花に嵐   作:上枝あかり

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高瀬舟 17

 朝一番で、いよいよ京都ともお別れです。次に帰るのは何時になるでしょう。あねさまたちとお布団を畳み、身支度を整えて朝ごはんを食べ、荷物をまとめて虎屋の外に出ます。そして皆に挨拶してから、最後に兄に昨日着たお着物が干しっぱなしになっていることを伝えて始末をお願いして、お別れの言葉を言います。すると、兄は了承してから、私に懐紙で包んだ薄くて小さい何かを渡してきました。

「はぁ? なにこれ、ちょお、なんなん。仕送り足りとるんやけど」

 感触でわかります。これはお(さつ)です。お小遣いをもらう心当たりなんてありません。兄の胸に突き返そうとすると、兄は頑なに私に握らせて言いました。

「お前に友達できたみたいで、兄ちゃん安心しとるんや。今回の件で超過勤務の手当ももらえるしその分の家族サービスやと思うとき。高校生なんて遊ぶもんなんやから、それで夏休み友達と遊びに行ってきよし。好き勝手出来るんは学生のうちなんやから、お前は存分に、後悔するくらい遊べばええ。“心のほのお消えぬ間に 今日は再び来ぬものを”や」

 兄の高校時代の好き勝手ぶりは、私は断片的にのみ知っています。具体的に言うと、東京の学校から祖父のもとに電話が来ていた分くらいは。それを思うと、私は別にそんなに遊ばなくていいやと思ってしまうのですが、結局押し切られて受け取ってしまいました。

 行きと同じくバスで京都駅に行きます。駅の広場に広がって、霧隠先生が前に立ってお話をはじめました。

「え~~っと、よし、じゃ、これから新幹線に乗って一路正十字への帰途につく……」

 乗車券を配られるのでしょうか。なくすと大変なので挟むために生徒手帳を出します。

「……と思ったら大間違いだ!! 今から総員水着を買ってきてもらう!」

 え!?

 水着って聞こえた気がしました。霧隠先生は駅の水着屋を指差しています。聞き間違いではないようです。

 ……え? 水着? ……水着? ……霧隠先生、ひょっとして激務と深酒がたたったんでしょうか。そりゃ夏休みですけども。大きな仕事を終えた後ですけども。そんな浮かれポンチな……。

 と思っていたら説明がありました。なんでも熱海の方で大王烏賊(クラーケン)が出たので丁度よい大きさで東京から出ているこの部隊が派遣されるとか。私達は昨日休んだとは言え祓魔師(エクソシスト)さん達は仕事もしていたでしょうに。知ってはいたけど祓魔師(エクソシスト)って激務です。そしてビーチで水に浸かる祓魔になるということで水着が要るとのことですが、もっとこう、ウェットスーツとかの方がいいんじゃないんですか。予算ないんでしょうか。水着って、肌出ちゃうじゃないですか。絶句していると、子猫さんが心配してくれます。

