花に嵐   作:上枝あかり

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高瀬舟 4

 翌日の病院もほとんど問題はありませんでした。坊と志摩さんにメールしたら志摩さんはまだ待たされそうで、坊はもう終わったとのことなので、先に坊と落ち合って子猫さんの御見舞に向かうことにしました。

 受付で坊と落ち合い、道中坊の怪我の様子を聞きながら病室に向かいます。売店で何か買っていくべきかとも思いましたが、昨日入院準備で色々荷物を運んだりしてその時必要なものは皆運んでしまったようで、見舞いの品は特にいらないとのことです。

 病室をのぞくと、子猫さんは甚平を着てベッドの上で横にはなっていましたが起きていました。

「子猫さん、大丈夫?」

「ああ、鶯花さんは昨日の朝ぶりやね。複雑骨折で全治4・5週間やけど、一週間以内に退院できる言われたから大丈夫や。鶯花さんは?」

「あては頭の外はちょっとバッチンてされたけど、頭洗ってもええし一週間後には針も抜けるし、中も多分大丈夫やって」

「バッチン?」

 子猫さんは怪訝な顔をします。確かにバッチンじゃわからんな。

「スキンステープラーゆうの? なんや縫うかわりにホッチキスみたいなんで止めてもろた。この包帯は保護のためやて」

「はぁ、人間にホッチキスつかうん?」

「それ専用らしいで?」

「まあ中身問題ないならよかったわ……、奥村先生らもそれ気にしてはったし」

「そや、奥村先生」

 坊が思い出したように声を上げます。

「お前らにも聞かせておきたいことがあるんや」

「はぁ、なんです?」

「その……降魔剣のことや。あの奥村の持っとった降魔剣、うちの……本尊や」

「へ?」

 本尊というものの話は、私も聞いたことがありました。降魔剣・倶利伽羅(クリカラ)。江戸時代に不角様という僧が、その剣に伽樓羅(カルラ)という火の天部を降ろして、それで不浄王という強大な悪魔を倒したのが、明王陀羅尼宗の始まりだと教えられていました。以来、倶利伽羅(クリカラ)は本尊として祀られてきたのですが、和尚(おっさま)は十六年ほど前にそれを余所にやってしまったといいます。その後に青い夜があったので、他の宗教団体も襲われたという情報が入る前はその祟りだと言われたと聞いていますし、寺を抜けた門徒にもそれを理由にした人はたくさんいました。一度、和尚(おっさま)に何故そんなことをしたのか聞いたことがあります。その時の和尚(おっさま)はいつものように笑って、私が正しいと思たことが、皆にとっても正しいとは限らんわなあと言っていたのを覚えています。それで私は納得して、それ以来その話を聞いたことはありませんでしたが。

「じゃあ、和尚(おっさま)が手放しはった降魔剣が、どう巡ったか奥村くんの手に……?」

 言った子猫さんが体を動かした途端、傷に響いたのか顔をしかめました。

「すまん」

「なんを謝ってはるんです?」

 坊の謝罪に子猫さんが間髪入れずに聞き返します。あ、これ怒ってはる。

「いや……お前らが怪我したのは俺の所為やと……」

「それはほんまにそうや。少しは自重してもらわんと僕ら身ぃもたんわ」

「堪忍!」

「でも鶯花さんは違いますえ」

「えっ」

 子猫さんの矛先がこちらに向きます。

「何やの、代わりに行くて。あれ、自分が飛び出したかったところで坊が出てこうとしはったから理由にしただけやろ」

「……ほんますいまへん……」

 図星過ぎて何も言えません。

「ていうか、お前、犬て。しかも全然俺の分の冷静喰っとらへんかったし」

「あても頭に血ぃ登っとったんです……」

 坊まで追い詰めてきます。自分でも意味がわからんというか恥ずかしいし、それなりに反省もしているので堪忍してほしいです。今度も、似たことあったら同じことするやろうけど、もっと安全に行きますから。

「……そんな事よりも、降魔剣の話……ほんまですか?」

「……ああ。間違いないわ。俺は小っこい頃から和尚(おとん)にしつこく写真見せられてきたし」

「奥村先生もはっきりおっしゃってはりましたしね」

「お前ら……どう思う」

「どう? どうともならしまへんよ」

 坊に聞かれて、子猫さんが答えました。確かに今更どうともなりません。私も思っていることを言います。

和尚(おっさま)は正しい思たから手放したみたいなこと言うてはったし……坊は?」

「俺は……」

 そこで、蝉の声に混じって、聞き覚えのある声がぺらぺら喋る声が聞こえました。見ると、志摩さんが看護師さんを口説いてはります。うわあ。

「志摩……」

 身内やと思われたくない感じでしたが、私達の視線に気づいて志摩さんはこっちに来ます。

「あっ坊! 子猫さん! 鶯花さんも! 大変や! 正十字総合病院(ここの)ナースのクオリティハンパない!」

 坊がツッコミ代わりに室内で被っていた志摩さんの帽子を脱がせます。

「あれっ、なんで!? ……やなかった本当に大変なんや!」

 志摩さんが顔を急にキリッとさせます。一体今度は何でしょう。八候王(バール)聖騎士(パラディン)も見たのでもう大抵では驚かないような気もしますが。志摩さんは坊の顔を見て言います。

