花に嵐   作:上枝あかり

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高瀬舟 9

 朝食の場では坊と一緒になったので、少し様子を聞いてみましたが、どうやら昨夜のことは何も覚えていないようでした。下を脱がせようとしたことやら忘れてくれているのなら都合がいいのですが、あんな無防備でさらに記憶がないとなると心配になります。きっと将来飲み会ではお守りしますからね、坊。

 朝食後は今日から現場復帰の方のお布団を片付けるのを手伝って通勤ラッシュが収まるのを待ってから、バスに乗って出かけました。服の方はなんだかんだお手伝いをしそうなことや、祖父に見せることも考えて制服を着ます。下鴨さんのあたりでバスを降りた後は、手土産にみたらし団子を買ってから施設の方に向かいました。しかし、会えた祖父に少し近況を話すもすぐに眠たくなってしまったようで、買ったお団子も食べないうちに御暇しました。春より具合が悪そうで、心配ばかりが募ります。お団子だって好物のはずなのに5本入りを置いていかれても困るからと4本は持ち帰らされてしまいましたし、施設の人も具合についてあまり良いことは言ってくれませんでした。ひょっとすると、私が高校で京都を離れている間に、ということも、ありえます。縁起でもない思考を打ち消しても、いつか来るであろう日のことは不安でたまりません。四苦とは見る方も苦しいものです。祖父のように、自分よりずっと年上の人は、まだ覚悟があるからマシです。年の近い、たとえば坊などの最期など、それが百年後であろうと、私に見送れるものでしょうか。なるべくなら、誰よりはやく死にたい。誰も見送らんで済むように。

 活気のある虎屋に戻れば、そんな物騒な考えは吹き飛んでしまいました。もうお昼どきでしたので、お昼の配膳を手伝います。お盆を受け取って広間に持っていって、厨房に戻って今度は病室にしている方に病人食を。もう仕事はないので食事を摂りに戻る時に、廊下の曲がり角で、一人とぶつかりかけます。

「っと、悪り」

「ひっ」

 奥村くんでした。顔を見た途端体が防御姿勢を取るように丸まります。奥村くんは私の怯えた顔を見て、頬をかきました。

「だよな、お前青い炎怖いって言ってたし、俺も怖いよな、ハハ……」

 踵を返しかけた奥村くんの腕を掴みます。

「こ、こわいけど、それだけやから!」

 振り向いた奥村くんと、目が合わせられません。でも眉間のあたりに焦点を当てます。

「確かにごめんなさい、奥村くんの炎は怖い! けど、奥村くん自身は優しい人や。奥村くんはあての火傷見ても、何も言わんかったのに、あてだけ悪魔の子や知らされて避けるなん、ほんまなら恥ずかしゅうてようせん! 少しずつ慣らすから、愛想尽かさんで!」

「つ、尽かすはずねーだろ! ……俺さ、今炎をコントロールする修行してんだ。それできたらきっとマシになるはずだから、俺、頑張るな」

「おん、あてもがんばる……。よう考えたら、サタン倒すの手伝うのに、青い炎が怖いとか言うてられへん」

 奥村くんの目を見ます。本来なら熱さなど感じさせないような涼しげな青い色。恐れを本人の前で口に出したことで、自分は怖がっていると認められた気がします。悪いからと否定していたら、恐怖している自分を御することもできません。いっそ睨むように奥村くんの目を見ます。青い炎を怖がっているのは、炎に巻かれて何も出来ない赤ん坊の頃の自分。今、何が出来るとは言いませんが、それでも赤ん坊よりは自分の手足で動けるつもりです。

「そ、そんな見んなよ……。昼食い行こうぜ」

「おん。……せや、一つ聞いてええ?」

 震えている手を握りしめて、奥村くんの隣で歩きます。

「ん? なんだよ」

「そのネコ、何?」

 奥村くんの肩に、黒いネコがのっています。尾が二本あるので猫又(ケットシー)でしょうか。ずっと気になっていましたが、コレなんでしょう。

「ああ、こいつ? そっか、紹介した時お前いなかったっけ。こいつな、俺の使い魔!」

「ああ、いつぞや倒して使い魔にした言うとった。猫又(ケットシー)やったんやね」

 私の声を聞いて、さっきまで静かだった猫又(ケットシー)はニャーニャー言い出しました。うーん、あまり騒ぐと本当にネコとみなされて追い出されそうなのですが。虎屋はペット対応旅館じゃありませんし。

