花に嵐   作:上枝あかり

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夜間非行 4

☆身体能力・知能ともに以前と変わりはありません

☆よって今まで通りに暮らすことが出来ます

☆体が異常な速度で再生するので、何かが体に刺さったりした場合、一般的な処置と違い一秒も早く抜いてください

☆再生速度は人型を留めない屍人(ゾンビ)と同程度のようですが不明です

☆わからないことが多いため、あまり怪我をすることはオススメできません

☆怪我をした場合全ての経過をKRCラボに報告してください

 

 

 奥村くんによる京風うどんを食べた後、フェレス卿からのお手紙をひとまず一人で読みました。そして中身がコレ。丸文字で可愛らしく書いてある内容にため息をついて、固唾を呑んで見守っていた皆に、たった便箋一枚のそれを見せます。それにしても。

「人型を留めない屍人(ゾンビ)、って要はアイツ曰くの千分の一ってことやろし、それは最初からアイツが言うとったし……ほとんど何も分かっとらんやん……」

「でも検査で保証してもろた分は安心したわ」

「まあそりゃそうですけど……」

 一週間拘束されてこれって。なんだか肩透かしです。もっとこう、不死の範囲とか知りたかったんですけれども。外傷の他にも毒とか病気とか老衰とかそれこそ窒息とか、世の中に死因は山とあります。でも、それは血液検査や細胞採取ではわからないでしょうし、私で人体実験しないとわからないことを確かめるような場所ではありませんでした。子猫さんが顎に手を当てて言います。

「結局、軍茶利(クンダリ)は鶯花さんをエリクサーに適合させたのか、それとも屍人(ゾンビ)にしなかっただけなのか、どっちなんでしょうね」

「それ、どう違うん?」

「やっぱり適合者と屍人(ゾンビ)では再生力とか違うみたいやし……」

「でも、そんなの分かる状況なんてそれこそ死ぬレベルの怪我じゃない。……とりあえず無事がわかっただけでいいでしょ」

 出雲さんが言いました。しえみちゃんも頷きます。

「そうだよ、無事に戻ってきてくれただけで……」

「せやけどもし軍荼利(クンダリ)に本来適合しない人間をエリクサーに適合させる能力があったとしたら、イルミナティも黙ってないやろし……」

「というのがイルミナティの見解みたいね」

(ちゃ)うって、俺にはこの件ほんまに音沙汰ないねん」

「……まあとにかく、些細な怪我でも報告して、ラボにデータを送れば少しずつ分かることも増えるでしょう。僕が冬隣さんの定期検診を任されたので、怪我などしたら教えてください」

「はい、お願いします」

「そろそろ寮の門限も近いですし、解散しましょう。後片付けは僕と兄でやっておきますので」

「あー! 燐も雪ちゃんもごめんね、ありがとう!」

 奥村先生から塾の補習プリントの束をもらってから、旧寮を出ました。しえみちゃんはフツマヤへ、坊と子猫さんと志摩さんは男子寮へ、私と出雲さんと朔子ちゃんは女子寮へ。それぞれ道が別れます。三人連れ立って歩こうとしましたが、出雲さんは朔子ちゃんの腕を掴んで、私より少し前を歩きました。朔子ちゃんが困ったような返事しかしないのに、無理矢理たくさん話題を振って、私を話に入れまいとしているようです。実は、うどん会からずっとそうなのです。やっぱり、喧嘩を引っ張っているのでしょうか。

「あ、それと……そう、“君物語!”の新刊が来週出るの」

「出雲ちゃん、その話もう三分前に聞いたよ。それより、話さなきゃいけない人がいるんじゃないかなー」

「出雲さん!」

 朔子ちゃんのアシストにすかさず乗って声をかけました。出雲さんはすごい勢いで振り返ります。

「何名前で呼んでんのよ!?」

「あ! 稲生じゃ“神木さん”が多かったさかいつい……」

 そこで、私も出雲さんも固まってしまいました。朔子ちゃんが私達二人に軽く手を振ります。

「じゃあ、私先帰ってるね」

「も、もう暗いし一人じゃ危ないでしょ!」

「えー、まだ門限前だし学園内だし大丈夫だと思うけどなあ。でも、そういうことなら鶯花ちゃん、言ってた防犯ブザー貸してもらっていい?」

「え、おん、どーぞ」

 うどん会中も話題になった防犯ブザーを外して朔子ちゃんに渡すと、朔子ちゃんは「二人共頑張ってね」と言ってスキップするように行ってしまいました。それを見送ってから、今度は出雲さんが歩き出します。その背中を慌てて追い越して、正面から言いました。

「ごめんなさい!」

「何で謝るの!?」

「え!?」

 こ、これは逆ギレでは。出雲さんはさらに怒鳴って続けます。

「謝られたら喧嘩できないじゃない! 心残りの一つや二つ持ってなさいよ!!」

「心残り!? 何で!?」

「何でって……。……べ、別に、あんたが世をはかなんでないならいいんだけど」

「はかなんどらんよ……」

 また歩き出した出雲さんの、今度は横を陣取って一緒に歩きます。……つまり、私がこんな体になったのを悲観して首でもくくったらいけないから、未練をなくされたら困るとか、そんな感じでしょうか。心配、してくれてるんでしょうか。そう、出雲さんは、最初から私を心配してくれていて。

