花に嵐   作:上枝あかり

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「そんなに強いるなら仕方がない。私はね、心に一つ秘密がある。痲酔剤は譫言を謂うと申すから、それがこわくってなりません。どうぞもう、眠らずにお療治ができないようなら、もうもう快らんでもいい、よしてください」
 泉鏡花『外科室』



外科室編(二学期開始~ダンスパーティー)
外科室 1


「冬隣さん」

「なんです?」

 二学期の始業式の後、一人の男の子が話しかけてきました。クラスメイトのはずですが名前が思い出せません。誰やったっけこの人。係や班の類で一緒になった覚えもないので、話しかけられる理由に覚えもありません。

「ちょっといいかな?」

「はあ、まあ十分くらいなら」

「ありがと、じゃあ場所移そうか」

「へぇ」

 鞄を持って、男の子に着いていきます。子猫さんには先に塾に行くようにお願いしました。男の子は中庭に出ると木陰に来て立ち止まり、ベンチのゴミを二人のスペース分払いました。とりあえず隣に座ります。

「で、なんです?」

 本当に心当たりがありません。今の私は見た目普通の子のはずですが何かあったでしょうか。そもそも名前もわからん男の子なんですけど。

「冬隣さんは、祓魔塾に通ってるんだよね?」

「はあ、そうですけど」

 男の子は隣からこちらを向いて言います。まだ残暑厳しい木漏れ日が、見覚えのない彼の顔の上でちらちら光りました。隠すことでもないので認めますが、どこから漏れたんでしょう。夏休み中の実習姿とかでしょうか。夏休みは封印係に行きがちでしたが、皆で任務も少しはありましたし。ひょっとして、これは祓魔の依頼とかでしょうか。

「で、お寺の子なんだよね?」

「ええ。京都のお寺の子です」

 そのお寺も、燃えてしまいましたが。私の返事に男の子はうん、と一つ頷いて、私の目を覗き込んで言います。

「単刀直入に言うよ。祓魔師(エクソシスト)なんて目指しちゃいけない」

「……は?」

 彼はいたって真面目な顔をしてこちらを見ています。……いや、何で私、名前も知らん子から進路について口出されてるんでしょう。

「寺にしたってそうだ。あんなカビ臭い遺物にしがみついているのはよくない。坊主なんてのは口はいいけどみんな中身は腐りきってる。思い当たるフシもあるだろう? 君は自分が寺生まれだからあんなもの目指してるのかもしれないけど、君ならちゃんと、他の道を目指せるんだ」

「は?」

 ……暴言を無視して理性的に考えても、物心つく前から魔障を受けている私は、典型的な祓魔師(エクソシスト)向きだと思うのですが。……いえ、そこではありません。この人、たぶん祓魔師(エクソシスト)のこと詐欺師だと思ってるタイプです。たまにいます。出張所に電話してきたりします。

「なのに君ったら寺の人間とばかりつるんで、そんなじゃダメだ。君はちゃんとまともな人になるんだ」

「……」

 ヤバイ人に捕まってまった……。まともってなんでしょう。背中に、残暑の気温のせいではない嫌な汗が滲みます。相槌も打てませんが、そんなこと気にせず男の子は続けます。

「僕の言うまともってのは、そんなに難しいことじゃない。悪魔なんて非科学的なものをきっぱり否定できて、寺とかその仲間とか祓魔師(エクソシスト)なんかとの付き合いをやめることだ。簡単だろう? ……そりゃ確かに、家と縁を切るのは難しいかもしれないけど、大丈夫。そういう人だって今はたくさんいるし」

 受け入れがたいまともの定義ですね。悪魔が見えない大多数の人がそう思うのはわかりますが、悪魔の見える私にはあてはまりません。その瞳は理性の光がありますが、逆に正気を疑うほどにまっすぐです。

「僕がちゃんと手伝ってあげる。あんな詐欺師崩れになっちゃいけない。君は国と家に騙されてるんだよ。目に見えないもので困ってる人を助けたいなら、カウンセラーや精神科医になるべきだ。祓魔師(エクソシスト)なんてのは国が失業者対策のために打ち立てた慈善事業のようなものでね」

