花に嵐   作:上枝あかり

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可愛い娘 4

 わりかし長かった道を越え、やっと目的地に着きました。奥村先生が電話でフェレス卿に報告します。

「たった今目的地に到着しました。……そうですね、完全な……観光地(テーマパーク)です」

 そう、まさにテーマパークでした。観光客を歓迎するのはキグルミや、おそらく神社にお勤めしていない緋袴のかわいらしい女性。道の両側には飲食店が立ち並び、老若男女が行き交います。京都も大概観光地ですが、ここはもっと、人を寄せるための場所、といった雰囲気がします。とても賑やかですが、この浮かれた人混みは先程の田園よりは俗っぽくてこちらならひょっとしたら神木さんがどこかにいるのかもしれません。

 しかし調査をしようにも、こんな調子では時間がかかりそうですし、改めてご飯をいただくことになりました。入ったお店はお蕎麦屋さん。注文してお蕎麦が来て、一口いただけば、あら予想以上に美味しいです。観光地のご飯なんて高い上においしくないと思ってたんですけども。

「……確かにこんだけうまいとハマるのも判る気ぃするな」

「ですね、ほんまおいしい。何やこんだけおいしいと気分もようなってきますね。ふふふ。うふふふふふ」

「あ、鶯花そっちのかけそばも一口くれよ。ざるそば一口やるから」

「ええよ奥村くん、ふふふ、好きなだけ。どんどん持ってったって」

「サンキュ。あ~、いい出汁使ってんな~!」

「ほんっまにな! これ今度奥村くん作ってやあ、ええでしょ奥村くん、なあ、奥村くんなら、ふふふへへ」

「……鶯花さん、なんやテンション高いですね」

 それ、なんとなくですが自分でも思うのです。廉造さんがいない以上空気を適度に軽くする役は私しかいないし、怪我人で気遣われる立場でもあるので、無理やりテンション上げて、なるべく明るくいってるところはあるんですけれど、何だか頭が私の制御下にないっていうか。ふわふわ、風船みたいな。しかし帰ってきた丼の中身を食べきりおつゆを飲み干しても、どんどん世界は輝いていくばかり。丼から顔を上げたら、坊の顔が見えました。少し心配そうな顔をしています。しかし顰に倣うの故事参照と言いますか、かっこええ人は何しててもかっこええのです。

「はぁ、坊今日もえらい男前やなぁ。何やキラキラしとる。えろう眩しい」

「な、何言うとんのや自分……」

「あれぇ、口から出とりました?」

「鶯花さんの分酒でも入っとったんやろか……」

「お兄ちゃんはお酒強いんやけどなぁ、あはは」

「ていうか熱でアルコール飛んどるやろ。昨日の後遺症か?」

「んー、でも楽しいくらいで特に不都合ないですし」

「いや十分不気味やろ……」

「んひひひふふふふふへへへへへへ」

「ちゃんと魂入っとるか?」

「入っとります~~。あはは、楽しい」

 食後、お代を払って店を出ていって、そしたら。

「まぶしい……」

 日差しがやたら眩しいです。坊の腕にくっついて目を覆います。

「……冬隣さん、少しこちらへ」

「はぁい」

 奥村先生が、お店とお店の間に目の開かない私を連れ込みました。そこで通りの方を向きながら目を開けるように言われて、まぶしかったけどその通りにすると、奥村先生は私のまぶたを指で開いて覗き込んで、ふむ、と一言言って通りに戻ります。

「どないでした?」

「瞳孔が開いています。……あまり現実的ではないのですが、とにかく極度の興奮状態にありますね。でも、その割に眼球をいきなり触られても反応がないなど気にかかる点があります。しばらく見てあげてください。そして……持ち込んだ飲み物か自販機の水をたくさん飲ませてください」

「先生は?」

「僕は大社の方を調査してきます」

「よっし! じゃあ俺らはそこら中のめし調査だな! いこうぜ!」

 奥村くんに連れられて、食後の甘味代わりにぜんざいのお店に行きます。しかし買う前に、後からやってきた坊と子猫さんが、私にぜんざいではなく持ってきたペットボトルを飲みきるように言いました。

