花に嵐   作:上枝あかり

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高瀬舟 11

 右手でクロを抱えて、左手でお団子の包みを持って、夜道を歩きます。藍を地面に流したような夜。少し後ろを黙って坊が歩いています。クロは出張所を出るまではしきりに鳴いていたので何か適当な返事をしていましたが、もう諦めたのか静かです。歩く度柔らかい毛皮が首筋を撫でます。落ち着くとたくさんの大変なことが全部一気に襲ってきて頭の中がぐちゃぐちゃになるので、その柔らかさだけで正気を保っているようなものです。虎屋に近付くと「あ」と声がしました。

「鶯花さん、坊!」

 顔をあげると、子猫さんです。虎屋の玄関口に、志摩さんと一緒に立っています。こちらに駆け寄ってくるので「待って」と言います。

「坊が、怪我してはるから、何か冷やすもの用意してもらってきて」

「怪我? ……ホンマや! 厨房に言ってくる!」

 二人は旅館の方に駆け出しました。よく見れば提灯の下、子猫さんら以外にも門徒の人が立っています。

「鶯花さん、出張所の方で何やあったみたいやけど、情報が入ってこんのや。出張所から来たんやろ? 何があったんや?」

「……坊、先行ってて下さい」

 振り向いて坊に言うと、坊は頷いて玄関をくぐります。その背中を見送ってから、考えながら口を開きます。

「……事実だけ言えば。蝮ねえさまが、藤堂と一緒に、不浄王の右目を出張所から奪取しました」

「何!?」

「でも、蝮ねえさまは、和尚(おっさま)とメフィスト・フェレス支部長に疑念を抱いてはって、それなりに証拠もあるみたいで、右目と左目は安全な場所に再封印する言うてはって……。あて、何信じたらええかわからんのです」

 うつむくと、ポトンと涙がクロの背中に落ちました。クロはそれを嫌がって私の手から逃げます。

「あっ……ごめんねクロ。でもあかんよ、あて頼まれとるのに……」

 クロは出張所の方に行きかけていましたが、私の方を振り向いて一鳴きして、そのまま旅館の中に入ります。旅館の中なら、まだ安心でしょうか。

「……とりあえず、出張所としてはどうする言うとるんや?」

 門徒さんは、優しく言います。私は涙を拭って門徒さんに向き直って言います。

「あねさまと藤堂は煙みたく消えてまって、魔法瓶での追跡も出来んようやから、とりあえず、態勢立て直すみたいです。旅館で待機してはる人にも、追って連絡があるかと。それまでは、たぶん出張所に押しかけても混乱するだけの気ぃします」

「よし、わかった。……でも、魔法瓶での追跡ができひん、言うと、まさか魔法瓶から右目を出したんか?」

「はい……。蝮ねえさま、右目、自分の目ぇに入れてました」

「はぁ!? そんな無茶な……無事で済むはずない。目は脳にも近いんに……」

 この門徒さんは、確か医工騎士(ドクター)の資格を持ってはります。その人が言うと、自分でも思っていたことが一層現実味を帯びます。蝮ねえさまが、無事で済むはずない。冷静に考えれば、蝮ねえさまと和尚(おっさま)のどっちを信じればいいのかわからなくても、藤堂は? そんな危ないことを教え子の蝮ねえさまにさせた藤堂は?

「そや……、そんなこと教え子にさすヤツなん、信じられへん。じゃあ、蝮ねえさま、騙されとるんやろうか。そない危ないやつに騙されて、目は脳にも近うて、蝮ねえさま、ちゃんと帰ってこられるんやろうか」

 蝮ねえさま死んでまったらどうしよう。そない危ないやつが、危ないもん手に入れて、怖いことをしたらどうしよう。考えれば考えるほど怖くなって、どんどん涙が溢れてきます。蝮ねえさまの件だけではありません。坊と和尚(おっさま)は喧嘩して親子の縁切る言うとるし、奥村くんは捕まってまったし。出張所で我慢していた分が決壊して嗚咽を我慢できなくて、顔を覆います。

