花に嵐   作:上枝あかり

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外科室 9

 寮に帰っていきなり、神木さんに痴話喧嘩に巻き込むなと怒られました。何かと思えば坊にあれこれ聞かれたのだといいます。うわあ、ほんまに聞き込みしてはる。でも痴話喧嘩なんてそんな……。恋人同士じゃあるまいに……。と悲しくなりつつ照れていると、神木さんはフンと意地悪な感じで鼻を鳴らしてちょっと衝撃的な事を言います。

「じゃあ聞くけどあの日曜日、ピアス開ける以外何やったっていうの」

「え? ……ピアス開ける以外は……、……ちぃと話しただけやろか」

「何バカなこと言ってんの!? もうネタは上がってんのよ!」

「ひえ……。な、何のネタ?」

 私が身を引きながら聞くと、神木さんは一瞬止まって、それから眉間に手を当ててもう片手で朔子ちゃんを手招きました。

「……待って、待って待って、朴ちょっとこっち来て緊急招集! 話すって寺では何の隠語なの!?」

「隠語!? ちゃうって、あの日は何で最近坊があてを避けとったか、とかの理由聞いてピアス開けてもらっただけやし!」

「ハァーー!? 朴ちょっと信じらんないあのゴリラ何なの!? っていうかアンタが何なの!?」

「神木さんこそ何なん!?」

 神木さんと私はだいたい相互不可侵、互助条約みたいな関係性で、朔子ちゃんを間にしなければ特にお話はしませんが、たとえば神木さんが朔子ちゃんに貸そうとした漫画の新刊を、朔子ちゃんが読まずに私に横流ししようとすれば、そのまま私に既刊全巻貸してくれたり、あとは実習による欠席分のノートを貸し借りする程度の仲ではあります。なので、神木さんからこんなに絡んでくるのは初めてです。

 いっそ話題より神木さんの態度に困惑していると、机から引っ張ってこられた朔子ちゃんが苦笑いで言いにくそうに言います。

「あの日鶯花ちゃんが帰ってきた時、あんまり顔が赤くてボーッとしてたから、きっとどこかしらの一線を越えたんだって話になって、そっとしておいてあげようね、って言ってたの」

「い、一線……。や、坊に限ってそれはあらへん……」

 どこかしらってどこですか……。い、いやたしかにアレはアレである意味一線超えちゃったような気もしますが、その、肉体的なあれこれは坊相手では……。うわなんか肉体的なって生々しい。

「あらへんじゃないわよ、もうアンタがどうにかしてきなさいよ! ほんとに堅物ねあいつ!」

「まぁまぁ、出雲ちゃん落ち着いて。前提として、鶯花ちゃんは勝呂くんがそういう意味で好きなんだよね?」

 神木さんを止めた朔子ちゃんが、面白いことを見つけた、と言わんばかりの顔で言います。こんなこと、前も聞かれたような。今回はそれこそネタが上がっていますので、肯定しか出来ないでしょう。

「せやけどぉ……」

「じゃあとっとと落としてきなさいって面倒くさい! アイツならアンタ相手に断らないわよ! 行け!」

「絶対イヤや、行かん!」

 言い切った私に何か言おうと息を吸った神木さんを今度は手で制して、朔子ちゃんがゆっくり言います。

「なんで? 勝呂くんも、鶯花ちゃんだったらいいんじゃないかな?」

「別に、あて、現状で満足やし」

「勝呂くんが誰かと付き合っても、いい?」

 誰かと付き合う坊。それは想像が難しいものです。

「坊は誰とも付き合わへんよ。ダンスパーティーやって断るためにスタッフやるようなひとやし、色恋にうつつ抜かしとるヒマないって」

「でも、勝呂くんだっていつかはヒマができるかもしれないでしょ? えっと、ほら、サタンを倒したりしたら、ね? お寺の後継ぎさんなら、お嫁さん貰わなくちゃいけないだろうし。そうなったら、鶯花ちゃんはどうするの?」

 そっちなら想像できそうです。言われたとおりに思い描きます。サタンを倒して、お寺には皆が笑っていて、坊がそろそろ身ぃ固めよか思て、と隣に誰か美人を連れていて、嬉しそうに手を繋いでいて、照れたようにキスをし、抱きしめ、祝福を受け結婚し……。