「ええ、ややぁ。お腹タプタプなる」

「ええー……でも、奥村先生言うとったやろ?」

「んー……」

「ガキの頃のほうがまだ聞き分けあったな……」

「ほら、鶯花ちゃん、えーと、荷物かさばるから飲んじゃおう?」

「うん……」

「鶯花、団子うまいぜ」

 いつの間にかぜんざいを買って食べて一緒に売っていたらしいお団子も食べ始めた奥村くんが一串出してくれました。お茶を飲みきって食べます。

「ふわあこれもおいしい! 神木さんと廉造さんにも食べさせたげたいわあ。ねえ坊、テイクオフ? や、テイクアウト? 買うてきましょうか」

「せやな」

 坊は何だか疲れたような様子で蓋の空いたミネラルウォーターのボトルを出してきます。いただきます。

「でもなぁ、あて神木さんといま喧嘩しとるからぁ、……でも、まあ、いっか。……んん、お水ありがとうございます」

「もっと飲み。で、食わせるなら早よ助け出さんとアカンな」

「せや! 神木さんはよ迎えにいかんとあかん! こんなもん食うとる場合やない!」

「せやし調査しような」

「言うて、ここにおるのだいたい観光客ですやん。お店の人も方言喋っとらんし、そもそも店が全部大社の歴史に対して新しすぎるし、この通りずいぶん最近出来たみたいや。やっぱ大社のほうが本命やと思います」

 言えば坊はこっちを見て黙ってしまいました。おまんじゅうを持った奥村くんが言います。

「唐突に正気に戻ったな」

「マトモな割にずっと食うとるお前よりは役に立つな」

 そのまま坊は奥村くんと何か話し始めてしまいました。

「えーん坊がかまってくれへん! しえみちゃぁん!」

「う、うん!?」

 しえみちゃんの手を取って特に何ともなく手遊びします。せっせっせーのよいよいよい。たのしい。

「やっぱ駄目じゃねーか」

「ほんま連れてきてよかったんやろか」

「でも、朝はマトモでしたよね?」

「飛行機の中でもマトモだったな」

「歩いとる時もマトモやった」

 ハッと思いつきました。子猫さんの肩を後ろから掴み揺すります。

「子猫さん子猫さん、大社が本命、言うか、元の門前町はどこいったんやろう。無いはずないやろ、なぁ子猫さん、なーって」

「確かに、どこぉ、いったん、やろね、新し、くする、にしろ、先立つもの、かて、要るしぃ、皆ぁいっぺんに、建て、替え、も、おかしぃ……待って鶯花さん揺らさんで」

「ついに正気と狂気のハイブリッドになりはじめたな」

「回路が繋がり始めたんかもしれへん……」

「キボーテキカンソクってやつだな」

「ようそんな言葉知っとったな」

「時々雪男が使う。俺がテストどうにかなるかなって思ってるときとか」

 その後建て替えについてお店の人に聞いたりしたら、再開発のお話を聞きました。そのまま子猫さんにひっついて、何だか色々聞いたような気がするんですけど、大抵お腹抱えて笑ってたのでよく思い出せません。飲まされた水の分トイレに行ったりして夕暮れの頃にはだいぶ落ち着いて、何でああなったのか知りませんが子猫さんはじめ皆さんにめちゃくちゃご迷惑をおかけした気がします。展望広場で奥村先生と合流しました。

