可愛い娘 1
「神木出雲を捜せ」
お仕事に戻っていたら、唐突にインカムに霧隠先生の方のチャンネルから呼び出しが入って、「ごめんなさい“保安の筋”から呼び出しが」と謝りながら出てきたらこれ。……まさか迷子じゃあるまいに何なんでしょう。
「え!? 出雲ちゃんどーしはったんです!?」
「俺、今夜あいつに店手伝ってもらう約束してたんだ。でも来なくて……、出雲に何かあったのか?」
「判らん。詳しい説明は後だ」
後と言われても。理由も教えずに人を動かそうってずいぶんですね。
「今は一刻も早く神木を捜してもらう。……ついでに連絡がつかん宝ねむも捜せ」
「塾生だけじゃ足りなくはないですか? 塾講師にも連絡を……。フェレス卿にも」
「だめだ! これはヴァチカン本部直々の極秘任務だと思え。メフィストには知らせるな!」
「……」
「効率を上げるために皆単独で捜せ。捜索中は常に連絡がつくようにしておくんだ。何かあったら下手に行動せずすぐアタシに連絡しろ! 以上解散! 急げ!」
ヴァチカンが一体何でたかだか
「あああ出雲ちゃんに一体何が!」
「まず捜索地を振り分けんとあかんよな」
「んな悠長なことゆーてられへん!」
「あ、志摩さん! ちょお! そんな慌てとったらあかんて!」
志摩さんが叫びながら走り出しました。それについて私も走り出します。
「志摩! 鶯花! 自制せえよ!」
志摩さんは私を待つ素振りはありませんので、頑張って走って着いていきます。こんな志摩さん一人にしとくの危なすぎやろ。……あと、今は神木さんを見つけても一対一じゃ気まずすぎます。だって、何で捜してるのかもわかりませんし。
志摩さんのほうが足が速いので、少しずつ距離は離されていきますが、見失うほどではまだありません。一応インカムで連絡しました。
「志摩さん学園町の上の方捜してます! 参考までに」
「分かった、冬隣はそのまま」
通話を切りました。いやいや、だって離れろって言われるでしょうけど、そもそもどういう緊急事態かも判らんのですから単独捜索する意味わかりませんて。捜すってことは厄介な状態になっとる可能性高いんですし。志摩さんの消えた角を曲がって、今度こそ見失ってしまったのできょろきょろとすれば。
上に見えました。襲いかかるぬいぐるみ、黒い炎……
「上層展望広場にて宝と志摩神木両名が交戦中のようです! お願いします!」
そしてスイッチを切って、やっと追いついたところでは志摩さんが錫杖片手、神木さん片手に戦っていました。
「この黒い炎は人間に使うと……身体は傷つかん代わりに、
そう聞いています。そんな炎を人間相手に使わなきゃいけないようなことを宝くんはしてたんでしょうか。
「オン・アク・ウン!」
「ねむ!」
炎上した途端そんな声がしたかと思うと、志摩さんと神木さんは吹き飛ばされて私の後方で
「オン・バサラ・ギニ・ハラ・ネンハタナ・ソワカ!」
志摩さんたちの前に立ちはだかって、とりあえず被甲護身で防御します。何がなんだかわかりませんが、宝くんが敵のようですし。宝くんはパペットを顔に当てて、何かつぶやいています。
「落ちつけ、ねむ……眠れ……」
一体何が何なんですかもう。誰が何をしたくてこうなってるんですか。こうやってわけも分からず振り回されるのが社会の歯車ってやつなんですか。嫌やな。
「得体が知れなすぎやで……! さすがフェレス卿の持ち駒ちゅうとこか」
そうなん!? フェレス卿の駒がやらかしたことだからこの捜索任務をフェレス卿には知らせるなという事なんでしょうか。フェレス卿は神木さんに何の用なんでしょうか。ていうか志摩さんも何でそんなこと知ってるんでしょうか。
「鶯花さん来てくれはって助かるわ……。出雲ちゃん! さっ、また俺に……。!」
なにか叩く音が聞こえて振り向くと、どうやら神木さんが志摩さんの手を払った音のようでした。まだ動かない宝くんの警戒に戻ります。
「足手まといはもう嫌。助けを呼んでくる! それまでアンタと
ああ、それは助かります。おむすび屋さんのユニフォームを着ているので印章紙の用意がなかったのでしょう。私も金剛杭は足にくくった四本だけです。とりあえず襲っているらしい宝くんの狙いはおそらく神木さんですし、彼女が離脱するのは正解でしょう。
「出雲ちゃん! それはアカン」
え?
振り向けば、
「おっと! 出雲ちゃんに何かあったら、俺上役に叱られてしまうんや。……大丈夫。こんくらいやったら気絶するだけやさかい。堪忍したってや」
何かあったら、って、今、志摩さんが何かしたんじゃないですか。……え?
「ははぁ……。やっと判ったぜ。てめぇがイルミナティのスパイか」
は? イルミナティ? 何? ……もう考えるのが無駄になってきました。スパイって何の話や。スパイっていかにも悪人ぽいけど、悪いのは宝くんちゃうの?