「鶯花さん、大丈夫なん……?」

「だ、ダメ元で霧隠先生に聞いてみる……。ひょっとしたら後方とか回してくれるかもしれんし……」

 霧隠先生のところに行くと、しえみちゃんもいました。顔を見合わせれば、おそらく同じ目的で来たことが伺えます。声を揃えていいました。

「霧隠先生! 私達水着は着なくていいでしょうか!」

「ダメ! 何ワガママ言ってんだ、皆着るんだぞ!」

「はい!」

 霧隠先生のチョップがしえみちゃんと私の頭に炸裂します。お返事をして引き下がったしえみちゃんとは違い、私はここで引き下がれません。

「お化粧はしてもええですか!」

「ダメ! 海が汚れるし直す暇ない! あと高校生の肌で化粧はいらない!」

 いやいやいや絶対霧隠先生も高校んとき化粧してはったと思う。そういうこと言うとアラサーっぽく見えるんですえ! 暴言を飲み込んで食い下がります。

「じゃあパレオとかパーカーは!」

「んー、いいけど、自費になるな。経費からは出せな~い」

「くっ……!」

「若いんだから肌出すのに恥ずかしがることないって。ホレホレとっとと選んでこーい!」

 そう言って背中を押して店に入れられます。正直、現代日本の一般的な水着という時点で、私の着られる水着はありません。イスラム教徒用、もしくは一世紀くらい昔の露出のない水着しか無理です。もはや腕や足が出るならばワンピースタイプもビキニも同じです。うろうろしても、パレオは短かったり足が出たりするものばっかりでいい水着が見当たりません。

「おい早く決めろォ、全部経費で落ちるから。もー新幹線来るからな? どーしても選べないならアタシが選んでやるけど」

 霧隠先生が迷っている私他祓魔師(エクソシスト)さんを急かします。いやパレオは経費で落ちんのでしょう。半泣きでさがしていると、なんとかいいものを見つけました。肩紐の細く裾の長いサマードレス……に見えますが、よくよく見れば生地が水着と同じものです。サイズ表記を確かめ、体に当ててみれば足首まで隠してくれそうでした。柄も、清楚! という感じでも派手! という感じでもない丁度いい塩梅です。よし。

 足の露出はこれでばっちりですが、腕の露出の問題があります。しかし近くの棚にラッシュガードというらしい着たままで泳げる上着が売っていました。こっちも、サイズが大きくフードのついているものを選びます。腕と、それから顔もこれで少しはマシでしょう。

「準備できた?」

「えっと、これで多分……」

「うわ、本気で露出対策してんな。何、日焼けに弱い方? へー、コレ着たまま泳げるんだ」

 後ろからの声に返事して、振り返れば霧隠先生でした。私の握るサマードレスを見ながら言っています。

「残念だけどこのワンピース、下に水着要るからまだ準備できてねーな。つまりお前が最後です! もう問答無用だ。サイズいくつ?」

「えっと」

「よっと」

 言いよどむと、霧隠先生が私の胸周りに腕を回して抱きしめました。

「うひゃあ」

 その後霧隠先生はアンダーバストと腰回りでも同じことをして「赤でいいな?」と言って私の返事を待たずに近くにあったビキニをとりあげて会計に向かいました。ビキニは見えないところだからまあ、いいんですけど。

「えっ霧隠センセ女の子の身体腕で測れるん? 羨ましいわぁ」

 いつの間にかお店の袋を持った志摩さんが後ろに居て、霧隠先生に羨望の眼差しを向けていました。

「こーゆーの下着と違って大分サイズ大雑把やから……」

「そうなんや。そっちの服は霧隠先生に渡さんでええの?」

「いや、こっちは自費になるんやって」

「……足りるん?」

「たぶん……」

 レジに向かいながら、志摩さんの心配の目線を値札に受けます。どっちも、それなりのお値段がしています。私の財布には入っていないでしょう。でも。

「あにさまありがとう……」

 受け取りたての懐紙の中身、開けば諭吉さんがいました。言われたように夏休みに遊びに行くのに使えなくなってしまったのはやや心苦しいですが、急な必要経費です。非常事態と割り切ります。レジで会計してもらって、霧隠先生が経費で落とした水着と一緒の袋に入れてもらいます。

 そして新幹線で熱海へ。バスで連れてこられた海の家の女子更衣室の、更に隅の方に陣取って、まず言われたとおり化粧を落としてから壁を向いてタオルを駆使し着替えます。先に着替え終わった神木さんが早々に出ていき、しえみちゃんが支給されていた肩からかけられるボトルにニーちゃんを入れている間に私も着替え終わりました。新幹線の中で裏側に金剛杭を仕込んだラッシュガードを羽織ってフードも被って、準備万端です。万端なんですけど。しえみちゃんも、ニーちゃんの準備が終わって一緒に出ようと私を待ってくれています。

