唐突に青い炎が炸裂してコンテナと結界が壊れました。
「うわあああ!?」
座ったまま倒れます。奥村くんが出してくれた、ってのはわかるのですが、やっぱり私まだ青い炎だめです。あかんこわい。手カタカタしとる。そして天井部分が壊れていますが、これ結構天井高いのにどうやって登りましょう。回収した金剛杭に
「えいっ。……えいっ。それっ。よいしょっ」
上に投げてみますが、コンテナの外まで到達しても体重をかけられるようになりません。金剛杭を投げる練習はしてましたけど、上にはあまりやったことがないというか、まあ、それ以前に、都合よくひっかからないですよね、普通。
「そうわあ!」
「……何やっとるん」
投げた途端、上のところから坊が顔を出しました。
「坊! ご無事ですか!?」
「まあな。出れんのか」
「はい」
「それ投げえ。引き上げたる」
「おねがいしますっ!」
私が金剛杭を投げると、坊はそれをキャッチしてくれました。
「ありがとうございます」
「お前も無事で何よりや」
「ええ、まあ」
手に巻きつけたときに手の側面の擦り傷に触ってひりひりしましたが、まあ、それだけです。どうやら中央の塔状の構造の周りに円状にコンテナが並べられていたようで、どこも青い炎がくすぶっていて正直落ち着きません。コンテナから一緒に出た
「あ、坊! 鶯花さん! よかった! よかったあ……!!」
メガネもヒビが入って頭を怪我した子猫さんが言いました。どうやら皆います。他にしえみちゃんも頭から血を流していますが、二人共ひとまず出血は収まっているようです。
子猫さんがこちらに駆け寄ってくる途中で、キィンとまるでマイクのスイッチを入れて何か失敗したときのような音が聞こえました。
「キヒヒッ、静粛に」
「な!?」
いえ、どうやら本当に放送のようです。いやらしい笑いを含んだ男の声です。
「ようこそ目障りなゴキブリ共。ぼくはこのイルミナティ極東研究所所長、外道院ミハエルだ!」
聞き覚えある名前です。ええと、そう、
「キサマらよくもこのぼくの聖域を侵してくれたな。ここは不死の妙薬、エリクサー実験の聖域だ! 聖域を侵したお前達は万死に値する! その罪深さを存分に理解させてから皆殺しにしてやる……!!」
「エリクサー?」
「不死!?」
「何の話や……!?」
何だか、何だか嫌な、嫌なことを想像しました。いえ、私は、今の言葉を、さっきコンテナで考えていたことにそのままあてはめるだけで。
「つまり。神木さんはエリクサー……不死の薬を作る為の実験体として攫われた……! そして恐らく、今まで戦わされてきた
奥村先生が言いました。そう、それが、今の話と、これまで見たものからわかること。嫌な想像ではなく、嫌な現実でしょう。つじつまも合うのできっと話は嘘でありません。それにしても不死、不死って。
「そうとも。ブキキッ、
「は……嘘だろ!?」
外道院は肯定し、奥村くんは驚愕しました。……いえ、それにしてもこの男、なんでこんなペラペラ喋っているのでしょう。
「なぁーに安心しろ。おきつね横丁で販売していた食い物や飲料には脳が常に幸福感を得るように調合した麻薬が混入してある。食えば食うほど欲しくなり、おきつね横丁無しでは生きていけない身体になった観光客どもを稲生ゆめタウンの住人……実験体として選出するのだ。薬のせいで実験中恐怖や苦痛を感じる事も少ないからな。無理矢理実験に使っていらぬ苦痛を与えるのは酷だというルシフェル様のお優しい計らいによるものだ。――
「お前……悪魔なのか?」
「いーやぼくは人間だ。
でも奥村くん、知ってるでしょう。
「な、なん……」
「元々体内に埋め込んでいたエリクサーカプセルを爆発させただけだ。まあ、ドーピングのようなものだと思ってくれればいい。キキキ! エリクサーの過剰摂取により肉体は破壊と再生を繰り返し、人の原形を保っていられなくなる。ブキッ。異常な再生力を維持する為に周囲の物質を吸収し続け、
ああ、わかりました。この男がべらべらと長口上をあげていたわけ。別に時間稼ぎでも声に力を持つ悪魔でもない。ただ、
「よくも……よくもこんな事……! 何とも思わねーのかよ!!」
「思わないね。ぼくは人間が大ッッ嫌いだ! ――科学実験に様々な動物が使われているのを知っているだろう。自分たちが生きる為に他の生物を殺す。人間はそーゆう生き物だ! 本来自分の事は自分で始末をつけるべきじゃないか? 人間が人間を使って実験する、それは正義だ! 間違ってると思うならぼくを論破してみろよ。え?」