「で、判ったのはおきつね横丁のめしがうめぇって事だけじゃね!?」

「そりゃお前だけや! ……観光客は何度も来とるリピーターが多い印象でしたわ」

「……それと大社より食べ物に夢中みたいだったね」

「確かに大社の人出は割と普通でした。そこで“ユメタウン稲生”という集合住宅の話を耳にしたんですが……」

「それ僕も聞きました。大社の真となりの()()ですよね」

「なんやあれ!?」

 子猫さんの指した方には巨大な建物。大社より広そうな面積と、10階以上はある高さで正直異様です。神様のお住いの目と鼻の先にあんなもん建てていいんでしょうか。

「皆こぞってあそこに入居したがっているようでした」

「そこまでして稲生(ここ)に居りたいんか!? どんだけやねんな!」

「それなんですけど、さっき案内所でもろてきた観光マップの発行元が……“いなり光明財団”! えらい“光明(イルミナティ)”を感じさせる名前やないですか?」

「光明言うてもここは食べ物の神様祀っとるとこやし、不自然ですよね。しかも、おきつね横町の再開発費はここ持ちらしいです。ほんならえらい巨大組織ですし……」

「! まさか……」

「判らないことなら()()()()に聞けばいい」

 話に方向性が見えてきた所で、声がしました。おきつね横町に着いてから行方不明だった宝くんです。どこに行っていたのかと思えば手には木製でしっかりした作りの狐の人形を持っています。

「宝くん! 今までどこへ」

「なかなかいい()()が見つからなくてな。コイツは120万したから騎士團の経費で落とせよ」

「はい!?」

 と、とりあえずイルミナティに寝返ったのではないようですが、120万!? 宝くんは傀儡師(パペットマスター)を名乗ってましたからそっちでしょうか。いやそのひとまずお店に払った120万円は一体どこから……坊情報では社長子息なんでしたっけ、社長子息すごいな……。

宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)に恐み恐み白す。この地と神木出雲に縁ある者を御遣わし給え」

「物質への憑依召喚……! 彼は手騎士(テイマー)二種の実力の持ち主か……!」

 奥村先生が言ったとおり、宝くんの持つ人形には何かが憑依したのがわかります。

「如何にも我は宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)神使(シンシ)! 八番位のミケ狐神である……!」

 どうやら、神木さんがいつも喚んでいるお狐さんの片方のようです。確かに事情を把握していそうです。

「貴様は神木出雲の使い魔だったな。この土地と神木出雲について全て話せ!」

「我があの未熟者の小娘の使い魔だと!? 愚弄するにも程があるぞ! 第一汝らになんの関わりがある!」

 そうです、神木さんのところのお狐さんは気難しいのです。しかししえみちゃんが間髪入れずに言います。

「出雲ちゃんは私達の友達です」

「!」

 ええ、関わりでしたら、いくらでも。ルームメイト、クラスメイト、仲間、救出対象、……喧嘩友達。宝くんが畳み掛けます。

「この土地に俺達の敵がいる。神木出雲はどう関わってるんだ! 話すのか話さねぇのか、嫌なら他を当たるまでだ」

 そこで、人形に憑依しているのにこう表現するのも不自然ですが、御饌津(ミケツ)さんはため息をついたようでした。そして、語りだします。

「よかろう……。この地とあの娘を語ろう。なに、昔々というほどは遡らぬ。ほんの五年前までは、ここ稲生は清浄の地であったのだ! 十一歳の神木家の娘、出雲と、この地に起きた話なり」

 皆話を聞く体勢を整えます。昔々でなくとも、五年前からの話であれば長くなりそうでしたので。

「稲生大社は、五穀豊穣・商売繁盛などを司る豊宇気畏売命(トヨウケビメ)を主祭神とし、古代からここ、稲生周辺の国々を鎮護してきた。祭祀を担うのは宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)神使(シンシ)を祖とする稲神家。神木家はその分家だ。――つまり、狐神と交わって神通力を得た一族なのだ。そこの神の炎を纏う小僧と同じだな。……とはいっても千年以上も続く家であるしすでに本家筋の血は薄まり、俗人となんら変わらぬがな。――しかし、神木家はその()()()()()ゆえに、未だに血に強い神通力を備えておった。……神木家は大社の側近くにひっそりと社を構えておった。神木出雲はここで生まれた。母は神木家六十四代目宮司――神木玉雲」