 怖気づいています。手洗いから部屋の隅に戻る時に、俯いていた私の顔を見たらしい祓魔師(エクソシスト)さんの、息を呑む音が聞こえました。一つだけでしたが、確かに。重い気を無理やり奮い立たせようとした時。

「大丈夫」

 しえみちゃんが、私の手を握りました。そして言います。

「私のこと、頼って。一緒に行って、私の後ろにいれば、きっと火傷も見えないよ」

「……お願いしてええ?」

「うん! 行こう!」

 しえみちゃんは片手をぎゅっと握るともう片手で私の手を握って更衣室を出ます。

「君達で最後? じゃあ鍵かけちゃうから、忘れ物とかあったら私に言ってね。そこのライフジャケット持ってって、ちゃんと着るように」

 更衣室の外にいた祓魔師(エクソシスト)さんが言いました。うつむき気味でも見える机の上には、KRC印の簡素なライフジャケット。取って被って、出ていこうとしたとき背後の祓魔師(エクソシスト)さんが言いました。

「あれ、えーと、……冬隣さんだったかな? 大丈夫? 体調悪い?」

「い、いいえ、大丈夫です。元気です。めっちゃ」

 着込んで俯いていたので誤解させてしまいました。振り向かないままにガッツポーズを作ってみせて、そのまましえみちゃんに着いて海の家の外に出ます。

 海の家の外はフライパンの上みたいな夏の日差しでした。さっきまでも同じ日差しを浴びていたはずなのに、水着を着ていると言うだけで何故か余計にキラキラ眩しく見えます。海の家の軒下で二人座っていると、霧隠先生の声が拡声器で響いて集合を呼びかけました。私達も集まって、人の輪の一番外側に加わります。

 霧隠先生と、霧隠先生に見覚えのある鮮やかなキラーパスをされた佐藤さんの話では、今日の0時位に船を沈めた大王烏賊(クラーケン)を、観光客を避難させたこのビーチに血を撒いておびき寄せ、そして祓魔するとのことです。確かに沖を飛ぶヘリコプターは赤いものを散布していて、言われてみれば血の臭いが漂ってきます。

「作戦はとくにないが、中二級以上の者は大王烏賊(クラーケン)担当、中二級未満及び候補生(エクスワイア)大王烏賊(クラーケン)の吸盤から排出される偽烏賊(スキッド)掃除を担当する。……っちゅーワケで、それまではバカンス気分でいてよしっ。以上解散!」

 作戦は特に無い、てそれで大丈夫な相手なんでしょうか。偽烏賊(スキッド)掃除にしても、私はよくやり方が判りません。手持ちだと烏枢沙摩(ウチシュマー)の真言などありますが、大王烏賊(クラーケン)は水の眷属ですので効き目は薄いでしょう。いっそ金剛杭でそのまま刺し殺せみたいなやつでしょうか。