「いや、私も右目について詳しゅうは知らんし、蝮さんは手騎士(テイマー)やから(ナーガ)の加護もあるやろう。まだ死ぬと決まったわけやないえ、泣き止んでや」

 門徒さんは私の背を軽く叩いて優しく言いました。

「でも」

「ああ、落ち着きぃ、せや、坊の所行かはったらええわ。厨房行こな」

 門徒さんは私の背をそのまま押して、旅館の中に入ります。そこで門徒さんはきっと出張所からの知らせを待って玄関先に出ていたことに気が付きます。

「泣いてまってごめんなさい、一人で行けます」

「ええて、まだかかりそう言う話やしな。私ら門徒は、申し訳ないがあんたさんを弱った寺と重ねて見とるところがある。せやから、泣いとったら放っておけんのや」

 面と向かって言われたのは初めてですが、そういう節があったのは知っています。特に、火傷を隠していなかった頃は言われずともよく感じていたことでした。ハンカチで涙を拭って厨房の前に来て、門徒さんと別れます。それにしても、中に本当に三人がいるのかわからないくらい静かです。移動してしまったのでしょうか。しかしのれんをめくると、そこには三人どころか神木さんとしえみちゃんまでいました。あまりに空気が沈んでいるので、これはもう坊が状況説明したのでしょうか。

「鶯花ちゃん」

「おん、鶯花やで」

 しえみちゃんに返してから厨房に入って、頬を冷やす坊の前に椅子を持ってきて座ります。

「坊、傷、どないなりました。血ぃ吐いとりましたよね。歯ぁぐらぐらしませんか」

「せん」

「じゃあ口ん中の血ぃはもう止まってますか」

「おん」

「首や頭が痛いゆうことも」

「ない」

「せやったらひとまず安心や。そのまま冷やしとって下さい」

「おん」

 八百造さまに言われていたのできちんと私に出来る限りで坊の傷を診て、診てしまえばもうすることはありません。そういえば坊が殴られた瞬間青い炎が光ったはずですが、火傷などはしていないようです。これは本当に、奥村くんの炎は安全なのかもしれません。森は燃えていましたが、まだ青い炎を纏っていた奥村くんを連れていた理事長も火傷などしていませんでした。

 その後も、しえみちゃんがやりかけだったらしい仕事を片付けた他は誰も何も言わず、動かないでいました。夏の湿った空気がまとわりついて肌を滴るようでした。志摩さんなんか居心地悪そうにしていて、少し旅館がざわざわし始めたときには真っ先に立って廊下を覗きました。

「何や外騒がしうなってきましたね」

「何かあったんでしょうか?」

 ついに、態勢を立て直せたんでしょうか。厨房の前を通った人の声が聞こえます。

「蝮さんが捕まったってほんまか」

「ああ、柔造さんが連れ戻しはったそうだ」

 あねさまが。

「蝮が……!」

 坊はそう言うと、冷やしていたタオルも放って走り出しました。私もそれについて走り出します。皆もついてきているようです。さっきより暗い道を走って走って、ぼうっと明るい提灯の灯る京都出張所の門をくぐり、玄関口に行くと、玄関には沢山の人が集まっていました。そして、土間には柔造兄さんと蝮ねえさまの背中。蝮ねえさまがなにか言っているようです。

「不浄王を復活させた」

 私が着いたときには、その言葉が聞こえました。蝮ねえさまの声は掠れたのを無理に張り上げていて、さらに内容はちょっとよくわからないくらい衝撃的で。

「不浄王!? 何やて……」

「不浄王は江戸時代に倒された悪魔では?」

「金剛深山の地下に……仮死状態で封印されとったんや……」

 私にとってでさえ衝撃的なその事実は、実際前線に向かわざるをえない人々には更に大きい事実でしょう。広がるざわめきに柔造兄さんが静かにするよう言います。蝮ねえさまの声は、精一杯なのでしょうがそう大きくありません。