「あーわかったって、訂正すりゃいいんだろ?」

「ニャー」

「奥村くん、ネコ語わかるん……?」

 どう聞いても会話しています。それはそれでまた子猫さんが羨ましがりそうな……。

「いや、悪魔のテレパシー的な何か……?」

「ニャー!」

「わかったって。クロ、ああコイツのことな、元々は親父の使い魔として学校の門番やってたんだ。本当は倒したんじゃなくて、クロが親父が死んだって知って暴れてたところを俺が仲直りした。これでいいか?」

「ニャア」

 なるほど、知性ある悪魔のようですし嘘を広められたら怒りそうです。……でも、親父って誰でしょう。まさかサタンではありますまい。

「へえ、そうなん。ところで親父って……」

「あ、実のじゃないぜ!? 育ての親だよ。俺ら修道院育ちで、親父は修道院の院長やってたんだけど、聖騎士(パラディン)だったらしい」

「へえ、前の聖騎士(パラディン)言うと……。確か、えーと、藤本獅郎さん」

 中学の頃坊が祓魔師(エクソシスト)の勉強をしていたのを横から一緒に見ていたので覚えていました。

「そうそう。ってかお前すげーじゃん! 昨日あんなヤバそうだったのに今普通に喋れてるよな?」

「や、膝ガックガクや」

「うわマジだ! 無理すんなよ!?」

 奥村くんが私のスポーツレギンスの足を見て言います。隣で歩いていると奥村くんが視界に入らないだけなのです。奥村くんにつられて足元を見ると、なにか黒いものが視界に入りました。……奥村くんの尻尾です。そっか、悪魔やから。思えば彼、八重歯がありましたし、耳もちょっと尖り気味でしたね。

 その後は昼食会場の広間に行きました。兄が居たので兄に一応奥村くんを紹介し、奥村くんは霧隠先生と、私は兄と昼食を摂りました。祖父の様子を見てきたことと、あまり元気がなさそうだったことを伝えます。兄は今日の詮議では建設的な話の出ないままお開きになったことを教えてくれました。兄の今日の勤務は夜勤だそうで、この後は仮眠をとると言っていましたが、私が奥村くんが修行をしていることに触れると、少し食いついてきました。

「修行? ……鶯花、お前にもひさびさに何や教えたろうか」

「寝んでええの?」

「寝ときたいのは山々やけど昨日の昼からほとんど寝とるから寝るに寝れん。少し動いて二、三時間寝たいんや」

「じゃあ、頼むわ。特にな、結界張っとる人間の意識がなくても持つようなやつ覚えたいねん」

「はぁ? そりゃ陣地防衛とかそんな感じの大掛かりなやつになるえ。兄ちゃん今日そんな付いたってられんよ」

「いや、簡単なやつでええん」

「一応聞くけど、何で?」

「塾の実習、あて大体気絶オチしとるから……」

「いや、せやったら先やるんはお前自身の安全確保と、後はいつもの基礎練習やろ? 基礎練怠って技に頼るなん阿呆のすることやぞ」

「基礎練くらいしとります~。ええわ、じゃああて一人でやります。基礎集も要訣集も持ってきとるし」

 基礎集と要訣集は、青い夜の後技術伝承ができなくなることを恐れた祖父が書いたいわゆる指南書です。あともうひとつあるそうですが、これは兄が持っています。でもこの二冊は私に渡されたので、東京でもそれを見ながら勉強しているのです。

「待て。このままやと寝過ぎで頭が痛なるしな。しゃあない、お昼の後はお習字の時間や。女将さんに墨貰ってきい」

 その言葉通り、兄は食後私にお習字……種子字の札作りを教えてくれました。それを金剛杭や索や(じょう)につけて使うことで対応する明王などの力を借りられるというものです。林間合宿で見た沼の虫豸(チューチ)の封印が実例でしょうか。これならある程度術者の意識が落ちても結界が持ちます。

