本当に京都に行くことになってしまいました。8時53分の東京駅発ののぞみに乗らなければいけないそうで、坊らと正十字学園から電車で向かいます。
そして、配布されていた乗車券を使って14番ホームののぞみ、その4号車に向かいます。すると、塾の先生が私達を見つけ、3号車でワクチンを受けてくるよう言いました。3号車では
それにしても3号車はものが多いなあと思っていたら、やはり3号車は主に物資の輸送に使うために貸し切ったらしく、乗るのは4号車だと先生に案内されて4号車に戻ります。3号車のドアが開いて廊下に出ると、そこには杜山さんがいました。
「あっ、勝呂くん志摩くん三輪くん冬隣さん、おはよ!」
「お早う」
「おっはよぉ杜山さんっ」
「おはようさん~」
「おはよぉ」
笑って片手を振って挨拶をします。杜山さんは注射を打ってもらいに行くのでしょう。すれ違います。今夜、今夜こそ仲直りします。
「はー、俺注射も苦手……あだ。? どしたん?」
急に、先頭の坊が立ち止まりました。最後列で私の身長では何が起きているのか判りません、が。
「おーっ。お前ら元気そうで何よりだ!」
奥村くんの声。あかん、坊固まってはる。
「なぁ京都タワーって知ってるか? 他京都でどこがオススメか教えてくれよ!」
奥村くんは明るく言いますが、ここは意地悪を言えば流石サタンの落胤様は任務もすぐ終えはるんやねェと言ったところです。端的にいうと奥村くんそれどころやない。
「坊、あかん!」
「わ……わかっとる!」
子猫さんが後ろ姿からも不穏だった坊を呼んで止めました。そしてそのまま、坊は奥村くんを視界に入れないように進みます。奥村くんはショックを受けたようで子猫さんの名前も呼びましたが、子猫さんはサッと視線をそらしました。奥村くんはさらなるショックを受けています。
「うわ、子猫さんそんなあからさまな……」
何かフォローをした方がいいのでしょうか。そう思って奥村くんの方を見ると、奥村くんの目の青さにヒュッと息が丸まります。
「鶯花……?」
奥村くんは不思議そうに私を見てきますが、手を体の前に持ってきたまま動けません。青い、青いあの炎が、奥村くんの目の中で燃えているようで。青い炎をまとった奥村くんばかり思い起こされて、過呼吸のはしりの不安定な呼吸すら始まります。志摩さんが通路を戻ってきて私の手を取りました。
「鶯花さん大丈夫やで~、今炎どこにもないからな~」
そう言って、半分ひきずるように坊と子猫さんの後ろの二人がけの席に連れてこられ、そのまま窓際の席に入れられます。座って荷物を足元に置くと、少し前かがみになって胸に手をあて、息を止めることと吐くことを意識します。
「鶯花さん難儀やな……」
志摩さんがゆっくり背をさすってくれました。子猫さんが振り返って座席の隙間から小声で話しかけてきます。
「な、何で普通にいてはるん!? また、あ……暴れはったらどうするつもりなんや!」
「上の偉い人が決めはったことやからなぁ。触らぬ神にしとったらええんですよ」
「志摩さんよくそんな平気でおれるな。鶯花さん大丈夫なん?」
「おん、もう、大丈夫」
呼吸は落ち着きました。が、それとなく奥村くんをフォローするつもりだったのに完全に私がとどめを刺しました。青い炎が怖いというのは自分でも把握していましたが、別にガスコンロが怖いなんてことはなかったので自分でも驚いています。冷静に振り返っても、私、今、奥村くんが怖い。もう、暴れるかもしれないとかそんなことを考える以前に、奥村くんが青い炎と紐付けられてしまっています。う、うわ、どないしよ。
私は、奥村くんのこと、今特に無視しようとかそう思っていません。本人の意思じゃどうにもならない要素で嫌うのは、いけないことです。ただ、奥村くんの危険性だとか、騎士團内での立場の複雑さにはそれなりに思うところもあります。今まで三ヶ月無事にやってきましたが、奥村先生の話では炎はどんどん成長しているようですし、将来的に何がどうなるかわかりません。でも、奥村くんは、私の火傷を気にしないでくれたので、なるべくなら、そう、誠実で変わりない関係を築きたいのです。しかし目を合わせるたびに過呼吸を起こしかけていてはどうしようもないです。坊も子猫さんも奥村くんとぎすついてますし、ほんま、どないしよ。
「出雲ちゃんこっち座らはったら?」