「今、明陀宗座主……勝呂達磨さまが、一人残られて戦っておられる……!」

 和尚(おっさま)は、消えてしまった蝮ねえさまを追うと言っていました。きっと色々と知っていたのでしょう。しかし、話に聞く強大な悪魔相手では、いくら和尚(おっさま)とはいえ一人では無茶です。蝮ねえさまは半分崩れるように地面に両手をつき、頭を下げました。

「どうか……援軍を。不浄王を倒して欲しい!」

 集まった祓魔師(エクソシスト)さん達は話が終わって、さらにざわざわ騒ぎます。その中には、蝮ねえさまへの批判もありました。八百造さまが所長として指示を飛ばします。咳き込む蝮ねえさまに坊と一緒に近寄りました。

「蝮!」

「りゅ、竜士様!」

「!? お前右目が……!」

 振り向いた蝮ねえさまの顔には膿疱が多数できて、右目は瞑ったまま血がたくさん流れていました。

「ごめ、ん……なさい……。助けて……和尚(おっさま)を助けて……」

 言い切った蝮ねえさまは力尽きたように崩れます。柔造兄さんはそれを支えて言いました。

「坊。コイツは俺が医務室まで運びます」

「……柔造、お前は?」

「俺は後で一番隊と合流します。坊は必ず塾の皆と旅館へ。廉造ォ子猫鶯花ッ!! しっかり坊をお守りせえよ!! 何かあったらバラすぞラ゛ア゛ッ」

 坊へのニコニコした愛想いい顔からの唐突な私達への忿怒形。子猫さんは顔色を悪くしていますが廉造さんは血を分けているだけ慣れたものでへらっと片手をあげます。

「あーはいはい、まかしといて~」

「あねさま」

 たまらなくなって靴を脱いで上がり、柔造兄さんに運ばれていく蝮ねえさまの顔を覗き込みます。蝮ねえさまは言います。

「鶯花、竜士様のこと……頼むえ」

「……はい!」

 返事と一緒に、涙が出てきました。何で、何であねさまが、こんな目にあわんとあかんの。あねさまの、何が悪いの。あねさまは、私ら(みんな)のために……。鼻をすすりながら坊のところに戻ります。まだ出張所の入り口にいました。廉造さんが提案しています。

「しゃあないですよ。柔兄もああ言うてたし、俺らは旅館に……」

 そうです、旅館に戻らなくちゃ。靴を履いたところで、後ろから声がしました。

「おっ、いたいた、お前ら! ちょっとこっちに来い!」

 霧隠先生です。何か上着のようなものをたくさんと、刀を抱えています。あの刀、ひょっとして降魔剣じゃないでしょうか。奥村くんどうなったんでしょう。履いたばかりの靴を脱いでそちらに向かいます。

「霧隠先生……」

「さっき炎を出した件で、燐の処刑が決まった」

 霧隠先生はその事実を、淡々と述べました。処刑、そんな。ショックを受けている私達に、先生は作戦でも言い聞かせるように続けます。

「ヴァチカンの決定だ。覆ることはまずない。そこでだ」

 霧隠先生は刀をまっすぐ坊に差し出します。

「勝呂くん、()()をキミに預ける!」

倶利伽羅(クリカラ)……!」

 坊は刀を受け取ります。たしかに、明陀の本尊、今や奥村くんの力を封印したそれのようです。霧隠先生はさらに坊に既に封の切られた封筒を渡します。

「それと親父さんが燐に託した手紙だ。不浄王を倒すには燐の力が必要だと書いてある。アイツは協力する気だった。お前達、燐を助け出してくれないか? もう燐が処刑を免れるには手柄を立てるしかない。この迷彩貫頭衣(ポンチョ)を持ってけ。カモフラージュ効果があったはず。見張りに気づかれず独居房に近付けるだろ」

