なんて考えていたら、お風呂に
とはいえ私がまず気にするべきなのはこの後入るお風呂の問題です。女子にあてられた浴場は腐属性の悪魔が出た後の洗浄作業が間に合わない上ガラスが散乱しているので、全員が入った後の男子用の浴場を時間で区切って女子用にすることになったのです。もともとは、どれも男子寮の男子風呂ですから。朴さんはもう今日はお風呂に入れず、神木さんは先程お風呂から帰ってきて、今杜山さんが入っているので私は夜の筋トレをして時間を潰しています。部屋やベッドの都合で今回の合宿では一人部屋をもらえたので、実はテンションが上がっています。寮生活を始めて約二ヶ月、私の自業自得が半分とは言えいつも気を張っていたものですから。筋トレを終えて、そろそろ杜山さんもお風呂から上がった頃かなと考えていると、部屋がノックされました。
「はぁい」
「あっ、冬隣さん、お風呂って、もう入った?」
ドアを開けると、お風呂上がりの杜山さんがいました。肩には
「ううん、まだや。もうじき頂こうかと思とったところ」
「そっか。雪ちゃんがね、さっき会ったんだけど、十二時になったらボイラーを止めちゃうからまだなら早く入ってって」
「おん、わかった。ありがとうねぇわざわざ。おやすみなさい」
ドアを閉めて整えておいたお風呂セットを持ちに行こうかと思ったのですが、杜山さんはそのまま何か言いたげに立っています。少し困って首を傾げると、杜山さんは慌てたように言いました。
「あの! と、友達って、やっぱり裸見られたくないものかな!?」
「へ……」
私は神木さんにも朴さんにも杜山さんにも、ついでに言えば奥村くんや奥村先生にだって裸を見られたくありませんが、私と彼女らが本当に友達かというと、クラスメイトがいいところでしょうし、そもそも何で杜山さんは私にこれを聞いているのでしょう。ガスを無駄にしてまで杜山さんに裸を隠していると思われないために筋トレをして用事を作っていたようなもので……、いや、これは違うか、最近の、神木さんと杜山さんの到底お友達とは思えないお友達関係が関係しているんでしょうか。そこまで考えたところで、杜山さんは顔を真っ赤にして体の前で両手を振りました。
「あっごめんね、違うの変な意味じゃなくて……、ああもう私ったらいつもこう……あのね、神木さんに私には裸を見られたくないって言われて、その……」
「杜山さん、最初からでええから。神木さんにそう言われて、みんなそうなのか気になったん?」
「ちょっと違って……、あれ、違わないのかな。私、冬隣さんともお友達になりたくて、明日は一緒にお風呂入ろうって思ったんだけど、冬隣さんも嫌なのかなって思って聞きたいの」
杜山さんは、お友達になれたらいいだろうなと思うような、いつも素敵なお着物を着てにこにこ笑って一生懸命で人を傷つけない子です。そんな良い子の彼女を使い走りにする神木さんに何も言ってやれない自分を、やたらと自己嫌悪するくらいに。ですが、杜山さんとお友達と呼べるほどに仲良くなっても、きっと私は裸を見せられません。それは私の“秘密”で、“嫌われるだろうこと”で、見せるものでないからです。そして、“秘密”を見せない限り、きっと他人とお友達になれないでしょう。私はこう言いました。
「あて、お風呂は誰とも一緒に入らん主義なの。せやから、明日一緒にグリモア学の復習しよ? あて、あれ苦手やねん」
「本当!? 私もあの授業は耳慣れなくて不安だから……、ありがとう!」
「ううん、じゃあ、明日よろしゅうね」
小指を出すと、杜山さんは一瞬きょとんとしてから心得たように小指を絡めて、指切った、と言いました。
「じゃあ、あてもうそろそろお風呂に行かんと。もう遅いし、ボイラー止められてまう」
「あっ、そうだね、引き止めてごめんね、おやすみなさい!」
「おやすみなさぁい。悪魔も出たし気ぃつけてね」
「私はニーちゃんがいるから大丈夫! 冬隣さんもね!」
杜山さんは手を振って駆けていきました。私はようやっとお風呂セットを持って、三階の女子の部屋から一階のお風呂場へ向かいます。階段を降ると、片手に飲み物を持った坊がいました。
「鶯花、今から風呂か?」
「おん、早うせんとボイラー止められてまいます」
「お前な、誰とも入りとおないのはわかるけど今日くらいもっと早よ入れ。それか誰かと一緒に入れ。危ないやろが。悪魔が出たんやぞ」
そう言って、坊は私と一緒にお風呂の方に歩きます。
「あれ、坊、てっきりお勉強の途中で飲み物買いに来たんやと思たんですけど」
「阿呆ぅ、こんな夜に単独行動させられるか。廊下で待っとったるからとっとと入ってきい」
「ええーっ、悪いですよそんな。お勉強しとったんですよね?」
「ポケットに単語カード入っとったから安心せえ」
「そこまで言わはるなら甘えますけど……」
心配されるのが、嬉しくないわけではありません。胸の中で紅い梅の花がほころんで、身体中に匂いが広がるような感覚を感じながら、脱衣所前で手を振って別れます。
服を脱いでうきうきと浴場に向かい湯船に手をいれると、まだボイラーは切られていなくて適温でした。先に化粧を落として身体と頭を洗ってから、湯船に入って手足を伸ばします。寮に入って二か月、生理中や大浴場の時間外の為に用意されているシャワーブースしか使っていなかったので、湯船に入るのは久しぶりなのです。坊を待たせているとはいえなるべくぎりぎりまで入っていたいです。大きい湯船など、身内で貸し切られた時の虎屋でしか入ったことありませんでしたし。でも、坊が外で待っているし12時だって近いので、あと百数えたら出ようと思い肩まで浸かります。