「しえみ!」

 奥村くんが、しえみちゃんに声をかけました。お喋りしているその後ろにいると、肩を叩かれます。

「冬隣」

 霧隠先生です。うつむき気味に振り向いたら、霧隠先生は一瞬目を見開きました。

「あ、あ~~、そーゆう……、そーゆうことね……」

「な、なんです?」

「鍵当番任せてた奴から、お前の様子がおかしいから体調が悪いんじゃないかって言われてさぁ。……一応聞くけど、体調悪いわけじゃないんだろ?」

「はい、元気です。でもご覧の通りの理由っていうか……」

「うん……まあ、気になるよにゃあ、まだ高校生だもんな……。上着代足りた? カンパ募集するか?」

「出掛けに兄がお小遣いくれはったんで足りました。カンパはええです」

「兄貴? ……ああ、冬隣か! そっか、お前ら兄妹なの。何、お前も学園祭で男装する?」

「しません」

 私と霧隠先生が話しているのを待っていてくれたしえみちゃんが奥村くんと海で遊ぶというので、私は坊と神木さんのいるパラソルの下に向かいました。海で遊んだことはありませんが、眺めていると浅い所でじゃぶじゃぶしながらボールで遊ぶみたいです。海って泳ぐところじゃないんですね。川遊びなら、私が公営プールを嫌がったので行ったことがあるんですけども。夏休みの宿題にその時習っている泳ぎ方を練習しておうちの人に見てもらうというのがあったのです。柔造兄さんなんかに坊らと一緒に川に連れて行ってもらって、課題を終わらせたら一緒に遊びました。懐かしい。パラソルの下、坊の足元あたりに座ってあちこち眺めます。遊んでいる子猫さんらとか、向こうに見える小島だとか、本当に平らな水平線だとか。海の塩辛いのとか生き物とか色々混じった匂い。遊ぶ皆に混ざるタイミングもわからず特に目的もなく砂を掘っていると、上と横から同じタイミングで息をつくのが聞こえました。神木さんがそれを受けたように坊の方をじっと見ます。

「なんや、どーした?」

「ゴリラとタメ息カブったサイテー」

 坊はそれに舌打ちすると、ずんずんこっちに歩いてきて神木さんの背後に周り、神木さんの座っていた浮き輪ごと持ち上げます。

「ヘッ!? ちょ、なに!? なにすんの、やめ……」

 なんだか坊も遊ぶみたいなので着いていきます。ううん坊悪い顔してはる。そして塾生が遊んでいる波打ち際まで来ると、坊は神木さんを海に投げ込みました。神木さんは悲鳴を上げて顔から海に突っ込みます。

「ふざけるな! 怪力ゴリラァ! しんっじらんない!」

「神木さん大丈夫?」

「そうですえ坊、ここまだ浅いのに危ないわ……ってことで」

 坊の背後に回りしゃがみこんで、坊の膝あたりを抱え、そのまま立ち上がります。

「うぉ!? 鶯花おま、こら」

 抵抗されていますが膝のあたりを掴んでいる上重心を制しているので押さえ込めています。そしてそのまま勢いづけて海にばしゃばしゃ入り。

「はいドーーン!!」

 走った勢いも付けて坊を海に投げ込みました。立つ水柱、坊の悲鳴。海面に消えていく頭は今日はポンパドールにしていて、えらいかわいらしいです。

「はぁ、一仕事した! やるならこれくらい深いところ入らんと危ないですわ」

「なにあれ、京都って怪力ゴリラの産地なの……?」

「聞こえてますえ神木さん! 朝晩の筋トレの賜物って言うて! うわっ!」

 振り向いて反論していたので背後からサメ映画か何かのように近づいてくる影に気が付きませんでした。海中から飛び出した坊に肩を捕まれ海の中に引きずり込まれます。バシャンと背中を水面に強かにうち、鼻に水が入りました。うわ塩水めっちゃ痛い! 慌てて顔を出して抗議します。

「坊ひどい!」

「お前が先にやったんやろ!」

「あてのは神木さんのカタキ討ちですし!」

「そうか、復讐は復讐の連鎖を生むんやで」

「じゃあもう一つ連鎖するしかないですね!」

「同じ手にかかるか!」

 そのままじゃれたり、ボール遊びに混じったりして、思っていたよりずっと楽しく海遊び出来ました。案ずるより産むが易しというか、連れ出してくれたしえみちゃんや、一緒に遊んだ皆に恵まれたんだと思います。

 そして日の暮れ始めた頃、サイレンがビーチに鳴り響きました。確かに沖に大王烏賊(クラーケン)が見えます。実物は当然ですが初めて見ました。そのまま大きいイカの化物ってかんじです。私達候補生(エクスワイア)には火炎放射器が配られて、軽く使い方を説明されました。そんなゲーセンのシューティングゲームみたいなノリで危ないものを……。本来なら竜騎士(ドラグーン)の管轄ですが、称号(マイスター)を持っていなくても使えるところでは使わせる構えのようです。火炎放射器なら他の銃器と違って反動はないので狙いは付けやすいですし。

