花に嵐   作:上枝あかり

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外科室 8

「鶯花さんやっぱ俺とダンスパーティー」

「行かん」

「そこをなんとか」

「わかっとるでしょ」

 歩く足は止めず、最後の手段に出たらしい志摩さんを突っぱねます。詠唱騎士(アリア)の卵として呼ばれた任務の帰り、車で学園に送ってもらって、寮へ帰る道中でした。志摩さんは負けずに私の進路をやや塞ぐようにして歩きながら続けます。

「正直わからんよ。別に単なる音楽祭やで? 彼氏彼女ってわけでもないやん。なら坊への操立ての範疇外やろ。なんなら、中入ったら別行動でもええし。ネ? 代わりに何でも一つ言うこと聞くから!」

「あのね、そういう問題やないの。あて、もうスタッフの方でお仕事任されとるの。アナウンスの原稿もうもらっとるの。今更抜けられへんの」

「え~ホンマ? そこまでお仕事任されとったんか……。これなら子猫さん女装させたほうがまだ望みあるわ……」

「うわ見境あらへんな! 流石に引くわ!」

「その時は学生証とか色々貸したってなっ!」

 流石に足を止めると、志摩さんはにこーっと笑って親指を立てました。子猫さんの人権のようなものを軽やかに無視した話。ここで同じくダンスパーティーに行きたがっていた奥村くんを出さないのは、この間の女装の出来でしょうか。それとも身内の気軽さか。いえ、ここは志摩さんにもしえみちゃんに振られて動かない屍と化した奥村くんを労わる気があると思いたいところです。もう一度歩きはじめて、そして少し考えて言います。

「志摩さん、女の子とやなくてもええんやったらスタッフで出れば? まだ、当日立ってるような人は募集しとるみたいやし」

 主にカップル成立時の欠員用に、という言葉は流石に飲み込みます。ポジションを隣に戻した志摩さんは顎に手を当てて真面目くさって言いました。

「それ坊にも言われてん……。最終手段としてホンマに考えよかな……」

 そして、志摩さんはこっちを向いて少しにやつきました。

「ええね鶯花さん、坊とダンスパーティー行けるんやね。そら俺はフラれるわ」

「スタッフやし持ち場ちゃうから行けるとは言わんと思うけどね……」

 スタッフの打ち合わせの際、坊もいました。あれからもちょくちょく女の子にお誘いを受けたようなのですが、フる際の精神的負担が半端なかったので、奥村先生直伝の角の立たない断り方としてスタッフをやることにしたそうです。フるストレスよりスタッフの時間拘束をとるあたり、坊もストイックとは言えそれ以上に繊細です。

 学園町中層は、もうすっかり浮かれ気分であちこちに飾り付けがされ、空にはバルーンが浮いていました。まだ少し早い気もするのですが、やはりこういうのは早いうちから準備するものなのでしょうか。公園というには小さい広場に差し掛かって、志摩さんが缶ジュースを買いました。私もお茶を買って、ぶらんこに座ります。すっかり秋の風が吹き始めて、ちらちら秋草が見えました。青いすすき、ぼやけた萩。こういう、忘れられたような場所の光景はどこも似ていて、一瞬自分がまだ京都で中学生をやっているような気になります。セーラー服のスカートは、こんなに短くありませんでしたが。志摩さんがジュースを一口飲んで、同じく座ったぶらんこを気もなく揺らしながら言いました。

「前は何も言わんかったけど、俺、鶯花さんはとっとと告白してまうべきやって思っとるよ。まどるっこしいねん。そのほうが、坊の変態的な硬さにもええ影響ありそうやし」

「その影響がええとは思わんから、言わんの。……まあ、ただ断られるんが怖い臆病かもしれへんけど、臆病でもええやん」

「悪いとは言わんけど……人生楽しい? それ」

「……好きな人がおる、いうのは、生活の潤いやとは思うなあ」

 私も地面から足を浮かして、ぶらんこを漕ぐでもなく揺らしました。まるで空中の舟のように、ぶらんこは漂います。人生の方は、潤いすぎて溺れ死にそうです。

「……その代わりにな、“あてが坊を好き”ってところだけは譲れへんねん。あての中で思っとるだけやから、そこ譲ったら、何もなくなってまう。だから、誰ともダンスパーティーは行けん」

