花に嵐   作:上枝あかり

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外科室 7

 無事スタッフ登録は済みましたが、そのことを山田くんに告げたところ。

「でも、あんなの相手が見つかったら辞退するものだろう? 冬隣さんには僕がいるじゃないか」

 と言われました。いや私はあなたを相手と思ってないんですけども。一度引き受けた以上バックレたり出来ないと言っても聞く耳持ちません。

 そんな感じで学校行きたくない私がピアスをお守りがわりに、ほぼほぼ歩く屍のごとくなって登校すると、途中で子猫さんと坊と合流しました。坊は私の様子を見て「お前そんなになってまで言わんのか」と怒りましたが、それについて深く言う前に、一人の女の子が声をかけてきて、何かと思えば坊をダンスパーティーに誘ったのです。坊がそれについて断ると、女の子は言いました。

「じゃあ、そ、そっちの子と行くの?」

「いや、コイツはそういうのと(ちゃ)うけど……」

「違うって何? 一緒にご飯とかも食べてるよね?」

「ほぼ家族やこいつは。俺はダンスパーティーは誰とも行かん。すまん」

 女の子はそれを聞いて、「家族って何」と呟いてじわっと涙をにじませました。それに気づいたようで慌てて目元を拭って、それでも溢れる涙に彼女は背を向けて走り出します。その先には二人の他の女の子。彼女らは坊と私を見てから、泣いてしまった女の子を連れてどこか人の少ない方へ消えました。

「……」

「ぼ、ぼん……」

 子猫さんが坊を気遣います。今のじゃすっかり坊が悪役です。その空気に加担してしまった心苦しさもありますが、私も私で坊にとって私はそういう対象にならないんだな、とか、やっぱり誰とも行かないんだな、とかショック受けてるんで、ちょ、ちょっとそっとしてほしいかもしれません。しかしそっとしておくも何も坊はすっかりショックで一気に目の下に隈ができたようなまるで徹夜明けというか、要は私とおそろいで歩く屍化してしまいました。

 あわれな子猫さんが歩く屍二体引き連れてさわやかな朝を登校します。そのうち、誰かに挨拶しました。

「お二人共おはようさん。すっかりウォーキングデッド化が進行してはるね……」

 顔をあげると同じく歩く屍化した奥村くんと志摩さん。どうやらまだ誰も誘えていないようです。

「おう……おはよ――子猫丸……って……勝呂どーしたんだ!? お前こそウォーキングデッドみてーになってんじゃねーか! 鶯花はたぶん“のっ()()ならないジジョー”だろうけど……」

「ええと……坊もダンスパーティーの件で悩んではって……」

「え!? 勝呂行かねーんじゃ!?」

「いえ……二人には言いにくいんやけど……朝から同じクラスの女子に誘われて断らはったんやけど、泣かれてもーて……。心に深いダメージを受けたところなんです」

「俺達とは悩みの次元が違え! くっそー! カッケエ! なんだよそれ! カッケェうらやましい!」

 生気を取り戻して駄々をこねる奥村くんと違い、志摩さんは屍のまま坊を指差して言います。お家に知れたら叱られますえ。

「キサマは我らウォーキングデッドの風上にもおけぬ……! 学園祭に青春の全てをかける戦士(おとこ)全員の疲れ果てた魂から呪われろ!」

「呪われとるのはお前らの方やろ……。煩悩にまみれよって! 学園祭など魔羅(マーラ)の所業も同じ……! 彷徨える魂にせめて安らかな終焉を……!」

 せやな! あてが煩悩にまみれとるんが悪いんや! そうや山ごもりしよう。山で坊とか山田くんとか俗世の煩悩から離れて修行するんや!!

「どこ目指してはるの!?」

 煩悩に悩まされることのない悟りの世界!!

 何だかハゲるとか云々ぎゃーぎゃー言ってますが何で思いつかなかったんでしょう。山ごもりすればよかったんや! そうだ京都帰ろう! お経あげて護摩焚いて仏様に近づくんや!!

