花に嵐   作:上枝あかり

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夜間非行 3

 可愛さ余って憎さ百倍といった感じで、しばらくは捨てられたような気で一丁前に坊を恨んでもみたのですが、よく考えてみれば最近の私は地獄まで面倒見てくみたいなことを言ってくれた坊に対して、知られたくないとか一人で大丈夫とかそんな感じのこと抜かしましたし、むしろ坊をああいう考えに至らせたのは私かもしれないと気がつきました。秘密結社に行ってしまった廉造さんとか、一人で背負うなと言った子猫さんの影響もあるとは思うんですけど。でも、確かにお寺を今更立て直すのは、無理があります。それが寂しくないかといえば寂しいのですが、まあ、帰る場所がなくなっても人間死にはしません。私が人間かは置いといて。死ぬかも置いといて。人非人でもいいじゃないの。生きていさえすればいいのよ。落ち着く時間があるあたりは、離れているのも悪いことではありません。

 落ち着いた後は、時間のある時に井上博士に頼んで、ブカレストの街に連れていってもらったりもしました。しえみちゃんにお土産話を持ち帰るためです。ふさぎ込んでいた上に電話の後ひどい顔をしていたらしい私を心配してくれていた井上博士にも、元気なところを見せなくてはいけません。言われていた通り、洗濯に洗濯を重ねていた下着の替えや、ついでに私には可愛すぎるような服も買います。持ち合わせは日本円でしたが、フェレス卿からのお見舞いだとかでルーマニアのレイという通貨をそれなりにもらっていました。買い物の後は、綺麗な建物も見たりしました。黄色い月の浮かぶ秋の夕暮れが、白い石造りの建物の通りを一様に、しかし繊細なグラデーションで紫に染めるのは、たいそう美しかったのですが、それだけでした。

 そして、こちらに来て一週間目、ようやく日本に戻ることになりました。いつの間にか届いていた配給の制服を着て荷物をまとめて、見送りに扉の前に来てくれたお世話になった人たちにお礼を言いました。ドラグレスク博士と井上博士はメールアドレスや携帯と内線の電話番号の書いてある名刺をくれて、何かあったら連絡するように言ってくれました。半分は義務でしょうが、残り半分は本当に心配してくれているのでしょう。行きに連れてきてくれた医工騎士(ドクター)さんに連れられて扉をくぐります。

 くぐった先の日本支部で、医工騎士(ドクター)さんは色々書類の入っているであろう茶封筒を持って理事長室に行くそうですが、私は特に同行しないでいいそうです。向こうは昼前でしたがこちらは夕方で、塾ももう最後の一限が始まるかどうかの頃なので、荷物もあるし寮に帰ってもいいという話でした。しかし、確か火曜の最後は悪魔薬学で同期全員同じ奥村先生の授業です。一応覗いてみて、教室移動だったり任務が入っていたら諦めて寮に向かいましょう。おそるおそるいつもの教室のドアを開けて中を覗くと、全員がいて、さらに言えばこっちを見ていました。……なんでしょう気まずい。先生いつもこんなとこ入っとんのやろうか。とりあえず教室に入って大きなカバンを前に持ち替えて言います。

「ええと、さっき送ってもろて戻ってきて……教科書ないけど、みんなの顔見とおてこっちに……わっ」

 席を立ってつかつかと寄ってきた坊に抱き上げられました。カバンが手からすり抜けて落ちました。ぎゅう、と抱きしめられて、肩の上の坊の顎が動いて言いました。

「よう帰ってきた……」

「……どこに」

 私、一体、どこに帰ってきたと言うのでしょう。

「ここに、や阿呆!」

 坊は腕の力を強くして言いました。ここに。ええ、確かに、明陀宗はもう正十字騎士團に所属しています。ならば、私の帰るのは、この東京なのでしょう。坊だって子猫さんだって東京にいます。それに、私にはもう東京でのお友達もいます。三年の間は、確かにここは私の家です。