「来たぞ……! 図体はデカイが不浄王戦を切り抜けた後だったら雑魚に見えるはずだ」

「んなアホな……」

 霧隠先生の声に志摩さんが小声で突っ込みました。だいたい同意です。

「中二級未満及び候補生(エクスワイア)は火炎放射器構え! 敵が近付くまで海には入るな!」

 しかし、大王烏賊(クラーケン)は止まったまま、こちらにやってきません。大王烏賊(クラーケン)は肉食で人を襲うのに、お預けされた犬もかくやで止まり、代わりに飛んでいたヘリを足で撃墜しました。ヘリは羽を壊されたらしく海に落ちます。

「助けますか!?」

「ダメだ! 大王烏賊(クラーケン)の体が海中にある時は絶対海に入るな! “大渦潮(メイルストロム)”を起こされたら全滅する!」

 一人か二人を助けるために全滅しては意味がありません。しかし、まだ生きているであろうヘリの人を見殺しにも出来ません。海に入らずに何か出来ないか考えますが、飛び道具で大王烏賊(クラーケン)を攻撃はできても本題のヘリの人の救助自体は誰かが行かなくてはいけません。使い魔なら……と考えていたら、奥村くんが走り出して用意されていたモーターボートに乗り込みました。お、奥村くんらしい。でも奥村くんならどうにかやってくれはるんじゃ、と過って動けないでいると、追って止めようとしたしえみちゃんも乗せてボートは発進してしまい、更にそれを追ってもう一隻のボートで奥村先生まで沖に出てしまいました。

 結界だけ張れるように注意して見ていると、足にたどり着いた奥村くんはヘリを掴む足を炎とともにぶった切ります。大王烏賊(クラーケン)も黙っているわけにはいかないらしく、足でボートを攻撃して跳ね上げました。ボートは壊れ、もう三人がどこにいるのかわかりません。

 その後、霧隠先生を中心に色々とバタバタ動き回り、私達のもとにはヘリの人が助かったことと、見える小島に過去海神(ワダツミ)信仰があったこと、そして消えた三人も小島にいて無事であることが告げられました。霧隠先生は何度目かの電話を終えて拡声器で言います。

「皆聞けー! 奥村他候補生(エクスワイア)二名は海神(ワダツミ)の接待にあたる。今夜は海神(ワダツミ)に動きがあるまで総員待機だ! 解散!」

 待機。とりあえず死人はいないようで安心ですが、待機と言われてもどうしたら。そう思っていたら、夕食の弁当を出すので取りに来いと拡声器で放送がありました。私や借り物の水中眼鏡の度の余り合ってない子猫さんを心配したらしい志摩さんが、私達四人分取りに行くと言ってくれたので、私たちはビーチ前の階段に陣取って待ちます。暫くもしないうちに志摩さんがお弁当とお茶を抱えて戻ってきて、配ってくれました。

