花に嵐   作:上枝あかり

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わたくしは『しかたがない、抜いてやるぞ』と申しました。すると弟の目の色がからりと変わって、晴れやかに、さもうれしそうになりました。
森鴎外『高瀬舟』




高瀬舟編(林間合宿~熱海)
高瀬舟 1


 暑い暑いと思っていましたが、森の中は日が落ちるとやや過ごしやすくなりました。

 林間合宿が始まりました。行軍のような移動、祓魔師(エクソシスト)らしい魔法円作画、たのしいカレーづくりと大事なお片付けときて、いよいよ候補生(エクスワイア)の訓練が始まります。

 訓練内容は霧隠先生いわくの肝だめし。しかし実戦任務の参加資格がかかっている以上訓練というより試験です。ルールは色々細かくありましたが、一番目を引くのは持ち帰らなければならない提灯が3つしか無いことでしょう。

「――この訓練、完全にお互い奪い合うように仕組まれとる。――だけど奪い合い始めたら多分全員自滅や。この任務とにかく自分自身が取ることだけ考えるのが正解やな……! 助け合いもナシや!」

「何があってもウラミっこなしですね」

「そうね、どうやっても枠は3つしかないんだもの。むしろせいせいするわ」

 皆口々に、明確に敵意はないが全力を尽くすという事を言います。でも、実際、この中でどの三人が提灯を持ち帰ってくるのでしょう? 初期配置の有利不利もあります。

「では位置について」

 奥村先生が号砲代わりにいつもの拳銃をかまえます。うかうかしていられません。とりあえず、ライトを右手に持ち左手に数珠をかけます。

「よーい」

 銃声。走り出します。魔法円から出た途端、何かが集まってきます。

 虫豸(チューチ)です。うわこれ志摩さん大丈夫やろか。容赦なく血を吸ってきます。虫豸(チューチ)はおそらく光に寄ってきているのでしょうが、光がなければもっと厄介な悪魔を寄せかねません。この間の(グール)は試験のための特別ゲストにしても、暗いところで活発化する悪魔は多いもの。先生の言い方からしてこの森は下級悪魔の巣窟で中級悪魔はいないようですから、わざわざ光とその元の人間を狙ってくるほどの知能の悪魔はいないでしょう。そう考えると光を消すメリットは虫豸(チューチ)が寄ってこなくなることくらいなので、この数の暴力そのものの虫豸(チューチ)さえどうにかできればいいのですが、数が多すぎて致死節の詠唱中に口に入ってきそうな勢いです。……口に入ってくる?

 そう、私の口は別に光っていないので、虫豸(チューチ)は光に寄ってきた上で私を発見して寄ってきているわけです。ならば。

「オン・アニチエイ・マリシ・ソワカ!」

 印を組み、後はひたすら真言を唱え続けます。

「オン・アビテヤ・マリシ・ソワカ・アビテヤ・マリシ・ソワカ……」

 隠形法です。唱えている間は姿を隠すことが出来ます。特性上単独行動時にしか使えませんが、今回の試験形式なら問題ないでしょう。どんな形であれ誰かを蹴落として進まなければならないのは心が痛みます。たとえば私のスタート時隣にいた子猫さんを蹴落とす気力と実力が、私にあるものでしょうか。このまま探して、誰にも見つかっていない提灯を見つけられた時、それを迷いなく取れるでしょうか。火の点いていない提灯ならならまだましです。誰かが火の点いた提灯を持っているのを見つけた場合、どうすればいいでしょう。坊は奪い合いはなしと言っていましたが、戦う方向で考えた場合隠形したまま闇討ちする形になるのでしょうか。でも、闇討ちと隠形というアドバンテージがあれど、私が隠形したまま、つまり真言の類を使わずに誰かに勝てるとは思えません。坊の言うとおり自滅です。それにそもそも心理的に誰かを襲えると思えません。でも見つけてしまったらどうすればいいんでしょう。一緒に提灯の柄を握らせてもらう? 結婚式のケーキ入刀みたく?