 霧隠先生は持っていた上着……迷彩貫頭衣(ポンチョ)を落とします。そこで、向こうの方から霧隠先生を呼ぶ声がしました。霧隠先生はそっちに気の抜けた返事をして、私達の方に向き直り、抑えた声で言います。

「この通りアタシも所詮騎士團の犬だ。表立って動けない。頼むぞ! 全てはお前達の判断に任せる!」

 霧隠先生は言い終わると、呼ばれた方に走っていってしまいました。騎士團の犬がそんなこと塾生に吹き込んでいいんでしょうか。そもそも、刀も装備も渡しておいて判断に任せるとは。そしてこんな便利そうな装備どこからちょろまかしてきたのか。しゃがんで確認すれば、貫頭衣(ポンチョ)はここにいる人数に奥村くんを加えた数が律儀に用意してあります。一応フリーサイズみたいです。

「……ひとまず、事態を把握したい。手紙読むで」

 坊はそう言うと、封筒から手紙を出して広げます。私も手紙を読むため貫頭衣(ポンチョ)を抱えて立ち上がりました。

「うわ、何この字」

「草書やん」

「読めへん」

 志摩さんが言っているのに坊が返事します。私は読めますが、結局、読む足並みを揃えるために坊が音読しました。

 手紙は、簡単な自己紹介の後、十六年前の話になりました。右目の瘴気で、当時坊がお腹にいた女将さんが病みついてしまい、これで助かるのかと不安に思いつつもただ護摩を焚く日々のこと。そんな時、奥村くんの養父、藤本獅郎さんがいきなり降ってきて、降魔剣をもらっていくと宣言したこと。しかしそんな藤本さんは既に重傷で倒れてしまったので、ひとまず看病したこと。起きた藤本さんは降魔剣を狙う理由について子供を殺すためと平然と言い放ったこと。和尚(おっさま)がそんな外道の面倒は見られないと言ったものの、諦めない藤本さんは、しかし唐突に走り始めて病人が集められ祈祷をしていた部屋に入り祭壇を蹴り倒して、瘴気を身体の外に出すための薬の作り方を教えてくれて、実際それで女将さんを含む皆が助かったこと。しかし、前の和尚(おっさん)は恩人とは言え異教の者で明陀の秘密を知った藤本さんを生かして帰そうとはしなかったこと。そして、和尚(おっさま)は治った病人などから、前の和尚(おっさん)が守っているのが明陀ではなく掟なのだと確信し、藤本さんが子供を殺さないと思って、実は中に伽樓羅(カルラ)もいない空っぽの降魔剣を渡し山を降りる手引をしたこと。それで十六年前の話は終わり、内容は数か月後の青い夜の日に移ります。前の和尚(おっさん)の臨終に付き添った和尚(おっさま)は、代々座主に仕えてきたという伽樓羅(カルラ)に出会って伽樓羅(カルラ)の契約を継いだこと。伽樓羅(カルラ)の契約条件はその存在の全てを秘密とすることで、それから生まれる嘘や疑心のような芥を喰らうと説明されたこと。その代わりに、実は降魔堂の地下に封印されていた不浄王を封じるための火を貸すことになっていることを告げられたこと。そして、奥村くんに、降魔剣で不浄王を倒してほしいことをお願いする旨で手紙は締めくくられていました。

 ちょっと、内容が重すぎます。降魔剣の中に伽樓羅(カルラ)はいなくて、ずっと和尚(おっさま)に仕えてたのか、とか。そういえば私もずいぶん小さい頃に火傷で免疫が低下していたこともあって右目の瘴気に中ったことがあったけど、あの時飲まされたまずい薬は藤本さんのレシピだったのか、とか。私の青い炎の魔障について関わってくれた和尚(おっさま)の知り合いの先生だってこの人じゃないのか、とか。そもそも、やっぱりさっきの蝮ねえさまの話通り不浄王ってまだ倒されてはいなかったんだ、とか。和尚(おっさま)の親子の縁を切りかねない秘密はこの伽樓羅(カルラ)の契約条件だったのか、とか。ならこの手紙はどうなんだ、とか。

