花に嵐   作:上枝あかり

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高瀬舟 10

「藤堂……!」

 柔造兄さんは確かにその名を呼びました。藤堂は瓦礫の降る中にこにこと笑いながら柵に降り立ちます。柔造兄さんは柵から下りて走り出しました。私達も同じく走ります。

「このタヌキ! 蝮を誑かして何が目的や!!」

「タヌキか。ハハハ! いいね。いや()()()()()()()宝生くんに協力しているだけだよ」

「その通りや。藤堂先生は関係ない」

 蝮ねえさまは(ナーガ)から右目入りの魔法瓶を受け取ります。もう片手で、いつもどおり(ナーガ)のあごをするする撫でながら。

「蝮……、お前完ッッッ全に藤堂に騙されとるんが判らんのか!!」

 柔造兄さんの声も無視して、蝮ねえさまは魔法瓶の蓋を開けます。丸い右目は瓶の細い口をニュウっと這い上がってきます。

「蝮……何やっとるんや」

 後ろから足音。ついに増援でしょうか。右目は瓶の口から出ます。そこで、蝮ねえさまの意図が私にもわかりました。追跡される恐れのある魔法瓶から出して、右目を運ぶつもりです。しかしアレはあるだけで瘴気を撒くと聞きます。勘ばかり先走って、声を上げます。

「あねさまやめてぇっ!!」

「よせッ、やめろ!!」

 蝮ねえさまは右目を自分の右目にあて、言います。

「騙されとるんは、お前らの方や」

 右目を安全な場所で再封印しようとする蝮ねえさまが、瘴気を撒き散らす裸の状態で右目を運ぶと思えません。魔法瓶代わりの()()()が必要です。そして、それは蝮ねえさまの体。蝮ねえさまは右目を自分の眼窩に押し入れ、途端に黒い靄と一緒に消えました。藤堂も、一緒に。

「消えた……!」

 人が集まってきて、ざわざわと騒ぎが広がります。私は、蝮ねえさまが大好きです。明陀(私達)の為を思って行動した蝮ねえさまが言うなら、きっと正十字騎士團と和尚(おっさま)は悪巧みをしていて、右目と左目を安全な場所に再封印しようとする蝮ねえさまは正しいのでしょう。でも、和尚(おっさま)も大好きです。和尚(おっさま)が、私達に悪いことするはずありません。きっと、右目と左目はあのままでも安全で、蝮ねえさまは藤堂に騙されているのでしょう。でも、状況証拠は和尚(おっさま)らに不利で、蝮ねえさまの言う通りだってあるはずで。

「うぅ~……」

 顔を覆い、涙がでるのをがんばって抑えます。蝮ねえさまが正しくても騙されてても、あんな物を体に入れて、蝮ねえさまが無事で済むはずありません。「静まれ」という声に顔を上げて涙を拭うと、坊が急に人混みを抜けて走り出しました。刷り込みのヒナのようについていくと、その先には和尚(おっさま)がいます。坊が和尚(おっさま)の肩をつかむと、和尚(おっさま)は振り返りました。