「……はい。ただいま戻りました。でも、ラボも別に、悪いところやなかったですよ」

 180cmの視界から下ろしてもらって、笑顔で言いました。カバンを拾い上げます。しえみちゃんも席を立ってきて言いました。

「もう大丈夫なの?」

「おん、何ともないよ。でもまだ検査結果とかは聞いてへんの。細かいことはまたフェレス卿から聞くようにって、……あれ」

 改めて教室を見たのですが、視界が怪しいです。目をこすっても変わりません。まばたきを繰り返しても同じです。……嘘やろ。

「……あかん、あて駄目かもしれへん……。向こうではホンマ何ともなかったんに……」

「ど、どうしたの!?」

「嘘やろ、また検査? 今度はどんな……」

「何なんや」

「幻覚が見えます……」

「はあ?」

「……そこに、廉造さんが……」

「いや、志摩はおる」

「……は?」

 顔を上げました。やけにリアルな廉造さんは、子猫さんの隣で所在なさげにそわそわしています。……え、本当にいるんですか? 私の幻覚ではなく? 幻覚って言われたほうがまだ納得いくんですけど。奥村くんがどうやら実在するらしい廉造さんを羽交い締めにして立たせて、前のスペースに連れてきました。

「よし鶯花、とりあえず一発殴っとけ!」

「な、何の話!?」

「いや、じゃねーと逆に? 居心地悪いだろうし?」

 何がなんだかわかりません。しかし殴る理由は確かにあります。それに、触ってみれば実感も湧くでしょう。とりあえずカバンを下ろして、廉造さんを指差しながらバックして距離を取ります。

「動いたらあかんよ! れぇんんぞぉぉおおりゃあああああアイターーーーー!!」

 東京に来る前に、金造兄さんが私と子猫さんに東京でも坊をお守りするためと言って飛び蹴りを教えてくれたことがあります。でも、私も子猫さんも練習用サンドバッグにされていた廉造さんに遠慮して、というか若干引いて、ろくに習わないうちにもうわかったからやめてくれと頼み込みました。

 そんなわけで習ったものの練習していない飛び蹴りは廉造さんにかすりもせず塾の埃臭い床に激突しました。飛びかかってきたはずなのに墜落した私に、廉造さんは手を伸ばします。

「エ、大丈夫……?」

 その手を取らずに、かがんだ廉造さんの鼻を摘んで言います。

「……誰か、あての背中の分殴っといてくれた?」

「鶯花の分はまだか?」

「まだでしょ」

 出雲さんが冷たく言いました。しかししえみちゃんが慌てて言います。

「わ、私が思わず殴っちゃったから、それできっと大丈夫だよ!」

「え、しえみちゃんが思わず殴るて廉造さん何したん……?」

「そこは俺のせいやないぇん……待って(はぁ)いたい」

 廉造さんはまだ片手を出してくれていたので、その手を取って立ち上がって、それから鼻を放して言います。

「いや、ほんまわからん。何なん? これ」

「コレが帰ってきてからのオタノシミっていうか、向こうで聞いたら困るだろうことなんだよ。実はな」

 奥村くんが嬉しそうに言いかけたのを、坊が手で制します。

「待て、俺ら契約書サインしてもうた……」

「え? あれそういうのなの?」

「そういうのやねぇ。中身わからん契約書にサインしたらあかんよ奥村くん」

 子猫さんが言います。連帯保証人とかが不安な奥村くんはひとまず置いておくにしても、本当に何がどうなってんですか。混乱の中にいると、奥村くんは腕を組んで、思い出したように言いました。

「あ! 志摩、でもアレなら言えるだろ、アレ」

「アレ? あ、あー、アレ……。言うの? 俺が?」

「お前以外に誰が言うんだよ」

 奥村くんに言われた廉造さんは、こほんと咳払いして、キリッと難しいようなキメてるような顔を私に作って見せて言いました。

「第二次反抗期です」

「……?」

 な、なにが……?