「あの」

 話が長くなりそうです。逃げるしかないでしょう。言いかけているのを遮って、中腰の離脱姿勢をとります。

「あ、あて時間やから行かんと……」

「どこに行くの? 祓魔塾だろう? だめだよ、これ以上洗脳されちゃダメだ。今ならああいう悪影響のものから離れてちゃんと勉強しなおせば大丈夫だからね」

 腕を掴まれて止められました。腕を掴む力自体はそう強くありませんが、相手の体を掴んで止めてくるってヤバい人です。かなりヤバい人ですコレ。この人あての何のつもりなん。ど、どどどないしよう。

「冬隣さーん! 英会話クラブの部会遅れるよー!」

 その時、救いの声がしました。声色は若干変えていますが、志摩さんの声です。

「せや! 二学期始めの大事な部会やねん、行ってくるで!」

 男の子の腕を無理やり払い、志摩さんの声のした方へ全力で走ります。志摩さんは用具庫の影のドアに鍵を挿してスタンバイしていました。私が走ってきたのを見るとドアを開いて私と一緒に駆け込み、すぐにドアを閉めます。

「な……なんやアイツ……、鶯花さんたまにヤバいの引いてくんの何なん?」

「あてに聞かれてもわからん……。とりあえず志摩さんおおきにほんま助かったわ……。何でおったんか知らんけど……」

「いやあ、廊下で子猫さんから鶯花さんが男に呼び出し食らった聞いて、顔だけでも拝んだろ思て行ったら雲行きが怪しくて……。出歯亀に来てよかったわぁ」

「褒められんけど咎められんこと言うなぁ……」

 喋りながら、教室に向かいます。今回は志摩さんが助けに来てくれましたが、彼とは同じクラスですし、今後の付き合いに問題がありそうです。と言うより、絶対出ます。絶対また塾に行くのを阻止しようとかしてきます。毎回毎回こうやって有耶無耶に終わらせられると思いませんし、何か根本的な解決をした方がいいでしょうか。でも、根本的な解決って言ったって、まさか魔障を追わせて実際悪魔を見せるわけにもいきませんし。話題はそのあたりをさまよって、教室について坊と子猫さんの後ろの席に座ったあたりで自然消滅しました。坊はカバンを置いた私を見ます。

「遅かったな。ん、鶯花、タイ曲がっとるぞ」

 坊がスカーフを直そうと手をこちらに出しながら言いました。見下ろせば確かにスカーフが左に曲がっています。

「あ、ほんまや」

 走って逃げた時に歪んだんでしょうか。坊の手の邪魔にならないように両手を両脇でいい子にさせます。が、坊はスカーフに触れません。視線を上げれば、坊は両手を不自然に空中で止めていました。

「……お前から見て左に曲がっとる。先生来る前に直しとき」

「……はぁい」

 自分でスカーフを直します。……何なんでしょう。どこか不自然です。いえ別に、スカーフくらい自分で直せるんですけど。なんか最近、坊とやや距離を感じるような。寮の部屋でそれを漏らしたら、気づかなかったし、元が近過ぎだから離れても不自然ではないと言われましたから、そんなものでしょうか。京都で少し重いことを言ってしまった自覚もあるので、それで嫌われてしまったんじゃないでしょうか。何となくぐるぐるしながら、すぐに今日の授業が始まります。授業とは言っても、二学期から始まる選択授業や、実技講習についてのオリエンテーションがメインですが。実技講習としては私はいよいよ人に針刺すような実習が始まります。それについての説明会は明日あるようです。詠唱騎士(アリア)の方は特に実技講習らしいものがないので実戦研修が少しずつ始まるという話でした。