 私は基礎集、つまり基礎のやりかたの載っている本の四分の三ほどまで進めていたのですが、これは私が次にやろうとしていたところでしたから理解が追いつかないようなことはありません。もう読んで予習自体も済ませてありました。一緒にうちの本尊の孔雀明王の種子字の札を作った後、兄は少し考えてから烏枢沙摩明王の種子字も書こうと言いました。理由がわからずに聞くと、今回の件は腐属性の悪魔が中心なので、持つならそれがいいとのことです。確かに不浄王の右目は腐属性で騒動の中心で、烏枢沙摩明王の火属性は腐属性に有利ですが、右目は動きませんし候補生(エクスワイア)の私たちはそんな結界を張らねばならないような前線には出ないのですが。しかし、必要だからワクチンを打たれたのは事実で、不浄契金剛の烏枢沙摩明王は他より瘴気を通しにくそうですし、今回使わずとも、前に味覚を奪ったにっくき(グール)も腐属性ですので、持っておいて損はないでしょう。まだしばらく練習しないと、兄の指導なしに一人で作った札は効果がうすそうですし。

 そんなこんなで兄と居たのですが、日の傾きかけた頃兄は仮眠に入りました。女将さんに何か仕事を貰おうと聞きに行くと、鶯の間の片付けを頼まれました。どうやら午前の詮議で使ったまま放っておかれていたようです。お盆と台拭きをもらって鶯の間に向かいます。

 すると、そこには坊がいました。いつから居たんでしょう。まさか昼前には終わった詮議から、ずっといたんでしょうか。昼食会場でも姿を見ませんでした。

「ああ、片付けるんか」

「いや、そのままでいいですよ、机の上だけやれば机自体は後で片付けに来はるゆう話やし」

「そうか」

 坊はうつむいて何か考えている様子です。私はお茶菓子の皿やら湯呑みやらを重ねてお盆に乗せて、台拭きで机を拭いていきます。

「坊、ちゃんとお昼食べはった?」

「いや……」

「じゃあ、お菓子の余り食べちゃって下さい。お菓子余っとったら好きにしてええ言われとるんです。楽しいお話やなかったそうやし、そりゃこんだけ余りますわ」

 一口サイズの最中に、かわいらしいうさぎのおまんじゅう。結構余っています。夕飯も控えていますし、少しだけ頂いて残りは坊に渡します。坊は、甘味を楽しむ様子もなく冷めたお茶と一緒にお菓子を飲み下します。

「鶯花、今ちょっとええか」

「この後の予定はないですけど、コレ厨房に返してからでもかまいません?」

「ああ、それからでええ」

 言って、お盆を厨房に返して片付けが終わった報告をします。ついでに、残っていたみたらし団子も持っていきます。

「お待たせしました。下鴨さんのところのみたらし団子、買ったはええけど余っとるんでこっちもどうぞ」

「ああ、夕飯あるから一本だけもらうわ。下鴨神社の方言うとじいさんか。元気やったか?」

「んー、あんまり。で、何です? 詮議についてですか? 碌な考え出んかった聞いてますけど」

「まぁ、せやな」

 私も坊の向かいに座り、坊がお団子を一本とるのを見ます。坊は一個お団子を食べました。

「鶯花、今から言うことは、俺が考えとるだけのことや。それを承知で聞いてくれるか」

「ええ。もちろん」

 坊はもう一個食べます。そして、話し始めました。

「要は寺が、……和尚(おとん)が、信頼できるか、ゆう話や。今日の詮議、和尚(おとん)は欠席しよった。俺らに隠されとった左目の存在を、和尚(おとん)は知っとるはずやとか、現場に護摩壇の調子が悪いゆうて呼ばれとったらしい和尚(おとん)が、護摩壇の炎を右目にけしかけてるように見えたとか、そんな話ばかり出た」

 そんなこと、兄は一言も言いませんでした。あの人の性格上、結論だけ言えばいいと思っている節もあるでしょうが、そんな和尚(おっさま)を疑う話を聞けば私が騒ぐとわかっていたのもあるのだと思います。坊は、3つめのお団子を食べます。

「それに、皆は知らんが、奥村……サタンの息子のため、本尊を渡したゆうんが、まず、怪しい。フェレス卿と共謀して、何企んどるのかわからん。……和尚(おとん)は、信用できるんやろうか」