「で、全部めんどくさいんでしょ?」

 出雲さんが口を挟みます。……ひょっとして、これ、イルミナティに行った理由なんでしょうか。……え、第二次反抗期で? あんな組織に? え……え?

「は、反抗期で全部めんどくさくてあない組織行くて、し、し、しかも、お家の代々の本尊連れて? 何? ぬ、盗んだバイクで走り出す的な……? 危ないのレベル飛び越えて……ていうか廉造さん錫杖もアレ八百造様のとちゃうん……。使いこまれとるし、八百造様新しいのつことったし……。な、何なん、ほんま、中学生みたいな反抗期なん? 廉造さん16やないの、あ、あない、危ない、いやでも、廉造さん無事でよかったし……、え、ちょ、待って、なんにも追いつかん……。いやほんま……ちょ、時間がほしい……あかんうわあかん何や泣きそうになってきた、あかんほんま泣く、時間ください」

 目頭を押さえてうつむきます。あかんほんま涙出てきた。ええと、まず、廉造さんが無事でよかった。でも、あんな怖い組織で怖いことさせられとるなら、嫌や。あと、何でしれっとここにおるのかもわからん。

「うわ志摩が鶯花泣かせた……」

「奥村くんが言わせたんやん!」

「まあ、そうですよね。ひとっつも意味わからんし」

 子猫さんが私の背中をとんとん掌で叩きました。下を向いた視界の隅でしえみちゃんがあたふたしていて、目頭を押さえていない方の手でその手を握ります。いつの間にかみんな前に来ているようでした。そして背後でまたドアが開きます。

「皆さん、遅くなりました! 席についてください、出席を取ります!」

 奥村先生です。何事もなかったかのように授業開始するその姿は日常の秩序って感じでとても落ち着きます。とりあえず坊の隣の席に座って出席に返事をしながらシャープペンとルーズリーフを借りて教科書を見せてもらいました。まだ一応予習していた範囲ではあるようです。出席を取り終えてから、奥村先生は言いました。

「冬隣さんと志摩くんは授業終了後ヨハン・ファウスト邸に来るようにと、理事長から連絡が来ています」

「はい」

 二人で返事します。そこでやっと何らかの答えがもらえるのでしょうか。落ち着かない気持ちで授業を受けます。どうやら一回だけ受け損なったようで、他の授業もこんな感じならまだ追いつけそうなんですけど。

 授業の終わった後、予告されていたうどん会は旧男子寮で行われるらしく、フェレス卿のお話が終わったら電話をしてからそちらに来るよう言われました。大きな荷物は先に旧寮に持っていくと言って奥村くんが持っていってくれます。廉造さんと一緒に行こうとしたら、坊が呼び止めて何かを私の手の上に載せました。

「ああ、せやこれ」

「……防犯ブザー……?」

 ですねこれ。ころんとしたシルエットで、後ろにはカバンなどにつけるための金具がついています。

「いざとなったらここを引っ張って逃げるのと逆方向に投げるんやで」

 そういえば、何かそんなような話があったような、なかったような……。いやでも。

「坊、多分あてコレ使うより結界張ったほうが早くて確実ですわ」

「……まあ持っとけ、子猫と選んだんや」

「はぁい……」

 小さい方のカバンに付けておきます。廉造さんと子猫さんが当てつけとか何とかわちゃわちゃしていましたが、行こうと声をかけると廉造さんは着いてきました。

 塾は学園最下層にありますが、ヨハン・ファウスト邸は最上層にあるそうです。私は当然行ったことないのですが、廉造さんがこの間行ったし何なら登り続ければ着くと言われました。ひたすら階段を登りますが、廉造さんは困ったようにしているだけで何も言いません。登るべき上はまだまだたくさんあります。

