花に嵐   作:上枝あかり

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高瀬舟 6

 駅からは、バスに乗って逗留先に向かうとのことでした。叱られたのと喧嘩をしたのとで二重に重い空気の中、祓魔師(エクソシスト)の方も特におしゃべりせずにバスは進みます。

 そして、着いたのはもう実家とお寺の次くらいに見慣れた建物でした。もはや第二の実家かもしれない虎屋旅館。放蕩息子の帰還とでも題せそうな光景を一通りやってから、私達は先に身内への挨拶を許可され、まず八百造さまのところに連れていってもらいました。女将さんの後をついて大部屋ではなく個室の並ぶ廊下を歩きます。なんでも所長さんであること以外に症状の重さからもこちらの部屋らしく、心配が募ります。

「八百造さん、入るえ」

 襖の開いた部屋の中、広がるのは旅館の部屋の匂いの代わりに、病院と病人のにおい。引かれた布団と低い点滴スタンド、そして横たわる八百造さま。

「……! おおっ、坊!」

「八百造……!」

「お父!」

 少し声を上げただけでも咳き込み、顔にはガーゼが張られています。おそらく膿疱が出来ているのでしょう。起き上がるのすら難儀する様子で、たしかに重症です。病院ではない虎屋で療養できるギリギリのラインでしょう。

「八百造さん起き上がらんでええから」

「……なに、大した事あらへん。あと二週間で治るいう話ですわ。所長の分際でこの有様や……! 少しでも早く現場復帰せんと気ィ休まらん」

 しかしいい子で休んでいないと二週間では治らないのです。それなのに八百造さまは起き上がります。皆で枕元に座り、お話を聞きます。

「……皆ひどいんか?」

「大丈夫や。ちゃんと療養すればみんな治らはるいうし死人もおらんし。今が大変やけどな……!」

「そうか、よかったわ」

 坊の疑問に女将さんが答えはりました。治るならいいのですが、それでも病床というのは辛いものです。

「それより坊こそご無事で何よりです」

「ああ、みんなのお陰様でや」

 林間合宿のことを指しているのでしょう。どの程度が機密で隠されたかは知りませんが、病院に行く羽目になったので家庭の方には怪我をしたという連絡は行ったと聞いていました。八百造さまは次に子猫さんを呼びましたが、子猫さんは一瞬びくりと身を固めます。

「よう坊を守ってくれたな。大したもんや」

「い、いいえ! 守ったなんてそんなめっそな、僕は右往左往しとっただけです!」

 子猫さんは褒められて激しく頭を下げます。子猫さんはいつもしゃんとしとるので、もっと自信を持ちはったらいいのにと思います。八百造さまは私の方も見ました。

「鶯花も上級以上の悪魔相手に啖呵切って友達を助けた聞いとる。もしもお父さん聞きはったら喜ぶやろ」

「い、いえ、あれはほんま考えなしにやって坊のこと放って行ったくせに坊に助けてもろて危ない目合わせてしもて、叱られこそすれ褒められは……。は、恥ずかし……」

 あてこれ誰にも喋っとらん! 誰やチクったん!? 志摩さんか!? つい一昨日のことですが既に半分黒歴史です。杜山さんを助けに行ったことに後悔はなくても過程などに後悔がありまくりです。