「……鶯花さんは何で今のでトリップしてはるん?」

「大丈夫や子猫さん、あて立派な徳の高い尼さんになるからな」

「いきなり何ゆーてるん!? あかんて戻ってきて!」

 子猫さんに揺さぶられます。大丈夫や、お寺で仰山修行して、108の煩悩全て払ったら戻ってくるからな。

 あ。

 お山のお寺、もう焼けて、ないんでした。

「おーい……みんなおはよ~」

 急に虚脱した私に焦る子猫さんがピタリと止まって、私もその聞き覚えのある声に振り向きました。そっちには制服を着たしえみちゃん。あ、あれ?

「あれ杜山さん?」

「しえみ! なんで学校(ここ)に……」

「あ……あのね、私、これから皆と同級生だよ! よろしくね!」

 ど、同級生!? 転入でしょうか。

「まじで!?」

「中途入学の試験に合格したの! ずっと雪ちゃんに勉強教わってたんだけど、合格してから話したくて黙っててもらったんだ」

 わあ、それはえらいことです。中途入学の試験は普通より大変そうですし、そもそも入学していなかった事情もありますし、えろう努力しはったんでしょう。私も勉強が辛いとか言ってられませんね。

 そしてしえみちゃんは奥村先生に連れられて、職員室に向かいました。その背中を見送って、奥村くんが言います。

「ついに俺の時代が到来した……。しえみを誘える!!」

「“到来”とか知っとったんやな」

「ええ顔しとるわ~」

 確かに私をダンスパーティーに誘ったときより数倍いい顔をしています。挙動不審感とやけっぱち感を抜いて悪人顔要素と不敵な笑いを足した感じですけども。いよっ待ってました真打ち、サタンの息子! って感じです。

 その後私がしえみちゃんとゆっくりお話を出来たのは、次の日の任務の帰りでした。任務と言っても定期検診のお手伝いで、支部内で行われたのですが。子猫さんらの腕を犠牲にしただけあって採血のお手伝いなどではおおむね成功したと思います。奥村先生など顔を見ない人もいましたが、忙しい人は後日医工部へ各自行くようになっているそうです。

「しえみちゃんこの後おひま?」

「うん、用事はないけど……どうかした?」

「ううん、街に出てちょお買い物したいんやけど一人で行ける気せんし、しえみちゃんもどうかと思って。スタッフやる時に正装するさかい、口紅の一本も欲しいんやけど、あて持っとらんの」

「あ、じゃあついてってもいい? 買うものはないけど、一緒にお化粧品は見たい!」

「わあ、おおきに! 全然わからんから見立ててもらえると助かる……」

 言いながら歩いて、塾の出口に差し掛かります。こっちの出口を出れば学園下部で、繁華街にもすぐに行けるのです。

 しかし、塾の出口に、一人の人影。……まさかの山田くん。

 え、どういうことでしょう。塾生は大目に見られているものの、基本的に生徒の許可無しでの外出は禁じられているはずです。そしてそこは外なのです。私みたいにダンスパーティーに向けて何か買いたい子は月に一度きりの外出許可を取っていると聞くのですが、その場合も平日は認められないはずです。

 しえみちゃんは急に立ち止まった私を振り返り、それからもう一度進路……山田くんを見ました。そしてしえみちゃんがもう一度振り向いた途端に、踵を返して走り出します。

「だから祓魔塾なんか来ちゃダメって言っただろう!! 僕の話を聞いてないの!?」

 背後で聞こえる山田くんの大声。しえみちゃんはよくわかっていないながらに私についてきてくれました。そして出口へのまっすぐの通路から一つ角を曲がって、壁に隠れて座り込み、走った以上にうるさい心臓を落ち着かせます。

「鶯花ちゃん、あれがひょっとして前に言ってた、クラスの方にいる困った男の子……?」

「おん……ここまで来てるなんて」

 しえみちゃんには、最初に元気がなくて心配されていた時にうっすら話していました。それにしても、彼、()()からいたんでしょう。今日という意味ではなくて、ここ最近の意味で。こっちの出口を使ったのは久しぶりです。今日だけではなく、一週間前から毎日あそこに立っていられたとしても、通らない私にはわかりません。