「……廉造さん」

「……何?」

「……呼んでみただけ」

「何やそれ」

 会話などなかったように歩き続けます。高い秋空の下、不思議と物音は殆どせず、私達の足音だけ聞こえます。

「……廉造さん」

「……何?」

「……元気?」

「おー、そこは大丈夫やで。元気で毎日イキイキしております」

「そう……」

 会話が途切れました。いや、だって、聞きたいことはたくさんありますが、それを廉造さんが言えることかは別ですし。むしろ今から聞きに行くんですし。

「……廉造さん」

「……何?」

「……背中痛かったんやからね」

「あー……、ゴメンネ」

「ゆるす……」

 もう本当に言うことが思いつきません。唐突に走り出すと廉造さんは少し驚いてから一緒に走ってくれました。なんだか、その事実に、泣きたいような気持ちになります。運動量というか心持ちが半ば苦行のようでしたが、なんとかファウスト邸に着きました。ものすごい豪邸で、門の中に大きな庭と噴水があります。公園とかお城って言われても納得しそうな場所です。お屋敷の横に執事さんが立っていて、私達を見るとドアを開けてくれました。

「あて、ホンモノの執事さんて初めて見たわ……」

「フェレス卿は俺らの常識とは違う世界で生きとるしなあ……」

 近づけば執事さんは、「ようこそいらっしゃいました。旦那様から伺っております」と言って案内してくれました。中ももちろんですが宮殿みたいです。あかん、あんまりキョロキョロすると田舎もんやて思われる。

 市松模様のタイルの軽自動車くらいなら通れそうな廊下を経て通されたお部屋はサロンのような、大きな窓とソファがいくつか置いてあるお部屋でした。しかし窓際の一番良い場所にはパソコンの載った執務机があって、そこにフェレス卿がいます。

「失礼します、冬隣様と志摩様をお連れしました」

「ええ、待っていましたよ。ベリアル、お茶を」

 フェレス卿は立って私達を迎えました。そして、ソファの方に座りなおすと私達にもすすめます。一礼して座りました。こういう洋館での作法は少し自信ないんですけど……。執事さんはお茶を淹れると一礼して去っていき、フェレス卿は淹れたてのお茶を一口飲んで私たちにもすすめます。

「いただきます」

 あまり詳しくはありませんが、おそらく最高級なのでしょう。とても美味しいお茶でした。カップやソーサーも細工が細かくきれいです。カップをソーサーに置くと、フェレス卿が切り出しました。

「では改めて……、冬隣さん、“ご退院”おめでとうございます。あなたの検査結果と所見をまとめたものがそちらです」

 フェレス卿が指パッチンすると、私の手の中に封筒が落ちてきました。なんだか良い紙を使った、お手紙が入っているような封筒で、赤い封蝋で封がしてあるのがおしゃれです。

「引率上知っていないと不都合がありますので、塾の先生の方には既にお知らせしていますが、他……塾生とご家族に対しては、あなたの判断で知らせる相手を決めてください。そして、塾生とご家族以外への他言は控えるように」

 フェレス卿は私を見ながらも、廉造さんに視線を送りながら言いました。……とりあえず、ここで開くのはやめておきます。

「……わかりました。そうだ、フェレス卿、御見舞の方ありがとうございました」

「いえいえ、ほんの気持ちです。さて、話すことが多すぎて、どこから話せばいいのやら。ええと、まず……、そうですね、志摩くんはイルミナティと騎士團のダブルスパイです」

「だぶるすぱい……」

 ダブルスパイ。ええと、つまり、イルミナティのスパイでもあるし、騎士團のスパイでもある、ってことですよね。……ね? 廉造さんの顔を見ます。私に見られた廉造さんは、俺!? と言わんばかりに自分を指してから、わざと引きつらせた笑顔で説明してくれました。