「……久しぶり和尚(おとん)……!」

「わッ、竜士!」

 口を挟める雰囲気でもありませんが、ご無沙汰していたのは確かなので頭を下げます。和尚(おっさま)は少し笑いながらごまかすように言います。

「ひ……久しぶりやなぁ……。ずい分立派なトサカが生えて……」

「どこ行くんや」

「あ~~、ゆっくり話したいところやけど、私は蝮を追わんと……。放してくれへんか?」

「蝮を追う……? 元はといえば蝮が裏切ったんもこの有り様も……! なんもかんも全部、アンタの所為やろうが!!」

「竜士」

 坊は和尚(おっさま)の胸ぐらをつかみ激昂しました。怒鳴り声を上げた後、冷静にならなければ話を聞けない事に気がついたのか、少し落ち着いた声で言います。

和尚(おとん)、蝮の言うとおり……、俺らを裏切っとるんか……!?」

「そ、そないなワケないやろ」

「せやったら、この皆がおる前で、今、本当(ホンマ)の事言うてくれや!!」

 頷きます。和尚(おっさま)が何かを隠してはるのは事実です。その何かを聞かなければ、私達疑いたくない人を疑ってしまう。

本当(ホンマ)のこと……」

 そして、和尚(おっさま)は眉尻を下げ、わがままを言われて困ったように笑いながら言いました。

「それは“秘密”や」

 坊の顔から、表情が抜け落ちます。和尚(おっさま)の胸ぐらを掴んでいた腕も力なく落ちます。

「“秘密”は息子のお前にも話せへん。……出来れば一生話さずに済めば、ホンマ大助かりなんやけどなぁ」

 和尚(おっさま)はナハハ、と笑います。いつもなら安心できるその笑顔。でも、今は、今だけは、全く安心できません。坊は言います。

「この状況で、アンタ何言うてんねん……」

「とにかく! 今はそれどころやない、蝮を追わんと」

 坊の言葉を聞いていないのと同じような態度で、和尚(おっさま)は振り返りながら言います。

「竜士、鶯花、お前らはお母や先生の言うことよう聞いて大人しぅしとるんやで。ええな?」

 す、と息を吸った音で、坊が着火したのがわかりました。

「親父面すな!!」

 坊の怒鳴り声。もう、騒ぎの中心は護摩壇の方ではなくこちらになっています。

「竜士……」

「このまま喋らんで行く言うんなら……、アンタは金輪際親父でも何でもないわ!」

「坊……」

 うつむき気味に言い切った坊を、和尚(おっさま)は見て、そして……そのまま背を向けました。

「……ほな、私は行くな。……、堪忍してや」

「!!」

和尚(おっさま)、待ってください、あんまりです! 一言でええんです、なんや教えてください」

 坊の方を見られず、和尚(おっさま)の背にとりつきます。しかし、和尚(おっさま)はこちらを振り返りもしません。

「堪忍な、鶯花」

和尚(おっさま)……」

 それ以上何も言えずに、すがった手は和尚(おっさま)の法衣の背を滑り落ちます。そのまま、視線も下へ。ねえ和尚(おっさま)、親子の縁を切ってまで言えぬ秘密って、なんですか。そんなに知らせたくない秘密は、どんなに重いのですか。

「待て」

 声、奥村くんの声。いつの間に来たのか、奥村くんが和尚(おっさま)の袈裟を掴んでいました。

「奥村!?」

「何で行くんだよ! アンタ勝呂の父ちゃんだろ!」

「燐くん……」

「それに、勝呂てめェは!!」

「坊!!」

 奥村くんが、坊を殴り飛ばしました。一瞬光った青い光、やめてください言い訳できなくなる! 殴り飛ばされた坊のもとに駆け寄り、傷を見ます。坊は血を吐き出しました。口の中を、切ったのでしょうか。

「……、……なん」

「詳しい事情は知んねーけど、後でお前が絶対後悔するから言っといてやる。いいか! 父ちゃんに謝れ!! 今のうちに!」

 奥村くん、いきなり現れて何言うとるの。

「関係ないやろうが!! 黙っとけや!!」

「親父を簡単に切り捨てんじゃねえ!!」

「お前に言われたないわ。オヤジ(サタン)倒す言うてる奴に……!」

 あかん、誰も冷静じゃないのでまとまる話もこじれます。そもそもこじれる要素しかないのに。この場で一人、いっそ不相応に落ち着いた和尚(おっさま)が二人を止めてくれます。