 この玉雲さんというのがなかなかこう、エキセントリックな人で、世間体の悪い恋愛による愚痴を当時11歳の神木さん……出雲さんに泣きつくような人でした。玉雲さんは宗爾さんという本家の当代宮司さんにベタ惚れなのですが、宗爾さんは娘である出雲さんや、出雲さんの年の離れた妹の月雲ちゃんに一度も会いに来ないという人で、出雲さんは全く愛着がなかったそうです。朝の忙しい時間も玉雲さんは下の娘の食事を用意する上の娘に泣きついていましたが、家には玉雲さん大好きな大小の狐神が溢れ、彼らがこなしてくれて家事はきちんと回っていたようです。

「――そう、玉雲はこのとおり、頼りなくだらしない女であったが、宮司としては強力な神通力を持っておったのだ。神木家は“魔”を鎮める()()()を負っていた。“殺生石”。近づく生者を殺し死者を蘇らせる魔石だ。殺生石は、かつて陰陽師によって討ち滅ぼされた白面金毛九尾の狐の結晶である。神木は九尾の呪いを鎮めるため稲神から分かれ、件の陰陽師との間に設けられた血統だった。代々宮司となる巫女は“玉雲”を名乗って“神降ろし”という神楽を舞い、九尾に成り切り同化することで九尾を鎮める。当代の玉雲は歴代のどの巫女よりも力強く、美しく舞った」

 二児の母にして一人称“玉ちゃん”であった玉雲さんはたまに外におつとめに出ることもあったらしく、そういう時はまだ幼い月雲ちゃんを大社の社務所に預けていたそうです。そして、夕方になれば会えるような朝の別れ際に、離れるのが寂しいと泣きながら二人を抱きしめて思い切り頬ずりをする人であったと。

「玉雲はこういう憎むに憎みきれん不思議な女であったが、出雲と月雲は本家の当代宮司稲神宗爾の外腹の子という、それはもう複雑な立場で育った。その上殺生石を扱う神木の子ということで、嫌な顔をしたり嘲笑ったりするものもいた」

 そんな社務所に行くのをぐずる月雲ちゃんに、出雲さんはフェルトできつねの人形を作ってお守りとして渡していたそうです。不穏な影がちらつくも、不幸といいきれない穏やかな暮らしの話は、全て過去形で語られていきます。

「社の外でも気はぬけぬ。自分達と違う者を嗤う者がいるからだ。出雲はいつも孤立しておった」

 悪魔が見えることだの家庭環境だの家業だので色々言われるのは、私にも覚えがあります。しかし、出雲さんは私にとっての坊や子猫さん廉造さんのような人は居なかったのです。社に帰っても、私と違って嫌な顔をする人ばかり。お母さんだって頼りなくて、妹は幼くて、狐神もかわいくないから(しもべ)にはならないとか言ってて、小さいながら出雲さんは誰にも頼れない状況だったようです。

 そんなある日、神社に先端悪魔研究施設のイルミナティを名乗る人々が来たそうです。最初外道院といういかにも怪しい男が出雲さんに話しかけてきたものの、優しげな女性が代わって、殺生石について話を聞きたいと言いだしたと。何でも人間と悪魔の隔たりをなくすために活動していて、殺生石から九尾の力を取り出せれば悪魔と人の区別のない、みんなが仲良くなれる世界がくるとか。しかし出雲さんは今と変わらない聡明な子供で、そんな怪しい話に乗ることはありませんでした。優しげな女性はしつこくない程度に食い下がり、自分も悪魔が見えて苦労していたから力になれるかも、と名刺を置いていきました。出雲さんが家に帰ってお母さんにその名刺を渡して説明する前に、玉雲さんは宗爾さんとのデートに行ってしまい、大きく考えていなかった出雲さんも名刺遊びをしている月雲ちゃんにもらった名刺をあげたそうです。

