花に嵐   作:上枝あかり

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女生徒 2

 坊が見た目だけでなく中身まで不良になってしまいました。……いえ、流石に我らの寺の自慢の坊ですので、不良じゃなくてちょっと機嫌が悪いだけ、と思いたいのですが、授業中に今の見た目で奥村くんに絡んでいく坊は外から見れば完全に不良です。テストの点数が良いので幸い先生方の覚えはめでたいようですが。もしかしてインテリヤクザ。指定暴力団明陀組。

 奥村くんは、背負った細長い袋が印象的で、こちらもきっとそんなにお行儀の良くない子でした。というのも、初授業の魔障の儀式の時に騒ぎを起こしていた第一印象を引きずっているからでしょうか。あれは悪魔薬学の奥村先生が自分の双子の弟さんなのに、先生が祓魔師(エクソシスト)であることを隠してらしたのが火種だったようですが。その最初の事件を抜きにしても、授業中の居眠りの多い子です。どちらかといえば、頭を動かすのが苦手で体を動かしたいタイプに見えます。きっと希望称号(マイスター)騎士(ナイト)でしょう。袋の中は刀剣類のようですし。それを四六時中持っている理由はわかりませんが、それこそ他人の事情というものでしょう。

 とにかく坊は奥村くんの勤勉とはいえない授業態度が癇に障るようで、何かと突っかかって行きます。私達が止めてもお構いなしです。今でも授業中に騒ぐくらいなのですから、このままだと、何か考えないと後々問題が大きくなりそうでした。坊を変えるか、奥村くんを変えるか。坊の他人に自分と同じ意欲を求める点は問題と言えば問題ですが、奥村くんは授業を聞かずに成績もまずいようなのでこちらをどうにかしたほうが穏便な気もします。でも、気にしていても私一人ですぐどうこう出来る話ではありません。ふう、と息を吐いてそのことを一旦頭から追い出し、次の体育実技に向けて着替えるためにトイレに入りました。

 着替え終わって坊達を探しながら実技の教室に向かうと、ちょうど中庭のあたりで三人の背中を見つけました。少し駆け寄ると、こちらに気づいていない坊が前方の何かに気づき、わざわざポケットに片手を入れました。

「おーおーおー、イチャコライチャコラ……!」

 あー、駄目です、完全に不良です言い訳が立ちません。女将さん京都で泣いてはる。奥村くんがものすごく挙動不審な様子で振り返ったのが私からも見えました。隣には最近転入してきた杜山さんの姿も見えます。子猫さんと志摩さんが私に気づいて、困った顔で振り返りました。私も困っています。構わず坊は続けます。

「プクク、なんやその()、お前の女か? 世界有数の祓魔塾に女連れとはよゆーですなあ~?」

「だから……、そーゆーんじゃねーって、関係ねーんだよ!」

「じゃあなんや、お友達か? え?」

「…と、友達……じゃ……ねえ!」

 見間違いでなければ杜山さんショック受けてはります。予想外の方に飛び火してますて坊、やめてください坊はずかしい。

「くっそ……テメーだって……! いっつも取り巻き連れやがって! テメーだって女子連れてるし、そもそも身内ばっかで固まってんな! カッコ悪ィーんだよ!」

 志摩さんが吹き出しました。ド正論です。頭動かすの苦手とか思って堪忍や奥村くん。

「!? 笑うな!」

「いやぁ~、そうやなぁ思て……!」

「なに納得してんのや! ってか鶯花お前何時からおった! ちゃんと更衣室で女子と着替えてきたんか!」

「あてのことはええんで向こう気にしてください」

「何がええんや! ええかげん女子の友達作れ!」

「んでそっちはオトモダチなのかよ? それともお前の女?」

 奥村くんの聞き覚えのある質問に坊は噛み付くように答えます。

「同じ寺の門徒や! こいつら全員!」

 そのまま二人は睨み合う姿勢になってしまいました。あかん奥村くんと杜山さんまだ着替えとらんのに。なるべくのんきそうな声を作って言います。

「奥村くん、杜山さん、はよ着替えんと次体育実技やよ」

「うぉっ! そうだった、お前にかまってる暇なんてないんだった! 行こうぜしえみ!」

 そう言って奥村くんと杜山さんは走っていきました。

 坊は不機嫌な顔を隠しもせずにフン、と歩き出します。正直感じが悪いです。こういう時耐えかねて話し出すのは私か志摩さんなのですが、志摩さんは私と子猫さんの前で坊と二人並んで歩くまま何も言いません。

