花に嵐   作:上枝あかり

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外科室 11

「長ったらしい演説は野暮……短くいきますよ! この祭は間違いなく君たち学生のための祭! 飲み! 喰い! 踊り! 学生の規範をギリギリで死守しながら、大いに楽しむといいでしょう。正十字学園祭開幕を、ここに宣言する!!」

 ヘリコプターからスカイダイブしてきた理事長がステージに降り立つまでに終えられた本当に短い演説。くす玉が割れ歓声が轟き紙吹雪が舞い、空砲が何処かで鳴っています。更には空も快晴で、浮足立った人混みにまみれて何だかそわそわしてきました。私は今日は完全にフリーなので、明日の分も今日遊ばねばという気になってきます。昼頃にはしえみちゃんと、午後からは坊と合流する予定でした。なので午前は一人です。ここはまず皆の出し物に顔を出してみるべきでしょうか。朝イチできっと人が少ないであろう1-Dのおにぎり屋さんを覗くと、奥村くんはゴッドハンドならぬサタンズソンハンドでものすごい勢いでおにぎりを握っていました。いや、これはむしろ米と戦っとる……。朝は軽く済ませてきたとはいえ食べてきたので、おにぎり一つだけ買って、お店の前でいただきます。立ち食いの背徳感! そしてこれ、私の舌では特徴のあげられない普通のおかかのおにぎりなのにびっくりするほどおいしいです。

「奥村くんの料理ってほんまおいしいなあ……。特にここが凄いってのはわからんのに……。何か入っとる?」

「何かって何だよ!? いや、別に特別なもんは入れてないぜ?」

「そういえばカレーも焼きそばもそうやったねえ……。うん、ごちそうさま。お昼用の仕込みもありそうだし、そろそろ失礼するな」

「おー、じゃあな!」

 その後、メッフィー犬のバルーンを売っているのを見たので浮かれ気分で一つ買いました。風船なんて久しぶりに持ちましたが、どんどん気分が上がります。モチーフ元の悪魔っぷりは知っていますが風船に罪はないです。この後はどうしましょうか。坊のクラス行ってみましょうか。

 1-特Aでは脱出ゲームをやっていました。坊は受付のようです。こ、強面なのに何故、と思いましたがおそらく事前準備にかかわらなくてもやれる部署だったのではないでしょうか。でもダンスパーティーに誘われていましたし、初対面では伝わりにくい坊の魅力も東京に来て伝わるようになってきたのでしょうか。

「浮かれとるな……」

 坊は私の連れてるバルーンを見て言いました。

「やって学園祭ですし。学生一人お願いします!」

 参加を表明すると、坊は中の様子を確認してからルール説明してくれました。すぐに入れるようです。

「大きい荷物はここで預かることになっとるんやけど……、それ、大きい荷物になるんやろなあ、貸せ」

「はい」

 私からバルーンを受け取った坊は律儀に腕にバルーンの紐を結びました。……ここは、実は紐の先の長さ調整用の厚紙が十分な重量を持っていて、手を離しても飛んでいかないから床に厚紙を置けばオッケーという事実は黙っておきましょう。かわええし。正十字の天井が高くてよかった。

 中の脱出ゲームは素人の考えたものにしてはさすが特進クラス製というか、それなりの歯ごたえがあり謎も理不尽というわけではない出来でした。たっぷり頭を使ってなんとか脱出します。設定もついていける程度に凝っていて面白かったです。

 そして教室の後ろの出口から出て、バルーンをお供に他のお客さんの応対をしている坊の姿をケータイで盗撮します。通りすがりの人が二度見する程度にはおもしろ……かわいい光景でした。お客さんの応対が終わってから声をかけます。

「面白かったですよ」

「皆知恵出しとったみたいやからな。はよ風船持ってけ。恥ずかしいわ……」

「……あて、他も回るのでそれ預かって……」

「阿呆! コインロッカーちゃうぞ!」

 ちっ。

 引き続き校内をバルーン連れて歩きますと、声をかけられました。

「あ、鶯花さんや、おーい」

「志摩さん。よぉ似合ってはるねえ」

「せやろ?」

 志摩さんは制服ではなくネイビーにストライプのスーツを着てビラを持っていました。志摩家で見覚えのない派手なスーツですので、クラスの方で用意したのでしょう。角ばったフォルムの伊達メガネも志摩さんのタレ目を少しきりっと見せていい感じです。