……私はきっと、杜山さんとお友達になりたいのです。あんなにいい子なのですから、きっと私の“秘密”を見ても、何も言わないことでしょう。なのに、“秘密”を見せることはどうにも考えられません。“秘密”を見せずに仲良くなっても、きっと杜山さんは朴さんと同じで私に壁を感じるでしょう。それはきっと、酷いことです。でも、私とお友達になりたいという杜山さんを無下にもできず、だからといって“秘密”を見せられる気もせず……。
百数えてしまいました。お風呂から上がって、体を拭いて、体を保湿してベビーパウダーをはたいてから寝間着の浴衣を着て、顔の方も化粧水やら何やらでケアしてから脱衣所を出ました。
「……みなさまお揃いで……」
脱衣所の外には、坊だけでなく子猫さんと志摩さんもいました。三人共参考書を見ている……と思いきや志摩さんは何も持っていません。
「坊が帰ってきぃひんから様子を見に来たら、一人風呂で危ないから鶯花さん待っとる言わはって、なら僕も一緒に待とう思て……」
「俺は参考書取りに戻ってきた子猫さんから二人が女子時間の風呂の前におるって聞いて出歯亀に来たら中身鶯花さんやったけど、まあそのままの流れで」
「なるほど」
「上がったんなら戻るで」
「おん、ありがとうございます三人共」
参考書を閉じて、そのまま四人だらだら歩き始めました。
私の不注意でした。いつも寮でなら、オーバーサイズのパーカーのフードを被ったり、髪の毛を拭うタオルで顔を隠してうつむいたりして移動するのに。同室の子がいないからって、気を抜いていたのです。男子のいる二階は過ぎたから、神木さんも杜山さんもお部屋にいるからって安心していたのです。奥村くん達は六階に住んでいることも聞いていましたし、十二時に誰かが、そう、奥村先生に頼まれた奥村くんなんかがボイラーを落としに降りてくることも予測できたはずなのに。
階段から降りてきた、寝ぼけたような顔の奥村くんは、私の顔を、私の顔の火傷痕を見ると、途端に目が覚めたように顔をはっきりさせ、私の肩を掴みました。
「火傷!? まさかまた
「お、くむらくん、よぉ見て。これ古傷や。誰も呼ばんでええの」
踵を返しかけた奥村くんの腕をぐっと掴んで、声を押し殺して言います。
「あ、あぁそうだな、悪い、ちょっと寝ぼけてたかも。雪男のやつ、俺がウトウトしてるのにボイラー落としてきてって叩き起こすからさぁ……」
「奥村くん」
腕を、いっそぎりぎりと言ってもいいほどの力で掴んでいました。良くないことでしょうに、力が抜けません。
「誰にも言わんで」
「え?」
「あての、火傷のこと。誰にも言わんで、心にしまっといて。そんで忘れて。見なかったことにして。そういうふうに振る舞うの、難しいかもしれへんけど、とにかく誰にも言わんで」
「おう……いいけど……。その傷、何ともないんだよな?」
「おん。本当に、生まれつきみたいな古傷やねん」
青い夜。騒ぎで目を覚まし私を抱いていた母は、燃えていた僧のあげた悲鳴から、青い炎が燃え移ったらしいのです。自身の手遅れを悟った母は娘の私に燃え移る前にと、同じく起きていた兄に私を託し、兄はすでに火傷を負ってしまった私を雪でずっと冷やしていたと聞きます。他にも大勢の方の助けも得て、赤子の半身を覆う火傷であったにも関わらず、私は生還しました。今、見た目以外に後遺症がほとんど残っていないのは最早奇跡で、仏の加護とまで言われました。ですが、左半身の火傷と植皮の痕と右半身の採皮の痕は、私をまさに青い夜の象徴、祟り寺の見える祟りとさせるのに十分でした。顔をはじめとした全身の痕で幼稚園でも小学校でもいじめられましたので、中学校からは学校に許可を取って化粧やタイツで隠していました。それで周囲の目は随分と、それこそ世界が変わったように変わりましたが、特別に許可を取ったと言え校則違反の化粧をしているということで厳しいものも残っていました。高校では服装が自由で化粧も校則の範囲でしたから、安心していたのに。いえ、安心していたからこそ、でしょうか。
「なあ、わかったから。誰にも言わねえから。なるべく忘れるし。で、俺ボイラー落としに行かなきゃいけねーんだけど」
奥村くんは手首を軽く振りました。力の入りすぎて強張った手を、なんとかほどきます。握った痕が残ってしまいました。
「腕、掴んでごめんね」
「いや、いいけど……」
「おやすみなさい」
「おう、おやすみ」
奥村くんは、階段を降りていきました。私は走って部屋に向かって、布団に飛び込んでタオルケットに潜りこみました。こうやって、タオルケットにくるまったまま全ての生活をできればいいのに。幼いころ、お祭りの夜が好きでした。夏に腕も脚も出ない浴衣を着ていても、プラスチックのお面をしていても当然の夜。そのまま眠って、人混みの夢を見ました。
単独行動は危ないので風呂前で待っててくれる坊という萌えです。屍の体液とかガラスとか散ってるので女子風呂使えないだろうなと思い男子風呂を使うことにしたのですが、何せそんな理屈が先に来て男子風呂を使う設定にしてしまったのでラッキースケベ的アクシデントは起きませんでした。