「つまり俺は騎士團のスパイでもあるし、イルミナティのスパイでもあるから、どっちのお仕事もしますよ~、的な……」

「そ、それ、どっちからも信用されんのと(ちゃ)うん……?」

「なので一度ヴァチカンから人が来ましたが、ひとまず騎士團としては彼を信頼することになりました。イルミナティ側も殺していない以上ある程度は信用しているようですし、志摩くんを使うのは駆け引きとなりますね」

 フェレス卿が補足します。……いや、でもそれって。

「……普通のスパイより危なくないですか?」

「そりゃあ危ないでしょうねえ」

夜魔徳(ヤマンタカ)くんもおるからそうドジは踏まんやろうし、大丈夫やって」

 廉造さんは笑って言います。いつもの笑顔です。何かしらの含みはあるんだろうけど、その含みは私にとって無害なタイプの。そう信じていた感じの笑みです。なんだか安心したような、でもできないような、とにかくため息を付いて下を向きます。

「……、うん、もう、廉造さんが元気で楽しいなら、ええよ……」

「めっちゃ楽しいからそのあたりは心配せんといて! 俺、こういう自由な立場ずっと憧れとってん」

 目を輝かせて言います。廉造さんらしい言うか、うん。自由、自由な立場。それ、お家のない立場じゃないでしょうか。

「ハイこれで志摩くんの件について伝えました。次はー……そうですね、宝くんの件などは?」

「ああ、宝くん……、というか、フェレス卿とイルミナティの関係性というか……」

「宝くんは私の手駒です。そして、私はイルミナティとは関係ありません。……しかし、私はあなた達に強制的に試練を与えて育てている。試練の手順は複雑で、決して間違えられません。今回はイルミナティに神木さんを攫ってもらって、それをあなた方が助け出すという手順が必要だった。故に、神木さんを攫わせまいとしたあなたを妨害した。なのであなたは私をイルミナティ側と誤解しましたが、それは間違いです。しかし、そうですね。それ故に、4月の初授業の子鬼(ホフゴブリン)も、林間合宿のアマイモンも、藤堂の裏切りも、私は事前に知っていました」

「はあ!?」

 思わず席を立ちました。おそらくこの話を聞くのは二度目であろう廉造さんがちょっとだけびっくりしたようにこちらを見ます。少し、はしたなかったでしょうか。座り直して、冷めかけの紅茶を一口飲みます。カップを持ったまま言いました。

「詳しゅう聞いてもいいですか」

「ええ、詳しく説明しましょう。私は、あなたが島根でどうなるかもおおよそ予想していました。不浄王の目が盗まれる前に、藤堂三郎太が裏切り者であることも知っていました。しかし、その経験があなた達を育てるのに必要だと判断したからそのままにした。私にはあなた達を駒として特別に育てる必要があるのです。強く成長してもらわねば困る。ルシフェルに、勝つために」

 ルシフェルに勝つために、私たちを育てている。育てるために、いろんな事件に遭わせている。まるで、ゲームのキャラクターでも育てているプレイヤーのようです。テレビゲームでは、戦うことで経験値を得られてレベルが上って強くなるとか。将棋だって敵地に踏み込めば強くなります。薄々おかしいと思ってました。いくら魔神の落胤と同級生だからって、私たち実戦経験積みすぎやなかろうか、と。私たちは、そうやって操作されて舞台を整えられていた。……そうやって、私の体は人でなしにされて。舞台装置に使われた蝮ねえさまは騙されて、目も仕事も信用も失って。

 それは、研究のために観光客を殺したり屍人(ゾンビ)にしていた外道院と、どう違うのでしょう。目的のために、本人のろくな承諾なしにひどいことをする。目的が、ほぼほぼ世界破壊みたいなことを企む悪魔を倒すためならいいのでしょうか。不死の薬をつくるのとどう違うのでしょうか。

