花に嵐   作:上枝あかり

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外科室 3

「学校行きたない……」

「……ひょっとして、あの鶯花ちゃんに話しかけてた男の子?」

 私の独り言を拾って朔子ちゃんが聞いてくれました。朔子ちゃんとはクラスが違うのですが、昨日A組に来ていたので見たようです。

「おん……、でもな、“怨憎会苦”やしな、しょうがないんや。これも人生なんや。つまり修行や。……がんばる……」

 床に座ってベッドに上半身だけ臥せていたのを起き上がって気合を入れて、朝のジョギングと筋トレの為に着ていた服から制服に替えます。化粧も直して、朝ごはんを食べに行かないといけません。もそもそ服を脱ぎながら着る私を見て、神木さんが呆れたように言いました。

「アンタだらしなくなったわよね」

「んー、そりゃ、顔見られてもええわってなったら、生態変わらん?」

「心開いてくれたんだねえ」

 朔子ちゃんが言いました。今ジャージ脱いでるので見えませんけど、多分いつものにこにこ笑顔だと思います。

 登校して、廊下で坊らとお喋りして、子猫さんと教室まで来てそれから。ええいと気合を入れてドアを開けます。

「おはよう、冬隣さん」

「おはよ」

 山田くんが予想通りに話しかけてきて、予想通りに私と子猫さんの間に割り込みます。挨拶だけ返して自分の席に向いました。

「昨日言った本を持ってきたんだ」

 昨日。昨日? 繭子(マユコ)さんを倒した以外に何かありましたっけ。いや、でも言われてみれば、何か言っていたような……?

 思い出せない私を気にせず山田くんは何かハードカバーの本をどんと私の一時間目の数学の教科書の上に置きました。タイトルは『祓魔師に騙されない! ~悪魔を科学で退治する医者の本~』。山田くんの好きそうな感じです。

「ほら、読んで」

「いらんよ別に……」

「ううん、わかりやすい本だから」

「やー、そうやのうて、あんな乱暴言う人のことは聞けんというか……」

「そりゃ君の目を覚まさせるために少しキツイことも言わせてもらうよ」

 めっちゃ起きとるわ。がんばってわかりやすく否定したつもりですが通じません。

「でも、確かにあまりキツイことを言っても君の反発を招くだけだと思ったからね。寺とか祓魔師(エクソシスト)のことじゃなくて、悪魔なんてのはいないってところから始めようかと思うんだ」

 おるよ、めっちゃおるよ、今あんたの背後を魍魎(コールタール)が飛んどるよ……。言葉を探します。

「悪魔はおるよ。……ほら、今学園七不思議とか、あるやろ? 白無垢(シロムク)の霊とか、そういうの……」

「……あのね、僕らの年頃ってのはホルモンバランスもあって心身ともに不安定だから、集団ヒステリーにもかかりやすいし、それに面白半分や話題作りでウソを広めることもあるんだよ。キミは騙されやすいんだなあ。本当に不安だ」

 ため息を吐かれ、呆れたように言われました。ああーっこの野郎(ゴースト)にキスされても同じこと言えるんやろか。悪霊(イビルゴースト)に首絞められてもおんなじこと言えるんやろか! 子猫さんの心配そうな目線が来ます。だ、だいじょうぶ、大丈夫やで。アイコンタクトをとります。だって、ほら、後数十秒でチャイム鳴りますから。

 チャイムが鳴って、山田くんは席に帰りました。本を置いていってしまったのですが、これどうしましょう。回してもらっても受け取り拒否されそうです。実を言うと内容はどんなアホなことが書いてあるかちょっと興味あるんですが、意地でも表紙を開いたりカバンに入れたりしたくありません。しかしそのへんにほかすのもこんなとは言え本という媒体に対して失礼ですし、とりあえず走ってロッカーの上に置いてきました。

 そしてホームルームと一時間目の数学。終わって次の国語総合の準備をしようと机の中に手を突っ込みます。予想通り近づいてくる山田くんを視界の端に捉え、ぐっと気合を入れた時。