「えっ、いやいやいや……! そんなスパイやなんて大袈裟な! 俺の仕事は祓魔塾生の監視くらいで、指令らしい指令もついさっき初めて……。おっ、
志摩さんが見上げた上には、降りてくるヘリコプター。頭をかき回すみたいに響くプロペラの音。塾生の監視って何ですか、奥村くんでなく塾生? 上役って、霧隠先生とか、お寺じゃないんですか。ねえ志摩さん何の話なんですか。何で、神木さんを気絶させたんですか。
「し、志摩さん……? その、ええっと、話も状況も全くわからへんけど、あて、神木さん預かって、どっか安全そうなとこ連れてくな……。錫杖振るうなら、邪魔やろ?」
「アカンよ」
志摩さんはいつもみたいに微笑んだまま言います。
「いや、あて誰か守るんなら得意やし……、神木さんとは喧嘩しとるけど、今気絶しとるから空気とか気にせんでええから、大丈夫やって」
「せやからアカンて」
志摩さんは微笑からへらっと破顔しました。ヘリコプターはどんどん降りてきます。志摩さんが、神木さん、気絶させましたけど、志摩さんが私たちに、何か危ないことするわけ、ないじゃないですか。でも、でも。今、現に。
「な、何で……?」
「上役さんに叱られてまう」
「上役さんて、だれ?」
「イルミナティの」
「……ノウマク・テイタララ・ソワカ!!」
志摩さんに金剛杭を投げつけて叫びました。その瞬間固まる志摩さんと
志摩さんも、イルミナティも、スパイも宝くんも何もわかりません。何にもわかりません! でも、一旦頭を空っぽにして、今、一番危ない目にあいそうなのは、気絶させられた神木さんで。神木さんが傷つくのは、喧嘩してる私でもちょっと嫌で。たぶん、一番安全なのは、私のそばで。考えが全くまとまりません。
神木さんは揺すってもつねっても起きるそぶりはありません。息と鼓動は感じますが中身の保証ができません。起きて、神木さん起きて。……誰か早よう来て。さっきもう連絡したからきっと、ねえ今すぐに来て。志摩さんは、志摩さんは何を考えてはるの? 神木さんを気絶させて、聞いたこともない組織の上役さんて何なん? 奥村くん足速いやろ、早よう来て。そんで前衛して。何が敵やらもうわからんけど。奥村先生も霧隠先生も祓魔師なんやからすぐ来れるやろ、早よう来てあての誤解やって教えて。もう何もわからんけど。ああもう何もわからんわからん! 坊! 子猫さん! たすけて!!
後ろから、口を塞がれました。ああくそ、あてがアホやった、まだ仕留めてへんかった、宝くん!
対人戦闘なんてできません、でも弱くなった縛りを破って動き出した志摩さんの顔から、走馬灯のように巡る記憶、記憶、喧嘩じゃ使っちゃあかん技!
足を踏みつけておおよその位置を把握し逃さないようそのままノーモーションで振り上げる!
かかとで確かに何かをえぐって、宝くんがよろめいたところで拘束から抜け出しもう一本金剛杭を投げて片手で印を組み真言を唱え宝くんを閉じ込めました。しかし宝くんも実力者のうえ、一本しか杭を使っていないので、真言を絶やすことはできません。
「うわえげつな……」
志摩さんはまだうずくまっている宝くんを眺めながらやや内股で言います。そして、私の方に近づきながら言いました。
「はーめんどいことんなった……。いや、鶯花さんならまだマシなんやろか……」
私は後ずさり、志摩さんは進みます。志摩さんの甘い顔は困ったように笑っています。
「宝くんはシロなんやけどね……。なあ鶯花さん、出雲ちゃん渡してや」
渡して、どこに連れてくつもりなん。そのIL印のヘリコプターに、乗せるつもりなんでしょう。神木さんは、どこにいれば安全なん? ヴァチカン? フェレス卿のもと? それとも、そのイルミナティとやら? ……どこも駄目なら、どこまで一緒に逃げてあげればええん? 私の恋心を否定したこの人と。でも、私、日本国内くらいなら。じりじり後ずさっても、後ろに何があるのか覚えていません。何か言いたくても口は真言を唱え続けている以上、志摩さんは一方的に語ります。
「このままやと鶯花さんごと焼かなあかんくなるけど、そしたら出雲ちゃん巻き添えで燃やし過ぎの廃人なってまう。鶯花さんじゃ俺に勝ち目ないやん? 穏便にいかん?」
何で、何で焼くん。何であてと志摩さんが、勝ち目とか、戦う話になっとるん。神木さん、神木さんほんまに意識ありません。こわい。こわい。神木さん起きんかったらどないしよう。志摩さんが人殺してまったらどないしよう。ヘリコプターから人が降りてきて、そして志摩さんに向かって言いました。誰やその人。うちの廉造さんに、なんでそんな口利くん。
「志摩、早くしろ」
「はぁい」
志摩さんが一気に踏み込むのは分かっていたので、跳び退りました。しかし志摩さんのリーチは錫杖分長いため射程距離からは逃れられません。もう神木さんに黒い炎を当てられない以上、ああ堪忍子猫さん!
ぐるりと身体を反転させ志摩さんに背を向け神木さんを隠した時、背中には予想外に物理的な衝撃がきました。
「ぅガッ」
たまらず声をあげ、それでも神木さんを抱きしめたまま走って逃げようとするも。
「あかんやん鶯花さん、アンタ背ぇ向けたらただの鈍足や」
初出の真言は孔雀明王のものです。悪魔も人も縛れるまじない的な感じです。例によって捏造しすぎて原作がいっそこわい。