 坊の口ぶりは、疑問の体裁をとってはいましたが、言外に信用出来ないと言っているようなものです。私は口を開きます。

「……あてには、和尚(おっさま)を疑えません。あんなええようにしてくれはったんやから、どんな怪しいことしとる言われても、何か考えあってのことやろう思うし、隠し事しとる言われても、それはあてが知らん方がええことなんやろう思います。……でも」

 でも、坊が信用出来ないというのなら。ギュッと膝の上で拳を握って、少し視線を逸しながら、早口気味になるのを出来る限り抑えて言います。

「でも、もし、仮定として、和尚(おっさま)を疑うなら。そのときにはもう明陀自体が信じられへん。だってそうでしょう。八百造さま、昨日あてらに『和尚(おっさま)は遊びに来て腰抜かした』言わはった。護摩壇の調子悪いんを見に来るんは遊ぶ言わんし、炎操っとるように見える人は腰抜かさんわ。八百造さまが信用できんとなると僧正位もアウトです。もう、組織自体信じられへん」

 言い切って、ぜえぜえと息をします。こんなこと、言いたくありません。あの優しい人たちを、どう疑えというのです。でも、坊が言うなら疑わなければいけないのでしょうか。もう、そういうところまで、来てしまっているのでしょうか。

「そうやな。そもそも、本尊をよそにやるなんてことをしでかした和尚(おとん)を、八百造らはそのまま座主に据えとる。上層部全部あやしくなってくる。……でも、言うたやろ。これは全部俺の頭で考えとるだけのことや。俺の邪推に突き合わせて悪かったな」

 坊は残り二つのお団子を一気に食べて立ち上がり、鶯の間を出ます。私は串をもらって残りのお団子を包み直して持ちました。階段を登っていく坊についていきます。

「でももう、このままではおられん。明日の朝になったら金剛深山に登って和尚(おとん)を問い質す」

候補生(エクスワイア)の明日の予定はまだ聞いてへんですけど、お供か先生のごまかしは任せて下さい」

 急に坊が立ち止まりました。視線の先には、窓から外を見る柔造兄さん。外に一体何があるんでしょう。そこからは旅館の中しか見られないはずですが。

「柔造さん」

 私達の背後の廊下からやってきた明陀の若手の門徒さんが、柔造兄さんに声をかけました。坊は動きません。立ち聞きのように聞いたところによれば、どうやら八百造さまが深部の警備を薄くしたそうです。わざと、でしょう。敵を誘っているのでしょうか。柔造兄さんは話を聞き終わると鍵を手近な鍵穴に挿して、どこかへ向かいます。

「今の、出張所の鍵やな……。急に出張所へ何の用や」

「いや、所長に事情聞いとく言うとったやないですか」

「八百造はまだ出張所出られる状況やなかった。様子見に行くで」

 坊が駆け出したのでそのまま着いていきます。旅館を出れば宵の街は今日はお祭りで、たくさんの人が少し楽しそうに歩いていました。坊のほうが足が速いうえ人出が多いのではぐれそうになり、坊は私の手を取って人混みをすり抜けていきます。坊に手をひかれるのは、嫌いではありません。でも、その嬉しさを享受するには、なんだか悪い胸騒ぎがするのです。虎屋と出張所はそう離れていませんが、鍵を使って一瞬で行くのには到底追いつけません。出張所にたどり着くと、金造兄さんに見つかりました。

「あれ坊、それに鶯花も。何してはるんです?」

 坊は息を整えながらそれに答えます。

「地下用のエレベーターは!?」

「右ッス」

「おおきに金造兄さん!」

「仕出しならもう届いとるでー?」

 言ってもう一回走り出します。昔からそうでしたからもう癖になっているのでしょう、坊は出張所内でも私の手を取ります。体力としてはちゃんと、坊についていけてます。体作っておいて正解でした。エレベーターのボタンを押すと、エレベーターは地下十三階から上がってきます。