 でも、色々思うところはあっても目の前で対処すべき問題は一つです。しえみちゃんが私の持っていた貫頭衣(ポンチョ)を一枚取って言います。

「み……みんなで燐を助けよう!」

「……いや助けたいのはやまやまやけど……それってヴァチカン敵に回すてことやで」

 志摩さんが現実的なことを言いました。でも、ヴァチカン程度敵に回しても、その時は京都のお山に帰ればいいですし。

「で、でも、このまま燐と会えなくなったら、みんなもきっと後悔するよ……!」

 奥村くんを助けられる装備を与えられて、見殺しには出来ません。だって、奥村くん、私の火傷を気にしないくらい、優しい人ですし。坊が貫頭衣(ポンチョ)を取って羽織りながら歩き出します。

「独居監房舎こっちやな」

「坊!」

「勝呂くん! ありがとう……!」

 私も慌てて貫頭衣(ポンチョ)を置いてから一枚取って羽織り、そして奥村くんの分も取ってから坊の後に続きます。監房舎は確か別棟なのです。

「坊、待ってください、お供します」

 言って前を閉めながら後を追いますが、坊がフードをかぶった途端にその姿が消えました。

「坊……?」

 そしてまた、坊がフードを取りながら現れます。

「あ、いた」

「これ、フード被るかどうかで効果がでるみたいやな」

「みたいですね」

 坊がまたフードを被ります。あとから来た子猫さんらにもそのことを教えてあげて、独居監房舎前の廊下に出る前には全員が揃っていました。

 姿が見えないものを見る(すべ)というのもありそうですが少なくとも見張りの人は持っていなかったらしく、途中志摩さんの足が踏まれる事故があったも、おおむね無事に監房舎に潜入成功します。いよいよ悪いことをしている気分です。それをいえば既に深部に入り込んだりしているのですが。そして、私達の前に、木造の監房に似合わぬ金属部品の寄せ集めのような扉が現れます。扉は近付くと歌いだしました。隠密行動中なのでやめてもらいたい。そういう機能なのでしょうか。幸い聞こえないのか看守さんは飛んできませんが。

「ニッヒヒヒヒ! オレサマは“一番(ダス)防御力(シュタルクステ)高い牢屋(ゲフェングニス)”!! しかし鍵は内側からは開かないが外からは簡単に開く。さてここで問題です!」

「え、何このキャラ」

「悪魔?」

「てか名前なんてゆうた? ドイツ語?」

 私含め不評っぽいですが牢屋は気にせず続けます。

「どうして“防御力が高い”のでしょうか! 試しにオレサマに戦いを挑んでみろ! ニヒヒ」

「……チッ、()るしかあらへんか……!?」

 皆誘いに乗って戦闘態勢をとります。私としては対抗策が思いつかない上、悪魔っぽいものの誘いには乗りたくありません。しかし。

「カアッ」

「えっ」

 皆固まってしまいました。

「ニッヒッヒッヒ。正解は……オレサマに敵意を持って近付く者の動きを止めることができるからでした! これがオレサマの名の由来だ!! ニィッヒャヒャヒャヒャ」

「そんな……! ? あれ? じゃ、私はどうして何にもなってないの……?」

 さっき一人だけ声を上げたしえみちゃんが言います。

「お前は()()()()()からだ! 弱いし武器も持ってない! ニヒヒ!」

 しえみちゃんは牢屋の声に落ち込んでしまいます。しかし決意を固めた様子で言いました。

「扉は外からは開くんだよね!?」

「ああ、開くとも。出られないけどな! ニヒッニヒヒ」

「しえみちゃん」

「!?」

 牢屋の取っ手に手をかけたしえみちゃんに声をかけます。少しずつ、後ずさりながら。

「出られんのやったら袋のネズミや。一旦引いて考えよ。近づかんかったら、たぶんこの牢屋の力効果ないわ」

「えっ、鶯花ちゃん何で!?」

「攻撃しようとも近付こうともせんかったから。こない怪しい牢屋の誘いに乗って攻撃なん仕掛けられんわ。……というのは建前で、攻撃手段が思いつかんでおったら乗り遅れただけなんやけど」