隣の志摩さんがそう言ったので顔をあげると、神木さんが立っていました。しかし神木さんは自分の通路挟んで隣の席を指す志摩さんを一瞥しただけで奥村くんの隣の隣の席に座りました。なんというか、神木さんらしいです。志摩さんを無視するあたりも、明らかに遠巻きにされてる奥村くんの近くに座るのも。そういうちゃんと自分を持って自立してるところ、いいなって思います。
それからすぐに、新幹線は発車しました。いつもどおりのお腹を冷やしそうな格好とは言え珍しくちゃんと制服のコートを着た霧隠先生が前に来て自己紹介から始めます。霧隠先生は日本人のようですが、最近ヴァチカンから移動してきはったので支部内で顔を合わせたことのない人も多いのでしょうか。
「へい、ちゅうもーく。アタシは今回ムリヤリ増援部隊隊長押し付けられた、霧隠シュラです! ヨロシク! ふんじゃひとまず『情報管理部』の佐藤くん。現状説明頼むわー」
「え、あ、はい!」
後ろから声がするので、振り向くと一人の
「7月22日午後1時20分頃、騎士團基地『最深部』内にて“特別危険悪魔部位”に指定され封印されていた“不浄王の左目”が何者かに奪われました」
……左目? 不浄王の右目なら、明陀宗が代々封印していると、前に不浄王と不角様の話とともに祖父から聞かされました。これは、他人に言いふらしてはならぬという注釈付きで。
「これは『最深部』元・部長上二級藤堂三郎太の手引きだったことがわかっていますが……その目的や共犯者の見当もつかず現在調査中です」
「そー。そして同時刻、西に離れた『京都出張所』の深部も何者かの襲撃を受けた。こちらは未遂に止めたが……狙われたのは“不浄王の右目”……!」
霧隠先生が佐藤さんの説明を受けて続けました。深部って、宝生のひとらの職場じゃないですか。神木さんが手を挙げます。
「あの! “不浄王の右目”とか“左目”って何なんですか? 習ってません!」
確かに塾では不浄王を習っていません。お寺では習いましたが、左目については初耳です。
「そう、この悪魔はメジャー扱いされてない。……その割に逸話の方は穏やかじゃないぞ。んじゃ“不浄王”について……『悪魔歴史学』講師の足立先生お願いします」
「へ!? ……はぁ」
また霧隠先生がキラーパスしました。餅は餅屋ということでしょうか。
「“不浄王”は江戸後期……安政5年頃に流行した熱病や疫病を蔓延させたとされる上級悪魔で、当時4万人以上の犠牲者を出した元凶といわれているんです。“右目”“左目”とは“不浄王”を討伐した“不角”という僧侶が、討伐した事を証明するために抜き取ったというもので、目だけでも強烈な瘴気を発し大変危険な代物です」
そう、その不角様が右目を封印するために開いたのが我らが明王陀羅尼宗。しかし右目だけが不角様を睨めつけて残ったと聞いていますので、少し話が違います。ただ、現に左目がある以上足立先生のほうが正しいのでしょうか。なら、お寺はなぜ嘘の話が伝わっているのでしょう。考え込む前に、奥村くんのつぶやきが聞こえました。
「何やってんだその……フカクって奴……。そんなに自慢したかったのか?」
ちゃうと思うよ奥村くん。
質問をした神木さんが「不浄王……」と呟きます。
「……とにかく、敵の目的はまだナゾだが、その“右目”と“左目”で何か悪さをしようとしてるのは確かだ。“右目”を守る京都出張所はまた襲われる可能性がある。“左目”の二の舞になる事だけは避けないとな。つまり今回の任務は京都出張所で負傷した
霧隠先生はあくび混じりに〆ました。ちょっと困惑しますが、威張り散らす隊長さんよりはマシでしょうか。霧隠先生は席について眠ります。新幹線の窓の外は、いろんな景色が飛んでいきます。
お寺には、色々秘密がありました。私は教えてもらえても、お寺の外の人には言ってはいけない事。僧正位の人しか知らない事。
「お前……、俺が怖くねーのか?」
斜め前から奥村くんの声がしました。どうやら神木さんに話しかけているようで、神木さんがお返事します。
「……ハッ、アンタが? 怖くもなんともないわよ。あんたは知らないんでしょーけど、この世界に悪魔と人間の血縁者は
「……そっ、そーなのか!?」
「一般常識よ」
「でも……じゃあ俺は……」
「……つまりあんたが問題なのはサタンの息子って事だけなのよ。騎士團だってサタンの息子が仲間に入るのが損か得か量りかねてるからあんたをまだ殺さないんじゃない。それだけの事よ」
やっぱり、神木さんは悪い子じゃないんだな、と思います。私にはできなかった奥村くんのフォローだってして。ただ優しさが遠回しで、嫌いなものと好きなものがちゃんとはっきり別れているのです。