 オリエンテーションの終わった後、坊だけ竜騎士(ドラグーン)の実技講習についての説明を受けに席を外しました。手を振って見送った後、前の席の子猫さんが振り向きます。

「そういえば、山田くんは鶯花さんに何の用だったん?」

「アレ山田いうん?」

 どっかで聞き覚えあるような。記憶を漁ります。高校で聞いた山田……。霧隠先生が塾生に紛れてた頃の偽名ですね。つまりやっぱり聞き覚えありません。

「えっ、せやけど……。名前も知らんかったの?」

「関わりなかったし、せやからあても油断しとったん……」

「油断て……」

 露骨に嫌そうな顔をして黙った私に、志摩さんが笑って話を継ぎます。

「子猫さんは悪趣味やからやめえ言うたけど、結果オーライやったってこと! 祓魔師(エクソシスト)のこと詐欺師やと思っとって、僕がマトモにしてあげるから塾に行くなやって」

「はぁ? またエラい人に捕まってまったね……」

「あて、何やそういう変なやつを寄せる要素でも持っとるんやろか……」

 頬杖をついて下を向きます。私はどうやら、ちょっと困った人を寄せてしまう傾向にあるのです。中学の頃は、特に困ってなさそうなのに「キミならボクを助けられるよね」と言い出す女の子に絡まれたり、やたらめったら話しかけてきて坊らと話してても途中で口を挟んでくる男の子に絡まれたりしました。他にも小さいのがちらほら思い当たります。

「鶯花さん気ィ弱そうやから、変な人も断らん思うんちゃう? 実際、断るの苦手やし」

 志摩さんが言いました。確かに苦手です。でも目をつけられる段階なら。

「子猫さんかて気弱そうやん……」

「あと鶯花さん、何や変な庇護欲そそるんやと思う。かわいそうっぽい言うか、悲劇のヒロインっぽいから逆にヒーロー志望が寄ってくるみたいな。中学の頃にもそういう男の子おったやん」

「マジやめて欲しい」

 子猫さんはなんだか真面目な分析をしてくれます。そういえばあの男の子は、私が女子に遠巻きにされているから自称親切心で話しかけてきたんでしたっけ。でも、だからといってどうしたらいいのです。めちゃくちゃハッピー! な感じで過ごせというのですか。……どうやって?

「ついでに俺の調査だと鶯花さん男子にミステリアス枠に入れられとるから。友達おらんとか、夏も肌出さんとか、寺育ちとか、悪魔見てなにもないとこ見とるようにみえるとか。こっちだと言葉もちゃうし。そのミステリアスに都合のええ想像するんやろなあ」

 志摩さんの分析もきました。ミステリアスってなんやねんほんま。プロフィール帳でも配れというのですか。変人じゃないですか。

「はー……。ごめんもうええわ。何や辛気臭なってきた……。明日からどないしよ……」

「なんやナヨナヨした男やったし、坊に一言『アホなこと言うのやめえ!』て怒鳴ってもろたらどやろ」

「あかん!」

 志摩さんが提案しましたが、それだけはダメです。顔を上げて否定します。

「どないして」

「あいつ、寺のこと馬鹿にしとるんや。そんな下郎に坊を会わせられん。坊そういうの気にしはるし、何よりあんなんと話したら坊に悪影響や」

「下郎て。ハハ。でも、悪影響はおいといても、何やめんどくさくなりそうやし、坊にはひとまず内緒いうんは賛成かもせん。腐った坊主に心当たりある、て絶対俺とか坊の見た目のことやんなあ」

 志摩さんの中身が坊主として適性であるかは甚だ疑問ですが、山田くんが坊や志摩さんの見た目に騒ぐのはほぼ確実でしょう。子猫さんにも言います。

「子猫さんも、坊には言わんといてな。絶対やで」

「お、おん……。まあ、今のところは。……でも、その山田くんの方から坊につっかかる可能性もあると思うんやけど……」

「その可能性はあてが全力で消します。……とにかく、こないなことで坊の手ぇ煩わせられへん」

 手を煩わせられない、あんなやつを坊に会わせたくない。どっちも本当です。でも、最近の私に対して少し態度の変わった坊に甘えていいものかとも思うのです。少なくとも、スカーフを直すよりは厄介なことです。断られたり、嫌な顔をされたり、もしくは、なにか“ほんとうのこと”を言われたら。その時はきっと、立ち直れません。




山田くんはわかりやすく悪役なので色々考えた結果、逆に原作キャラに被せていく方向に名付けられた結果の苗字です。
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