「今ひま?」

「ひまやで」

「ほならおいでおいで~」

 そのまま客引き志摩さんに捕まって、あれよあれよと喫茶をやっている教室の席に連れてこられてしまいました。メニューを見て適当に頼みます。

「じゃあ、この中国茶とクッキーで頼める?」

「はーい中国茶とクッキー入りました~! 先お金もらえる?」

「ん、ちょっと待ったって……はいどうぞ」

「はいおおきに。じゃあ俺はこれで」

「え、志摩さん歌ったり踊ったり、お酌してくれたり一緒に遊んでくれるんちゃうの?」

「舞妓さんちゃうわ! そんなサービスありません!」

「じゃあ……まさか、メガネを外しながら踊ったりする系の……そ、そんな……やらし……」

 わざと口元を押さえて言ってやります。

「何やねんそのエロくないのにいかがわしい店! っていうかそういうのどこで覚えてくるん!?」

「別に普通の本読んでても出てくるんよ」

「結局みんなエロいのが好きなんや……。俺だけやないんや……。人皆スケベ」

「風評被害やめてくださ~い。そういえばメニューにあるこのチェキって何なん」

「インスタントカメラでの写真やね。お客さん用のメガネかけた写真撮れるんやけど、店員さんの同意あればツーショットも撮れるんや。一回100円」

「うーん、じゃあ一枚お願いしよかな、はい100円」

「お、ホンマ? 男の誰がイケメンかはわからんけど、鶯花さん女の子やし色んな女の子がツーショええって言うんやないかな。カノンちゃんとかかぁええし、トオルちゃんは宝塚みたいやし、マミちゃんは……」

「ええ、誰やのそれ、知らん人こわいわ。志摩さんがええんやけど」

「えー、つまらん……。まあええけど……。どないする? 肩組む? 一緒に手でハートつくる? お姫様抱っこは……鶯花さんならイケるやろか」

「……みんなそんなことやっとるん?」

 それわりといかがわしいメガネの店に片足突っ込んでません?

「やっとらんけど、俺が女の子に指名された時の為に考えといたんや」

「使ったことは?」

「まだない」

「そう……」

 志摩さんの顔の良さにつられてまったり、押しの強さに負けてまった女の子はおらんのや……。よかった……。

「まだやから! 将来に賭けとるから! 鶯花さんも出雲ちゃんとか女子に口コミ広めてきてや」

「あて神木さんとは喧嘩しとるから」

「あー、そんなこと言っとったね。……で、まあ、マミちゃんチェキ一枚入りました~!」

 志摩さんが言うと、奥からリムなしのメガネをした女の子がカメラを抱えて出てきました。テーブルに寄ってきて、私と志摩さんの顔を見て言います。

「え? 志摩くんでいいの?」

「『で』て」

「幼なじみですねん」

 指で私と志摩さんを指して言うと、女の子は納得したように言います。

「あ~、ほんとだ、言葉がおんなじだぁ。ポーズ決めた? あ、お客様用眼鏡あるよ」

 女の子は色んなメガネが並んだ机を指差しました。せっかくだし掛けようかと席を立って見に行って、しかしよくわかりません。志摩さんに選んでもらったら、ロイド眼鏡を渡されました。ギャグなのかマジなのかいまいちわかりませんがどうせ学園祭ですし掛けます。そして少し壁が飾ってある撮影スペースに案内されました。

「あ~、あとポーズやっけ。じゃあ、えー、ハートとか恥ずかしいしお姫様抱っこしよか」

「恥ずかしいの基準おかしない?」

「よいしょっ」

「はー!? 待って待っておかしい! 何で俺が抱っこされる側なん!?」

 油断していた志摩さんに紐を短くした風船を押し付けた後速やかに脇の下に頭を入れて膝の下に腕を入れて持ち上げます。坊に比べたら楽勝です。キャーと店内で黄色い声があがります。よかったな志摩さん女の子に黄色い声かけられとるで。