「冬隣さん!」

「ひゃあ」

 後ろから声とともに肩を叩かれました。予想外の方向。振り向けば、後ろの席の女子が私に声をかけています。

「お、驚かせてごめんなさい、でも、ねえ、あの、ちょっとおしゃべりしましょう! さ、廊下に出て!」

 驚きはしましたが、赤くなって吃るその様子に逆に冷静になります。その子はガタンと音を立てて立ち上がり、ギクシャクした動きで廊下に出ていきます。寺の人間でないせいか山田くんは特に妨害する様子もないので、私はそのまま彼女について廊下に出ました。

 彼女とは寮の部屋も近く、席替えで前後の席にもなりましたが、余り話したことはありません。でも、プリントを後ろに回すと、いつもぺこりと頭を下げてくれる子です。名前は確か漆野(うるしの)帝子(ていし)。いかつい名前に対し引っ込み思案で、よそのクラスのお友達と一緒にお喋りしているところしか見たことがありません。サラサラの髪の毛が私の前で揺れて、そして大きな窓の前で止まって振り返ります。

「ご、ごめんなさい、ひょっとしたら山田くんと話したかった?」

「ううん、全然」

「よかった……。なんだか、あまり山田くんとお話したくないように見えたから……」

「おん、あんまり話したないなあ。てか、話すも何も向こうが一方的に喋っとるようなもんやけど……。助けてくれてほんまおおきに、ありがとぉ」

「お気になさらず。……そうよね、一方的に喋られたら、困っちゃうわね……」

 どうやら救いの手だったようです。少し黙ってから、漆野さんはもう一度話し出します。

「……帝子のお姉ちゃんも、悪魔に一回取り憑かれちゃったことがあって、それから悪魔が見えるから、帝子には見えなくても悪魔が本当はいるのを知ってるわ。うん、それだけ話したかったの。見えてるものを否定されるのって、辛いわよね。彼、貴女のおうちやお友達のことも否定していたし。そういうの良くないと思うわ。だから見逃せなくて」

 漆野さんはそう言うとはにかんで笑いました。蝶よ花よと愛情深く育てられた、清く正しいお嬢様といった風情で、この洋風建築に入る初秋の日差しに、やわらかく薔薇色の頬が光っていました。

「冬隣さんはお昼はもう買った? せっかく出たから、まだなら一緒に買いに行かない?」

「うん、まだや。漆野さんはどこに?」

「中庭の金木犀の木陰のサンドイッチ屋さんに。早く行かないと売り切れてしまうって、お姉ちゃんが教えてくれたけど、行ったことがなかったの。今ならきっと間に合うわ」

 中庭にサンドイッチ屋が来ているなんて、初めて知りました。財布の中身を思い浮かべつつ漆野さんに着いていくと、確かに人が並んでいて人気店のようです。出している黒板に書いてある値段は特別安いとは言わないものの十分良心的で、私はクリームチーズとサーモンのサンドイッチとかいうやたら小洒落たものを買いました。味の方は、昼休みのお楽しみです。

 そして昼休み、例によっての即ダッシュを決めようとしたところ、すぐに立ち上がった山田くんに阻まれました。いつかは来るかもと思っていましたが、それが今日だったようです。

「今日はお昼は僕と食べよう」

「先約があるんで」

「だめ。キミは寺の連中から離れるべきだ。首の絆創膏だって変なお祓いか何かでついたんだろう。ほらね、危ないんだ」

 確かに首の絆創膏は昨日の祓魔の時のですけど実際戦った結果です。危ないのは承知の上というか。横をすり抜けようとしたら腕を掴まれてしまいました。お昼を持った子猫さんがそれを止めてくれます。

「山田くん、鶯花さん困っとるから、とりあえず離したってや」

「君も、冬隣さんのことを思えば引くべきだと自覚するべきだ。お前達に冬隣さんは渡さない」

 何言っとんのやこいつ!? 子猫さんが一瞬固まります。最近子猫さん元気が無いのであまりストレスかけたくないんですけどどうしましょう。とりあえず力づくで腕を振り払えば離れましたが、また掴もうとしてきます。その時。

「冬隣さんは帝子とご飯を食べるわ。それなら山田くんだって文句はないでしょう? それに私達、お昼を一緒に買いに行ったのだもの。山田くんよりきっと先約よ」

 漆野さんが言って、私と山田くんの間に入りました。顔は微笑んでいますが、決して有無は言わせない雰囲気です。山田くんは雰囲気に飲まれ、何かぼそぼそとしか言えなくなってしまいました。その隙に漆野さんが私の手をするっと握って、教室の外に連れ出しました。廊下を少し行って階段の前に来ると、また手をするっと離します。