 目の前の、人間に憑依した悪魔が恐ろしくなりました。当たり前です。そもそも、八候王(バール)です。悪魔だからと言ったら奥村くんに悪いですからそう言うつもりはありません。でも、このずっと昔から生きてきた旧い悪魔が、私の理解の範疇でやさしいはずがありません。

 騎士團にいる限り、私たちは利用されるでしょう。ここにいる限り、私達は強すぎるものに対抗できるほどの成長と、それに伴う強すぎる痛みを強いられて、そんな舞台を作るためにいろんな人が使い捨てられる。しかし、明陀はもう騎士團に入っていて、坊や子猫さんや廉造さんだって騎士團にいて、騎士團にはお友達もいて。ここが、私の、帰ってくる場所なのです。

「……はい。わかりました。詳しい説明、ありがとうございました。他に、何かありますか」

「そうですね、後は島根の後始末くらいでしょうか? あなたの倒れた後、稲生周辺は騎士團が制圧しました。中毒者の治療等は現在も進められています。押収できたのは屍人(ゾンビ)くらいで、データもろくな構成員も捕まえられませんでした」

「はい。……あの、一つお聞きしてもいいですか」

「なんです?」

「出雲さんの妹の、月雲ちゃんは、無事なんですか」

 フェレス卿は目を丸くしました。そしてにやにやした笑いを口元に浮かべます。

「ええ、無事ですよ。養子に出されて、平和に暮らしています」

 紅茶を飲み干したあたりで、誰が志摩さんの件を知っているかなどの細かい補足のお話なども終わり、秘密保持契約書にサインしてから私たちはヨハン・ファウスト邸を後にしました。お屋敷を出てから奥村くんに電話をかけると、今から作りはじめるからまっすぐ旧寮に来いと言われました。旧寮は高等部のエリアですから中層になります。廉造さんと、焦るわけでもなくのんびりするわけでもなく一緒に歩きながら、緊張感なく切り出します。

「どーせ、志摩さんあてがエリクサー打たれたこと知っとんのやろ」

「えー、なんでバレた?」

 廉造さんも緊張感なく返しました。私がほんの少しだけ先行していて、廉造さんの顔は見えません。

「いやカマかけただけや。ろくな構成員捕まっとらんってことは、外道院もおるはずやし。イルミナティからなんやその辺情報ないん?」

「研究畑の話はわからんわ」

「いや。普通に監視対象入っとんのやろ。そっちの伝手で、こう」

「まあ塾生全員監視対象には入っとるけど……、向こうも鶯花さんのデータ持っとらんねん。せやし、あんま一人で歩いたらあかんよ」

「え、それ今言うん!? あ、この防犯ブザーそういうことなん!?」

 歩調を落として隣に並んで、もらったばかりの防犯ブザーを見せて言いました。廉造さんは引きつった笑い方をします。

「多分そういうことやんなあ……。皆俺のことスパイ呼ぶねん、ひどない? 事実やし……。でもまあ、俺には鶯花さんの仕事来ないと思うわ。せやから気をつけて欲しい、いうか。皆がみんな俺みたいな優しい人とは限らんし?」

「し、志摩さん、あてのこと心配してくれてるん……?」

 そう言うと、廉造さんはこっちを見て目を開いて慌てて言います。

「え、ええ~!? するし! 俺のこと何やと思っとるん!?」

「スのつく自由業」

「ヤクザみたいに言わんで! まあ、そりゃ……」

 そして、今度は私から少しだけ目をそらして、ほんのり頬を染めて照れたように言います。

「そりゃ確かに、明陀とかめんどいって思っとるし。鶯花さんてひょっとしたら坊以上に“明陀”なところあるし。……せやけど、まあ、心配なもんは、心配やん? ……心配なだけやけど」