和尚(おっさま)倒れたて」

和尚(おとん)が……?」

「え……どないして……具合は?」

 思わず志摩さんに聞きます。八候王(バール)とも聖騎士(パラディン)とも違う方向で十分驚きました。和尚(おっさま)お酒は飲みはるけど体はお丈夫ですし、3月に見たときもお元気でした。

「いやわからん……。お母から聞いたんやけどお母も詳しゅう知らんみたいでな……」

 まさか坊が反対を押し切って東京に来た心労で? それとも、何か事故の類でしょうか。

「あかん、じっとしとれん。子猫さん、この病室携帯大丈夫?」

「おん、大丈夫や。柳さん?」

「一応なんか知っとるかもしれんし……」

 言って、携帯を出して電話帳を開きます。冬隣柳。兄です。今は勤務時間かもしれませんが、出れない状況なら出ないと高をくくってかけます。しかし、しばらくのコール音の後、留守電サービスにつながりました。仕方ないので留守電に吹き込んで、メールを送っておきます。子猫さんと志摩さんも同じように携帯をいじりますが、誰もつながらないようです。

「あかん、誰も連絡つかん……。坊、女将さんは……」

 子猫さんが一人動かない坊に言いました。しかし。

「……俺は家の反対押し切って、もう二度と戻らん覚悟で祓魔塾(ここ)に来たんや」

「でも……」

 その時、コツ、コツと病室にはっきりした足音が入ってきました。看護師さんのナースシューズとも思えないので、誰か見舞客でしょうか。見ると。

 どこの景色からも浮く白い長身。フェレス卿です。思わず固まります。お見舞い……? お見舞いなんやろか。フェレス卿は子猫さんのベッドの前で立ち止まり、両手を広げて言います。

「さてそういうわけで、皆さん京都の様子が気になっているところでしょう」

 どういうわけやねん。っていうかこの人の裁判どうなったんや。

「ちょうどよく君達には先日の訓練(テスト)で実戦許可が降りています。ということで……」

 理事長は帽子を脱ぎ、そこからじゃらんと旗を出してみせました。

「諸君らには京都遠征に同行して頂く!」

 旗の文字は『祝 京都遠征』。いや、いやいやいや。

「何で私ら京都行くんです……? 京都でなんや起こったんですか? それに、フェレス卿の裁判は……」

 ダメ元で聞いてみます。最近、聞いたら答えがもらえる件も多いので。

「いえ、いえ! そういうことは明日新幹線の中で! ちなみに裁判の方は私は当面無罪、奥村燐くんは条件付きで処刑を免れましたっ。さあさあ、忙しくなりますよ。三輪くんにはまず退院手続きをとってもらわねば」

 ろくな答えがもらえませんでした。奥村くんの件は、少し安心ですが。

「理事長、子猫退院さすって……あと一週間は入院予定やったんですよ? いくらなんでも無茶や!」

「その点は私抜かりありません! きちんと主治医の許可も得ています。同行中は毎日医工騎士(ドクター)に見せるという条件は付きましたが」

 それ許可得たんですよね? ほんまに得たんですよね? 圧力で許可出させたんと違いますよね?

「さあさあ着替えて下さい! 勝呂くんは荷物をまとめて! 志摩くんは三輪くんを手伝ってあげて! 冬隣さんはこちらの書類を受付に出してきて下さい!」

 理事長に帽子から出てきた書類の束を押し付けられます。騎士團の労災とか塾の保険とか色んな書類が入っているみたいです。理事長は「キビキビ動く!」と言って手を叩いて急かし自分は椅子に座っています。それになんだか急かされて、実際に手続きに行ってしまいました。いや、なんなんやこれ。




 書いた時何故かTwitterの私のタイムラインでスキンステープラー流行ってたんですよ。字書きなので好きに書きましたが、頭だから絵としては地味ですね。
そしてここは原作と違う展開になっていますが、釈明させていただくと原作にある『京都組が塾で京都行きを聞くシーン』は時系列を考えると完全にパラレルワールドの有様になってしまうんですよ。騒動の翌日には新幹線乗ってるのに、騒動当日は彼ら病院にいるはずで、携帯の時刻や新幹線発車時刻的にも出発日に聞くのも無理です。そんなわけで理事長には病院にお越しいただきました。
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