「精神主義極まり過ぎや無い? もっと鶯花さん動くべきやって。若いのに枯れとるわ」

「でも今動く方お腹いっぱいやしなあ……」

「ああ、山田くん……。今どうなっとんの?」

 どうなってるって。吐き捨てます。

「どうも」

「どうもて」

「ほんまにどうともなっとらんのやもん……。もっとマシな話しよ。坊、絶対スタッフのスーツ似合わはるわ。志摩さん知っとる? スタッフのお仕着せな、男は黒スーツに蝶ネクタイなんやで。スーツは盾姉さんの結婚式の時も着てはったけどあの頃よりも背ぇえらい伸びはったし絶対かっこええわぁ。うん、そうや、あての人生の潤い……」

「あっこれだいぶダークサイドに落ちとるやつやん」

「あとピアス……ファーストピアスの次のピアス考える……。まだ定着せんけど、朝な夕なに坊の開けてくれた穴消毒するのめっちゃ楽しい……」

「戻りたまえ~、普通のテンションに戻りたまえ~」

「せや志摩さん、あて口紅どっち似合うやろ」

「うわいきなり戻った。え? 何? 口紅?」

 ポケットからケータイを出して、顔を寄せた志摩さんに二枚の写真を見せます。朔子ちゃんに付き合ってもらってお化粧の練習をした時に、みんなに意見を聞くために撮ってもらったものです。赤いリキッドルージュとピンクのグロス、それぞれ一枚ずつ。

「うーん、ピンクは女の子って感じやけど、赤は女って感じやなあ。赤にしはったら。坊も女やって思ってくれるかも」

「女? 何やのそれ」

「ほら、コイツも恋愛対象やったな~的な」

「逆に恋愛対象やって思われたらすぐ好きなのバレるわ。恋愛対象やって思われとらんから、あんだけひっついとっても恋心系の好きやって思われとらんのでしょ。あんなにダンスパーティー誘われるの嫌がっとるのにそんな……あれ」

 開いたままのケータイの画面が切り替わって、着信音が鳴り、メールが来ました。差出人は子猫さん。話したいことがあるから、任務が終わって時間があったら塾の方に寄ってくれないかとあります。私は志摩さんに断って、返信してから塾の鍵を近くにあった倉庫に差しました。

 そして塾の方で会った子猫さんが何を話すかと思ったら、写経愛好会の部長さんにダンスパーティーに誘われたということでした。

 やっぱり子猫さんモテはる……当然やんな、子猫さんやもんな、写経愛好会の部長さんなら身元もはっきりしとるし子猫さん預けても安心やな、志摩さん残念やったな猫子ちゃん予約入ったで、と思っていると、子猫さんは更に続けます。

「坊と志摩さんにはまだ言えへんのやけど、鶯花さんに打ち明けたんは、実は……ダンスの練習付き合って欲しゅうて……」

「練習? ええよ、付き合うえ。注射の借りもあるし。どこでやる?」

「塾の空き教室借りよか思とるんやけど、他にええ場所あるかな?」

「ん~、思いつかへん。空き教室でええと思う。あ、あて、ダンスパーティーの紙捨てたんやけど子猫さん持っとる?」

 学校からダンスパーティーのために配られたプリントがあり、表面に案内と注意事項、裏面に基本的なダンスのステップが載っていたはずなのです。私の分は山田くんの目の前でゴミ箱にブチ込んだのですけども。

