花に嵐   作:上枝あかり

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高瀬舟 3

 ゆら、ゆら。

 瞼の向こうが、青く、明るく、体は揺れて。

 いけない。落ちていたのに気づいて、目を開けると、そこには、青く燃える森。

「ひっ」

 青い炎。ガスなどではない、()()()青い炎。誰かの背であったのに、体が変なふうに硬直して滑り落ちます。

「鶯花、起きたんか。……っ! 見んでええ!」

 私を背負っていた坊が、滑り落ちたのに気づいて振り返り、そして自分の肩口に私を抱き寄せて押し付けました。坊の腕の中であることよりもさっきの青い炎が気にかかって手に震えが来て、ドキドキと動悸がします。すると、つう、と頭から背筋に生温かいものが滑り落ちてきました。

「あかん、また開いたな」

 坊がそう言って私の後頭部を強く抑えました。頭を打って切ったのでしょう。圧迫止血だと思います。向こうには塾の皆が居るようです。

「ひっ、息……苦し……」

「志摩さん!」

 志摩さんと子猫さんの声。志摩さん、肋をやったんでしょうか。

「ゆ……雪ちゃん、私もう平気だよ! おろして……!」

「大丈夫ですか?」

「うん! どうもありがと……」

 杜山さんと奥村先生の声。どちらも大事ないようでよかった。

「……シュラさん、貴女こうなるのわかっていて僕を外しましたね。兄の剣を見ると言っていたじゃないか! その顛末がこれか!」

「まあ、あわてんなビビリメガネ」

 怪しかった霧隠先生に対し、奥村先生は怒ってくれました。でもまだ、全く事情がわかりません。

「あの……どうなってるんですか……燐は……説明してください!」

 杜山さんの声。奥村くんは、声が聞こえませんがいないのでしょうか。

「兄は……」

「いやぁ、青いな……。まるであの夜のようじゃないか」

 奥村先生の声に、誰か知らない声が被りました。頭上からの声。本日二度目の頭上からの知らない声に、坊の胸から顔を上げます。すると当然ながら青い炎が視界に入り、思わず坊のシャツの裾を握ります。灯台の上には、青い炎をバックに、一人の男が立っていました。

「ブルギニョンはそこの候補生(エクスワイア)の子供達を拘束し事情聴取。医療班に見せるのも忘れるな」

「はっ」

 灯台の下に立っていた男の人が返事をします。

「それと消防隊が着いたら消火には聖水を使わせろ。ここにはA濃度の貯聖水槽があるはずだ。急げ」

「誰?」

 神木さんが言いました。誰かしら指示を出す立場の人のようですが、見たことがありません。

「おはよう諸君! オレはアーサー・A(オーギュスト)・エンジェル。……ヴァチカン本部勤務の上一級祓魔師(エクソシスト)だ」

 ヴァチカン勤務? 霧隠先生が補足します。

「つい最近任命されたばっかの現“聖騎士(パラディン)”だよ」

「えっ!?」

 聖騎士(パラディン)が一体何の用……いえ用はたくさんありました。襲ってくる地の王とか、魔神の炎で燃え盛る森とか。おかげで足が震えて膝ががくがくです。

「そしてシュラ、オレはお前の直属の上司だ」

「フン」

「しかしシュラ、これはどういう事なんだ? 君の任務は故・藤本獅郎と日本支部長メフィスト・フェレスが共謀し秘密裏にしているものを調査報告する事じゃなかったか?」

「だってどーせアタシ以外にも密偵(スパイ)送ってんでしょ~?」

「まぁな。だがもう一つ大事な任務があったはずだ。『もしそれが……』」

 聖騎士(パラディン)の言葉を遮るように、軽い破裂音、クラッカーのような楽しげなそれがしました。しかしその煙から落ちてきたのは、理事長と、青い炎を身にまとい獣のような唸り声を上げる、奥村くん。杜山さんが叫びます。

「……燐!!」

 腰が抜けました。さっきから膝が危なかったのですが、ついに。膝から崩れて座り込んで、側の坊のシャツの裾を両手で握ります。全力疾走の後のように心臓が荒く脈打ち、体の末端がじんじんとしびれ息が荒くなります。青い、青い炎。目を瞑っても見えるくらいに眩しい。

「おや、お久しぶりですねエンジェル。この度は“聖騎士(パラディン)”の称号(マイスター)を賜ったとか。深くお喜び申し上げる」

「『もしそれが……サタンに纏わるものであると判断できた場合、即・排除を容認する』。……シュラ、この青い炎を噴く獣は、()()()()()()()ものであると思わないか?」