 というか、こんな同士討ちを誘うような試験方式、本当にいいのでしょうか。せっかく(パーティ)の意識も芽生え始めたのに、新たな火種が生まれそうです。正十字騎士團どうなっとんねん。仲間といえど背中は見せるな的な教育でしょうか。

 思考に沈みかけた頃、目の端で何か木ではないものと動く人影を捉えました。提灯と、誰かかもしれません。人影は何かの前で止まりました。慎重に近づき、木陰から様子を見ます。

 そこには、子猫さんと、やたら大きな石灯籠と、リアカーがありました。……いや、石灯籠でかすぎちゃう。あんなん一人で運べんやろ。使い魔前提なん? 祓魔師(エクソシスト)たるもの筋肉こそ第一なん? 子猫さんあれ運ぶん無理やろ、子猫さんよりおっきいもんあれ。あても子猫さんのこと言えんけど。っていうか本当にこれが”提灯”なん? これが提灯ならいくらなんでも詐欺やろ。でも森の中にこんなん置いといてわざわざリアカーまで用意する意味ないし……。

 ああ。

 全部ミスリードだったんですね! 提灯も三枠も! ケーキ入刀式を想定してたんですね! 性格悪いっていうか、私がうっかり子猫さん闇討ちしてから気づいたらどうしてくれるんですか。いえ、しませんけど。真言を唱えるのを止め、木陰から出ます。

「子猫さん」

「うわあ鶯花さん!? 何時からおったん?」

「隠形法使とったから……」

 虫豸(チューチ)が私に気づいて集ってくるので懐中電灯をリアカーに放り込んで間接照明代わりにします。

「ああ隠形法……、ライトつけとったん?」

「おん、虫豸(チューチ)以外が出たらこわいし致死節より口に入ってこんし……。喉乾いたわ」

 バッグの中から水を出します。三日間の期限と食料が与えられていますが、ケチらずともこの任務今夜が勝負でしょう。何せ。

「これ化燈籠(ペグランタン)やよねぇ。朝になったら火消えるやつ。途中点火はあかん言うとった以上スピード勝負やし、三枠は三人やないってことかぁ」

「僕もそう思て。今とりあえず坊と志摩さんにメール送るところ」

「じゃあそっちお願いして、あてこっち調べるね」

 懐中電灯を握り直して、化燈籠(ペグランタン)を照らします。今度は虫豸(チューチ)の致死節を唱えながら。

「汝汝の代にて神の御旨を行い終い眠りて先祖たちと共に置かれかつ朽腐に帰したり……」

 化燈籠(ペグランタン)の台の四隅に、杭とそれに付けられた札があります。杭は縄で繋がれることもなく、札には稽首正無動尊秘密陀羅尼経と書かれているだけと、至って簡単ですが、おそらく非活動状態の化燈籠(ペグランタン)の封印にはこれで十分なのでしょう。活動状態であれば、この札にプラスして実際に稽首正無動尊秘密陀羅尼経を唱え続けるべきでしょう。護摩など焚く必要までは感じません。

「子猫さん、送れた?」

「はい。そっちはどんな感じやった?」

「今は稽首正無動尊秘密陀羅尼経ってだけ書いたる札四枚で封じてあるだけみたい。まあ火のついとらん化燈籠(ペグランタン)には十分なんやないかなあ。火が点いたら、実際経を唱えんといかんと思うけど」

「なるほど……、人手大分いる気ぃするわぁ……。四人やとぎりぎりやし、他の枠にあぶれる人出るかもしれん」

「とりあえず坊と志摩さんに送ったんやろ? あて奥村くんと宝くんの連絡先知らんし、杜山さんはそもそも携帯持っとらんし……」

「じゃあ鶯花さん神木さんだけ連絡してくれはる?」

「おん。せやけど神木さん来てくれるかなあ……」

 まあダメ元で送ります。メールを送ってしまうと、虫の声以外は森の中は静かでした。二人してひとまず九時半までは何かを待つことにしてリアカーに座りました。

「なあ鶯花さん、杜山さんと仲直りできたん?」

「ううん、まだ。二人で話す時間、なかなかとれんくて。杜山さんこの訓練、どうしてはるやろ……、力仕事半分の訓練やのに。ニーちゃん小いこいから、誰かと合流せんと一人やきついやろに連絡できひんし」

「杜山さん優秀やから、きっとどうにかしとるよ。拠点戻って寝る頃になったら、話す時間もとれるんやないかな?」

「おん。がんばる……」

 その後は二人で稽首正無動尊秘密陀羅尼経のおさらいをしました。お互い今確認したので絶対大丈夫だとは思いますが、任せられるところなら坊に任せたいところです。一通りおさらいして、次は一人で唱えようというときに足音が聞こえました。複数人分です。二人して立って足音の方をみます。

「! 坊?」

「子猫さぁん! 鶯花さんも!」

「志摩さん! 奥村くんに杜山さんも……。よかった……! こっちです!」

 えらい団体さんです。坊と志摩さんに加えどういう訳か奥村くんや杜山さんも来てくれて心配事が一つ減りました。志摩さんは無事でしたかとこっちを気にしますが、むしろ志摩さんのほうが気になります。