「たかがそれだけの事にバカみたいにいっちいち大騒ぎなんてしてらんないわ!」
続けた言葉に、前の席の坊の空気が固まり、志摩さんがぶわっと汗をかきます。バカかぁ。神木さん、悪い子でなくてもこういう所あります。
「……まゆげ……!」
「まゆげ!?」
「俺をはげましてくれてんのか……」
「は!?」
「やっぱお前っていい奴だな!」
「ちょっ、何でそーなんのよ! ちがうわよ! てゆうかなにまゆげってあだ名!? あたしは神木出雲よ!」
「ありがとな、出雲」
「……きっ……気易く呼び捨てにしないで!!」
神木さんが叫びます。気持ちはわかります。私も坊らが名前で呼ぶせいか奥村くんに名前で呼び捨てにされて最初はかなりびっくりしました。訂正も求められずそのまま呼ばれていますが。霧隠先生が「うるさいそこ眠れないだろー」とボヤきましたが、ヒートアップしている神木さんはさらに続けます。
「あ……あたしは……! 『サタンを倒す』だとか、『友達』だとか! 綺麗事ばっか言っていざとなったら逃げ腰の、臆病者が大ッ嫌いなだけよ!」
臆病者。返す言葉もないです。まさに私はそれです。ですが、前の席の坊は立ち上がります。
「……黙って聞いとれば言いたい放題! 誰が臆病者や!」
「わっ」
「フン、じゃあ何なのよ」
「坊、大声は……」
「ゴル゛ア゛ッ!」
ドスの効いた霧隠先生の声で全員固まります。鬼か般若の如き霧隠先生の顔。
「お前らは
そのまま貸し切りなのに使っていなかったらしい5号車に連行され、廊下に正座させられます。じ、地べたと同じやん。マジやん。そして霧隠先生と一緒に来た半笑いの塾の先生が見たことない魔法円を出してきて、これが
「……なんでまた連帯責任なんですか?」
「皆で力合わせてつったろーが。京都までここで頭冷やしてろ!」
問答無用です。京都まであとどれくらいでしょう。さっきどこの駅止まったっけ。
「いいか……? 起こすなよ!!」
霧隠先生は寝不足の血走った目で言い残して戻ります。増援部隊の隊長さんですし、昨日は徹夜だったのかもしれません。むしろこれは何を言っても騒ぐだろうガキどもを隔離したとも言うのでは。
「何やろコレ。デジャ・ビュ……?」
「また用意がいいわね」
せやねェ志摩さんデジャヴでもなければ二回も阿呆なことで辛い目に合うてるはずないねェ。
「前も確か坊と出雲ちゃんケンカしはって……いやほんま進歩ないわ」
「チッ」
「うるさいわね!」
今度はふたりともそれなりに反省しているようです。良いことですが重いのには変わりありません。控えて下さい。
「そ……そんな事より……先生は何で奥村くん置いていかはったん? もしも何かあったら……危ないやんか!」
「子猫丸……」
「子猫さん……」
子猫さんにはめずらしく、感情的な言い方。それに空気が冷えた時、まるで呼応したかのように子猫さんの膝の上の
「うわぁ!」
そして勢い良く跳ね上がり、唸り声をあげたまま杜山さんの背中に落ちます。あかん。
「しえみ!」
「杜山さん!」
杜山さんは唸り声しか上げません。下手に声を上げるともう一度息を吸えなさそうなありさまです。
「古い強力なのが混ざっとったんや……! はよ引き離さんとどんどん重なって潰される!」
珍しく志摩さんがいいました。そういえば志摩さんは初任務が
「志摩、そっち持て」
そして二人で持ち上げようとしますが。
「……ふんぐ……ぐぐ」
「あああァアカンアカン腰抜ける!」
古く強力とだけあってそのあたりも重いのでしょう。正座から立ち上がって落とすのが有効なので横から押して転がり落とそうともしましたが吸い付いたように動きません。
「先生……霧隠先生呼んでこな……!」
「起こすな言うてはったけどな……」
「
言いながら志摩さんは錫杖を組み立てます。
「杜山さんちょお辛抱してな……!」
志摩さんは上から錫杖で突きましたが、音こそするもののヒビ一つ入りません。
「硬!」
「ダメか……」
「ちょお杜山さんと
杜山さんは頷きます。金剛杭を握って杜山さんの隣に座って、杜山さんと
「俺にまかせろ!」
奥村くんです。
「……は!?」
「どけっ」
どけと言われて、腰を下ろしたまま座席の間に後ずさります。奥村くんは、坊が止めるのも聞かずに
「よ~、!? ……ぐ、……くっ……」
突然、奥村くんから青い炎が吹き出しました。
思わず悲鳴をあげてあとずさります、が、杜山さん、杜山さんまで燃えてまう。でも、それなのに、涙ばっかり出て指一本動かへん!