「……そや、子猫さん、写経愛好会のことなんやけどな、ちょっと考えたけどやめとくわ。多分あて、塾と学校で精一杯やと思う。誘ってくれておおきに」

「ああ……、そうですか。雰囲気ええ部活やから鶯花さんもどうかと思ったんやけど。また、いつでも気が向いたら遊びに来たってね。一巻書きに来るのでもええって部長さん言うてはったから」

「うん、部長さんにもお礼言うといて」

 子猫さんが写経愛好会に誘ってくれたのには、私の友達を増やそうという意図もあったのでしょうが、私は写経より読経のほうが好みなのです。また、これは空気を変える話題選びとしてもあまりよくはありませんでした。前二人は聞いていないのか、聞こえているものの二人の話題なので口を出さないのか、全く話がふくらまないまま終了してしまいましたから。そうこうするうちに、体育実技の教室につきました。

 それから約5分の後。始まった今日の体育実技は、追ってくる蝦蟇(リーパー)から逃げることで悪魔の動きに体を慣らす授業でした。坊のように今まで魔障を受けず悪魔を見なかった人は当然ですが、前から悪魔の見えていた私のような人でも実際に悪魔と対峙して立ち回る経験はまずないでしょうから、重要な授業です。

 とはいえ、私はこの形式には慣れていました。むしろ鎖と限られたフィールドがやさしいくらいです。昔、兄が私に悪魔をけしかけていた時はルール無用でしたから。私にはそれなりに優秀でそれなりに優しい兄がいます。どちらにも”それなり”がついてしまうのは、私のためにと発揮した優しさが斜め上に向かってしまうからです。悪魔けしかけ事件は、いじめられっ子の私を自分で守るのに限界を感じた兄が、いじめっ子から自分で逃げられる程度に私を鍛えようと、召喚した悪魔を私にけしかけたものでした。冬隣の家は結界や封印の家で、召喚は血統的に特別得意というわけでもないので、当時の年齢から悪魔を召喚し意のままにできた兄は優秀なのですが、残念なことにどこか目立たないところがどうしようもなくアホなのです。もちろんその後は大人たちに叱られていましたが、それでも目を盗んではけしかけてきました。結局それは祖父が私を鍛え始めてやっと収まったのです。そんなだから私は先生からお褒めに預かる程度にこの訓練も上手にできたのですが、坊らの視線は苦労を偲び当時を慰める生暖かいものでした。不本意ながら、昔取った杵柄です。

 そして今は坊と奥村くんが競技場に入っています。が、先生も何故よりによってこの二人を一緒にしてしまったのでしょう。おそらく高校の体力測定の結果だと思うのですが、二人はもう蝦蟇(リーパー)なんてそっちのけでお互いを意識して走っています。何やら煽り合いにも発展し、子猫さんとハラハラ見ていますと、ついには坊が奥村くんに飛び蹴りをかました上で自滅しました。あちゃあ。二人が転び蝦蟇(リーパー)が興奮してしまったので先生が怒声と共にレバーを引いて蝦蟇(リーパー)を戻します。

「何やってんだキミタチはァ! 死ぬ気かね!」

「何やってんだ……お前……!」

「死んでもお前に負けたなかったんや……」

 神木さんがバカみたいと呟きました。全く弁護できる要素がありません。志摩さんは阿呆くさと笑っていますが笑い事ではないので子猫さんと一緒に引き続きハラハラしています。そのハラハラを裏切らず、坊と奥村くんは先生のお叱りを無視して殴り合いに発展しかけました。急いで志摩さんらと競技場に降りて坊を止めにいきます。すばやい動きで子猫さんと一緒に坊の両脇を固めると、志摩さんが先生に愛想よく謝ります。そして、何故か先生は坊だけをよそに呼び出して行ってしまいました。