「お父お父、俺もアバラいってもーてん。息すうときちょっといたいんや」

「お前はど(たま)ピンクにしただけやろが!」

 パカンと色にふさわしい軽い音を立てて八百造さまは廉造さんの頭を叩きます。出ました志摩家の鉄拳教育。

「お前に錫杖(キリク)預けたんは髪ピンクにさすためやないぞ!」

「お……っ、俺かてやる事はやってましたぁ!」

「志摩さんも志摩さんで右往左往してはりましたよ」

「子猫さんフォローになってへん!」

「あての目玉、坊と志摩さんと子猫さんに助けてもろたようなもんですし」

「そう! そういうフォロー!」

和尚(おとん)は」

 坊が与太話に流れかけた場を元々の家族に面談という目的に戻します。そう、それが大事な話でした。

「倒れたて聞いたで。どうなったんや」

「! せやった! まさか和尚(おっさま)も瘴気に中ったん?」

「達磨さんは……」

 女将さんが始めた言葉を、八百造さまが継ぎます。

「……和尚(おっさま)はちょうど出張所に遊びに来てはったところを今回の件に巻き込まれはって、……びっくりして腰ぬかさはったんや」

 腰を。はぁ、腰を。八百造さまはその後を続ける様子はありません。

「……、……ん? それだけ?」

「今はもうピンピンしてはる。安心せえ」

「えぇ~、な、なんやー。ま、なによりやけど……」

 そう、お元気なら何よりです。これは東京にいた頃から気になっていた話題でした。ほっと胸をなでおろしますが、坊はうつむいたまま黙り込み、そのまま言います。

和尚(おとん)は、今どこおるん」

「……さぁ。今どこやろ。“寺”には毎日戻らはるやろけどなぁ。あの人携帯電話持たへんし」

 女将さんが心配そうにこぼした言葉に、坊はこれから殴り込みにでも行きそうな雰囲気で言います。

「……あのハゲ達磨(だるま)に、どうしても話があるんや……!」

「せやけどおらんもんはねぇ……。せや、柔造や金造や柳らが一番大きい広間で寝とるで、お見舞いに行ったって。私はここらで仕事に戻るわ」

 女将さんはそう言って出ていきます。私達も八百造さまにお大事にと告げてからお暇しました。私達が居ると、いつまでたっても休めなさそうですし。

 言われたとおり一番大きい広間に行くと、何故か錫杖と(ナーガ)が飛んでいました。宝生志摩のケンカのようです。というか何で錫杖持っとるんでしょう。確かに風呂場で(グール)に襲われるケースもありますし、錫杖常備は志摩家家訓なんでしょうか。奥村先生も銃持っとったし、祓魔師(エクソシスト)の性かもしれません。でも普通なら銃刀法やら軽犯罪法にかかるところを捕まらないのは祓魔師(エクソシスト)故なのですから私闘で出さないでもらいたいです。坊は苦虫を噛み潰したような顔をすると「援護せぇ」と小さくいいました。そして、被甲護身の印を組み始めます。

「オン・バサラ・ギニ・ハラ・ネンハタナ・ソワカ!」

 壁が展開され、向かってきていた(ナーガ)が消滅します。その時初めて、喧嘩していた人たちはこちらに気づきました。

「やめぇ!! 味方同士で何やっとるんや!」

「うおっ、坊!」

「竜士さま!」

「戻らはったんですか……!」

 柔造兄さんはさっきまでのキレ顔をひっこめて明るく言いますが、それどころではありません。

「敵に狙われとるって時に内輪もめ起こしとる場合か!」

「や! あのヘビ共が……」

 坊に叱られて出た金造兄さんの言い訳じみた言葉に、蝮ねえさまはフン、と鼻を鳴らします。

「……いくら座主血統とはいえ、竜士さまにそう()の上から言われても……。そういう事は竜士さまのお()()に直接言うていただかんとなぁ」

 蝮ねえさまはこういう、ちゃんとこだわるところがあります。無条件の信頼を寄せるタイプではないというか。坊は蝮ねえさまの言葉を黙って受けます。

「蝮テメェ坊に何やその口のきき方ァ!」

「……いや、蝮の言う通りや」

「坊!?」

「とにかくもうやめ。病人に障る」

 坊も坊で色々思うところがあるのでしょう。くるりと振り返ると部屋を出ていってしまいました。いつの間にか隣にはスイカとネコを抱えた奥村くんがおって、それにびっくりして色々突っ込みどころはあるものの目をそらした先に、見覚えのある顔を見つけました。