「……後で叱られるときには一緒ですよ」

「……そうなるとええんやけど」

 やっときたエレベーターに乗り込んで、坊は迷わず十三階、最深層のボタンを押します。エレベーターの扉は締まり、起動音を立てて箱はゆっくり地下に落ちていきます。不吉な沈黙でした。そこでやっと、柔造兄さんが警備の薄い出張所に向かう意味に思い至りました。それは自分が警備するためにも見えますが、襲いに行くようにも見えます。自分の考えにゾッとしました。全部、全部気のせいで、私たちは重要な建物に忍び込んだカドでまた囀石(バリヨン)を抱かされる。そうなるはずなのに、なぜだか最早そうは思えません。

 そして、ついに十三階。チン、と高い音を立てベルが鳴り、装飾的な扉がガアっと開きました。

「!!」

 そこには倒れた、人、人、人。もう、手遅れでした。

「お……おい! 大丈夫か!?」

 坊が駆け寄ったのと違う人に私も駆け寄り声をかけます。手早く全員を確認しましたが、ひとまず一刻を争う状態の人はいないようです。向こうに続く半開きのドアが、そこを通った“誰か”の存在を私たちに教えます。

「どういうことや柔造……。まさか……そんな」

「坊、誰か呼びましょう。あてらだけで事が片付けられると思えへん」

 携帯を開いて言いますが、ここは地下十三階。電波など来ているはずもありませんでした。でも、どこかに内線電話くらいあるはずです。キョロキョロする私に、坊は苦しげに言いました。

「誰か、て、誰をや」

「っ」

 私は、寺の人がやったなんて、思っていません。思えません。でも、状況証拠がそうだと告げているのなら、一体、誰を頼ればいいというのでしょう。さっき自分で上は誰も信用できなくなると言ったのに。霧隠先生だって信用しきれません。

「ひとまず、行くで」

「……はい」

 誘うように半開きのドア。失礼して、私が先に進みます。この向こうの“敵対的な誰か”の前に坊を晒す訳にはいきません。坊は下がっとれと言いますが、防衛戦は私のほうが得意と丸め込みました。ポケットの中にはちゃんと数珠と金剛杭が入っています。手に持ったままで来てしまったお団子の包みが邪魔を通り越して滑稽ですが致し方ありません。数珠を左手にかけて廊下を奥へと走ると、広まった空間に出ました。その向こうで、立ち上がる人影が一つ。そして、その更に向こう、護摩壇に囲まれた魔法瓶の前に、もう一人。

「そこで何してるんや、蝮」

 手前の人影……柔造兄さんは、奥の人影に言いました。奥の蝮ねえさまは振り向きます。そして、問いには答えません。坊に制服の首根っこを掴まれて、しゃがまされました。そして、ま、と言う前に口を塞がれます。柵は棒のみで私達の影を隠しはしませんが、それでも姿勢を低くして隠れていたほうが今は都合が良いでしょうか。頭の中が、わかりやすく正しそうな結論を無視して、回りくどい考えばかり展開します。

「やっぱりお前やったんか。ハッ、あからさまに挙動不審やったもんな。でも俺は、お前の事を、普段はいけ好かんけど人一倍明陀の事を考えとる奴やと思っとったんや。それが何でや?」

 蝮ねえさまは何も言いません。そう待たずに柔造兄さんは激昂します。

「何とか言え!!」

 蝮ねえさまは少し伏し目がちなまま、ゆっくり口を開きます。

「……明陀の目を覚まさせるため。……本当の裏切者は、勝呂達磨。そして、日本支部長メフィスト・フェレスや」

 和尚(おっさま)の名前が出た途端、坊の手に力がこもりました。

「メ……メフィスト!? 何の話や……!?」

「8年前……、(あて)が祓魔塾に入塾して暫くした頃、藤堂先生が打ち明けてくれはったんや。メフィスト・フェレスの持ち物として、支部最深部に不浄王の左目が預けられていることを。藤堂先生は長らくメフィストの行動に疑念を抱いてはって、その不正を暴こうとしてはるゆう話やった。そこで(あて)も先生に協力することにしたんや。メフィスト、不浄王、勝呂達磨。この数年調べ尽くしたわ。決定的な情報はなんも出て来ぉへんかったけどな。だが四日前、ヴァチカンで行われたメフィストの懲戒尋問についてかなり確かな情報を得た。――それは、『メフィスト・フェレスがサタンの仔を極秘裏に生かし育てていた』というものや」

「なんやと!?」

 奥村くんのことです。でも、その情報だけ聞けば、サタンの仔とは、いかにも破壊兵器じみて聞こえるではありませんか。蝮ねえさまは片手で印を組みます。

「しかもそのサタンの息子を生かすために、()()()()()()()が使われとるゆう話や」

「な……」

 もう口をきくどころでなくなった私の口から坊の手が離れ、ギュッと握りこぶしを作ります。どうしましょう、それらは()()なのです、紛れもなく。でも、奥村くんはいい人で……、ああ、もう!