「いやー、それにしても奥村兄弟と杜山さん、無人島に三人きりでどうなっとるんやろね~」

「志摩さんのん気やなあ……」

「志摩さんの想像しとるようなことは無いと思うえ?」

 私達が適当に返事をするのに、坊は割り箸を割って何も言いません。

「はは……坊、また怒ってはるん? 『アイツ、また勝手しおって!』て?」

「……いや、俺が今ムカついとるんはそゆことやない。むしろ少し『ようやった!』とか思ってもた自分に驚いとるんや……」

「へーー?」

 志摩さんが面白そうに言った所で子猫さんも言います。

「! 坊……わかりますよ」

「子猫さんも?」

「僕も奥村くんが走り出した時ちょっとワクワクした自分が自分で信じられへん」

「見殺しにするのも嫌やし、あてらなら出来んことでも、奥村くんなら何とかやってまうんやないか、みたいな期待、しちゃいますよね……」

「三人共のん気やんかぁ」

「お前と一緒すな!」

 でも、志摩さんのおそらくピンクな思考を、私も余り笑えません。なんで男は乳隠さへんのやろう。女の乳首は、まあ出せと言われて出しとうないけど、本来はやらしさの欠片もない赤ちゃんのご飯やし。男の乳首かてそれなりにやらしいと思うんやけど、何で男だけ隠さんでええことになっとるんやろう。いえ別に志摩さんとか子猫さんとか奥村くんのそれに興味はありませんが、坊の胸筋の上のそれがライフジャケットの脇からちらちらするの、あまり良くないと思います。意識するとドキドキしてまう。そこで意識しないのが修行というもんですが。あるものを否定するのではなく、無視するのです。心頭滅却すれば火もまた涼し。いやでもやっぱり、他人の事情を勘ぐらんあての方が志摩さんよりマシやない?

「……それに俺が一番腹立つんはアイツやからな……!」

 坊が少し黙った後で言いました。視線の先には制服のままの宝くん。

「あれ!? 宝くん何で水着やないのん?」

「お腹痛いんや言うてたよ」

「それ女子のプール見学の理由やん!」

「アレぜっったい仮病やで……! 鶯花かて真面目に水着着ようと頑張っとるんに」

「自腹で上着買うてな」

「鶯花さん女の子やから仮病使てもバレんかったやろに、ちゃんと着はったんやねえ」

「お、おん、何や勢いで……。ええ上着も見つけたし」

 そう、何なら仮病……というか、生理だって嘘ついても良かったはずなのです。そうしたら、水着を着ずに仕事させてもらえたでしょう。中学時代の私なら息するようにそう報告していたでしょうから、その点は、私、成長したんでしょうか。いいえ、きっと、一緒に過ごすであろう塾生の皆が、火傷について何も言わないでくれたからでしょう。

 その後も何かと喋りながらご飯を食べていると、唐突に絹を裂くような悲鳴が聞こえました。小島の脇には大王烏賊(クラーケン)の足。女性の悲鳴、ということはしえみちゃんでしょうか。しえみちゃんだとしても、流石に金剛杭を投げて届く距離ではありませんし、沖に行く手段もないのですが。ニーちゃんがどうにかしてくれるのを願うしかありません。

 浜辺でざわざわしていると、小島の頂上から大きなクジラのような悪魔が飛び出してきました。あれが海神(ワダツミ)でしょう。霧隠先生がメガホンで戦闘準備を告げ、私たちは支給されていた火炎放射器を手にします。その時、島の頂上にいた海神(ワダツミ)が飛び出して、大王烏賊(クラーケン)に噛みつきました。しえみちゃんは! と思いましたが何か切り離された足と落ちていく人影が見えます。どうやら戦闘からは離脱できたようです。海神(ワダツミ)大王烏賊(クラーケン)を噛み潰しているようで悲鳴とボキボキという元が軟体動物らしからぬ音をあげさせています。

「怪獣大戦争や!」

 志摩さんが言いました。確かにそんな感じです。不浄王も大きかったですが、こうも巨大サイズのもの二つが戦っているのもまた度肝を抜かれます。

 海神(ワダツミ)が優勢でしたが大王烏賊(クラーケン)も反撃に出ます。足で海神(ワダツミ)の頭を刺し貫きました。ひゅ、と息を呑みますがまだ海神(ワダツミ)は生きているようです。それでもダランとなった海神(ワダツミ)大王烏賊(クラーケン)は波打ち際に投げ、悲鳴を上げると大量の煙を吐き出しました。煙に覆われ見通しがきかない中、霧隠先生の拡声器の声が広がります。

()()()()だ! 擬態吐きは瀕死の大王烏賊(クラーケン)の断末魔的な習性で……大量の擬態(ダミー)をつくり出す……!」

 煙の晴れた先、ビーチを埋める大王烏賊(クラーケン)の群れ、群れ、群れ!