「志摩さん大丈夫やった?」

 そう聞くと、志摩さんの代わりに坊が答えました。

「アカンかったから気ぃ飛ばして襲ってきたわ」

「はぁ!? 何やっとんの志摩さん! 相手によっては洒落ですまんよ!」

「いやホンマ……俺もしたくてしたわけじゃ……。 !? はぁ? 何やあれ!」

 化燈籠(ペグランタン)を見た志摩さんが驚きます。

「はは、成程。こら一人じゃ運ばれへんわ」

「デ……デケーよ!! これ提灯か!?」

「石燈籠……かな」

 皆の驚いている反応を見るのは正直少し楽しいので、ドッキリやいたずら好きの人間の気持ちがちょっと判るような気もします。坊が主に奥村くん向けに化燈籠(ペグランタン)の解説をしているのを聞いていたら、携帯が震えたので見てみますと、神木さんからの返信でした。一言、「行かない」。文面から察すのも難しい短さですが、ただ皆と一緒にやるのが嫌というより神木さんも化燈籠(ペグランタン)を見つけてお狐さんと運んでいるのでしょうか。返信文を考えます。

化燈籠(これ)見て……何や僕らルールの解釈間違ってたんやないかな思て」

「そやなぁ。この訓練、皆で協力せなあかんわ……!」

「あれぇ、坊、『この任務助け合いはナシや』言わはってたのにィ」

「じっ、実戦の参加資格“3枠”て言葉に惑わされたんや!」

「……確かに先生“3枠”言うてはったけど“3人”とは言うとらんかったですもんね」

「……とにかく! 協力戦俺は大好きやから願ったりや! 誰か神木と宝の携帯のアドレス知っとる奴おるか?」

「神木さんにはもう連絡して、今返信来ましたけど行かん言うてます」

 返信して携帯を閉じてからそう報告すると、志摩さんが食いついてきました。

「え!? 鶯花さん出雲ちゃんのアドレス持っとるん!?」

「同室やから一応……」

「教えて!」

「あかんよ個人情報なんやから……」

「志摩お前……」

「あの……ぼ、僕……取り敢えずこの6人で運ぶフォーメーションを考えました」

 子猫さんの話す作戦を額を寄せ合って聞きます。いわく、坊がお経を唱えて化燈籠(ペグランタン)を封印する役、杜山さんが化燈籠(ペグランタン)に給餌して火を守る役、子猫さんと私が側方ならび後方警戒、志摩さんが前方警戒と場合によっては遊撃手、そして奥村くんがリアカー引き。しかし志摩さんが「前方って虫多くない?」と言うので、私と交代します。錫杖を持った志摩さんのほうが遊撃手向きなので遊撃手は依然志摩さんですが、致死節を唱える私と子猫さんが側方後方のままでは、経を読む坊が後ろにいる以上後方がうるさすぎるのも事実でしたから。

 そして、前準備として虫豸(チューチ)を捕まえます。化燈籠(ペグランタン)は生き物しか食べないので殺せない以上、全員のバッグの中身を出してそれを虫かご代わりにしました。実はこう見えて、生き物を捕まえるのは得意です。虫取り、魚つかみ、宝生のあねさま達の(ナーガ)の餌とりetc。兄が散々悪魔で追いかけ回してくれたおかげで生き物の動線を読むのが得意になり、逃げられるなら捕まえられるという理屈だと自分では思います。

 何とか当座必要そうな数を捕らえた後、遂に点火して運搬を開始しました。大きくて明かりが強いせいか、先ほどと集まる虫豸(チューチ)の数が桁違いです。いっそこれら全部化燈籠(ペグランタン)に飛び込んでくれればありがたいのですが、その前に私達を襲うので致死節を唱え続けます。

「いやホントすごいわ。奥村くんてどこの星の人なんやろ……」

 志摩さんが言います。後ろからやや坊が押しているとはいえ、あの大きさの化燈籠(ペグランタン)と杜山さんを載せたリアカーを運んでいるのです。昼間も一人元気でしたし、カレーも普通の材料から奇跡的な美味しさを出していましたし、最年少祓魔師(エクソシスト)の奥村先生とは違う意味で超人です。奥村家どないやねん。

「ただ、まだ油断ならない難所が待っているんですけど……」

 子猫さんが不吉なことを言いました。私が通ってきたのは獣道なので、リアカーの通れる道には何かあったのでしょうか。でも今のところは適宜奥村くんに水を提供したり、杜山さんから空になったショルダーバッグを受け取って虫豸(チューチ)を補充したりします。杜山さんからショルダーバッグを受け取った時、少し微笑むと、杜山さんは少しハッとしてから、曖昧な笑みを返してくれました。あかんミスった。