「証拠は!」

「……今ここに証拠なんぞあるか。だがいずれ公になる」

 いるんです証拠、旅館に! 本尊持ったサタンの息子がいるんですあても今日話しました! でも話してもらえればきっと蝮ねえさまの疑念だってちょっとは晴れるはずで、しかし乱入する間もなく蝮ねえさまは真言を唱え(ナーガ)を二体召喚します。

「もう上は信用できひん。“右目”と“左目”は藤堂先生が深部(ここ)よりも安全な場所に封印する」

 ああ、違います。私が思っていたのとは、違います。奥村くんがいい人とか、そんなの関係ないのです。16年前、どう転ぶかわからない赤子のサタンの仔を、生かそうとした()()()()が、不信とするには十分なのです。蝮ねえさまは(ナーガ)を右目の魔法瓶へ寄らせます。柔造兄さんは錫杖を構えました。

「やめろ蝮!! 一人っきりで先走るな! せめて正々堂々皆の前で言え!!」

「フン……、上は明陀を正十字に売った達磨を未だ当主に据えて、何の疑問も持っとらん連中や! (てて)様でさえ……! 志摩家はその筆頭やないか! 『落ち着け、お前の考え過ぎや』と笑われるのがオチや。そない悠長にやっとる場合か!! 理解者なんぞいらへん。全ては……明陀を救うためや!!」

 蝮ねえさまは魔法瓶に近寄らせなかった方の(ナーガ)を柔造兄さんにけしかけました。柔造兄さんは飛び上がって(ナーガ)の頭を踏みつけ、そのまま胴を走ります。

「本気か蝮……! ……なら、幼なじみのよしみで、俺が引導渡してやるわ!!」

「やめろ蝮! 柔造!」

「あねさま!!」

 坊が立ち上がり叫んだのと一緒に、蝮ねえさまを呼びます。柔造兄さん乗っていた方の(ナーガ)が柔造兄さんを振り落として蝮ねえさまの方に戻り、柔造兄さんは柵に飛び移ります。そして突然、床が揺れました。こんな時に地震、もうちょっと後にしていただきたい!

「一体なんや!?」

「天井が……!」

 柔造兄さんの声で上を向くと、天井がボコボコと音を立て腐敗していました。こんな時に地震ではなかったのです。こんな時だからこそ、襲撃があったのです。天井は壊れ、轟音を立てて落ちてきます。坊と一緒に中心へと向かうと、瓦礫とともに上から冴えない中年が降りてきました。

「やあ。志摩くんお久しぶりだね」

 見覚えはありません。しかし、この人以外居ないでしょう。元上二級祓魔師(エクソシスト)にして元最深部部長、現在指名手配中の、藤堂三郎太。




 私の京都行きたい欲が滲み出ました。下鴨神社近くのお団子、というのには明確なお店のモチーフがあります。このオリ主には裏設定で(本来の意味の)辛党というのがあって、甘いものはそんなに好きではないのですが、こちらのお団子は甘いもの苦手な方でもイケるとか。包みもかわいいです。
 ちらっと書いたお祭りの方は祇園祭のことです。不浄王復活は7月24日なのですが、どうやらこの日は山鉾巡行など祇園祭の重要なお祭りがある日のようなのでちらっと書きました。東寺付近の虎屋のあたりも混雑するのかということは置いといて下さい。
 索や縄はどちらも結界張る時に張ってる縄で、太いのと細いのです。
 あと、蝮さんが懲戒尋問の情報を得たのが原作だと一週間前になってるんですが、日付を考えるにこれは妙なので四日前にしてあります。
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