「志摩さん暴れんで、落ちるえ」

「ちょ、かっこいい志摩くんのイメージが!」

「わぁ、力持ちだね。志摩くんかわいいよ〜、はいちーず」

 女の子は容赦なくシャッターを切りました。でも志摩さんも掛け声で風船側の手を私の首に腕を回して体を支え、もう片手でピースサインしてるので案外ノリノリです。下ろして女の子にお礼を言います。女の子がポケットの中に写真を入れて時計を眺めているのを、何をしているのかと不思議に思って見ていると、志摩さんが私の肩を掴んで言いました。

「待って! 俺もお姫様抱っこする! 俺が写真代出すからもう一枚!」

「あて筋肉あるし重いえ」

「男のプライドや! そぉい! マミちゃんもぉ一枚!」

 志摩さんは私を抱き上げました。うわぁこわい。左手はそのまま志摩さんの首に回して体重を支えて、もう片手で落ちたスカートの裾を抑えます。女の子はもう一回シャッターを切ってくれました。私を下ろすと志摩さんは教室に向かって言います。

「ということで女子のみんな、お姫様だっこのできる男志摩廉造をよろしゅう指名したってな!」

「志摩くんお金」

「あー、財布奥の荷物のところや。後でええ?」

「だめ。払ってくれるまでこの人はお金を踏み倒してますって言い続ける」

「あー、わかったわかった。ちょっと待って!」

 奥に消えた志摩さんは100円玉を握って出てきて、私の100円と一緒に女の子に渡し、写真を受け取りました。女の子が一緒に渡したマーカーで、志摩さんは私が抱っこしている方の写真の下の余白に雑に『学園祭!1-Cメガネ喫茶!』と描いてくれました。

「もっと面白いこと書いてくれんの?」

「無茶振りせんで~。よその女の子やったら電話番号とか書くんやけど……」

「それ絶対せんでな。絶っっ対にせんでな。京都に電話せんとあかんくなる」

「ヒィッ」

 志摩さんはもう一枚の志摩さんが抱っこしている方には、『親公認の関係』と書きました。……うん、無茶振りしてごめんな……。そして志摩さんは教室を出てまた客引きに戻ります。私も机に戻ったら、頼んだものは既に来ていました。クッキーの方は手作りのようですが、中国茶と言うから期待したのに普通の烏龍茶でした。詐欺やん。いや、まあ、嘘はついとらんかもしれへんけど。

 一人でお茶を楽しむ気分でもなかったので早々に完食して店を出ます。そろそろいい頃合いでしょうか。1-B教室に向かい、しばらく教室の前で中からの悲鳴を聞きながら風船と一緒に待ちます。テンションで乗り切ってきましたが、本来私、一人でこういうの楽しめるタイプではないのです。テンションぶっ壊れてるな~となんとなく自分を客観視出来るようになったあたりで、血糊付きの白装束を着たしえみちゃんが出てきました。

「ごめんね、待った?」

「ううん、そんなに」

「あ、あとね、ごめんね私おうちのお手伝いもあったの忘れてて……、あんまり一緒にいられないの……。ご飯くらいは食べられると思うんだけど……」

「そうなん? 残念やけど、しゃあないね。じゃあどこで食べる?」

「私、燐のお店に行ってみたいな!」

「ほな行こか」

 昼の稼ぎ時だけあって、奥村くんのお店は混雑していましたが、奥村くんのサタンズソンハンドによる高速おむすび握りと店員さんのテキパキした対応で列の長さにしては早く買えました。流石に今度は一言挨拶した程度で、お話はできませんでしたが。何かお昼を、と頼まれていた子猫さんの分も買って、子猫さんと待ち合わせていた中庭に向かいます。子猫さんは一回おきにアナウンスの仕事があるので30分位しかまとまった休みがないのです。もちろん明日は我が身なのでお互いにお昼を買っておくことにしています。

 待ち合わせ場所にはお昼を買った坊もいて、四人でご飯を食べました。私が風船の厚紙を地面において、それで風船がいい子にしているのを見た坊が何か視線で訴えてくるのをスルーします。坊がしえみちゃんに昨日言っていたとおり軽く謝って、私も同じくお礼をいうと、しえみちゃんは子猫さんと一緒に解決したなら良かったと喜んでくれました。お昼の後は子猫さんはプラネタリウムに、しえみちゃんは祓魔屋に向かって、私と坊二人だけになります。

 坊は帰って勉強したい気持ちもあるようでしたが、結局塾の子の出し物くらいは顔をだすことにしたらしく、お供します。奥村くんのところは明日のお昼に行くことにして、まずはA組のプラネタリウムへ。