「増えたーー!!」

「落ち着け! 本体以外は全て擬態(ダミー)だ。“眉間”を攻撃すれば、簡単に消滅する! そして本体を倒せば擬態(ダミー)は全て消える。本体を探せ! 候補生(エクスワイア)と下一級以下は“偽烏賊(スキッド)”掃除だ!」

 霧隠先生が早速擬態(ダミー)を一体切り伏せて私達の前に着陸した時、足の吸盤からバラバラと小さなイカが降ってきました。これを支給の火炎放射器で焼き払う、なるほどわかりやすいです。友軍誤射しては洒落にならないので一箇所に固まり方向性で分担して攻撃します。

「っだー! 不浄王なみにメンドい敵やん!」

 志摩さんが言っていますが、瘴気でこっちの体力を奪ってこないだけ不浄王ほどしんどくはない印象です。……使い慣れない武器を使わされる点では面倒ですが。

 ひと塊焼き払っては次の塊のところまで走って移動し、また焼きます。その間にも中級以上の祓魔師(エクソシスト)さんは擬態(ダミー)を倒していき、奥村先生も小島の方から狙撃で参戦しているようです。しばらくはそうしていたのですが。

「うあっ」

 引き金を引いても炎が出なくなりました。ガス欠です。替えのボンベももらったはず、と思うと隙を逃さず偽烏賊(スキッド)が飛びかかってきました。とりあえずグリップを握って熱くなっている銃身で打つとジュッと音がして偽烏賊(スキッド)が張り付きます。うわあテフロン加工しとらんの、じゃなくて! 落ち着いてボンベを替える暇がなくなってしまい、結局上着に仕込んであった金剛杭を投げて迎撃します。この群れを祓ったらボンベを替えましょう。と思っていたら、視界の端で青い炎。ぐっと体に力が入ってしまい、金剛杭を投げずにそのまま串刺しにした所で、偽烏賊(スキッド)が煙を上げて消えました。見れば沖の小島の脇に、煙を上げる巨体が見えます。どうやら奥村くんが本体にとどめを刺したようでした。

 そして夜が明けて、戦ってくれた旧い海神(ワダツミ)は骨のみ残して消えました。悪魔の去った後の憑依体が、こんな、言ってしまえばきれいに残るのは初めて見ました。大抵は破壊され無残な姿のイメージだったからです。憑依体が千五百年以上前の鯨だからなのか、ずっと人に友好的であったから人の感性にあった消え方をしたのかは、わかりませんが。

 大王烏賊(クラーケン)の憑依体の方はいい感じに火が通っていたので、これから焼きそばにして食べるそうです。死体処理も楽じゃありませんし、それもいいのかもしれません。候補生(エクスワイア)手伝えと言われましたが手伝うべき候補生(エクスワイア)はおそらく奥村くんです。女子というだけで期待されていますが無事戻ってきたしえみちゃんにしろ神木さんにしろお料理は得意ではありません。私もそんな感じです。奥村くんを目で捜すと、奥村くんは奥村先生と一緒に居て、こっちに気づくと走り寄ってきました。




 兄貴の唐突なポエムは往年の名曲「ゴンドラの唄」の一節です。歌詞はPD入りしています。いのち短し恋せよ乙女はオリ主の原作風プロフで好きな言葉に設定してあるんですけど、花に嵐というタイトルもあり若干お話の中で意識されている言葉でもあります。
 上着に金剛杭を仕込むのは、塾生女子の太ももに印章紙とかボトルニーちゃんに憧れてやっちゃいました。ああいう武器携行好きです。携行方法自体はリアリティというよりツギハギキャラの星BJ先生リスペクトです。
 鍵当番さんは体調不良を疑い一応声をかけたものの、あまり馴染みのない自分相手には体調不良を隠してしまったのではないかと思って、馴染みのある塾講師でもあるシュラさんに報告した感じです。
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