「やめろ!!」
坊が奥村くんの肩を掴むと、奥村くんは驚いて炎が消えましたが、火の着いた
「座席に燃え移った……! あかん、もう
すぐ隣の座席が燃えているのに動けない私を、坊が引っ張って立たせます。志摩さんが4号車の方に向かった時、杜山さんが声を上げました。
「待って! 大ごとにしないで……! 燐は暴れてないよ、この炎は……」
「杜山さん……」
しかしコレ普通に言えばもう列車火災です。東海道新幹線車内で原因不明の火災。笑えへん。ヒューヒュー言ってる口を抑え、涙を拭います。
「……この炎って確か聖水で消してたわよね」
神木さんが言います。そして印章紙を出すとお狐さんを
「あれれ、今日はボクだけなんの用?」
「神酒を出して! あの炎を消すの! 聖水じゃないけどものは試しよ」
「白狐使いが荒いなァ」
「
神木さんの祝詞と柏手で座席の上に巨大な盃が現れ、お神酒は無事に座席の炎を鎮火させました。アルコールであれ、聖水代わりになるようです。炎が消えて息が楽になります。でも、物証は思い切り残ってしまいました。
「ざ……座席ケシズミになってもた……」
「……ていうか
そういえばどこやろ、と見渡しますが、すぐ横で奥村くんが坊の胸ぐらをつかんだのに意識を持っていかれます。
「何邪魔してんだよ! 俺はうまくやれた!」
「坊!」
「……何がうまくや……!」
「俺を信じてくれよ!」
「……信じる……? どうやって……!」
「坊!」
子猫さんが何度呼び止めても坊は止まりません。
「十六年前、ウチの寺の門徒がその炎で死んだ。その青い炎は人を殺せるんや! 俺のじいさんも……志摩のじいさんも一番上の兄貴も、子猫丸のお父も、鶯花のお父とお母と」
「坊」
視線を外しつつも呼び止めると、坊はちらとこちらを見てから止めました。お父とお母と、続く言葉は私の火傷でしょう。そして黙った奥村くんに続けます。
「寺の門徒は俺にとって家族と同じ……。家族がえらい目におうてて、どうやって信用せぇゆうんや!!」
「……、それは……大変だったよな……。……でもだったら何だ……! それは俺と関係ねぇ!!」
坊は瞬間、黙ります。確かに正論です。正論ではあっても、それでも割り切れないことってたくさんあって。子猫さんが冷や汗を流しながらまた坊を呼びます。坊はそれでも止まりません。
「……そうやったな……。お前はサタンを倒すんやったよな……!?」
「……そうだ。……だから一緒にすんな」
その時視界の端で揺れる青い炎。私が身をすくませた途端、子猫さんは叫び声を上げながら奥村くんの坊を掴む腕を掴みました。
「やめて! 坊から離れて!!」
驚いた奥村くんから炎が消え、子猫さんはまだ続けます。
「坊も……! 僕らを家族というてくれはるなら……勝手はやめて下さい! お願いです……!」
「子猫丸……」
「坊にもしもの事があったら僕ら寺に顔向けでけへん……!」
「坊! 上!!」
志摩さんの声と指した指に、体が先に動きました。体当りして座席の方に坊を倒して、ああきっと
斬撃の音。鋭利な断面の岩のかけら。
「……ったく、お前らこんなザコ相手に何やってんだ! 本番でもそうやって互いの足を引っぱり合う気か? 死ぬぞ!」
騒音か、火災警報のたぐいかを聞きつけてやってきたのでしょうか。その言葉は、私たちに
流石に囀石直積みはないだろうと思って召喚してもらいました。余談ですし統一されてるかは怪しいんですが、夢主の語尾の伸ばしがカタカナのァィゥェォになってる時は皮肉を言ってる時ってことになってます。原作キャラは原作表記ママなので当然そんなルールないです。