花に嵐   作:上枝あかり

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夜間非行 5

 お風呂屋さんに来てしまいました。

 フェレス卿からの島根の件のボーナスと言うか臨時手当と言うかお見舞いと言うかお気持ちと言うかなんかとにかく公式的にはそう言い表されるだろう感じのものとしてお風呂屋さんの招待券をいただき、貸し切りということで入れ墨のある霧隠先生も尻尾のある奥村くんも火傷のある私も気兼ねしなくていいから、安心して明日はお風呂屋さんに行く荷物を作ってくるよう言われて、翌日の今日。なんだかものすごく派手なお風呂屋さんに来てしまいました。

 火傷の件は伝えていましたし顔なんかは見せていましたが、なんだかんだ実際に全身を見せたことはありませんでした。ので。とても、きまずい、です。しえみちゃん達や霧隠先生とも離れたロッカーを陣取ってのろのろ脱いでいるうちに、病み上がりの霧隠先生は娑婆(シャバ)の湯だと言ってご機嫌で入りに行きました。あー、いえ、別に、今更何か言う人達だと思ってるわけではないのですが、やっぱり私の方が気になるというか。二人も行ってから脱ごうかな、と思っていたら、もう脱ぎきったしえみちゃんと神木さんが、こちらを見ています。

「一緒に行こ!」

「ウン……」

 覚悟を決めてえいやと脱ぎます。そこで、神木さんが言いました。

「……それ、サイズいくつ?」

「……」

 外したブラジャーのタグを神木さんに見せました。神木さんはそれを見ると、何も言わずに先にお風呂に行こうとします。

「ちょ、ちょお! ノーコメントやめて!」

「どうコメントしろっていうのよ!」

「なら最初から聞かんで!」

「悪かったわよ反省してる!」

 そのままパンツも脱いで畳んで、タオルと化粧落としを持って、しえみちゃんと一緒に神木さんに追いつきます。脱衣所から続く引き戸を開けると……。

「すごーい! お風呂たくさん! 滝もあるよ!」

「広ぉい! 虎屋のお風呂より広い! わぁ~……ほんますごいなあ!」

 外の派手さに見合う豪華さのお風呂でした。広い空間に色んな湯船があり、お湯が象というかガネーシャの鼻から出て3つの湯船を滝のように落ちていたり、なんだか泡立っていたり水流があったり色がついてたりいい匂いのしたりするお湯があちこちにあります。病院暮らしだった霧隠先生は娑婆の湯とはしゃいでいましたが、私だって研究所暮らしだったり、そもそも湯船自体夏の虎屋以来です。はしゃいでもゆるしていただきたい。

 しかし、先に私はお化粧を落とさなければいけません。一言断って洗い場に行きます。まずは顔と首の化粧落としから。ファンデーションテープを剥がして、周囲のファンデーションも落とします。今はまだそこまでではありませんが、そのうち寒くなってマフラーを巻く時期になったらタートルネックのインナーを下ろさなければなりません。そのまま巻くとマフラーに粉がつきます。体と髪もついでに洗ってしまって立ち上がると、神木さんたちはピンクであわあわのお風呂でくつろいでいました。

「さっ、先に全部の湯船制覇してくるな!」

「うん、いってらっしゃーい」

「騒がしいからもうちょっと落ち着いてから来て」

 さて最初はどこに行きましょう。見渡すと、端の方のなんだか湯船が区切られてて水流が出ている湯船にいる霧隠先生が来い来いと手招きました。

「はぁい……ってうわあ、このお風呂あれですか、この水の勢いでマッサージしてくれる、みたいな……?」

「そうそう、ジェット風呂。そっかぁ、お前銭湯初めてかぁ」

「そうなんです。せやからはしゃいでまって……」

「まあ貸し切りだし遠慮すんなって。だぁいじょうぶ、ちゃんといい体作ってるよ」

「鍛えてますので!」

 力こぶを作ってみせます。そう、これでも。

「坊かて運べますし、神木さんやしえみちゃんは楽勝でした!」

「……ハア!? あたし!?」

 ピンクのお風呂から神木さんが立ち上がりました。

「学園祭ん時に志摩さんに気絶させられた後、いっぺん神木さん取り返したからその時に……。まあ結局力及ばんかったんやけど……」

「あの時……!」

「アレは候補生(エクスワイア)には無理な話だったよ。アタシだって入院してたし。ま、とりあえず浸かれって」

 霧隠先生に促されて、霧隠先生の隣の区切りに入ります。でも、この水流、なんかくすぐったいばかりでどこがいいのやら……。

「……で、何のお話です?」

 結局水流を避けるもったいない姿勢で落ち着いて、あまり大きくない声で言いました。霧隠先生は目を瞑って水流を堪能しながら言います。

「そうかしこまるなって、雑談だよ雑談。ガールズトーク。別に、悩みがあるなら聞くけどさあ」

「んー、ないとは言えん身ですが、人に言うほどでは……。ああ、イルミナティ、特にエリクサー実験の成功者と思しき人物との戦闘記録とか、上級祓魔師(エクソシスト)の権限で閲覧できたら、再生能力についてを重点的に教えていただけないかなー、とは」