 プラネタリウムの受付には丁度漆野さんがいて、坊がこの間はありがとうと軽く挨拶しました。漆野さんはどうやらB組のお友達からなんとなくの経緯を聞いたらしく、自分も心配していたからと言います。なんですかこの微妙に居心地悪い空間。えーとあれ、あれに似てます。三者懇談。そのまま私の話になりそうだったので、子猫さんの回が聞きたいと口を挟むと、もうじき始まるから早く入ってと言われました。さっきまで一緒にお昼を食べていた以上そうなるでしょうとも。

 私も練習した原稿を、子猫さんは私と違う読み方で読みます。やさしい声はプラネタリウムの雰囲気満点です。既に半分内容を覚えたアンドロメダ姫の話を聞きながら、これはひょっとしてデートというやつに見えるのではと思ってちょっとそこで考えるのをやめました。多分色々危ないです。色々と。

 プラネタリウムが終わった後はまた30分自由時間のできた子猫さんも一緒に志摩さんのメガネ喫茶に向かいます。今日一日当番だと言っていた志摩さんは今度は中の接客をやっていました。

「志摩さん口コミ連れてきたえ」

(ちゃ)う~カワイイ子がええ~」

「何言うとんのこないカワイイ子ら滅多におらんよ」

「おい鶯花?」

「すんまへん」

 笑顔で凄む坊に真顔でひとまず謝っておきます。メニューを渡されて、さっきと違うものを頼みます。中国茶に興味を持った子猫さんにそれただの烏龍茶やでと教えてあげると、子猫さんは言いました。

「鶯花さん一遍来はったの?」

「午前に一人で。写真も撮ってもろて。ほら」

「……鶯花さん力持ちやねえ」

「フハッ。身長差あるで妙な絵やなあ」

 生徒手帳に挟んでいた私が抱っこしてる方の写真を見せると坊が言ったので、私はケータイに入っている私が坊をお姫様抱っこしている写真を思い出しました。……知らぬが花。

 志摩さんのメガネを見ながら志摩家の顔についてああだこうだ言って、子猫さんの時間が迫ってきたあたりで退席します。そして、子猫さんを見送ってから今度はB組へ。受付に朔子ちゃんがいて、声をかけます。

「朔子ちゃん、しえみちゃん中おる?」

「うん、いるよ。今丁度戻ってきてお化け役入ったところ! 二名様?」

「朴さん久しぶりやな。二人で頼む」

「久しぶり勝呂くん。二人……うん、ごめんね、一組出てくるまでちょっと待ってね」

 朔子ちゃんは手元の机のホワイトボードを見ながら言いました。人数制限しているのでしょうか。中暗そうですしね。聞こえてくる悲鳴に今更恐怖感を煽られながら待っていると、朔子ちゃんが話題を振ってきました。

「ところで、デート?」

 おおっと豪速球。その件は考えないようにしてたのにぶっこまれて困ると、坊が言いました。

「……デートがええんか?」

 ええんか? ええんか!? で、デートがいいか悪いか、え? で、ででデート!? ええんか? 何? ええ? ええんか? あてが決めてええの!?

「え、……っと、それあてに聞いてます?」

「……いや朴さんに」

「えー、じゃあデートがいいなあ」

「らしいで」

 今度は私に振ってきました。照れているというより何か考えているような坊の真顔になんとか方向性を取り戻して。

「デートやのうてお供です!」

「え~」

 丁度そこで都合よく一組出てきて、坊と私はお化け屋敷に入ります。お化けなんて本物を見慣れていますが、お化け屋敷というのは相手を驚かせ続けることで恐怖を抱かせるものと聞いたことがあり、つまり本物で慣れているとかそういう問題で怖くなくなるものではありません。ぎゃーとかうおっとか二人で言いながら出てきて、……あれ、しえみちゃんおった?