 実際今も思いつきません。牢屋の効果範囲の外になるくらい遠くからとなると余計に。しえみちゃんは私の言葉に一瞬何か考えましたが、すぐに決意した目で言いました。

「……でも、ニーちゃんがいない私には、心配くらいしか出来ないから。鶯花ちゃん、私燐を迎えに行くから、出る方法を考えて!」

「え……、おん、がんばる、いってらっしゃい……」

 しえみちゃんは扉を開けて、中に入りました。

 さて、困りました。どないしよう。牢屋から十分離れて考えます。スカートのポケットにはいつもの金剛杭と数珠と、ついでにインナーのポケットに詰め込んだ(じょう)と兄と作った種子字の札。坊や子猫さんみたく真言での攻撃なら遠くからでも通るでしょうが、私は家業に忠実に結界に特化した結果そっちは出来なくもない、という程度です。しかし攻撃手段がある以上、近づけば動きを止められてしまうでしょう。威力を考えるなら兄と作った烏枢沙摩(ウチシュマー)の種子字を付けた金剛杭を投げ当てて真言を唱え発火させるとかも思いつきますが、あの金属っぽい見た目に通じると思えませんし、下手すると木製の廊下に延焼して動けない坊らを焼きかねません。志摩さんなら錫杖の投擲でしょうか。金剛杭を狙った場所に投げる練習は随分しましたが、それも威力を求めてのことではありません。神木さんならお狐さんを召喚するでしょうが残念ながら私に手騎士(テイマー)の才は皆無です。文字通り伝家の宝刀の懐剣だって旅館に置いてきてしまいました。誰かを呼ぶにも今のところ霧隠先生しか明確な味方はおらず、おそらく既に洛北に向かっているでしょう。敵対者自身に作用して内部を守るとはおそらくうちにはない発想で、結界の家の者として見習いたいところですがそれどころではありません。いや、結界の家のものなのでこれを結界とみなしてそっちから切り崩しに行くべきでしょうか。しかし離れて横から見てみますと、扉の後ろには何もありません。亜空間に通じているのでしょうか。だからしえみちゃんが扉を開いても奥村くんが見えなかったのでしょうか。これが結界ではなく扉ならいよいよ専門外です。てかこれ誰の仕業やねん。普通サタンの息子を隔離するなら兄が呼ばれそうですが、そもそも京都出張所の人の仕業ではない気がします。ヴァチカン絡みですしいっそ理事長と言われたほうがわかります。でも私だって祓魔塾で色々学んでいるので、もうちょっと考えれば……。その時、唐突に青い炎が扉を壊して吹き上がりました。

「うぉおおお!!」

「ひゃあああ!!」

「うわ奥村くん!?」

 びっくりして尻もちとは言わずとも腰から引けてしまいましたし、若干涙も出てきました。あかん今日泣いてばっかや。涙を拭うと、燃えて崩れてゆく扉のあたりから奥村くんとしえみちゃんが出てきます。

「!! みんな助けに来てくれたのか!?」

「ぼ、僕は奥村くんに死んでもらったら困るんや。危険やないって判ったら、仲直りするんやから」

「子猫丸……!」

 子猫さんの言葉に、奥村くんがじーんとしてます。子猫さんと奥村くん、少し仲直りできたみたいです。ちょっとうれしくなって、私も声をかけます。

「せや。奥村くんようさん修行してくれはるんでしょ、あても頑張っとる最中なんに」

「鶯花も……」

 まだ少し炎を纏っている奥村くんに、声をかけられました。内心でガッツポーズします。それにしても、やっぱり最終的に物を言うのは火力なんでしょうか。青い炎なんて考えつく限りの最高威力ですし、私は後方支援系を目指してるので張り合うところではないんですけれど。ないんですけれども。感動している奥村くんに、神木さんはわさび程度にツンとした声で言います。