「じゃ、じゃあ、帝子はB組のお友達と食べるわ。冬隣さんもお友達と食べるのでしょう? でも、これからも、教室は一緒に出たほうがいいかしら」

「えっ……ええの?」

 漆野さんの言葉からは、正義感とか親切心しか感じません。それも、自分に圧倒的に余裕がある人特有の、自分以外の人は皆困ってると思っているくらいゆったりしたそれです。きっと、ノブレス・オブリージュが近いのでしょう。

「もちろん。教室を一緒に出るだけなのにそんな畏まらなくてもいいわ。でもその代わり、私のことはてこちゃんと呼んで。親しい人はみんな帝子のことをそう呼んでくれるの」

「ありがとう……てこちゃん」

「どういたしまして。帝子はきっと鶯花さんとお話がしてみたかったんだわ。だって、鶯花さんが前に読んでいた小説、帝子も好きだもの」

 そう言うと漆野さんは手をひらひら蝶みたいに振って、歩いていきました。一人残されて思わず呟きます。

「ホンモノのお嬢様や……」

「あ、鶯花さん!」

 振り向けば、子猫さんが駆けてきます。

「子猫さん、大丈夫やった? 元気?」

「え? 僕は元気やけど……。漆野さん何やって?」

「B組のお友達とご飯食べるんやって。これからも教室連れ出してくれるって話やったわ」

「ああ、それならよかったわ。……でも、それ根本的な解決やないよ? わかっとるよね? ええ加減山田くん、目に余るわ。そろそろ坊にも言わん? 坊も鶯花さんが元気ないの、気にしてはるし」

「えっ、坊気にしてはるん?」

 私は、特に何も言われていませんし、そんな素振りも感じていないのですが。

「当たり前やん。昨日も更衣室で『最近鶯花の様子おかしいけど何か知らんか』って言われて、僕ら隠すの大変やったし」

「……でも、坊にはまだ言わんといて。せや、今日蝮ねえさまに電話してみるわ。あねさまなら何か参考になりそうなこと教えてくれるかもしれん。それでええ?」

「何か対策取ってくれるなら、それでええけど……。でも、僕ら坊に隠し事これ以上出来る気はせえへんからね?」

 そして中庭に出ながら、メールで蝮ねえさまに20時頃電話していいか聞きます。今日の特別課外授業は夜中ということなので、夕食も食べ終えたそのあたりの時間が良いでしょう。すぐに返信が来て、大丈夫とのことでした。その後いつもの場所で坊らと合流してご飯を食べましたが、坊はやっぱり私にそんなこと何も言いませんでした。クリームチーズとサーモンのサンドイッチは、お値段以上に美味しいものでした。

 そして夕飯の後、寮の電話室で携帯を開きます。宝生蝮にダイヤルして、しばらくのコール音の後、電話がつながりました。

「もしもし、蝮ねえさま? 鶯花です」

「ああ、鶯花。メール見たえ。どないしたん?」

「いや、その……ガッコで、変な男に絡まれとるんです」

「……詳しく聞かせえ」

「何や、悪魔はおらんし祓魔師(エクソシスト)は詐欺師やし寺はどっこも腐っとる思っとるやつで、そんなのに、僕がまともにしてあげるとか言われて」

「何でそないなのに正体バラしたん!?」

「寺生まれの方は、同じクラスの子猫さんが4月の仲良くなりましょうって時期にクラスの子に『小坊主さんみたいやね』って言われてホンマの坊主やって話になって、一緒におるあてもそうやって話がクラスに知れとって……。祓魔師(エクソシスト)の方はわからへん。二学期から絡まれ始めたさかい、夏休み中の実習姿でも見られたのかもしれへん」

「不可抗力やなあ……。具体的に何されとるの」

「休み時間中ずうっと悪魔はおらん、祓魔師(エクソシスト)はキチガイで坊主は詐欺師やって聞かされとる。あと、塾行こうとすると止められるし子猫さんと話すのも止められる」