「何でアイツだけ?」

「さあ……」

 この場合、どっちの贔屓になるんでしょう。奥村くんか坊か。

「つーか何なんだアイツ……」

「はは……かんにんなぁ。坊はああ見えてクソ真面目すぎて融通きかんとこあってなあ。ごっつい野望もって入学しはったから……」

「野望?」

「坊はね、『サタン倒したい』いうて祓魔師(エクソシスト)目指してはるんよ」

「!!」

 志摩さんの説明に奥村くんは驚きました。無理もないと思います。少し、荒唐無稽に聞こえるでしょうから。

「あっはっはっは……! 笑うやろ?」

「志摩さん笑うなんて」

 子猫さんと一緒に目線で抗議します。私も将来はお寺で坊を支えたくて入学した以上、坊の野望は間接的に私の野望でもありました。

「坊は『青い夜』で落ちぶれてしまったウチの寺を再興しようと気張ってはるだけなんです」

「『青い夜』? ……なんだそれ?」

「え――」

「知らんの?」

「知らんみたいやねえ」

「はぁ~珍しなぁ……」

 てっきり祓魔師(エクソシスト)を目指すような人は全員知っていることだと思いました。奥村先生の件といい、奥村くんは、ひょっとしたら祓魔師(エクソシスト)を志したのがつい最近なのかもしれません。子猫さんが説明をはじめました。

「青い夜というのは……、十六年前サタンが世界中の有力な聖職者を大量虐殺したって日のことです」

「うちの寺もやられたんよ」

「僕ら三人とも坊のお父さん……和尚(おっさま)の弟子なんやけど、和尚(おっさま)に聞いた話では……」

 奥村くんは、目をまんまるにして聞いています。私はこの件をあまり話したくないので、おっさまって和尚(おしょう)さんのことね、とだけ補足しました。話したくないというのは青い夜の話が嫌いだからで、この話を聞く時は、いつも途中で逃げてしまっていたくらいです。

「十六年前のその夜、当時の和尚(おっさん)含め主に力のある祓魔師達が次々と身体中から血ィ流して青い火ィふきながら死んでったって話や」

「青い炎はサタンの証やからな」

「……」

 志摩さんの補足を聞いて、奥村くんはうなずきもせず、ただ黙って聞いています。いつになく真面目な様子でした。悲惨な話なので、知らなかったなら少しショックを受けるでしょう。

「その頃まだ修行僧やった僕らの和尚(おっさま)は、御堂の隅で夜が明けるまで腰立たんかったて。それから和尚(おっさま)は行を積んで寺継がはったけど、一日で大勢の坊主が変死した寺はみんな気味悪がって檀家も参詣者も減って、そのうち”祟り寺”やいわれるようになってしもたんや。坊が生まれて物心つく頃には寺は廃れとったから……」

「あっ」

「あー、戻ってきはったわ」

 坊と先生が戻ってくるのが見えました。でも、先生は何か携帯に着信があって、私たちにしばらく休憩を言い渡して注意事項を説明すると、子猫ちゃんとか言いながら行ってしまったのです。子猫ちゃん……子猫さんが隣にいる身で言うことではありませんが、理由によってはなかなかぞっとするあだ名です。そもそも、繋がれているとは言え悪魔の横に生徒を置いていっていいものでしょうか。それに、“しばらく”で終わるような子猫ちゃんの用は、授業中行かなくてはいけないことなのでしょうか。

「なんやあれ……! あれでも教師か! 正十字学園てもっと意識高い人らが集まる神聖な学び舎や思とったのに……!」

 思っていたようなことをだいたい坊が代弁してくれました。しかし後半部分の雲行きが怪しいです。

「生徒も生徒やしなあ!」

 怪しい雲行き通り、また坊は奥村くんに絡み始めました。奥村くんもさっきのようにキレはしないものの抗議します。

「……なんだよさっきからうるせーな。なんで俺が意識低いって判んだよ……!」

「授業態度でわかるわ!」

「また始まったわ……坊、大人気ないですよ」

「止めたってください坊」

「不良みたいですよ坊」

「やかましいわお前ら! 黙っとけ!」

 三人で止めてもお構いなしです。実は手が出る前に三人全会一致で止めることというのは多くないのですが。よっぽどこの件が頭にきているようです。もうこうなると意識が低い以外にも気に食わない要素がありそうな気がしてきます。

「そうや……! そんならお前が意識高いて証明してみせろや!」

「は!?」

 坊、意識の高低はふつう証明できませんて。坊は蝦蟇(リーパー)を指差します。

「あれや。蝦蟇(リーパー)に近づいて、襲われずに触って帰ってこれたら勝ち……! 蝦蟇(リーパー)ゆうのは目に映った奴の目を見て感情を読みとってくる。恐怖悲しみ怒り疑心、とにかく動揺して目をそらしたりしたら最後襲いかかってくる悪魔なんや。つまり平常心でいれば襲われずに済む。今後祓魔師(エクソシスト)としてやってくねやったら、蝦蟇(リーパー)なんてザコにビビッとられへんしな?」

 坊、それじゃただの度胸比べで意識の高低やあらしません。聞かへんやろうから言わんけど……。

「もちろん俺もやる。当然勝つ! お前も無事戻ってきたら覚悟決めてやっとるって認めたるわ! どうや、やるかやらんか決めろ!」

「……へっ、面白ェーじゃねーか! ……まぁ、やんねーけど」

 思いとどまってくれてありがとう奥村くん!