「そうやって()()は少しずつこの地に忍び寄ってきた」

 宗爾さんはおうちデート……たぶんおうちデート中に、稲生観光都市化計画の話を玉雲さんに聞かせたそうです。“いなり光明財団”が開発費を持ち、大社周辺を観光地化して観光客や参拝者をもっと呼び込む計画だったそうですが、玉雲さんは特に気に留めなかったようです。そうでしょう。今聞く私たちにはかなりきな臭い話ですが、当時の玉雲さんにとっては、ただよくあるお仕事の話を聞かせてもらったに過ぎないでしょうから。

 玉雲さんは宗爾さんに、神木家に来て子供達にも会って欲しいと言ったそうです。しかしそれに宗爾さんはいい顔をせず、それどころか子供達には会いたくないし、あまり言われると好きな玉雲さんにも会いたくなくなる、なんて言ったそうです。クソ男やな。

「この頃から玉雲は少しずつ奇異(おか)しくなっていったように思う」

 神降ろしは九尾に成り切り鎮める舞い。つまり、自分の方から悪魔の憑依しやすい“悪魔と状態の近いもの”になる儀式のはずです。心乱れた状態では逆に九尾に付け入られると狐神たちが止めても、平気と一言言うだけ。

「しかし、ほどなくして玉雲は()()()を避けるようになり、毎日のように稲神の宮司のところへ入り浸った」

 そんな様子を心配して止める娘の手を振り払い、怖い顔で『あんた達のせいでしょ』と怒鳴るほどにまでなってしまったお母さんを止めるすべを、出雲さんは持ちません。

「そうこうするうち、とうとう家にも戻らなくなってしまった」

 お母さんが居なくて寂しがる月雲ちゃんに、今日こそは稲神家へ玉雲さんを連れ戻しに行かなくちゃと思った出雲さんは、救急車のサイレンを聞きます。倒れて意識不明の稲神家の人を運ぶための救急車です。何かあったのか聞く出雲さんに、大社の人はこんな状況でも部屋から出てこない宗爾さんと玉雲さんの話をし、お母さんをとんでもない女だと詰ります。

 一方、二人の部屋を蹴破った人々は、荒れた部屋と、倒れた宗爾さんと、彼を愛しそうに抱える、変わり果てた玉雲さんを見つけます。

「みなが気づいた時、何もかも手遅れであった」

 眠った月雲ちゃんをひとまず居間の座布団に寝かせた出雲さんは、物騒な物音を聞きます。それは窓ガラスが割れるような音であったり、尋常ならない足音でした。様子を見に廊下を覗いた出雲さんの見たのは、板張りにべったりと着いた血。廊下の奥の暗がりには、割れた花瓶と打ち捨てられた白百合、そしてうわ言のような呼吸音のようなものを漏らす、尾を持つ影。

 廊下に出た出雲さんはその影に『母さん』と声をかけました。それは振り向きました。九尾に憑かれた玉雲さんでした。完全に九尾と同化した玉雲さんは、廊下に出た出雲さんに言います。

『なにも……かも……なにも……かも……あんた達のせいだ! あんた達がいたから宗さまはつれなくなったんだよ!! 産んだのが間違い。あんた達さえいなければ……』

 そしてお母さんは獣の動きで出雲さんに襲いかかりました。擦ってそのまま襖を破って、眠る月雲ちゃんを見つけると、今度はそちらへ。間一髪で狐神が助けてくれましたが、玉雲さんは狐神をも傷つけ高笑いします。もう、駄目でした。

 靴も履かずに妹を抱えて逃げた出雲さんの、どこに逃げ場があったでしょう。出雲さんに頼れる場所などなかったのに。転んでしまった拍子に出てきたのは、月雲ちゃんが持っていたイルミナティの名刺。公衆電話で出雲さんはイルミナティに電話します。『母さんから九尾を取り出して!!』と。

「イルミナティによって玉雲は捕らえられた。その陰で殺生石は消滅した。それは玉雲を得たことによって九尾が再び復活した事を意味していた。九尾の復活は逆に奴らにとっては好都合だったようだ」