 瞑った目から涙が湧いて、何かをまともに考えることが出来ません。サタン? とにかく、青い炎のないところに行きたい。

「メフィスト。……とうとう尻尾を出したな。お前の背信行為は三賢者(グリゴリ)まで筒抜けだ。この一件が決定的な証拠となった」

「……私は尻尾など出してませんよ。紳士に向かって失敬な」

「カリバーン……我に力を」

「キャッ! アーサー喜んでっ」

 カリバーンとは誰でしょう。目を開けると、涙の向こう、もう火を出していない奥村くんの目の前に聖騎士(パラディン)がいます。

「正十字騎士團最高顧問三賢者(グリゴリ)の命において、サタンの胤栄は誅滅する」

 聖騎士(パラディン)がその大きな剣を奥村くんの喉にあてがった瞬間、霧隠先生が刀を抜いて奥村くんを守りました。

「……霧隠流魔剣技……蛇腹化・蛇牙(だぼう)

 その技で一瞬霧隠先生が優勢になったかと思いましたが、聖騎士(パラディン)はいつの間にか霧隠先生の背後をとり剣を喉元に当てました。何か会話しているようですが、自分の息の音で聞こえません。あまりにうるさいそれを止めようと、収めようとしましたが、もう自分の意思で呼吸を制御できません。燃え続ける森の青から目をそらそうと目をつむりましたが、それでも強い光はちかちか見えるのです。認識した途端、完全に過呼吸に陥ってしまいました。

「鶯花さん? 大丈夫なん?」

 子猫さんの声がします。客観的にたぶん大丈夫じゃないです。止血も半端に終わってしまったので、ぬるぬる流血している気配もします。首をふると、酸欠か二酸化炭素中毒か貧血か、頭がくらくらしました。

「志摩さん、腕使えるなら鶯花さんの止血したって! 鶯花さん、大丈夫やから、落ち着いて、少し息止めよ、な?」

 志摩さんが後頭部を押さえてくれました。耳の中で血流の音がします。息がうまく出来ません。目を開けると、涙でぼやけた視界の中、やっぱりまだ子猫さんの後ろで森は青く燃えています。

「さあ諸君、先生について行くんだ。まず医務室へ……、君、大丈夫か、立てるかね」

 さっき聖騎士(パラディン)に返事をしていたヴァチカンの人が、声をかけてきました。子猫さんが、私が過呼吸を起こしてしまっていることを説明してくれて、背の高いその人が私の前にしゃがんで背に乗るように言ってくれました。その時。

「みんな無事か!?」

 奥村くんの声。顔をあげると、もうすっかり落ち着いた様子の奥村くん。その目の青さはあの青い炎と同じ色。ひゅぐ、と気管で息がもつれます。

「な゛んで……サタンの子供がッ祓魔塾(ここ)()るんや!!」

 坊の叫び。どうやら喉を痛めているようでその後坊は咳き込んで血が降ってきます。

「勝呂くん……!」

「坊!!」

「……、……説明します。とにかく落ち着いてついてきて下さい」

「さあ、君も乗って」

 ヴァチカンの人が私に言います。過呼吸で返事ができず、頷いて背に乗ると、その人はおんぶしてくれました。そのまま、歩いていきます。入った建物の中にも、青い光が深くまで入り込んで、淡く道を照らしていました。

 医務室に着いた頃には、通された部屋が窓のなかったことも幸いして、私の過呼吸はおおよそ収まっていました。あとは落ち着いてゆっくり呼吸するだけです。後頭部も圧迫止血をして包帯を巻いてもらいました。子猫さんは右腕を折ったようで、添え木を当てて包帯を巻いてもらっています。他に目立った処置を受ける人がいないのはよいことですが、肋をやっていそうな志摩さんや喉を痛めたらしい坊の処置はここでできないからでもあります。説明と事情聴取が終わって日が昇ったら、私たちは病院に送ると言われました。

 全員がこの場で出来る治療を受け、私の呼吸も収まった頃、奥村先生は話し始めました。

()()()()――いえ、“奥村燐”は……約十五年前、サタンの憑依体と人間の()()との間に生まれた子供です。サタンの青い炎の能力を継いでいます」

「……あの……奥村先生は確か……奥村くんと双子のご兄弟でしたよね……?」

 子猫さんが聞きます。

「僕は炎を継いでいません。毎日検査も受けてますが、()()()()ただの常人です。奥村燐は“降魔剣”の中に(ちから)を封印することで、この十五年比較的常人と近い状態で育てられました。炎が降魔剣では抑え切れなくなって覚醒したのは三ヶ月ほど前。――それまでは本人も自分が何者かは知らずに育ったんです」