 感情を追うのは押し入れにしまいこんだ物を探すのに似ていました。この箱にあるかと思って開けてもなく、ではあの袋かと思ってもない。そして見つけた箱の中の函の中の匣の中の、小さな小さな小箱の中の、落ちて腐った花一輪。

 いやや。

 表情に出たのでしょう。朔子ちゃんが、そっと、言いました。

「嫌でしょ?」

「それを、言うくらいなら、あては舌を噛みます」

 独占欲も嫉妬も、そんな腐ったようなものは一つもいらないのです。ただ好きでいられればいい。ふわふわした、綺麗な花みたいな、それだけがいい。それだけ胸に抱えていたい。他の何にもいらない。そして、そのどちらも坊に見せるくらいなら。それで坊を少しでも困らせるくらいなら。

「顔に出るなら、顔をもう一度焼く、のは物騒やし、顔出さんのが一番やね。あて、京都出張所に就職するつもりやったけど、坊がそういう年頃にならはったら、異動願い書かんとあかんなあ」

 いっそ、嵐でも吹き荒れて更地にしてしまえばいい。その先こそをきっと、輪廻の外と呼ぶのでしょう。朔子ちゃんは悲しそうな顔をして、静かに目をつむりました。神木さんが腕を組んで言います。

「何なの、悲劇のヒロイン気取り? そういう言えない恋愛なんて、するもんじゃないわ」

「なんで言えないとあかんの?」

「そりゃどんどん消耗するからよ。付き合う気もないんなら、とっとと諦めて他にしたら?」

「他て……、そんな」

「最近アンタにやたら話しかけてる男もいるじゃない。別に他に口がないわけじゃないんだし、そっちでもいいでしょ。あんな誰にも振り向かないやつにしがみつくなんて、ホントどうしようもないわね」

 その、坊を好きでいるのはやめろと言わんばかりの言葉に、降りかけていた頭の血が急に上りました。

「何なん? あてが誰を好きでも、神木さんは関係ないやん!」

「違うわよ! あたしじゃない! アンタがこの先祓魔師(エクソシスト)として悪魔と対峙する以上、そんな風に精神に悪魔に付け入らせる隙をつくって取り憑かれたら、みんなが迷惑するの!」

「ハ、悪魔? 隙? そんな、悪魔の囁きなん、もうずいぶん前から聞えるわ。悪魔のいそうなところ歩くと、みんな同じこと言うんや。『その恋、叶えたくないか?』って! そんなのに耐えられんのに祓魔師(エクソシスト)目指すわけ無いやん」

 実際は聞こえるようになってからは魔除けとして父の形見だという白檀の腕珠を与えられて身につけているので、よく聞くというわけではありません。しかし売り言葉に買い言葉で、そんな補足は些細です。

「あっ、そう!! そうね、じゃあずぅっと悪魔の声聞きながら、あいつに甘やかされて、どこにもいけない甘ったれのまま生きてけば? いつまで甘えられるか知らないけど! でもその時になって破滅して、誰かれ構わず甘えるのはやめて! その甘ったれの根性だけはどうにかしておいて!」

「どうにかって、どないせえゆうの? ホンマは一人で行けるリハビリの病院にも、誰かに頼らんと行けんかったのに。弱った寺は火傷したカワイソウな女の子を守る方向で団結しとって、あては誰かを()()()()()()()()()()()()()()()()! それでも甘えるな言うん? 甘えなくちゃあかんかったのに、今更? どうやって!」

「知らないわよそんな話! そんな、寺の中の」

「出雲ちゃん! 鶯花ちゃん!」

 神木さんを遮った朔子ちゃんの声。二人してハッと朔子ちゃんの顔を見ると、朔子ちゃんは眉間にしわを作りながら無理やり笑って、小声で続けました。

「い、……一回、深呼吸しよ?」

「……あて外出てくる」

 そのままドアを開けて廊下を歩きました。出てきてしまったのはいいものの、行き先なんてわかりません。もう寮から外には出られない時間です。廊下や共有スペースでもうろつけませんし、部屋に匿ってくれる友達なんて……、あ。漆野さん。