「坊、しえみちゃん見ました?」

「あ? そういえば……、いや、あれちゃうか途中におった白いの」

「白いの……?」

 おったようなおらんような。

「じゃあ確認でもう一回入る?」

 受付の朔子ちゃんが言いました。いえ、結構です。

 その後坊は寮に帰りましたが、私は寮に神木さんがいる以上戻りづらくて適当に時間を潰したりしてから戻りました。

 寮でも気まずい空気で、ノルマの勉強だけ終わらせてとっとと寝てしまいました。朝起きてもやっぱりやることだけ済ませてすぐに教室の方に行ったりします。さて学園祭二日目、プラネタリウムのアナウンスです。それなりの自信はありますが、大事な役ですのでがんばります。張り切って台本を読みました。読んで読んで、30分くらいの休憩では漆野さんと話したりして。そして前半戦終了しお昼。

「お客さん六人寝かせた……」

「僕の時もそんなもんやったよ」

「プラネタリウムって寝るもんちゃうの?」

 まあ、暗い所で黙っていればうとうと眠くなるというのはわかります。今日まで頑張ったりはしゃいだりしているわけですし。しかしそれでは原稿を作ってくれた子に申し訳ないような。寝かせるのはそれはそれで名アナウンスかもしれないとなぐさめられつつ、後半戦に旅立ちます。

 そして午後も追加で五人寝かし、いよいよ次が最終回です。これが終わったらダンスパーティースタッフで片付け当番は免除だから寮に戻って着替えて、と考えていると、台本を持った女の子……確か姉崎さんが、唇をぎゅっと結んだような顔で声をかけてきました。

「冬隣さんにお願いがあるの」

「何?」

 確か姉崎さんは、次の回の原稿を担当した子です。何か台本に変更でしょうか。既にこれは二回読んだんですけども。首を傾げると、姉崎さんはうつむき気味のまま言います。

「これを、次の回で読んでほしいの」

「えーと、台本、でええんやよね……? これは……」

「書いたはいいんだけどね、全員にふざけ過ぎだってボツを食らって……。でも、私、これが一番面白いと思うの。お願い冬隣さん! 冬隣さんならきっとこれを読めるって、私信じてる!」

 渡されたホチキス止めの冊子をぱらぱらめくります。た、たしかにこれは……ヤバイかもしれません。しかし、これならきっと、誰も寝はしないでしょう。それに、この思い詰めた青春の馬鹿騒ぎの目に頼られてしまったら。

「……ええよ、読む。学生の規範のギリギリ、一緒に攻めようやないの」

「本当……? じゃあ、早速演技指導してもいい!?」

「読み合わせと一緒にお願いな」

「うん。まず全員のイメージを一言で伝えておくとね、全員悪人、でもアンドロメダ姫は恋愛脳、ペルセウス王子は唯一のツッコミ役(巨乳好き)!」

 その後姉崎さんが無事大道具の子も引き込み、レーザーポインターの役の子と役目を変わって根回しは十分になりました。何だかお客さんも少し多めに入っているようです。熱心な指導で読みあわせは開演ギリギリまで続き、私は何だか変なテンションでお客さんの入った暗幕に入り、開演を告げます。

「皆様、本日は1-Aのプラネタリウムにご来場いただきありがとうざいます。さて、今回も教室に夜の帳が下り……代わりに神話の幕が上がりました。秋の夜空は神話の舞台。今日皆様におきかせするのは、ギリシア神話の一幕……」

 まずは、最初のご挨拶。ここまでは通常の台本と同じです。しかし。

「……をアレンジしました、題して『仁義なきエチオピア』」

 レーザーポインターで星を指す役に潜り込んだ姉崎さんが効果音として怪獣の鳴き声と荒波の音と悲鳴を流します。始まってしまいました仁義なきエチオピア。ええい、もう、“今夜”は寝かせへんで!

「『うちの娘のアンドロメダの器量といったら、海の女神たち、海神ポセイドンの嫁御にも勝るわ! ホホホ! だって奴ら、いくら美人ゆうてもいっつも海ん中で髪バッサー塩で傷めとるもんなぁ! アンドロメダはエチオピア名産ケベで髪ツヤッツヤや! ホホホホホホ!』」

「『親の因果が子に報うゆうのも哀れな話じゃが、ケジメはつけんとなあ。アンドロメダァ! おまえ、うちのシマ荒らしとる化け鯨に喰われてこい。それで手打ちってポセイドンの話じゃあ! 行って王族の国に対する勤め果たし、最期に一花咲かせてきぃ!』」