 いくら奥村くんといえど普通に歩くのと同スピードでリアカーを引くというわけにもいきませんので、それなりに時間が経った頃。上方から甲高い笛のような音が響きました。見上げれば炸裂する花火のかけらが見えます。

「誰かギブアップしたんかな」

「神木さんか宝くんか……」

 どちらも、ただでギブアップすると思えない子です。何か、それこそ私が当初恐れていた虫豸(チューチ)以外の悪魔でも出たのでしょうか。前方に視線を戻すと、少し木が開けています。というより、あれは……。

「おい……! 吊り橋だ!」

 奥村くんは吊り橋と呼びましたし実際そうだと思うのですが、吊り橋と呼んだら世の中の安全な吊り橋に抗議を食らいそうなボロボロの橋でした。

「どうすんだコレ! ハシゴ横にしたみてーな……、リアカー転がせねーぞ!!」

「リアカーどころか人も無事渡りきれるかどうか……」

 橋は沼のようなところにかかっており、沼自体は小さいので何もなければ迂回の一手でしょうが、リアカーがある以上道以外を通れません。とはいえこれまで道は一本道で他にリアカーの通れる場所もありませんでした。じゃあどうすればいいでしょうか。背負う? 無理かな、と思った途端、志摩さんが悲鳴を上げました。

「下下下!! ぎょーさんおるぅ~!!!」

「うわっ」

 視認した時、誰とは言わず悲鳴を上げました。反射的に背筋がぞわっとします。志摩さんでなくとも、沼を埋め尽くす幼虫を見れば流石に鳥肌が立つというものです。

「も……もも、も、もうダメや。フフフ……失禁したろか」

「もういっそ失禁すりゃスッキリするんじゃねーの?」

「志摩さんするなら向こうでしてな」

「奥村くんも鶯花さんも益体ないこと言うたらあかんよ。失禁だけにしたら最後全てを失うんや」

 失禁する前に向こうで出してこいという意味だったのですが、まあ。ところでこの橋本当にぼろぼろです。しかし、よく見ればあちこちに札があり、それはまだしっかりしているように見えます。懐中電灯で札を照らしながら、子猫さんの肩をたたいて指差しました。

「子猫さん、あれ……」

「カーンの種子字……、ここにも何か封印されてます。皆周りの札や縄には気を付けて!」

 どの札もカーン一字ですが、いささか量が多く全てが繋がっているため、それなりに大物が封印されている気がします。こんなものがあちこちにいるなら、対応力に欠ける一人ではギブアップもあるでしょう。神木さんにしろ宝くんにしろ大事無いといいのですが。

「……それにしても化燈籠(コレ)どうやって運ぶ?」

 パシンと音がしました。さっきまで志摩さんに何やらまた悲鳴を上げさせていた坊が、どこから取り出したのかスケッチブックに『考えがある』と書いています。そしてめくると、『化燈籠(ペグランタン)に自分で渡らせる』と書きます。わざわざ化燈籠(ペグランタン)にルビを振ってあるあたり、誰に対するとは言いませんが配慮を感じます。

 その後の坊の図解は、要は一時化燈籠(ペグランタン)の封印を解除して杜山さんならび私を餌代わりに向こう岸まで走らせるというものでした。私は子猫さんと一緒に先に虫沼を渡り念のため被甲護身で防御しつつリアカーに座っている役です。私に特に異論はありません。しかし志摩さんです。杜山さんを担いで虫沼に入る役目を嫌がって泣いてます。役得の煩悩に勝る虫嫌い。代わってやれるもんなら代わりたいですが、馬力はともかく速度に自信がないので無理です。結局奥村くんが一度リアカーを運んで戻って杜山さんを運ぶ方向になりました。

 全員が配置に無事ついた後、作戦開始です。坊が化燈籠(ペグランタン)の札を剥がすと、化燈籠(ペグランタン)は杜山さんを認識して走り始めます。奥村くんは杜山さんを肩車したままでも無事に沼を渡りきり、杜山さんが脇に避けた後化燈籠(ペグランタン)は私に標的を変えてリアカーに乗ります。そしてそこを。

「カーン! 稽首正無動尊秘密陀羅尼経!」

 子猫さんが無事に封印しました。被甲護身の印を解いて肩の力を抜きます。あんまり一直線なので少し怖かったです。しかしもう片付いてしまえば一仕事終えたわけで、全員で喜びます。坊もぼろ橋をこちらに渡ってきました。お経を唱える子猫さんとハイタッチします。いえーい。