「言っておくけど私は霧隠先生の指示に従っただけだから!」

「あ、俺? 俺はかなりイヤイヤ来た。褒めたってや」

「み……みんなとにかくありがとう!」

 志摩さんも朗らかに言いますが、奥村くんの感動は消えないようです。理不尽に殺されかけたならそうなるでしょう。しかしそのほっこりムードに横槍が、具体的には奥村くんの脇腹に入って奥村くんは悲鳴をあげます。

「す……勝呂……サン……!」

 横槍というより横剣でした。坊は機嫌の悪そうな顔で言います。

「……親父の件に関しては俺が冷静やなかった……」

 しかし、すぐに真面目な顔を取り戻して、降魔剣を差し出します。

「お前の言うとおりや。()()()()()()()()な! 戦うんやったら必要やろ持ってけ!」

「お、俺こそ殴ってスマン……」

 奥村くんは降魔剣を受け取ります。坊は踵を返しながら言いました。

「金剛深山までは案内する。後はお前の勝手や、好きにしぃ。俺は俺で戦うさかい」

「勝呂、俺を信用してくれ。サタンの子なのは変えらんねーけど、必ず炎を使いこなしてみせる。だから俺を信じてくれ!」

 奥村くんは坊の背に向けて言います。坊は足を止めて、背を向けたまま言います。

「そんなんどうでもええんや! ……俺がお前許せんのは、そおゆう事全部一人で背負いこんで……先に他人扱いしとったんがお前の方やからや……! そんな奴どう信じろっちゅうんや」

 そして、肩越しに振り返りました。

「味方や思とったんは俺だけか!!」

「ちっ、違う! そんなつもりじゃ……!」

 奥村くんは慌てて言います。これで、奥村くんと坊も少しは仲直りできたのでしょうか。それなら、心配事が一つ減るのですが。それにしても、しえみちゃんは奥村くんに他人扱いされて自分が頼りないからだと落ち込んでいたのに対し、坊は同じことで怒っています。如実な性格の違いです。どっちも好きですけど。思いながら歩きだす坊に続きます。いえ、その前に。何故か刀を顔の前で構えている奥村くんに持ってきていた貫頭衣(ポンチョ)を広げて渡します。

「奥村くんとりあえずこれ着たって。フード被れば周りから姿見えなくなる謎の貫頭衣(ポンチョ)や。声とか音は聞こえるから気ぃつけてな」

「謎の!? いや、でも、要るよな。俺捕まってるはずだもんな……」

 監房を無事脱出した後は、坊が電話で霧隠先生に連絡しているうちに、着替えに行った神木さんたちと一緒に旅館に一度戻ります。服こそ制服ですが、不浄王を倒しに金剛深山に行くなら少し装備を整えたいのです。懐剣の他に貫頭衣(ポンチョ)を悪用していくらか備品をちょろまかして用意し、持ってきていたメッセンジャーバックに詰めます。ついでに残りのお団子を夕飯を食べられていないだろう奥村くんに振る舞いました。少なくとも私や坊も食べられていませんがお菓子は入れてますし、ここはやはり奥村くんにでしょう。そして支度が済んだら、旅館裏口の道路に集合します。

「ええな」

 坊は提灯の明かりに横顔を照らされて、金剛深山の方をにらみながら言います。夜闇に沈む山肌に、確かに見える巨大な影。あれに見えるは我らが怨敵。

「目指すは洛北、金剛深山――! 倒すは不浄王や!!」




 袖の着いた貫頭衣なんぞあるかとは思ったのですがカセットテープもラジオも聞けなくてもラジカセと呼ぶ的な慣例としての呼称かなと思いツッコみませんでした。でも手紙の件はどうなんでしょう。本編中ではおそらく手紙読むタイミングと伽樓羅披露のタイミングがほぼ同時くらいなので大丈夫ってことなんでしょうけれども。
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