 例の優しげなお姉さんは、出雲さんの怪我の手当をして言ったそうです。正十字騎士團の祓魔師(エクソシスト)が来れば、お母さんは容赦なく殺されてしまうと。だから、出雲さんも月雲ちゃんも、当時の最近に稲生に出来た研究所に来るようにと。そこに来れば、イルミナティがあなた達を守ると。

「しかしその約束は果たされない。奴らは九尾の力を手中とする為に玉雲に死よりも辛い苦しみを与え続けた。その禍々しさは想像を絶した。出雲と月雲は玉雲が実験台として使えなくなった時の代用品として囚われの身となったのだ。――これが、我が話せる全て」

 御饌津(ミケツ)さんは話し終えました。……イルミナティが神木さんを攫ったのは、きっと玉雲さんの代わりに九尾を憑依させて悍ましい実験を続けるため。妹さんが囚われたままなら、たとえ自分が東京に、何のためか知りませんが出されていたとしても、戻らざるをえないでしょう。それにしても、……ああ。

「つまり、神木さんはお母さんの代わりとしてイルミナティに連れ戻された……?」

 そんな惨いことをする組織と、そこに囚われた出雲さん、そしてそんなところに所属している廉造さん。これだけでも重いのに、それに加えて、複雑な家庭環境と悲惨な過去と、変わり果てたお母さんの言葉に、間違ってしまったけれど選ばざるを得なかった選択、そんな生活につい数ヶ月前まで浸かっていただろうルームメイトの話を、よりによって他人の口から聞いてしまったのもだいぶ重いです。いや、でも、あー……。

「……ほんまなんか? ……つら過ぎるわ……!」

 あー!! もう! 要はここに落ち着くんですよ! “こういうことか”に! あの時の、私の許せなかった出雲さんの発言の裏に!! “恋愛で隙を作って悪魔に憑かれた人”も、“甘ったれ”も! 出雲さんのお母さん、今や見る影もなくなって酷い実験を繰り返されるその人のことですか!! そりゃ私を見ていれば不安にもなるでしょう。一言言いたくもなるでしょう。そっちの道はやめろと、少し言葉が汚くなっても止めるでしょう! だって目の前で、甘えたの報われない恋のむごたらしい行方を見ているんですから!!

 それなら、そんなことがあるなら、私、いつまでも怒ってられないじゃないですか。心配してくれてるのは判るけど許せないとか、言ってられないじゃないですか。出雲さんがそんな可哀想な環境だから譲るとかいうわけじゃありません。そんなの私がされたら絶対許しませんし、出雲さんだって許さないでしょう。ただ、向こうが謝るまで口を利かないとか、そんなガキっぽいこと言えるほど浅い話じゃなかったって、それだけです。言われた道を選ぶかは別として、怒鳴ったことには、謝らないと。私だって事情は色々ありますが、出雲さんだって、事情は色々あったのです。

「急ごう!」

 拳をぎゅっと握ったしえみちゃんが言いました。たしかに、攫った以上向こうの準備は既にできているのでしょう。急がないと取り返しがつかなくなります。

「……話に出てきたイルミナティの研究所……、場所は判りますか?」

「奴らはこの土地を地下から侵している」

「地下!? 出入り口はどこに?」

「知らんが怪しい場所はある。案内(あない)してやる」

 では、突入準備が終わったらそちらですね。奥村くんが揺れる遊具から立ち上がります。

「よし、何かこむずかしい話は終わったか?」

「!? に……兄さん……まさか今までの話聞いてなかったのか!?」

「聞いてたよ――多少はな。二人助けて帰ってくるってことだろ!?」

「……ああ……」

 いや、もういいんです、奥村くんが聞いてない分は私らが聞いてたので……。二人とは出雲さんと、奥村くんなら廉造さんのことでしょうか。廉造さん、あれ、助けるって感じなんでしょうか。完全にブラック企業っぽいので助けたい気持ちはあるんですけど、帰りたくないと言うなら、無理に引っ張ってくるのは私には無理そうです。二人というか三人目として、出雲さんにとって人質となっているだろう月雲ちゃんのことも気にかかります。