「『キャーー! って言っておくべきなのよね。怖くなんかないわ。だってきっと、今に運命の王子様が助けに来てくれるんですもの! それにしても海寒いから早く来て!? ああもう、囚われのお姫様ならもっと塔の上とか楽なところが良かったわ! 母上のばかぁ!』」

「『俺は一体どこのエチオピアに紛れ込んでしまったんだ』」

 熱演でした。自分で言うのも何ですが、私、最近で一番輝いていました。客席は爆笑の渦、終わった後明るくなって見渡してもお客さんの頭はどれ一つ傾いていません。おそらく寝かせないことに成功しました。「何か口コミと違くない」? でしょうとも。姉崎さんが暗幕の出口を開けた後駆け寄ってきて、キラキラした目で片手をあげます。心得てハイタッチしそのままがっしと手を組みました。

「ありがとう冬隣さん! 私の原稿を活かしてくれて!」

「こっちこそ、こない面白い原稿読ませてもらえて光栄や!」

「ああ、これやっぱり姉崎さんの原稿やったんやねえ……」

 子猫さんの声。見ると客席最前列、アナウンス席から一番見えにくい位置に子猫さんと坊と志摩さんと朴さんにしえみちゃんに奥村くん、つまり塾の大体のメンツに、それから何故か理事長がいました。

「え、理事長!?」

 姉崎さんは理事長に驚いていますが、私的には正直そっちはもう諦めているというか、その。それどころじゃないというか。

「鶯花さん、アンドロメダのペルセウスへの問題発言もう一回やってやぁ」

 志摩さんがいいました。あ、あの婉曲表現の極北のやつですか!?

「や、やらん、やらぁん!! 何で皆おるん!? 知り合いおったら恥ずかしいわ!」

「すげー面白かったぜ!」

「それは姉崎さんに言うたげて!」

「楽しかったよ鶯花ちゃん! 神木さんに会えなかったのは残念だけど……」

 神木さんは昨日の午前に入口の受付の補助をやっているはずでした。……会ってませんけども。

 逃げるように寮に帰った後は、一応神木さんに「ただいま」と言ってから制服を脱いでドレスに変えます。鏡を出して髪の毛も少し丁寧に整えて、ちょっと飾って、そして化粧道具を出しました。

 いつも通りの隠すためのお化粧を直して、胸の火傷も隠して、それから。アイシャドウをうすくまぶたに乗せれば、目がぱっちりしました。頬紅を頬にさっと刷いたら、顔色が明るくなりました。アイシャドウの一番濃い色を眉毛に乗せれば、顔の印象が強くなりました。練習した通りの、飾るためのお化粧。

 そして、ピンクのグロスをとりました。教わったとおりのつけ方をすれば、唇のつややかで、少女めいた私が鏡の向こうから見返してきます。

「ただいま~」

「おかえり。朔子ちゃん、お化粧、これでええかな?」

「リップピンクの方にしたんだ。うんいい感じ~。かわいい! あ、ちょっと待って!」

 部屋に戻ってきた朔子ちゃんが荷物を置くと、自分の棚から何か持ってきました。

「せっかくだからマスカラつけてあげるね。ちょっと目開けてて」

「こわい……」

「だいじょうぶだいじょうぶ」

 目を閉じるのをこらえていると、朔子ちゃんが上手にマスカラのブラシでまつげをなぞってくれて、その後小さな櫛でまつげを梳かしてくれました。鏡の方を指されて見れば、鏡の私はいっそう目が大きく見えて、何だか可愛くなっているような気がします。

「よしっ! これで完璧、綺麗だよ」

「ほな、あて先行ってくるな」

「うん、行ってらっしゃい」

 朔子ちゃんは私を、廊下まで出て見送ってくれました。これはまさか。

「……出雲ちゃんとは、まだ仲直りしてないみたいだね……」

 やっぱりこのお話ですよね。

「……気ぃ(つこ)てくれる朔子ちゃんには悪いんやけど、あても譲れへんところ、あるし。神木さんもそうやろうし。堪忍」

「……うん。だよねえ……。私も詳しくは知らないけど、出雲ちゃんも、色々あるみたいだから。でも、出雲ちゃんも鶯花ちゃんのこと、時々気にしてたよ。あれも鶯花ちゃんを傷つけようとして言ったわけじゃ、ないはずだから……。……出掛けにこんなこと話してごめんね。お仕事がんばって」