「まあまあ燐くんも竜士も、ここらで仲直りや。なぁ」

「……アンタはどこへでも好きに行ったらええやろ。二度と戻ってくるな!!」

 しかし坊は和尚(おっさま)の言葉を突っぱねます。奥村くんは坊の言葉を聞いて目をかっ開くと、体から青い炎を激情と一緒にほとばしらせます。

「……カッコいい奴だと思ってたのに……見損なったぞ……! 勝呂ォ!!」

 奥村くんの全身から炎が吹き出して、青い火柱のようになります。私が身を竦ませている間に、奥村くんは炎を纏ったまま坊の方へ走ってきます。

「俺だってなあ……!」

 そのまま突っ込む奥村くんに、坊は被甲護身の印で防御します。

「俺だって……好きでサタンの息子じゃねーんだ!!」

 奥村くんの炎に力負けしたのか、被甲護身が消えます。その時やっと体を動かすのに思い至って、坊の肩を後ろから掴んで引き離そうとしました。

「奥村くん、やめて!」

 しかし、奥村くんは坊の胸ぐらを掴みます。

「でもお前は違うだろーが!!」

 奥村くんは坊の目を見て言います。坊は、少し目を下に逸らします。

「違うだろ!!」

「坊!!」

 錫杖が間に入ってきて、奥村くんが飛び退ります。柔造兄さんです。

「柔造……!」

「立ち入ってすんません。ここはひとまず逃げてください! 鶯花、坊と自分の身ぃだけでええから守れ!」

「柔造兄さん、(ちゃ)うの、これ、ちゃうの!」

 坊の前に出て一応背中に庇いながら、錫杖を構えたままの柔造兄さんに言います。何が違うのか、つまり、これは、ただのケンカなのです。ただのケンカじゃないと、困るのです。

「オン・マニ・パド・ウン!」

 真言。奥村くんの後ろに立っていた霧隠先生がそれを唱えた途端、奥村くんはおしりの方……尻尾の付け根? に手をやって苦痛の叫びを上げ、膝をつきました。

「奥村!」

 唸る奥村くんに、霧隠先生はさらに真言を唱えます。それに合わせて奥村くんは苦しんでいるようです。尻尾の付け根に、金属製の輪が嵌っているのが見えました。あれが原因でしょうか。霧隠先生が奥村くんの横にしゃがみこんで、声をかけます。何か囁いているようですが、奥村くんの返事を受けて霧隠先生はまた真言を唱え始めました。それでついに奥村くんは悲鳴を上げて倒れます。炎を吹き上げた時に逃げたクロが、奥村くんに寄り添って、心配げににゃあにゃあ鳴いています。

「おーい、誰か! コイツを隔離するの手伝ってちょ。もう気絶してる。大丈夫だよ」

 霧隠先生は遠巻きに見ていた皆さんに声をかけました。確かに坊の言うとおり出張所に出られなさそうな様子の八百造さまが蠎さまの肩を借りてやってきて、霧隠先生を呼びます。

「所長! お騒がせして大変申し訳ありません!」

「……この件、後で当然ご説明があるんでしょうな」

「ハイッもちろんです!」

 霧隠先生は素敵な笑顔で言いました。八百造さまはそれに了承すると、まだ気になっていそうな柔造兄さんを呼んで何か言いつけます。そして、私たちの方に向き直ると言いました。

「坊、鶯花と一緒に虎屋に戻ってください。何でこんなところにおるかは今は聞きません。鶯花、坊の怪我の方は頼むぞ。二人共いいですね?」

「おん」

「はい。……八百造さま、あの猫又(ケットシー)どないしましょう。奥村くんの使い魔なんですけど」

 八百造さまが次の指示に移る前に、クロを指差して聞きます。八百造さまは訝しげに言います。

「使役者が倒れても消えん使い魔……?」

「正しくは、ペットとか友達みたいです。保証しますけどええ子です。元は正十字学園の門番やっとったそうですし」

「……わかった。一旦虎屋に連れ帰ったってくれ」

「はい。……クロ、おいで。ここにはおられんよ」

 しゃがんでクロに向けて手を広げると、クロが胸元に飛び込んできました。ニャアニャア何か聞くように鳴くクロの言葉を解する術もなく、そのまま抱き上げて、坊と一緒にエレベーターに乗りました。密室の中で、自分の息が荒いことに気がついてクロの毛皮に顔を埋めました。エレベーターから降りても、和尚(おっさま)の背は、もうどこにも見当たりませんでした。

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