我慢できないとばかりに震える奥村くんを奥村先生が「兄さん聞くな」と止めました。そう、こんなやつの言うこと、聞くもんじゃありません。だいたい、こんな実験どんな動物を使っても許されるものじゃありません。
外道院は放送で拡声されているのに、さらなる大声でなにか言って不快な笑い声をあげました。奥村くんは憤りますが、問答無用の
「神木さん!」
「!? え!?」
しえみちゃんが立ち止まって振り返りました。塔状の構造に繋がる橋に、巫女装束を着せられた出雲さんが見えます。とりあえず、薬漬けにされているとかではないようですが、狐神の姿は見えません。
「出雲……!」
奥村くんが橋の方へ大跳躍しました。
「助けに来たぞ!!」
「そーはさせへんで~」
ずっと聞いてきた声、ピンクの頭、降魔剣を弾き返した、いつもの錫杖。そのひとは、例の緑の派手な制服を着ていました。
廉造さんです。とりあえず、元気そうです。薬漬けだとか、変な実験とか、そんなことも多分なさそうです。廉造さんは錫杖で奥村くんの胴を薙いで飛ばすと、出雲さんを連れた研究員たちを行かせました。
「志摩!!」
坊が言いました。そうです、廉造さんです、あれ。昨日、私をどついて、でも、殺さなかった、廉造さん。
「悪いけど出雲ちゃんは渡さへんで奥村くん!」
「志摩……! お前どうしちゃったんだよ、友達だろ!」
「まだそんなことゆうてるん、やっ」
廉造さんは奥村くんの超人的な動きについていきます。あれ、
「せっかく忠告してあげたんになあ?」
「くっ……や、やめろ!」
廉造さんは昨日と同じ、いつもと同じ笑顔のまま錫杖で軽く攻撃を仕掛けていました。奥村くんは反撃できずやりにくそうですが、なんとか振り払って隙をつくります。
「こンのォ! 目ェ覚ませや!!」
そして奥村くんは剣でも炎でもなく拳で廉造さんを殴り飛ばしました。研究員を軽く散らすと出雲さんに手を伸ばします。
「出雲! まずお前だ! 来い! 早く!!」
しかし、出雲さんは動きません。ただ、奥村くんを見ています。口がきけない状態には、見えないのですが。
「どうした? 出雲!? どうしたんだよ!? 行こう!」
しびれを切らした奥村くんが出雲さんの手を掴みました。出雲さんが、やっと口を開きます。
「……っ手なことを……ッ。助けなんて必要ない! 邪魔しないで! これはあたし一人の問題よ」
出雲さんは、奥村くんの手を払い、研究員に引かれるでもなく自分の足で扉の奥に入りました。……え?
「……は?」
「!? 何やってるんやあの女?」
「あーー!!」
「燐!」
そうです月雲ちゃんです!! 私達、まだ月雲ちゃんを保護していません! 九尾の憑依体候補が他にいる状況で、自分だけ逃げるなんてできないでしょう。
それを皆に言う前、私が声を上げたのと同時にしえみちゃんが奥村くんの名前を呼びました。奥村くんの元に黒い炎が飛んできて、彼を橋から吹き飛ばします。
「志摩!」
「奥村!」
飛ばしてきたのは当然廉造さんです。奥村くんは奈落に落ちていき、廉造さんはそれを追います。しかし私達の背後から。
「にゃーん!」
「クロ」
クロが駆けてきました。そして何か伝えるように振り返って見せます。その向こうには、
「そんな、挟まれた……! ……く。クロ! 僕達全員を乗せて動けるね!?」
奥村先生が言いました。ああ、もう、気にすることが多くて頭がパンクしそうです! でもひとまず、
「!? 僕らを追ってこーへん!」
「……!!」
「強いエネルギーを放出している物質に引き寄せられているのか!?」
なるほど、そんなことも言っていました。それなら、この場ではまず
「――もはや僕達だけで太刀打ちできるレベルの敵じゃない……!」
「どうしましょう……」
「奥村と志摩を追ってくれませんか」
坊が言いました。すると、クロが奈落に飛び降ります。
「わ、クロ!?」
奥村くんたちは下に行ったので、そういうことでしょうか。しかし奈落に光源はありません。あの青い炎すら。一体どこに行ってしまったのでしょう。この広い真っ暗闇に手持ちライト程度では誰も捜せません。
「せや、月雲ちゃん! あの、月雲ちゃんや、とにかく家族の安全を確保できんから、出雲さんこっち来れんのやないでしょうか」