「燐! やったよ!」

「うまくいったな!」

 杜山さんに声かけられて、奥村くんはニカッと明るく笑います。しかし体はまだ虫沼の中なので、志摩さんは錫杖を奥村くんに差し出して引き上げようと急かします。志摩さん他人が虫沼浸かっとるのもダメなんですか。いや、奥村くん自身も気持ちいいもんではないでしょうけども。

「大丈夫大丈夫! これで一安心だな!」

 志摩さんの手を断って、虫沼から跳び上がった奥村くんの超人的脚力による驚きの飛距離。いやもうオリンピック目指せますて。そして、最近いつもの刀袋の代わりに持っていた木刀が、橋の上にかかっていた縄をブチッと。ブチッと?

「れっ?」

 一仕事終えて油断していた私達の前に、沼から化燈籠(ペグランタン)より巨大な虫豸(チューチ)が鳴き声を上げながら現れました。

「なななにやってんやー!!」

 テンション上がって封印解くとかどないやの奥村くん! 奥村くんは空中で虫豸(チューチ)に手足を捕まって、身動き取れない状態です。再封印は当の虫豸(チューチ)が元気すぎる上に切れた縄を物理的に継がなくてはならないでしょうからこの場でとなると非現実的です。すぐ倒せるレベルなら封印などされていませんし、となるとその場しのぎしか出来ないわけで……。

「大丈夫だ! 倒してすぐ追いつくから! 皆は先に行け! 夜が明けちまうぞ! 急げ!」

 奥村くんが、前の合宿と似たことを言っています。しかし奥村くんが持っているのはいつもの刀ではなくただの木刀で、剣でグサッとして倒した手段は使えないはずです。

「お前は……またそれか……!」

 坊が奥村くんを見上げながら言います。

「悪りぃ!」

「阿呆が! 助けるに決まっとるやろ!」

 奥村くんの苦笑が、虚を衝かれた顔に変わりました。そうです奥村くん、坊はこういう、逃してくれない人です。

「志摩! キリク! あと逃げる準備しとけ!!」

 言われて志摩さんが坊に錫杖を投げ渡します。私はリアカーの持ち手を外から引っ張り始めました。初速を付けておけば早くトップスピードにのれるはずです。ある程度引っ張って距離を稼いでおきたかったのですがこれが重いこと重いこと。化燈籠(ペグランタン)で様子は見えませんが、坊が真言を唱え錫杖を呼び戻しているのである程度なんとかはなったようです。

「逃げろォーー!!」

 走ってきた奥村くんがリアカーの手すりの中に入って引き始め、ぐんとスピードが増します。それを確認して、リアカーの後ろに回りました。単純な防衛戦ならこの中ではおそらく私が一番得意です。見ると、虫豸(チューチ)は沼から出ようとジタバタしています。今のうちに距離を稼ごうと走るのに専念しますが、今度は子猫さんが言いました。

「……もう追って来ぉへんようですよ」

 振り返れば虫豸(チューチ)は沼の中に戻ろうとしています。諦めたのでしょう。拠点はもう遠くないはずですがいくらか心臓に悪かったので、坊が休憩を提案しました。

「まあ俺はそーゆーとこ深く考えないからな」

「……俺はお前が頭悪いなんて思っとらへん」

 休憩ということでリアカーの前に来ると、坊と奥村くんは何か真面目なことを喋っていたようです。この場合の頭悪いは、成績等でないもっと根本的なところのことでしょうか。

「でもな、なんでも一人で解決しようとするな。味方を忘れるな!」

「そうや。サタン倒すんやったらきっと一人じゃ倒されへんよ」

「さすが坊……ええ事言うわ……。まあ俺は虫関連は全く役に立たへんけど」

「奥村くん、背後は任せてくれへんと」

 話のおおよそを理解し、声をかけます。奥村くんにも何か強い理由の秘密があるのかもしれません。でも、秘密があっても、きっと誠実な仲間になれると思いたいのです。

「燐、みんないるよ!」

 杜山さんが笑顔で締めます。虫豸(チューチ)入れのバッグをやり取りした時の曖昧な顔を思い出して、いよいよ拠点に戻ったら頑張って仲直りしようと思います。杜山さんが、許してくれればの話ですが。




夢主の唱えてる隠形法は摩利支天のものです。調べて出てきたやつをさらに脚色してます。実は忍者が使ったらしい……?です。
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