「何で、何が目的で育てられた?」

 坊はそう聞きましたが、奥村先生はすっと立ち上がりました。

「正直僕にも判りません。すみません僕に判る事はここまでです」

 奥村先生が退室していくのを、坊は乱暴に呼び止めようとしましたが咳き込みました。「坊」と呼んで止めます。喉に障りますし、奥村先生も、きっと。

 奥村先生と入れ替わりに、さきほどのヴァチカンの方、ブルギニョンさんというらしいのですが、その方が入ってきました。ブルギニョンさんは事情聴取のため、これから一人ずつ隣の部屋に呼ぶといいます。最初に私が呼ばれましたが、私は肝心の奥村くんが炎を出した瞬間は見ていないため、主にアマイモン襲撃の件のみ話して、おんぶのお礼を言ってから退室しました。次に子猫さんを呼ぶよう言われていたので子猫さんを呼んで、椅子に座りました。きっと、怪我の重そうな順に呼んでくれているのでしょう。

 しん、とお通夜もかくやというほどに静まり返る部屋で、志摩さんに小声で私が落ちている間何があったか聞きます。どうやら、あの後奥村くんがいつもの刀袋の中の刀を抜いた途端、体から青い炎が吹き出し、アマイモンと戦い始めたようです。「最初はしっかり理性もあったんやけどな」と志摩さんは小声で付け足します。あとは、合流した奥村先生が杜山さんの寄生虫を抜いて、霧隠先生も合流し奥村くんを置いて森を脱出したところで私が起きたようです。他には、私が過呼吸を起こしていた間に奥村くんはフェレス卿の裁判に連れていかれたことも教えてもらい、志摩さんにお礼を言ったところで、子猫さんが出てきて志摩さんを呼びました。

 ……大変な話です。でも、これで色々つながりました。奥村くんの秘密は魔神の落胤であること。奥村くんが強かったのは、魔神の炎を継いでいたから。私達が見ていないところでばかり戦おうとしたのは、炎がばれてしまうから。蝦蟇(リーパー)の件も似たような話でしょうか。強い悪魔と契約しているのではなく、彼自信が強い悪魔だったのです。霧隠先生が訳知りだったのと、アマイモン襲撃の件はうまくつながりませんが、そもそも先程一番事態を把握しているようだったフェレス卿自身悪魔で八候王(バール)ですし、ここに魔神の落胤がいれば大抵は辻褄があってしまう気がします。

 奥村くんが、魔神の落胤。あんなに、いい子なのに。杜山さんがいつか言っていた、ニーちゃんはいい悪魔だから、という言葉を思い出します。奥村くんも、いい悪魔。なんでしょうが、魔神の炎というあまりにも強い力と、先程のように理性を失った様子を思えば、危険対象とされるもやむなしではあるんでしょう。

 奥村先生は、自分の検査結果が人間でも、確かに父が魔神であることを恐れはしないのでしょうか。奥村くんが問題視されているであろう炎と獣性をもたぬとは言え、父親が魔神であることはそれだけで殺されそうな要素です。そんな、親の存在だけで殺されるような理不尽が許されるのかという思いと、いくらなんでも魔神の子供は危ないのではないかという思いがぐるぐるめぐります。

 考えているうちに全員の事情聴取が終わって、病院に連れて行かれました。病院ではCTをとられて、さらに頭の傷をスキンステープラーで止められて包帯を巻かれて、CTに問題がなかったので今日はおしまい。でも、明日また来るよう言われました。坊と志摩さんもそんな感じだったようです。子猫さんだけ緊急手術からの入院となりましたが、今日は会えないとのことで大人しく寮に帰ります。昼間のキャンプから徹夜で化燈籠(ペグランタン)を運んだ上でのアマイモンの襲撃で休む暇などなかったうえ、流血しすぎで貧血も起こしかけていたので、帰ったらすぐに眠ってしまいました。




 すげーどうでもいいんですけどアーサー・A・エンジェルの・A・って顔文字に見えますよね。今回ルビでAの字間が膨らんでるので間の抜けた顔になってていいと思います。
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