「うん、がんばる」

 秋口の浮かれた宵を歩けば、光る気球が道を照らしています。洒落た路地は、まるで入学当時のように異国の空気で非日常感にあふれていました。歩けばドレスの裾が足にふわふわとまとわりついて揺れます。メッフィーランドに着けば業者の人が設営している最中でした。スタッフの集合場所にはもう坊と志摩さんがいます。

「こんばんはぁ。わあ、坊やっぱスーツ似合わはりますねえ。志摩さんも顔が甘いで黒いのよう似合うてはるわ」

 いつも通りばっちり決めた坊のオールバックは、今日はピンなどの小物を使わず硬い印象で、シンプルなピアスがライトにきらりと光ります。ふふ、ピアスは私もおそろいなんですよ。見せてませんけど。一歩間違えば指定暴力団明陀組ですが、蝶ネクタイのかわいさがその辺を中和していて、ああ、ほんまこの人、男前やなあ。志摩さんも昨日のメガネのスーツよりこっちの方がかっちりしてギャップがいい感じです。振り返った志摩さんが言いました。

「あ、鶯花さん来はった。ほら坊、やっぱ女子やから準備時間かかるんですって」

「えへへ、そらいつもは坊らの髪のセットとかでどっこいですけど、今日はちゃんとお化粧してきましたし。うまく出来てます?」

「せやな、きれいにできとるで」

 このきれいはきっと上手いとかそういう意味であって見目に対するソレではないのでセーフですセーフ。照れるところやないからセーフ。

「結局口紅ピンクにしたん? 俺の意見は?」

「せやけどドレス青なんに赤い紅は浮くやん」

「えー、子猫さんピンクから赤に意見変えた言うとったのに」

 ……ん? 何故それを知っているのでしょう。

「……部屋でそんなこと話しとったん?」

「俺と子猫さんが赤で、坊がピンクで、結局どっちにするやろーって。ほら坊勝ちましたよ」

「何の勝ち負けやねん」

「賭け?」

「賭けとらんわ。でも、これ俺正解やろ。よう似合っとるわ」

 胸を張った坊。に、似合ってるですって。あんな素敵なリップグロスが、似合ってるですって。うれしい。ていうか坊が正解言うてくれたのが何かうれしい。あかん照れる。

「ソレ言うたらどっちも似合っとったし。坊の女の子の趣味はよぉわかりました~」

「女の趣味て、お前なあ」

「あ、奥村先生も来はった」

 その後は結成式で注意事項伝達をされて、首掛けのスタッフ章を配られてから、それぞれ持ち場に別れました。私はステージ脇の放送席へ。飴やらお菓子やらお茶やらスポーツドリンクやら、歌手さんの楽屋のおこぼれなのかやたらと用意してもらって快適環境過ぎてちょっとびびりました。事前の原稿から変更があった分を教えられて、そして機材さんがスピーカーの設営を終えた後はマイクテストもしました。発声練習していいよ、と冗談交じりに言われて、なら般若心経でもと思いましたが流石にやめておきます。開場前も飛び込みの業務用アナウンスやら頼まれて、舞台監督さんに「訛ってる子寄越すなんてと思ったけど、アナウンスでは言葉きれいだね」と言われました。ホホ、そりゃ首都歴は京都のほうが長いですし? 東京なまりとは違うというか。……という冗談は置いといて、この外向き標準語は私の特技なのです。その後も業務上の都合なのか本部でえらい人が多いせいなのか、絶対他のスタッフより甘やかされながらお仕事します。

 開演してしばらく経った頃、本部アナウンスの仕事も一段落して、今はステージMCさんが喋っているので少しお暇をもらいました。いろんな屋台で自分の夕食代わりと二人への差し入れの片手で食べられるおやつを買って会いに来たのですが、そちらには奥村先生もいらっしゃいました。

「ぼぉん、志摩さぁん、差し入れです~って、アカン奥村先生もおるやん。すみません奥村先生、おられるって知っとったらなんか買うてきたんですけど……、おむすび一口食べます? 奥村くんの店のやつですから慣れた味かもしれまへんけど」