「持っとるから大丈夫や。いつがええ?」

「いつでも作るえ。あ、でも1日30分位でええ? それ以上増やすとあてが死ぬ」

 ということで話し合いが進み、早速今日も空き教室でステップの練習をすることになりました。とはいえ、まずは最初の手を取る基本姿勢から謎だったのですが。何やねんこの格好。中学の体育でオクラホマミキサーをやった時も思いましたが、何故ダンスというのは足を踏みそうな距離で踊るのでしょう。盆踊りみたいにちゃんと距離を取ればいいのに。……いや、足を踏まない距離ならもうカップルで踊る意味がなくなるのかもしれませんが。足を三回踏みあったあたりで一度休憩します。

「そういえば子猫さん、原稿覚えた?」

「まだやけど、つっかえんで読める程度には練習したし、当日暗いけど原稿持ち込んでええって話やから、まあこんなもんかなあ思っとる」

「あてもその辺や。プラネタリウムじゃ暗いしある程度は頭入れときたいんやけど、それくらいなら聖書入れときたいしな……」

 私と子猫さんは原稿係として、原稿準備に関わらない代わりに当日読み上げるのを担当することになりました。シフトとしては二日目に一回おきで、子猫さんの一日目に一回おきとは被りません。山田くんも原稿係ですが、彼は準備班の方でした。私も子猫さんも星にはそうこだわりがないうえ、国語の音読で高評価でしたので読み上げの方に回されたのです。

「そういえばな、ダンスパーティーのスタッフの方でもあてアナウンスやんねん。舞台MCさん以外はあてが喋ることになるみたいやから、落とし物とかはせんでね。あての仕事増えるさかい」

「へえ、大役やねえ。おきばりやす」

「まあ、大変でもええから大事な役任せてくれって頼んだ結果なんやけど……。あ、それより聞いてや子猫さん! お仕着せのドレス来たんやけどな、これがみんな胸元それなりに開いとるデザインやねん。火傷見えるわ! って。しかも全員サイズ合っとるしあての分だけ手袋着いとるし、絶対フェレス卿一枚噛んどる!」

「僕らに女子寮の悪霊(イビルゴースト)の件の時用意されとった服もサイズ合っとったけど、それと同じもん感じるね……。火傷はどないするの?」

「みんな共通で開いとるデザインやからわがまま言えへんし、化粧で隠す……。もう粉着いたかて知らんわ。どうせみんな着たらクリーニングやろ。子猫さんは着てくもん決まったん?」

「おん、決まったよ。ジャケットとベストと……、あと、ダンスパーティー向けの貸衣装で蝶ネクタイか何か借りよ思て」

「蝶ネクタイ? ええね、スタッフのお仕着せもそれなんやけど、普段ネクタイやからそれくらい遊んだほうが……ああ」

「ん?」

「子猫さん、あて、口紅ピンクと赤で迷っとるんやけどどっちがええと思う?」

 例の写真を見せます。子猫さんはしばらく二枚を見比べて、それから言いました。

「ドレスは何色なん?」

「えっとなあ、青。みんなおそろいやねん」

「じゃあ、ピンクにしたら? ドレスとも馴染む思うわ」

「お、やっとピンク派が現れた。おおきに参考にする……」

 朔子ちゃんは赤といいました。朔子ちゃんに話を振られた神木さんも、赤でした。そういえば理由は聞いていませんが、神木さんは面倒で朔子ちゃんと合わせたのかもしれません。

「まあ、悩むのも楽しいもんなあ。最近鶯花さんピリピリしてはるし、そういうのん気なことで悩んだほうがええよ」

 え。ピリピリ。初耳です。

「あてピリピリしとった?」

「うん……。何や集中力切れやすくなってきたし、ちょっと機嫌悪くなる回数増えたし、山田くんにもだいぶ乱暴になってきたし……」

「え、ご、ごめん! 気づいとらんかった! 気ぃつけるな!」

「いや、機嫌悪い言うてもそこまでやないし、山田くんにはちょっとくらい乱暴にしてもええと思うし……。それより鶯花さん、ほんまに大丈夫なん? 山田くんのこと、やっぱり一人や無理なんとちゃう?」

