お山を登れば、不浄王の大きさは嫌でもわかりました。もう建物一個分どころの騒ぎではありません。木々を飲み込みお寺を飲み込み、既に公園とかお城の域です。しかも、まだ成長しているようでカビのような菌塊はみるみる膨らんでいきます。
「うッぎゃあああ何やアレェエ! どーやってあんなデカイの倒すんや! この世の終わりか!」
志摩さんが騒ぎます。走りながらそんだけ言えるて志摩さん元気やね。夏山など虫の巣窟ですのでそっちに意識が行かないのはいいことですが。一度立ち止まって坊も言います。
「あれが不浄王……。まるで要塞やな」
王を名乗るのは伊達じゃありません。実際どう倒すんでしょう。
「よし、この辺から捜す。あんまり藪の奥まで入らんようにな」
坊の指示に各々返事します。私はばらけようとした皆をちょっと呼び止めて鞄を開けました。
「あ、待って、旅館から
「借りてきた、てお前それ盗んできたの間違いやないんか……」
「必要物資やし後でちゃんと返すんで見逃して下さい……」
鞄から出したのは旅館の方で用意していた魔除けの
「俺瘴気とか平気だから、それ勝呂の父ちゃんの分にしてくれ」
「おん、分かった」
用意しているときには知らなかったので用意していなかったのですが、
「
蝮ねえさまが最後に見たという場所には居なかったそうですが、蝮ねえさまは
「ちょっとあれ……和尚さんじゃない!?」
慌てて藪を戻ります。神木さんの指差した先、そこには確かに
「
しかも喉元には少なくない出血のあと。煩い動悸を無視して駆け寄った坊と逆側に跪いてまずは脈を確認します。あります。しっかりしてます。次は呼吸。こっちもあります。それだけでちょっと泣きそうになりましたが、持ちこたえて次へ。やることがあると、少し感情が遠のきます。
「そ、そんな……」
「ぼ、僕霧隠先生に連絡します」
なんだか出血が止まっているような気がする喉の傷を改めようと
「な……ッ」
反射的に体を起こします。赤い炎は小さい鳥のような形を取り、そして喋りました。
「我は
自己紹介ありがたい。
「カルラ……!? お……
「……だったが、その“秘密”が漏れた今、契約は解消された。今は勝呂達磨との
傷が塞がっていて魔障もないなら、今私にできることはありません。ひとまず皆に傷の具合を報告します。
「……とりあえず、脈も息もありますし、喉の傷は塞がっとります。でも意識はないし血は足らんやろうし油断はできひん。ここで処置できるもんでもないので、早う普通の病院でええから運んだほうがええと思います」
瘴気対策として、奥村くんの譲ってくれた
「う……私は……」
「
「竜士……! 子供らも。みんな何でこないなとこに……」
「助けに来たんや」
「何ちゅう無茶を……ぐ」
「傷は癒やしたが動くのはまだ無理だ、達磨」
傷を塞いでくれたのは
「
「我は不死鳥の名も戴く者。幾度も再生する。それにお前とはまだ“
「燐くん……! 手紙を……読んできてくれたんか」
奥村くんは頷きます。そこに、坊が言いました。
「俺も読んだ。ここにおる全員、大体の事情は理解してここまで来たんや」
「な!?」
「秘密は残らず話してもらう」
「……判った。不浄王の倒し方を話そう。座主のみに伝わる『真・不浄王之理』によれば、不浄王はどんどん巨大になる。……やがて一城ほどの大きさになり、ほどなく中央に巨大な胞子嚢がつくられる」
「胞子嚢てあれですか? あの一番上の丸こいの!」
志摩さんが指差した先には、確かにコゴミか何かのように丸まった部位がありました。他の野放図な成長に対し、あそこだけ形がきれいな気がします。
「恐らくそうや。その胞子嚢が熟し破裂すると、濃い毒素の胞子……“瘴気”を撒き散らす。150年前4万人を殺したのも胞子嚢の破裂によるものやった。現代の京都では被害は4万人どころでは収まらないやろう。それだけは阻止せんと……!」
「それじゃ胞子嚢が破裂する前に倒さなあかんのか」
猶予がいくらあるかは知りませんが、急ぎ仕事になりそうです。しかし
「それが事はそう単純やない。不浄王の唯一の急所とおぼしき“心臓”が、胞子嚢の中に在るのや。150年前不浄王と戦った不角は未知の魔物に苦戦した挙句、その心臓を二つに分け封印するしかなかった」
「それが不浄王の右目と左目……ってワケね」
神木さんの言葉を、
「つ、つまり……胞子嚢を一旦破裂させんと、“心臓”が打てんいうことですか!?」
「そうや」
「やっかいやな……」
結界など駆使するにしても、結局心臓を打つ人は濃い瘴気の中に入ることになります。奥村くんは平気とのことですが、本来厄介どころの騒ぎではありません。
「私は十五年前、この
「私はこの残りの
「……すんません、俺……」
「……いや、当然や。命に関わる事やさかいな……」
「え? いや……俺、今剣抜けなくて……」
「え?」
「さっきから抜こうとしてんだけどやっぱダメだ」
奥村くんは刀に手をかけて力を入れているように見えますが、刀はびくともしません。……ヴァチカンに処刑されるところだったわけですし、そういう封印をされてしまっているのでしょうか。
「はぁ!? 何でや!?」
「俺もわかんねーけどどうも
「そんな事あるんか!?」
坊がツッコみます。封印されてないのは結構ですが……。幼稚園とか行きたくなくてお腹痛くなるのと、似たタイプのやつでしょうか。