 漆野さんの部屋は確か隣です。ドアをノックすると、漆野さんが出てきました。

「その……てこちゃんごめん、今部屋に居辛ろうて……。頭冷えるまで、ちぃと部屋に置いといてくれる?」

「ええ、入って。……みんなもいい?」

 漆野さんが背後に確認すると、二つばかし了承の声が帰ってきて、漆野さんは部屋に入れてくれました。漆野さんのルームメイトはそれぞれケータイをいじったり教科書を開いたりして、自分の世界に入っているようです。漆野さんは、何をしていたんでしょう。

「ごめんなさい、いきなりお邪魔して……」

「ううん、いいの。あの喧嘩の声、鶯花さんだったのね。こっちまで聞こえてたから、なにごとかと思ったわ」

「はずかし……」

 漆野さんについて部屋の中へ進みます。私達の部屋とつくりこそ同じですが、置いてある物が違うので印象は大分異なります。漆野さんは自分のスペースに連れてきてくれました。

「あんな風に怒れるなら、山田くんにもああやって言えばいいのに」

「山田くんはよう知らん人やから、あない話せん」

「そう。じゃあ、話せる友達なら仲直りできるといいわね」

「出来るやろか……。あて最低や。他で苛ついとるからって、それとは関係ない子にちぃと何や言われただけで、隣まで聞こえるくらい怒鳴って」

「喧嘩って、そういうめぐり合わせの不幸のものよ。誰でもそうだからしょうがないわ。……帝子はこれからお風呂に行くんだけど、よかったら一緒に行く? さっぱりしたら、気分もきっと変わるわ。タオルや着替えは貸すし……。あ、でも下着はどうしようかしら」

 お風呂。漆野さんが暇だったのは、お風呂に行こうとそれまでしていたことを切り上げたからだったのでしょうか。よりによってそれは、私が一番おつきあいできないものなのですが。

「……あて、大浴場使えへんから、ご遠慮するな」

「あ、ああ。そうなの。じゃあ、ごめんなさい、帝子一人で行くわね。帝子のベッドで横になってもいいし、本棚も見ていいわ。机の上のポットにコーヒーがあるから、そっちもよかったら。お構いできなくてごめんなさい」

「ううん、頭冷やしたいから、助かる……」

 きっと、生理中だとでも思ってくれたのでしょう。漆野さんは教科書を開いていた方のルームメイトに、誰か、おそらくもう一人の部屋の住人が戻ってきたら私のことを説明するよう頼んでくれて、それからお風呂セットを持って部屋を出ていきました。私はバルコニーの前で座って、すっかりお祭りムードの外を眺めます。夜でも明るいのには、やっぱりまだ早いんじゃないでしょうか。教室の準備は明日のはずなんですけども。

「ひょっとして、A組の冬隣鶯花さん?」

 ふりむけば、さっきまでケータイをいじっていた方の女の子です。私にコーヒーを差し出していて、とりあえず受け取ります。

「せやけど……」

「あ、やっぱり。噂だけは聞いてたのよね。あたしはB組の前家(まえや)愛子。以後ヨロシク」

「よろしゅう……」

 右手を出されたので、軽く手を握って握手しました。前家さんはぱっと手を離して、私のことをジロジロ見ます。

「ふむふむ。ほうほう。関西弁で可愛い子じゃん。アイツやるな。連絡しといてやるか」

「……?」

「ううん、こっちの話。そのコーヒー、漆野さんが淹れてるんだけど美味しいから飲んでみて。砂糖とクリープは一杯ずつ入ってるから」

「おおきに」

 前家さんは言って、そのまま離れていきます。コーヒーは温かく、外は明るく、しかし窓ガラスに映る私はひどい顔をしていました。




 漫画。もしかして:君物語!。夢主はこの様子だと読むには読むけどハマってない感じですかね。前家愛子の名前の元ネタはやっぱりロシア民話で勇士と若返りのりんごと命の水より未亡人の娘ドゥーニャ。未亡人からの後家からの前家で、ドゥーニャが元を辿って意味にたどり着くと愛顧になるらしいのでそのままです。彼女は正十字比普通のおうちの子だと思います。
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