「なん!?」

「間違って死んだらどーすんだ。バッカじゃねーの」

「……な」

「俺にも()()()()()野望があるしな。こんなくだらない事で死んでらんねーんだ」

 坊はお前と同じという言葉に一瞬戸惑い、それからハッと私達が喋ったことに気づいてこちらを振り向きました。

「……お前ら言うたな……!」

 声を揃えていやあ、とあさっての方を向いてごまかします。

「何が野望や……、お前のはビビっただけやろうが! なんで……何で戦わん……くやしくないんか!」

 坊はそう言うと、競技場に降りていってしまいます。

「俺はやったる……! お前はそこで見とけ腰ぬけ!」

 志摩さんと子猫さんと私だけでなく、奥村くんまでもが坊を止めました。ですが、こうなった坊がそう簡単に止まれるとは思えません。もう奥村くんは眼中になく、自分の野望と度胸試ししか頭にないでしょう。止めるのも坊の沽券に関わりますが、私たちは坊に怪我をさせるわけにいかないのです。

「……俺は」

 坊は一つ息を吐いて精神安定を図ったようですが、この程度で坊の頭の血が降りるとは思えません。

「俺は! サタンを倒す!」

 思わず腕珠を手首から掌に移して合掌していました。寺育ちの性なのか、子猫さんも志摩さんも同じようにしていました。今の坊は冷静ではないので蝦蟇(リーパー)の格好の餌食でしょう。しかし私もこうやって動揺している以上止めに入れば私を狙った蝦蟇(リーパー)が坊まで襲う可能性もあるので、足は動こうとした姿勢のまま固まっています。

「プッ、プハハハハハハハ! ちょ……サタンを倒すとか! あはは! 子供じゃあるまいし」

 神木さんの笑い声が響きました。アカン、これで坊が冷静でいられるはずがありません。しかし、私が動き出したのは蝦蟇(リーパー)と同時で、ああ、きっと、どんなに頑張っても届かない!

 私の横を、誰かが追い抜きました。

 蝦蟇(リーパー)は、奥村くんに噛み付いていました。悲鳴を上げる間もなく、走ってそのまま二人のところに着くと、蝦蟇(リーパー)はなぜか奥村くんの体を離し、動揺したままの私と坊を前にしても大人しくいます。奥村くんは蝦蟇(リーパー)を後ろに従えたまま啖呵を切りました。

「……なにやってんだ……バカかてめーは! いいか? よーく聞け! サタン倒すのはこの俺だ! てめーはすっこんでろ!」

「……、……な……な、なななん……。……バカはてめーやろ! 死んだらどーするんや! つーか人の野望パクんな!」

「パクってねーよオリジナルだよ!」

「アホォ! 坊は大バカで奥村くんはドアホや!」

 怒鳴っちゃいました。蝦蟇(リーパー)の前であることも忘れて言い合っている二人の首根っこを掴んで引っ張り競技場から上がります。こちらに向かいつつあった二人の、子猫さんの方に坊の首を預けて上に戻って、奥村くんに頭を下げました。

「奥村くん坊を助けてくれてありがとう! なんやピンピンしとるけど魔障受け取るやろうからはよ医務室行ってきて! 先生には説明しておきます!」

「えっ、俺はだいじょうぶ……」

「奥村くん、一応行っとこうや。多分先生めんどくさいで」

 そう言って志摩さんが奥村くんを送り出してくれて、奥村くんには杜山さんが着いていってくれたので、私は坊に向き直ります。

「坊にはお話がありますわかっとりますよね今回坊は愛想が尽きるくらい大馬鹿や! 奥村くんに食ってかかるのも危ない度胸試しするのも! 先生にこってり絞られたらええんや、いくら坊贔屓のあてでも庇いきれません! 子猫さんもなんか言うたって!」

「坊、危ないことされたら僕ら困ってまう」

 ふうふう怒る私を子猫さんがどうどうと肩を掴んで止めます。結局、先生が戻ってきたのは授業終了10分前で、それまで私は坊と一度も口を利きませんでした。

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