「その可能性は大いにありますね。しかし、今から探すにも一体どこを……」
そうです、地下だけでこんなに広いのに、地上にもあんなに大きな建物があるのです。それに、邪魔だ、一人の問題だ、と言ったのは、本当に、それだけでしょうか。一人の問題なんて、そんな、薄情な。そんなこと言ったって、いくらでも関わってやるんですから。あなたが私に関わってきたみたいに。
その時、青い閃光が見えました。前に座る子猫さんのセーターの裾を思わず握ります。
「! 兄さんか!? 急げ!!」
クロは垂直の壁を走って下ります。こわいけどもうそんなこと言ってる場合じゃありません。クロは落ちるより早く下りて、明るい穴に飛び込み、先制攻撃と言わんばかりに坊がバズーカをぶっ放します。
「みんな!」
クロは部屋に降り立ちました。部屋には何故か地上で見た人の形を保っている方の
「助かった!」
「!? その人は!?」
「出雲の母ちゃんだ。クロに乗せてくれ!」
「なに!?」
坊が玉雲さんを預かってクロの上に乗せました。上級悪魔を五年も宿し、人権を顧みない実験を同じだけ繰り返され、もう悪魔をよそに移されようとしていたような状態なら。奥村先生が出雲さんを診ているので玉雲さんの脈と呼吸を確認しますが、どちらも弱く、著しい衰弱状態にあるようです。意識もなく、予断を許さない状況です。
「神木さんは悪魔の憑依状態だ……! まさか……九尾か!? 一刻も早く専門の祓魔を施さないと……!」
しかし出雲さんは、診察する奥村先生の手を振り払いました。
「もう……手遅れよ……! 早く……行って!」
「神木……! お前さっきといい何なんや!」
「坊……」
「サンチョ……
「うっ……る、さい……ッあぁああッ」
「神木さん!?」
出雲さんが頭を抱えて天を仰ぎました。苦しげな様子です。九尾と戦っているのでしょうか。どうか、どうかそのまま。と、脈をとる為に握ったままだった玉雲さんの手首に力が入ったのがわかります。振り向けば、玉雲さんは薄く目を開けていました。そのままかすかにうなり、包帯だらけの身体を起こそうとします。そこはクロの上なので、あまり動くと落ちます。その脇の下に手を入れたときでした。
「誰も……ぁたしを助けられない!! あーーはハはははは!!」
「か……神木さん……!」
「ジャマだッ!」
声をかけたしえみちゃんを出雲さんが振り払いました。完全に、九尾に飲まれてしまったようです。そんな、嫌や。私が固まっても、腕の中の玉雲さんは身体を起こそうとするので、我に返って玉雲さんを持ち上げてクロの上から降ろしました。その体の、熱く湿って、軽いこと。床に下ろせば玉雲さんは自分の足で立ちましたが、不安で体を支えます。
「だめです、気持ちは判りますが動かんでください、あなたは今、動ける体や……!」
玉雲さんは首を小さく横に振って、そして力の入っていなかった顔を上げました。目を開いて、かすれた声で言います。
「ああ……見える……! 出雲……!!」
そして、私の方に振り返ってほんの僅かに微笑みました。その無言の笑みで、私は、がっしり支えていたはずの手から、力を抜いてしまいました。私のあまり知らない笑顔でした。私の支えから抜けて一歩出て、娘を真っ直ぐに見て、玉雲さんは朗々と言います。
「我が娘の
出雲さんに憑いた九尾は叫びを上げながらまっすぐに玉雲さんに向かいました。私は、結界も張らずに自分だけ後ろに引きました。衰弱しきっていると自分で確認しきったはずの玉雲さんが、このまま殺されることはないと、何故か無邪気に信じているようでした。
玉雲さんは、私の何の根拠もない信頼どおり、九尾の爪を避けました。一度でなく、二度、三度と。まるで舞でも舞っているかのように、優雅に軽やかに。それどころか逆立ちして回って見せて、衰弱など感じさせません。でもその体は、たしかにもうぼろぼろのはずで。
太った男、さっきと同じ声なので外道院でしょう。そいつがやめろとか喚いていますが、敵にやめろと言われてやめる道理はありません。奥村先生が言いました。
「皆さん! 僕達で周囲の
「よっしゃ!」
きっとあの微笑みは、母の顔でした。娘を助けに行くから、放してという意味でした。ポケットに突っ込んでいた金剛杭を出して、
「……ッ、気張れや神木ィ!