「あっ、警備員さんに連れてかれちゃった……」

 しえみちゃんが壁の向こうを覗いて言いました。私も角から顔を覗かせると、警備の人が山田くんを捕まえて、どこかに連れて行くのが見えました。見送ってから、私も立ち上がって廊下に出ます。

「ご、ごめんね出かける前に変なもんと遭遇させてまって……。気ぃ取り直して行こか!」

「鶯花ちゃんが謝ることじゃないよ! そ、それに、私だって力になりたいし! 学校にも通いだしたから、そっちでも、ね!」

「おん、おおきに。でも、彼に祓魔塾の人間と話しとるってバレるとたぶんまずいからなあ。……あ、この、山田くん関係の話、坊にはせんどいてな。皆に口止め頼んどるねん」

「いいけど……。どうしたの、喧嘩?」

「うーん、そんな感じや。あてはあんな寺のこと悪う言うやつに坊を会わせたないけど、坊はあてが隠し事しとるのが気に入らん、みたいな……」

「どっちも、お互いが大事なんだねえ……」

 しえみちゃんはそう言いました。それですれ違うのはさみしいことですが、譲れませんししょうがないです。坊があそこまで言ってくれたから、安心してすれ違えるというのはあるのですが。

 他に色々とお話しながら、繁華街の、手頃な値段で化粧品を扱う店に向かいます。どうやらしえみちゃんは今朔子ちゃんや神木さんとご飯を食べているらしく、明日は私もそっちに混ぜてもらおうという話になったりしました。そして、化粧品を扱うお店に来てしまいました。勢い付けてドアを開けます。店内に並ぶはなんだかきらきらした色とりどりの化粧品。ちょっと見ただけでもう何が何だかわかりません。

「り、リップグロス……? これも口に塗るみたいやけど、口紅とどう違うん……?」

「あれ、鶯花ちゃんお化粧してるんだよね?」

「せやけど中学でも怒られんよう最低限やったさけ、可愛い色ついたもんはほとんどわからん……」

 ファンデーションとかコンシーラーとか、いわゆるベースメイクしかわかりません。それも、医療用の品を使っているので市販品はよくわかりません。結局お店の人に相談したり、しえみちゃんに見てもらったりして、、肌なじみのいいピンクのグロスを買いました。テスターを唇にひいてもらうと、鏡の中見慣れた自分の唇がつややかで色よく見えて、しえみちゃんもそれが一番いいと言ってくれたからです。赤のリキッドルージュもおすましした感じで素敵だったのですが、店員さんがパーティーはいいけど高校生なら日常での使い回しに困るかもしれないと言ったのでやめました。十三参りなんかでお着物を着せてもらった時には赤い紅をひいてもらいましたが、確かに洋装では色々選ぶでしょう。他に、頬紅とアイシャドウの一緒になったパレットもおすすめされて、そちらも買うことにします。あまり着飾る習慣がないので、きらびやかな正装の場に行く権利をやっと得たような気がしました。

 その後、しえみちゃんが他所を見ている隙に、素敵な色付きのリップクリームも一緒にお会計しました。リップクリームの方は袋から出してもらって、部屋から用意してきたリボンを結びます。

「しえみちゃん、転入おめでとう。これ、お祝い。よかったら使ったって?」

 店の外に出てからリップクリームを渡すと、しえみちゃんはふわっと目を見開いて、受け取ってくれました。リップクリームなら、使う機会も多いでしょう。

「わぁ、ありがとぉ……! だ、大事にするね!」

「いや、使ったって?」

「そ、そうだね大事に使うね……! ……ちょっと待って!」

 言って、しえみちゃんは店に戻っていきます。……え。まさか。暫くしないうちに戻ってきたしえみちゃんは、さっき買うのをやめた赤のリキッドルージュを持って出てきました。

「お返し! 裸でごめんね、やっぱり赤も似合うと思うから、ダンスパーティーには好きな方を着けてけばいいと思う!」

「あ、ありがとぉ……。大事に使うな」

「えへへ、プレゼント交換してみたくて」

 や、やっぱりお返し。結婚式のご祝儀と引き出物みたいな感覚かと思いましたが、プレゼント交換。いいですねそういうのも。手の中でキラキラ光るパッケージと赤いルージュ。せっかくいただいたので、こっちを着けていきましょうか。どうしましょう。