「……その、神木さんがあの時、心配してくれてたのに、怒鳴って煽るような真似したのは謝るわ。……坊を好きってのは隠すって決めとって、その分好きってこと否定されたら何もなくなってまうから、カッとなってもうて。……宝くんが召喚した御饌津(ミケツ)さんから、色々聞いたん。……お家の事情やし、聞いてまったのも悪いんやけど、あの時のあてらはそもそも何で神木さんがさらわれたのかも知らんかったから、許してな。そんな風に悪魔に憑依されたお母さん見てたら、あてみたいなんがイラつくのもわかるわ。それに、別に、あてが甘ったれなんを、神木さんは関係ないって放っておいても良かったんに、それをわざわざ言うてくれたのも、ありがとう」

「……聞いたって、どこまで聞いたの」

「え? ええと……、神木さんのお母さんが、九尾に憑かれてしもて、イルミナティに電話したら、実験材料にされた、っていう一部始終を、状況の細かい説明付きで……?」

 という説明で良いのだとおもいます。出雲さんがどこを想定しているのかがわからないので何とも言えませんが。

「……そう。あたしこそ、自分の価値観あんたに押し付けて、……悪かったわ。……あたしは、……そりゃ確かに恵まれてたって言いにくいだろうけど、あんたみたいに他人ばっかり気にしないといけない環境で生きてけって言われても絶対無理。あんたもそうでしょ。そういうことよ。あたしもあんたも別の、自分なりに耐えられる環境で、自分の耐え方でやってきたわけで、それだけよ」

「あてら、違う事情の人やもんね」

 笑って言いました。すると神木さんは、目を丸くして言いました。

「でも別に、それが悪いってわけじゃないでしょ」

「……おん」

 悪いことじゃ、ないんでしょうか。良いとか悪いとかそういう次元ではない、人はいずれ死ぬみたいな話だと思っていたのですが、神木さんの言い方ではまるで良いことのようです。

「あたしはあたしの人生を生きてきて、それしかないけど、あんたが行ったことのない、あたしの行ったことがあるところには案内できる。……あんたが着いてくるかは別だけど!」

 少し、驚きました。そう、私と神木さんは別の道の人間で、だからこそ、お互い心配できて、物を言い合える。それはきっと、私と坊とか、皆に当てはまることで。蚊帳の外だから、出来ることってたくさんあって。なんだか気持ちが、暖かくなりました。久しぶりに、無理なく笑ったような気がしました。

「せやねえ、別やんねえ。ご心配おかけします」

「誰が心配してるって言うのよ!」

 神木さんはちょっと恥ずかしげに言うと、少しむず痒いような顔をしました。そして視線を足元に向けてから、ふら、と手すりのある、街を眺められる道の端に行って、手すりに肘をつきました。そして、私が追いつかないうちから言います。

「あたし、妹がいたの」

御饌津(ミケツ)さんから聞いとるよ。今は無事に暮らしとるって理事長に聞いて、安心したわ。あそこに捕まっとるんやないかって心配しとったから」

 私も同じく手すりに寄って、頬杖付きます。正十字町の夜景がよく見えました。暖かい色の家の灯、道を埋める車のライト。滑るように動くあの明かりはきっと電車で、下に見える暗い帯は川でしょうか。

「あんたが心配してたってのは、あたしも杜山しえみから聞いた。あの子のこと、気遣ってくれてありがとう。……で、今から話すことは、今まで誰にも話してない。朴にも、本当に誰にも。ずっと自分の中だけで抱えてきた。話したらきっと、嫌われるから。……でも、あたしとあんたって、そもそも気が合わないけど一緒にいるでしょ。だから話すけど」

 神木さんが街ではなく、こちらを見たのを感じました。気が合わないけど一緒にいるという言葉の、優しさを噛み締めながら。

「だれにも言わんよ」

 神木さんはそれには返事せずに、もう一度街の方を見ます。秋分も過ぎて夜の深くなっていく、波間をたゆたうような秋の夜でした。そんな夜気に、神木さんは言葉を(くゆ)らせていきます。

「あたしと妹を、助けようとしてくれた人がイルミナティにいたの。妹を養子に出したのはその人。でも、その人はそれを外道院に見つかってしまった」

 私は、神木さんの顔が見たくなって、それを我慢しました。頬杖ついた顔はそのまま、相槌も打たずに街の人の灯す明かりを見ます。

「それで、……あの人が外道院に見つかったのは、多分あたしのせい。昔は、あたしがその人を頼ったからだって思ってたけど、きっと本当は、その人のことを信じられなかったから。……あたしだけのせいってワケじゃないのはちゃんと分かってるから、変な慰めとかいらない。あの人は、外道院に見つかって……、あたしの目の前でエリクサーを打たれた。……即死だった。少しだけもがいてたけど、本当にすぐに動かなくなった。……なんでこんな話したかって、それは……」

 神木さんは、言いたいことははっきり言うタイプです。なので、こんな遠回しな真似本当はしません。それなのに言うのは、よっぽど言い難いことなのでしょう。唇を殆ど開かずに言いました。

「……おしえて」

「あんたのこと心配してるから、絶対、死ぬなってことよ」

 神木さんの方を向けば、彼女は私をいっそ睨んでいました。力のこもった瞳は、お宮に蝋燭を一本だけ灯したように光って、赤葡萄の色を揺らしていました。

 余裕も遊びもゆとりもない言葉でした。真正面から受け取る他のない、強い強い言葉でした。含んだ意味も含めて曲解の余地がない真っ直ぐさは、お腹に重たく響きました。私は、ゆっくりと頷きました。街の灯々すら従えていた神木さんはそれを見ると、手すりから勢い付けて離れました。

「帰るわよ。朴が待ってる」

「せやね。冷えてきたし、早う帰ろう」

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