「す、素直な志摩さんってこわい……」

「凹んどるみたいやから恥を忍んで言うたのにその言い草!?」

「や、ありがとう。なんか、元気出た、ていうか、安心したわ。めっちゃうれしい。立場もあるやろうし、思うてくれとるだけでええよ」

「アカン正面からお礼言われるのも恥ずかしい……」

 廉造さんは顔を手で覆って、言わなきゃよかったとかぶつぶつ言っています。……ここはこの場の勢いで言っておくべきでしょうか。

「あんな、志摩さん。志摩さんが、騎士團からもイルミナティからも『お前なんぞ信用できん』って言われたら、一緒に逃げたるからな。……って言われるのがめんどくさいとか言うんやろなこの人〜!」

「わかっとるんやん……」

 廉造さんの表情は言いきらないうちからめんどくさそうに変わりました。友達甲斐のない男やな。

「……せやけどあて、めんどくさくて重い女やから、言うわ。何やあったら一緒に逃げような。防御力だけは自慢やからね」

 廉造さんは顔を妙にしかめていたのをなおして、少し不思議そうに言います。

「坊のところにおらんでええん?」

「ええよ。あて、志摩さん大好きやし。もうお寺もあらへんし」

 笑ってそう言うと、廉造さんは少し顔を厳しくさせて言いました。

「あんた、もうがっつり巻き込まれとるんやから、ふわふわしとると取り返しつかんくなるえ」

「志摩さんが優しくてあて嬉しい。みんなそれ言うねん。あてそんなふわふわしとる?」

「しとるわ」

 ふわふわと言われても、地に足つかないのはもう、しょうがないというか。……いえ、でも。

「……そもそも、あて今までの人生でふわふわしとらんことあったん?」

「……たぶんないなぁ。けど、今いつも以上に見えるわ」

 廉造さんは、観察するような目で私を見て言いました。少しひやりとした目で、でも、別にイルミナティとか言い出す前から、よくしていた表情でした。まあ、そうですよね。イルミナティとか言い出す前から、スパイだったわけですし。おそらく私達の中で、一番ものを見ているのは子猫さんですが、一番冷静なのは廉造さんです。その廉造さんが言うのなら。

「……まぁ、気ぃつけるわ。志摩さんも気ぃつけてな。誘われたら一緒に逃げるってだけで、別にただの鈍足置いて一人で高飛びしてくれてええねん。……ただ、元気でおってな」

「根に持ってはる……ってウエーー泣いとる!?」

 なんだか悲しくなって、涙が出てきてしまったのです。だって、もうお寺はないけど、廉造さん、ほんまどっか行ってまうみたいで。今はここにいるのに、心は私達を見ているのに、確かに廉造さんは、私が駆けつけて守ってあげることの出来ないところに行ってしまうのです。

「凹んどるんやもん……手繋いでええ?」

「え、ええけどぉ……」

 繋いだ手は大きくてやや固く、錫杖を握るタコがあります。こんなに強そうだけど、少し守りには不安のある人です。お稽古だって好きやないし。虫出たら、イルミナティの人、とってくれるんやろうか。

「泣かんでええやん……、俺ここにおるよ」

「ちょっと、喋られる方が精神にクるんやけど」

「ええ~……坊にパスしたい……」

「情緒不安定やねん……ぐすん」

「うわ鼻水つけよった、ちょお!」

 廉造さんの袖に鼻水つけたりして、落ち着いた頃に旧寮に着きました。仲良くおてて繋いだまま入って、薄暗い廊下の奥、明るい食堂を覗きに行きます。しえみちゃんと出雲さんと朔子ちゃんが、テーブルを片付けていました。坊はコップにお茶を注いでいて、子猫さんはお箸を用意していました。奥村先生は帰ってきたばかりらしくコートを脱いでいて、奥の厨房で奥村くんが盛り付けているのが見えました。誰とも言わず言った言葉に、二人して曖昧に笑って返しました。

「おかえり!」

「……ただいまぁ」




 学園祭を土日、島根に行ったのを月曜日、目覚めてルーマニアに行ったのが火曜日としています。
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