てられたオシリスレッドを超えて、さらに丘の上にある大きな一本の木を目指した。その道中を青白く輝く月が道を照らしていた。
そして、しばらく歩いた先にその大きな木はあった。その木を見た十代くんはそれまで終始不満そうに、そして訝しげに外へと連れ出した僕を見ていたが、その場所にたどり着いたことで、表情を変えた。
「ここって、俺とお前が初めてデュエルした場所か」
「うん。ここなら邪魔も入らないだろうし、何より眠っているみんなの安眠を多少騒がしたぐらいじゃ妨害しないだろうからね」
夜にそこからみる景色は実に美しい光景であった。大きな木を背に、光源を発する月を海が反射して輝かしい影を生み出し、静かに流れる波の音は泡立てる心を穏やかにさせる。
今の十代くんにピッタリの場所であると僕は感じた。
「こんなところに俺を連れてきて何するんだよ。つまらない用事だったら帰るからなー」
「ハハ、それは大丈夫だよ。普段の君なら絶対つまらない用事なんて言わないだろうからね」
「ん、なんだか気になる言い回しだなあ」
僕の言い方が気に入らなかったのか、それとも単に焦っているのか、口を尖らせる十代くんに僕は海から彼へと目を向けながら用件を告げた。
「十代くん、ここでデュエルをしよう。あの時のように、楽しみながらね」
「はあ? デュエルって今からかあ!?」
「うん、今ここでだよ」
「バ、バカ言うなよ。明日は模範デュエルだぜ! こんな時にやってる場合かよ!」
口を大きく開けて拒否の姿勢をとる十代君に僕はこれは重症だなと思いながら、微笑を浮かべて「今のままでは負けるよ」と彼に言った。
それは本心からくる言葉で、確信をもって言える言葉であった。
「十代くん、今の君とのタッグでは、あの丸藤さんと吹雪さんを相手にしては1ミクロンほどの勝ち目もない。だから、本気でデュエルするために今ここで僕とデュエルするんだ」
「なっ、俺たちが負けるっていうのかよ!? しかも、その原因が俺かよ!」
「そうだよ、君自身気づいていない重大な過ちが、明日のデュエルでは致命傷になる。だから、今それを治すんだ」
十代くんは気づいていない。今の彼がまともではない状態であることを、それに気づかず明日のデュエルを迎えていたなら、まず万が一にも勝ち目はなかっただろう。
ハネクリボーはそれを悟ったから、僕を急いで彼の元へと走らせたのだ。僕は内心でハネクリボーに感謝をしながら愕然と僕をみる十代くんに強く言った。
「さあ、構えろ十代くん! 今から君を叩き直す!!」
僕はデュエルディスクに収められているデッキをベルトに付けているもう一つのデッキケースから取り出したデッキと入れ替えた。
このデッキで、彼を普段の彼に立ち戻らせる!
「待ってくれ、デュエルって急に言われても、それに俺が間違ってるって何が間違いだって言うんだ!」
「僕の元に君のハネクリボーがやってきた。それが全てだよ。君の精霊はわかっているんだ。今の君は弱いということを! だから僕が呼ばれたんだ!!」
そうでなければ、わざわざ僕を呼ぶことなんて精霊もしない。そして僕もこんなことはしないんだ。それをわかってくれ十代くん!
「俺が……弱い!? ふざけんな、俺は弱くなんかねえ!!」
「ならそれを証明して見せてくれ、今の君とタッグを組む、その価値を!!」
「上等ッ! そこまで言われて引き下がるかってんだ! やってやるよ!!」
弱いと言われたのが相当気に障ったのか、十代くんは僕の誘いに乗ってデュエルディスクを構えてくれた。
そして、それを合図に丘の上で行われる僕たちのデュエルが始まった。
「「デュエル!!」」
この話やっとかないとね。アニメみたいにご飯フェイズを挟む必要が出かねない。