 その後歩き始めて、結局話題は山田くんになりました。どうやら彼はまだ学園外の出口しか把握していないようですが、普段通っている学内へ通じる方の出口がバレてしまったらどうしましょう。警備員さんのブラックリスト入りしていることを願いつつ、他の出口を把握することで対策しましょうか。しえみちゃんは、祓魔屋の鍵でおうちに帰っているそうなのですが、しばらくは学園側の出口を通って外に出ることにして、もし見かけたら引き返して教えてくれると言いました。他に、ダンスパーティーに誘われてしまって、もうスタッフ参加すると言っているのに行く人がいないなら僕と行けと言ってすっかり一緒にいくようなつもりで喋っているから困っている、というような話をします。いや、誰か他に誘えばいいのかもしれませんが、相手もいませんし。

「勝呂くんとは行かないの?」

「坊は、行きたない言うてるから、誘えんよ」

「そっか……。志摩くんと三輪くんは?」

 黙って首を横に振ると、しえみちゃんは首を傾げます。

「二人共、まだ相手がいないなら行ってくれるんじゃない?」

「二人とは、ダンスパーティー行くような仲やないし。そういえば、しえみちゃんは奥村くんと行くん?」

「燐? ううん、雪ちゃんを誘ったんだけど、断られちゃって……」

「奥村……燐くんの方とは?」

「燐はね、雪ちゃんを誘うの賛成してくれたんだけど、断られちゃったって報告したら怒られちゃって……」

「お、怒られた!?」

 え、何なんでしょう。まさか、奥村先生を誘うのに失敗したから怒ったわけじゃないでしょうに。

「何かいい考えないかな、って聞いたら、怒って走り出しちゃって……」

 ……いや、まだ推測に過ぎませんが、奥村くんもしえみちゃんと行きたかったのを照れ隠しとか色々混じって怒る羽目になったのかもしれません。少なくともしえみちゃんに非はないかと思います。

「……いや、それしえみちゃんは悪くないえ。たぶん奥村くん自身の問題やわ」

「そっかあ……。心配だな。仲直り、できるかな……」

「……しえみちゃんは、奥村くんと先生、どっちが好きなん?」

 うすうす、気になっていたことを聞いてしまいました。しかしここは雑踏。聞く場所間違えたかと思いましたが、しえみちゃんはすぐに笑顔で言います。

「え? どっちが、っていうか、どっちも好きだよ!」

「どっちも……。ああ、なるほど」

 どっちも。別に、それでいいのです。視界がひらけた気分でした。

 恋愛とか、家族愛とかなんとか、言い出すから悪い。好きなものはただ好き、それでいいじゃないですか。坊も子猫さんも志摩さんも、しえみちゃんもみんなみんな好き。みんな、ちょっと命とか賭けちゃいたいくらい、全部信じちゃうくらい好き。それだけじゃないですか。皆大好きで皆に命賭けちゃいたいから私不安になってて、でも、子猫さんが言ったみたいに、やり方さえ間違えなければきっとだいじょうぶ。私は、みんなを好きでいられます。

「鶯花ちゃんのことも好きだよ!?」

 少し黙った私に、しえみちゃんは謎のフォローをしてくれました。なので言います。

「あてもしえみちゃんのこと大好きや」

「ありがとう! 私が男の子だったら、鶯花ちゃんとダンスパーティー行って、断る口実になってあげられたのになあ……」

 しえみちゃんは前を向いて、少し唇をとがらせて言いました。

 あれ。あれあれ。

 坊も子猫さんも志摩さんもしえみちゃんも皆同じくらい、命賭けちゃいたいくらい大好き。それでいいはずなのに。

 なぜか、ダンスパーティーに行きたいと思うのは、坊とだけなのです。




 三ヶ月に一度ある検診を雪男くんは二ヶ月強引き伸ばして医工部から次の検診始まっちゃうでしょと怒られかけてた感じのイメージで書きました。「どっちが好きなの」について朴さんが聞いたときと違う答えをしえみちゃんが返しているのは、恋愛的な文脈が存在しなかったからということにしてます。
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