 兄です。私ととてもよく似た顔をしているのですが、どちらも女顔なので私が兄に似ているというよりむしろ兄が私に似ているのだと思わないこともありません。

「あ! お兄おった! って寝てはるやん」

 近づいてみると、無精髭生やしてクマつくってよう寝てます。メール返ってこんと思ったら倒れとったんか。でも、ここにいるのは軽傷者なのでまだ安心……。

「……え? なんでこの騒ぎで起きひんの? 顔色えろう悪いし、お兄ちゃん大丈夫なん……?」

「あー、大丈夫や。柳は別に瘴気にはやられてへん。ただな、柳はもともと六連勤締めの夜勤が昨日の朝で終わるはずやったんやけど、出張所がこの有様やから帰れんで、昨夜も徹夜してさっきやっとのことで寝たんや。家帰る気力もない言うてな。元気はないけど大丈夫やから寝かせたって」

 隣にきて解説してくれた柔造兄さんが私の頭にぽんぽんと落ち着かせるように手を置きます。

「そ、そうなん……?」

「会いたいなら夜か、明日の朝にしたってや」

「おん……」

 無事だと言われればそれまでなのですが、やっぱり少しは心配です。さて坊らに置いて行かれてしまったことですしそろそろ仕事を貰いに行こうかと思ったら、宝生のあねさま達が手招きしました。

「鶯花こっち()い、柳の代わりに(あて)らに顔見せて」

 家族に顔を見せてこいと言われましたが、家族は寝ている上宝生のあねさま達は家族同然です。少しならいいでしょう。近づいてお布団の前に正座すると、あねさま達は寄ってきて私の包帯を触ったりします。

「鶯花あんた頭怪我しとるやん、大丈夫なんかこれ……」

「おん青ねえさま、大したことないて」

「鶯花、ちゃんと東京でやれとる? いじめられたりしてへん?」

「おん錦ねえさま、あて元気や」

「アンタ色々とろいから(あて)ら心配やわ、竜士さまらともほどほどにやれとる?」

「おん蝮ねえさま、あて毎日楽しいえ」

「鶯花それ嘘ついとる顔や」

「ちゃうわ青ねえさま、ほんまに……」

「女の子ともちゃんとやれとるん? 寮の子は?」

「こ、こないだ喧嘩してまったけど仲直りしたいねん」

「そやの? 困ったことあったら言うんやで」

「おん蝮ねえさま、ほんま困ったら甘えさせてもらいます。あて、そろそろ仕事いかんと」

「ああせやったね、お勤めきばり」

「せや姉様(あねさま)、さっきお見舞でもろたお菓子!」

「せや、一個余ったのもろてまったから持ってきい」

「あられや、好きやろ?」

「あて、あられ好きや。あねさま達ありがとぉ」

 お礼を言って立ち上がると、背後で声が聞こえます。

「……女三人よれば姦しいってほんまやな……」

「喋るしか能がないんや」

「なんや申?」

「ほんま、みなさん思とったよりずぅっと元気で仲ようて、あて安心したわァ」

 聞こえよがしに言って、指示をくれそうな祓魔師(エクソシスト)さんを探します。現状日頃の仲の悪さが問題を喰ってさらに膨れ上がっています。こういうギス着いた空気はだめです。塾もお寺もだめなら、あてどこで休めばええの。志摩と宝生の仲の悪さは折り紙付きですが、日頃はもっとかわいらしいものなのです。やはり明陀のいわくつきの右目が問題の中心だからでしょうか。

 スイカを配り始めた奥村くんに避けてしまった申し訳無さを覚えながら、奥村くんがスイカについて聞いていた祓魔師(エクソシスト)さんに話しかけます。

「すみません遅れました。何すればええでしょう?」

「そうだな……。とりあえず、さっきのケンカの後始末してくれない? 救急箱庭に飛んでっちゃったし、ガラス割れちゃったし……。あと」

 祓魔師(エクソシスト)の方は身をかがめて、私の耳元で小声で言いました。

「あの患者たちの知り合いなら、できれば武器(錫杖)とりあげておいて」

「……承知しました。尽くします」




 最初『親の顔より見た虎屋旅館』って書いてたんですがスラングすぎるしブラックすぎるのでやめました。放蕩息子帰還シーンでも「髪ぜったいゆわれるおもた」って言ってる志摩さんに「明日は我が身ですえ、ピンク頭」って突っ込みたかったのですがこちらも冗長になりそうなのでカット。
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