「ん、んー。あて、ヤバイ?」

 子猫さんは真面目な目でうなずきます。未だ学園側の出口はバレていないようですが、いつ出くわすかびくびく過ごしたり、最近どんどん馴れ馴れしくなる山田くんへの対応は、確かにピアスがお守りだから大丈夫というレベルを越えてきているような。実際、私一人で何か有効性のある対策は取れていないのです。最近した抵抗なんて、ついに名前で呼んできた山田くんに対し、「山田くんはずいぶん人と仲良ぉなるのが早いんやねェ、あてには真似出来んわァ。どうやったらそんな人とお近づきになれるん?」と返す程度でした。全く皮肉に気づかず彼流の友達の作り方を喋る山田くんを遮ったのは漆野さんで、彼女は私の肩をたたいて首を小さく横に振りながら言ったのです。

「京都スタイル、だめ。ここ、東京」

 ……片言だったのは何だったんでしょうね。とにかく、ろくろく抵抗できていない以上私には荷が重かったのかもしれません。出口で待ち伏せって、既にストーカーの域ですし。……ひょっとして、私がストーカーまで彼を育てちゃったんでしょうか。う、うわあどうしましょう。

「ど、どないしよう……」

「……これは、鶯花さんの拒絶が弱いとか、坊に頼ればどうにかなる言うもんやなくて、問題は山田くんがどうしても悪魔がおらんって信じとるところやと思う。悪魔がおらんって信じとるから、悪魔がおるって主張する鶯花さんの話も嘘や思って聞かんし、正義感で色んなことがやれるんや。せやから……」

「……せやから?」

「……やっぱり、悪魔はおるって証明するしか無いと思う」

「……どやって?」

「そこなんや……」

 子猫さんは肩を落としました。見えないものは信じないでしょうが、見えるようにする――魔障を負わせるのも流石に傷害罪ものです。奥村くんの尻尾でも見れば考えを改めるかもしれませんが、それでパニックになって周りに妙なこと吹き込まれても奥村くんに悪いですし。

「……練習再開しよか」

「おん……」

 立ち上がって、子猫さんの手を取ります。そしてそのまま、右右左、左左右。足元ばっかり見ながらステップを踏んで。

 ――ひょっとして、子猫さん、私が、ホントは、坊と踊りたいの知ってて、これ、誘ってくれたんでしょうか。

「僕ね」

「なん?」

 子猫さんが、足元を見ながら言いました。私も、足元に視線を戻します。右足右足左足。

「鶯花さんが、こんなでも、学校行くの嫌やって出てこんようにならんくて、良かったなって思っとるよ。お友達も出来て、ほんま、ようやっとると思うよ」

 確かに、女友達もおらず、度々ぐずって坊らが迎えに来るまで学校に行かなかった小学校や中学校の頃から比べたら、えらい進歩なのかもしれません。

「……おおきに」

「うん、……せやから、もうちょお頑張ってみよ」

「……うん」

 私が足を間違えて、子猫さんの足を踏みかけた途端、子猫さんが私の手を引いて、着地点をずらしました。

「わあ、子猫さんもうリード出来るん? すごいわぁ」

「や、やってみたら出来たわ……。……鶯花さんも、頑張って覚えな。……坊は、ダンスの練習なんせんから」

「坊とは、踊らんよ。……お仕事あるし」

 そのまま、ステップを踏みます。このステップをマスターしても、次のステップがあります。

「口紅」

「?」

「やっぱり、赤がええんやないかなぁ」

 子猫さんは足元から、私に視線を移しました。私は、まだ、足元を見ないと踊れませんでした。




 京都ステレオタイプないやみを言わせたいのに実力が伴いません。あの伝わると伝わらないの間の絶妙なラインちょっと憧れます。
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