「いえ、僕のことはお気になさらずに。夕食もとっていますから」

「ああ、じゃあついドリンク付きのセットで買うてしもうたので飲み物どうぞ。緑茶です。あては本部の方で支給されてますしアラ汁ありますんで」

「いえ悪いですし……」

「大丈夫ですて小ちゃなペットボトルですし。人助けや思てもらってください」

「そこまで言うなら、いただきますね」

 奥村先生は私からペットボトルを受け取ると、開けて一口飲んでからポケットに入れはりました。ごはんをもぐもぐしながらステージを眺めます。ステージを見るだけなら、本部のほうが人も少ないし特等席ですが、やっぱりこちらのほうが、坊も志摩さんも、先生も居ますし。テレビで見るような歌手さん、着飾った生徒たち。夜の遊園地はメリーゴーランドや観覧車がまぼろしみたいにきらきらしています。食べ終わってゴミを捨てて、ゴミ箱から坊達の所に戻ってきたら、機嫌良さげな奥村くんとしえみちゃんが、奥村先生に近づくところでした。

「ゆっきっお~!」

「兄さん? しえみさんも……。どうしたの、僕は今仕事中で……」

 困惑する奥村先生に奥村くんとしえみちゃんは顔を見合わせて笑って、それから奥村先生の名前を呼び手を差し出しました。

「私達と踊ってください!」

「!?」

 奥村先生は白目をむきました。奥村くんとしえみちゃんはにこにこしながら奥村先生の返事を聞く前に先生の両腕をホールドします。な、なんや楽しそうなことしとる……。

「えー……と、どういうつもり? 何の冗談……おいうわ!」

 奥村先生は二人に連行されてしまいました。はなせ! とか聞こえますが、しえみちゃん結構押し強いですし、先生はしえみちゃんにほんのちょっとだけ甘いですし、奥村くんはまあ振り払われるような腕力も弟の言うこと効く耳も持ってないでしょう。

「何やっとるんや……仕事中の奥村先生を……」

「ええな青春やなあ、ええなー。いっそ俺らも踊りましょーよ。……あ、上役から呼び出しや」

「働け」

「あて踊れへんし」

 志摩さんは呼ばれてどこかにいってしまいました。私はまだ戻ってこいと言われた時間にならないし、出るときに渡されたインカムに連絡も来ませんので、せめて奥村先生の穴を埋めようと置き去りにされたメガホンを拾って、「写真撮影は禁止されておりまーす」と言ってみます。空気に当てられて何となく嬉しくて、訳もなくにこにこしていると、坊が私の方を見ずに言いました。

「……お前、踊れるんやろ。子猫と練習した聞いたで」

 それを言われてしまったら、私は。

「あてには、まだそういうのは早いです」

「……せやな、まだ学生やしなぁ」

 坊ははあ、と息をついて肩の力を抜きます。こういう、言葉の表面以上のやりとりは、集中せざるを得なくて、周りが遠ざかります。

「大事な話するぞ」

「はい」

「……俺は。お前とは、今の関係がええって思っとる。……でも、これは俺だけや。お前は、どうなんや。遠慮とかせんと言い。俺とお前の仲なんやから」

 今度は、私の方を見ていました。眩い投光器のライトが、私達をも照らしていました。スタッフで、恋仲じゃない私達も、このきらめきの真ん中にいました。予告のお陰で落ち着いていたので、少しずらした返事をしました。返事の時間を稼ぐために。

「子猫さんになんか言われました?」

「そこはどうでもええやろ。どうなんや。お前が、他の関係がええって言うなら、俺は……」

 稼ぐも何も、即答でした。坊は私の目を見ていた視線を、少し下にずらします。その伏せ気味のまぶた、ふちどるまつ毛の一本一本も光に照らされて輝いて、瞳の奥の思慮すら透けて。その思慮こそが、気遣いこそが、嬉しくてたまらない。

「……いえ、あてもええんです。これで。……これが。だって、あて、今、とっても幸せです」

 結局、私の手を握ろうとしない坊の手を、私から握って、私は幸せになれないのです。坊の、いいように。それがいいのです。

「そうか」

「坊は、どうです」

「まあ、多分それなりに、……幸せやな」

 その抑えた声の、なんてはなやかに聞こえること。花盛りの人々が、あちこちでくるくる踊っていました。私の春は、咲いた端から嵐が吹き飛ばしていきます。そう思っていました。でも、ひょっとしたら、これが私の花盛りなのかも、しれません。

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