「俺だって悩むんだよ! ……だから今は力になれない。勝呂の父ちゃんゴメン!」
「そうか……。それはそれで心配やな」
奥村くんを心配すると、
「しかし! そうとなれば……とにかく私一人で結界だけでも……!」
「無理だ達磨。お前は血を失い過ぎた」
「なんの……。う……」
「
崩れ落ちました。支えていた腕に力を入れて、楽そうな体勢に持っていきます。
「傷は癒やしたがお前は失血死寸前だった。その身体で“結界呪”など唱えようものなら間違いなく死ぬぞ」
「しばらく
「子猫丸、霧隠先生にまだ連絡つかへんか?」
「それがさっきからノイズ音しかせんくて……。瘴気が濃すぎるんかもしれません」
「――
坊の言葉に、
「おや? そういえばお前は達磨の息子か。なら丁度いい。血が繋がっている者へなら
「あかん!!」
「それだけはあかん……! まだ子供や! 竜士は絶対に巻き込ませへん! こんな柵は当代で断つて、私はこの命を懸けて誓うたんや!! それだけは……」
「今まで……そうやって一人で背負うて来たんか……」
荒い息の
「は……なに……私が好きでやってきたことや」
「そうはさせん……! 俺も背負う!! その様で文句は言わさへんぞ……!!」
「達磨……、息子のほうが賢明だ」
「……ああゆう子やから……、関わらせたなかったんやけどなあ……」
その言葉を了承とし、
「では
坊は親指の皮を歯で噛み切って血を出して、
「確かにお前は勝呂達磨の血の者……」
途端、坊の手に、体に、赤い炎がまとわりつきます。とても眩しくて、夜の山に慣れた目には痛いくらいです。
「勝呂竜士。これでお前が
「赤い炎……!」
誰とは言わず、その感想が漏れました。ちらちら纏った赤い炎は消えて、代わりに
「竜士。お前に本来座主だけが受け継ぐ、最も強力な結界呪を伝える。おいで」
坊はこの後、結界を張りに行くでしょう。その結界がどういう性質のものかはわかりませんが、霧隠先生が近付くなと言った不浄王に近付くことも十二分に考えられます。むしろ、そんな予感すらします。それはつまり、坊の死が予想の中に来るわけで。
本当は、誰にも危ないことなんてしてほしくありません。でも坊は、誰かがするのなら自分がするでしょう。
「
坊の声。気を使って視線を逸していたそちらを見れば倒れる
「鶯花、杜山さん、それに神木。ここに残って
「う、うん!」
「……判った」
「……」
返事をしたしえみちゃんと神木さんに対し、私は返事ができませんでした。それを追求せず、坊は立ち上がって言います。
「志摩、子猫丸。二人は霧隠先生や明陀の皆に、さっきの話を伝えに行ってくれ」
「坊は?」
聞き返した子猫さんに、坊は言います。
「俺は結界を張りに行く。この結界は触地印を中心に広がる。なるべく胞子嚢の近くで展開させな」
……嫌な勘ばっかり当たるものです。
「!? あ、あんな所に行かはるゆうんですか!? 無茶です!」
「坊! 今まで親がメンドいから黙って従っとったけど、今回のは話が違うし一言ゆわせてもらうわ」
子猫さんが叫んで止めたのに対し、志摩さんはいつもの愛想もなしに冷たく見えるほど冷静に言います。
「アンタほんまに死ぬで?」
でも、止めても行く人だって、二人だって知ってるやろに。
「大丈夫だ。勝呂は俺が守る!」
奥村くんがしれっと言いました。
「あ゛あ゛!?」
「いいだろ!? 剣は抜けねーけど炎少しは使えるし! 何より俺強ーからさ! 俺にまかせてくれるか? 子猫丸」
「えー? 俺は?」
自分に聞かれないことを笑ってない目で訊く志摩さんの横で、子猫さんは眉毛を八の字にして奥村くんを見て、それから何かを我慢する顔でこくんと頷きました。まだ、奥村くんの安全性は保証されていません。信じるために、自分の疑心を振り払うように子猫さんは走り出します。
「!? ……ちょ、子猫さん!? だー、もう皆して後で後悔しても知らへんからな!!」
それを追って志摩さんも走り出します。後悔なんて、する状況ならもう死んでるでしょう。坊は
「……三人とも、
「いや、あては着いてかせてもらいます」
私は立ち上がって、坊の方をまっすぐ向いて言いました。
「鶯花!? 阿呆、危ないやろ!」
「せやけどあての今の荷物じゃ
私が、何のために体を鍛えて勉強してきたのか。坊が命の危機に飛び込む時に、その危険を減らすためなのに。奥村くんを信用してないわけやないけど、坊を守るのが明陀なのです。それに、預かっている
「……ああもう、一理あるんがタチが悪い。……頼む」
タチが悪くてごめんなさい。でも、きっとお邪魔になりませんから。お役に立ちますから。その為に……いや、でも、本当は、違います。ここは、正直に認めましょう。ただ、坊に置いていかれたくあらへん。坊は
「……俺達も行くぞ」
「おお!」
「はい!」
「気ぃつけて……」
後ろから、か細い
「ほんま堪忍や。……竜士、ふがいない親父を……許したってや」
坊は
「俺は……
その後はもう、ただ走ります。目的地の胞子嚢は高く遠く、しかし確かに見えていました。
魔除けの面布は原作でちらっと虎子さんが言ってたやつです。八百造さんが瘴気対策を忘れるなって言ってるので本隊もしてておかしくないと思うのですが、面布じゃ顔隠れちゃうから漫画として致命的でそれ故してないのかなと思ってます。今回は小説なので遠慮なくつけてもらいました。