「至急地下研究所入口を探しましょう!」

「おう!!」

 して、御饌津(ミケツ)さんの心当たりの場所とはどこでしょう。展望広場を後にしながら尋ねると、御饌津(ミケツ)さんは言います。

「見ろ。大社のほど近くに聳えるあの宮殿を」

「稲生ゆめタウンですか?」

()()はあそこから地下に出入りする。それにあの宮殿の中に、この横丁で腑抜けにした人間共を集めておるのだ」

「どういう事です?」

「ここの人間達をよく見てみろ。怒りも悲しみも……恐れも妬みも、憎しみも苦しみもない。無邪気な餓鬼のようにただ食い物を貪る。この土地のものを一口でも飲み食いすると皆ああなる」

「ああ……」

 奥村先生が額に指を当てました。……ずいぶん身に覚えがあるような。

「この横丁は()()の縄張りだ。気をつけろ。喰えば喰うほど虜になるからな」

 そして一同視線は、未だ買ったものを口にし続ける奥村くんの方へ。

「ん?」

「吐けゴルァ!」

「は!?」

「燐、もう食べちゃダメッ!」

「あっなにすんだコラ、もったいねーだろ!」

 奥村くんから食べ物を奪うしえみちゃんと坊。ええ、摂取量をこれ以上増やすのは駄目です。でも、でも……。

「……というか、ぼ……僕達も食べましたよね……? 蕎麦」

「じ、自己申告します……。あて、ソレでかなり結構だいぶラリってましたごめんなさい……」

「知ってる……」

 皆が口を揃えて肯定しました。そ、そんな異口同音に。

「今からでも吐いてきたほうがええやろか……」

「もう手遅れですね……、胃液しか出ないと思います」

「お前達は薬草系の魔除けが効いている」

「魔除け? そんなもの施した覚えは……。……ん? 薬草?」

「……まさか!」

 例のしえみちゃんのハードコア薬膳サンドイッチ! 奥村くんをどうにかしようとしていたしえみちゃんが、私の方に紙袋を差し出します。

「鶯花ちゃんもあんなに過剰反応してたんだから吐いた方が!」

「いや、たぶんしえみちゃんのお陰で助かったみたいや……。あてらは薬草系の魔除けが効いとるって」

「え、あんなに普通じゃなくなってたのに……?」

「本当に効いていれば今もあのままだ」

 こわ……。廉造さんも出雲さんも月雲ちゃんも変なもん食わされとらんやろうか……。ていうか食べてしまった後はどうすれば……。

「食い物でこの地の虜となった人間は最後、皆バスに乗ってあの宮殿へ行く。そして二度と戻らない。定期的に新しい人間がやってきては、あの宮殿の中へ消えてゆくのだ」

「――つまり、イルミナティは集団洗脳した一般市民を、稲生ゆめタウンに集めて軟禁していると……!? 一体何の目的で!?」

「……ハッ。()()の目的など知らん。ただ一つ言える事は、この地はもはや(おもて)こそ美しく飾り立ててはいるが、中身は腐り、蛆が湧いているも同然だ」

 御饌津(ミケツ)さんは言いました。彼らが古代から守り続けてきた土地を、そこまで言い捨てざるをえないほどに蹂躙したイルミナティ。その目的の、中心近くにいるであろう出雲さん。……そして、蹂躙する側の、スパイだという廉造さん。鎮守の森に聳え立つ異様な大きさの稲生ゆめタウンは、もはやテーマパークの宮殿には見えませんでした。




 屍の体液を飲んだあたりからこの主人公は異物を飲んでガンギマる星の下に生まれたことになってしまいました。多分手術した時の麻酔も効きやすかったんじゃないでしょうか。雪男くんは主人公の興奮状態から何らかの薬物の可能性を疑うも、まさかおきつね横町全部だったとは……って感じです。
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