坊が、出雲さんに発破をかけました。届くでしょうか。憑依された出雲さんに、呼べば届くでしょうか。
「な、何で神木さんが僕らと距離取らはるんか、よー判りましたけど……でも……やっぱりそのクセやめてもらわんと!」
どこかで拾った鉄パイプを振り回して
「出雲ちゃん、帰ろ! 朔子ちゃん、東京の寮で待っとるから、一緒に帰ろ! 帰ってもう仲直りしようや、もう話せんの嫌や!」
「神木さん……! 必ず助けるよ!」
しえみちゃんも言います。
「出雲……! 俺達もいるぞ!!」
奥村くんが言いました。私達も、そして、お母さんもいます。見れば、玉雲さんが出雲さんに近づいて、そしてそのこめかみに両指をあて、抱きしめるような距離感で言います。
「いざ帰り
たしかに何かが動きました。出雲さんから玉雲さんへ。耳と尾も今や出雲さんではなく玉雲さんにあります。後ろに倒れた出雲さんに、近くにいたしえみちゃんが駆け寄りました。出雲さんが頭を動かしているのが見えます。意識はあるようです。こちらの
「九尾は私の中に戻ったわ。そして私の
玉雲さんは喀血し、体から力が抜けて崩れました。その体を支え、横たえます。
「母さん!」
出雲さんが這うように来ました。一歩引きます。わかります。もう、今私に、
「……よ……かった……出、雲……。ごめんね……」
「やめてよ! ……ッなんで……あんたなんか……いっつもあたしに助けてもらってたくせに……! どうして今更……こんな事するのよ!!」
出雲さんは、泣くのを我慢したような顔で悪態つきました。玉雲さんは九尾の憑依状態のはずなのに、やさしく出雲さんの顔を自分の顔に引き寄せて言いました。
「玉ちゃんの、宝物」
出雲さんは、ぼろぼろ涙をこぼして声を上げて泣きました。泣き顔を見ているのが悪くなって視線をずらすと、みんなこちらに来ています。
「あたし、間違ってたの……!」
……みんなこちらに。月雲ちゃんは、予備としてこの部屋に連れてこられていないでしょうか。
「大、丈……夫……。みん……な、そばにいるわ……」
いるとしたら、やはり外道院のそばでしょうか。誰もそちらに行っていないはずですし。……外道院! みんなこちらを気にしています。誰も外道院を見ていません。あいつが、人の死に目に気を使うはずありません!!
静かに立ち上がってコンソールの方を見ます。コンソールに手をついてこちらをかぶりつくように見る外道院と目が合いました。その途端、外道院は目を見開き、コンソールの下を漁りだしました。月雲ちゃんは、いません。
嫌な予感がします。金剛杭を玉雲さんの周りに集まったみんなの周りに投げました。一本、二本、三本、四本! そして振り返ると、外道院はこちらに何か銃のようなものを構えていました。
「オン・キリキリ・バザラバジリ・ホラマンダマンダ・ウンハッタ、ッアアア゛!!」
真言を唱え終わるのと同時、外道院の撃った何かは私の肩口に命中しました。痛い、痛い! 撃たれた勢いで後ろに倒れます。玉雲さんの目にライトをあてていた奥村先生の開いた目と目が合いました。
「やった! 当たった! やっぱり僕は特別だ!! それは
肩口で、弾丸が、破裂する音がしました。
「嘘でしょ、冬隣鶯花! ねえ!!」
出雲さんの悲鳴。焦った奥村先生の手が肩の傷口に入って、それで、肉に埋もれました。
「あ、ああ゛、ゔああ、ア゛アアァ……」
肩の傷口が異様に膨張していきます。頬と手の擦り傷も、同じように。体のあちこちが痛くて痛くてたまりません。壊死、しているようです。
「運がいいじゃないか!! 僕のな!! キャハハハッ! 千分の一を引いたぞ! そのまま仲間を食い殺せ!!」
走馬灯みたいなものが閃きました。弾丸を摘出しようと覆いかぶさる奥村先生の体を蹴り飛ばしました。先生の手に癒着していた肩の肉が、ブチッとちぎれて飛び散りました。坊や子猫さんや奥村くんやしえみちゃんや出雲さんが、叫んだり手を伸ばしたりしているのがいっそ遠い。そのまま体を起こして、ウエストポーチのベルトに挿していた懐剣を逆手に抜いて肩の肉塊に突き立てます。自傷をしようと、もう自分の体であると思えないくらいでした。
「今更摘出しようったって無駄だ! お前はもう
懐剣を抜きます。すぐに抜こうとしたはずなのに癒着して、引き抜くのにやたら力がいりました。そんな懐剣を握る手もどんどん膨れ上がった私の肉塊に飲まれていきます。その肉塊に、何か器官らしきものが成立しつつあるような。壊死したらしき痛いところも、ボコボコと膨れ上がってタイツを押し上げているのが見えます。みんなが叫んでいました。確証はないけれど、もう、これしかありません。頭がどんどんボーッとしていきます。口にまで垂れ下がる頬の肉腫を懐剣で持ち上げて叫びました。
「助けて!! ナウボウアラタンナウ・タラヤヤ・ノウマクシセンダ・マカバサラクロダヤ・トロトロ・チヒッタチヒッタ・マンダマンダ・カナカナ・アミリテイ・ウン・ハッタ・ソワカ!!」