「……そういう話なら、あんたのお兄の方が詳しいかもなあ」

「へ?」

「青い夜の直後にちょお色々あったんや。……これ、(あて)から喋ってええんやろか」

 蝮ねえさまは口ごもりました。しかし、隠されては余計気になります。

「ええから聞かせて。今あねさまから聞かんかったら、きっと誰も教えてくれへん」

「……まあ、鶯花ももう高校生やしなあ。あんたの……母方の祖父さん祖母さんがな、青い夜の後、こない危ない寺に孫置いとけん! 言うて、柳を連れてってまったことがあって。一週間もせんうちに柳は帰ってきたんやけど、理由が、……祖父さん祖母さんがあんたを引き取る気はないって聞いたからやって。それ以来縁切っとるから、あんたもあっちの親戚は知らんやろうけど、そういう理由なんや」

 蝮ねえさまが躊躇ったのは、家庭の事情に深く踏み込んだ話というだけではなく、向こうの親族に私がいらない子扱いされた話だから、という理由でしょう。私がその話を聞いたことがない理由も同じく。でも、当時の私なんて入院中で三割くらい焼死体でしょうから向こうの気持ちはわからいでもありませんし、愛着もない親戚にいらないとされても今更傷つきません。

「へえ、別に、知らん親戚にいらん思われててもどうも思わんけども。ちなみに、お兄はその時どやって戻ってきたんです?」

「普通に留守の間に家出て歩いてきたて。……それでもそれなりに距離あったはずなんやけどな。その後は家に魔除け張っとって、通学路で声かけられた時にとことん冷たくあしらって、何なら通報も匂わせてたら終わったみたいや」

「とことん冷たく……」

 これ以上冷たく……。頑張れるでしょうか。あんまり私が話を聞かないと、坊とか塾とかの方に来るんじゃないでしょうか。

「ダメそうなら竜士さまとか子猫とか頼るんやで? 遠慮せんとちゃんと拒絶しよし。志摩のもあんたに教えとったやろ……頭突き」

「頭突き……」

 頭突きは私の必殺技です。小学生の頃にあまりに一方的にいじめられるのもどうかと思って、何か喧嘩を教えてくれと金造兄さんらに頼んだのです。殴れば手首を痛めそうだし蹴れば転びそうだということで頭突きを教わり、それ以来私の唯一の自衛手段になっています。でも、実力行使ってどうなんですか。

「場合によっては遠慮せんと金的のほうでもええよ」

「場合!?」

 金的はその熱心な指導風景で私が金造兄さんにいじめられていると勘違いした蝮ねえさまが駆けつけた後に教えてくれた、曰く下品だけど頭突きよりよっぽどよく効く技ですが、その場で金造兄さんらに喧嘩で使ったらあかんと止められた技です。そんな物騒な技を彼に使うような状況は来るのでしょうか。

「……あんたまさか分かっとらんの? どう考えてもそいつ鶯花に気があるやろ。確かダンスパーティーとか浮かれた行事もあるし、二人きりになったらあかんえ」

「ええ、山田くんそういうのなさそうなんやけど……」

「さっきのあんたのお兄の話聞いとったんか? 同じ状況にある人間を一人だけ助けてあげようなんて言うんは、下心あってのことや。子猫なんかは同じクラスらしいけど、そういうの無いんやろ?」

「確かに無いなあ……」

「せやし、用心するにこしたことないわ」

「せや、あねさま、体は大丈夫なん?」

「心配せんでも調子はええよ。もう毎週診てもらうような状態でものうなったし。それよりあんたや。あんまりボーッとしとったら、とりかえしのつかんことなるえ」

「はぁい」

 その後は、お小言をもらったり近況報告をしたりしました。あねさまは自分もまだ大変だろうに、私の心配ばかりしてくれました。高校に入って初めてあねさまに電話したからでしょうか。もう高校生になったのだから、私もちゃんと、頑張らなくちゃいけません。だって、今、坊とあんな感じですし、私一人でも。

 ……“一人でも”は、嫌やなあ。




 漆野帝子。正十字はお金持ち学校とのことでそんな感じの子です。多分おうちは不動産業。名前の元ネタはうるわしのワシリーサ。ワシリーサが女帝とかの意味らしいので名前がこんな感じに。キャラクターイメージは人見知りのカリスマって感じです。
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