「具体的に来たな! ……まあ、気にしとくよ。そういえばお前、権限で思い出したけど、志摩にも検査結果見せたんだって? 雪男が頭抱えてたぞ。危機感がないって。のわりには、ちゃんと考えてるみたいだけどさあ」

「そりゃ考えますて。当の志摩さんにちゃんとしろって言われとるんですし。それに、結果見せたのはそれこそ権限の話です。口止めもせんで、しかも手紙なんて残る媒体であてに知らせた以上、志摩さんに伝わるのはもう織り込み済みなんやろうなって。あての権限で知れることは、イルミナティに流していいところまでのはずです。……まあ、そのうえで知らせたのはあての希望ですけど」

「志摩のこと信じてるから、って?」

 信じる。私は、志摩さんは、私の敵じゃないと信じています。でも同時に。水流の前に手をかざして遊びながら言います。

「……信じるって、この場合何になるんでしょうね。志摩さんは、お仕事としてあてを監視するだろうし、お仕事として情報をイルミナティに流すと思ってます。何なら、本人はそういうお仕事来んと思う言うとったけど、あてをイルミナティに拉致かてすると思います。……せやけど、それって全部お仕事で。志摩さん自身が、あてを傷つけようって思っとるわけやないやろうから。せやから、志摩さん自身には、みんなと一緒に聞いてもらいたかったんです。お仕事の方でも、別に流してかまわん話やったろうし」

 神木さんを攫う時にも、私がとっさに庇わなければ神木さんに当たるはずだった攻撃に黒い炎ではなく石突を使っていたりしたので、お仕事でもある程度の手心はくれるのだろうなとも思っています。霧隠先生はこっちをむいていた頭をヘッドレストに預けて上を向いて言いました。

「あー……。うん、言いたいことはわかった……。……なんつーか、精神的にはそれくらいで考えてるのが一番いいんだろうな。でも、そりゃ確かに危機感を持てって言いたくなるわ。危機感を持て。普通のサラリーマンのライバル企業じゃないんだから、志摩の仕事に対して。お前を傷つけたいわけじゃない志摩の為にも、な」

「はぁい。……お話は他に?」

「ないない。志摩のこと聞きたかっただけ。湯巡り行ってらっしゃい」

「行ってきます」

「あたしもあっちのジャグジー行くかにゃあ」

 ジェット風呂を出て、色んなお風呂をまわります。全部ジェット風呂よりは楽しめて、いちいちお風呂レビューを言っては神木さんに追い返されたりしえみちゃんが一緒に浸かりに来てくれたりしたのですが、壁際の薬草風呂だけは駄目でした。何故か意味のないことを喚き散らしたり泣き叫びたくなって、すぐに出ます。出たら気分は落ち着きました。薬草と相性悪かったんでしょうか。私、薬とか効きやすい方みたいですし。でも匂いから考えるに、別にそんな情動系に働きかけそうな薬草は無かった気がするんですが……。私も医工騎士(ドクター)の卵として習っているだけですので自信はないんですけど。まあそれより次の湯です。よくもこれだけお風呂を集めたものです。そしてなんだか男湯が、奥村くんはしゃいどるんやろうかというレベルでなく騒がしいのですが、どうしたんでしょう。もう私だって落ち着いてきた頃ですし。志摩さんが覗きとか企んでるんでしょうか。

 一人で遊んでるのも寂しくなってきた頃にやっと全部巡って、最後しえみちゃんたちのピンクのあわあわのお風呂に来ました。ジャグジーと言うそうです。立った姿勢から湯船に入ろうとすると、見上げたしえみちゃんが言いました。

「火傷は、薄くなってくれないんだねえ……」

「これね、すりむいたりしたらまた変わるかもせんけど、あんま期待せん方がええんやと思、う……?」

 突然、何かミシミシ不穏な音がしたので、振り返ります。何の音でしょう、と思う間に壁が崩れました。……え? 壁が?

 壁の向こうには男湯が見えます。こちらを背にして振り返る奥村くん、何故か錫杖握って沈んでる志摩さん、奥の湯船には、立ち上がった奥村先生に子猫さんに坊。当然、全員裸です。見て、しまいました。

 立っている坊の、鎖骨とか、胸筋とか、乳首とか、腹筋とか、そして、お腹の下の方、水面のぎりぎり上にまします、なりなりてなりあまれるところというか、陽物というか、とにかく、男の子の器官を見てしまいました。昔は、よく、四人まとめて同じお風呂に叩き込まれておりましたので、普通に見ておりましたが、まあお体がたくましく育ったのと同様にそちらも見覚えのある感じからは大変お育ち遊ばしておりましてもう私は私は。

「ワ゛ーーーー!?」

 ジャグジーに飛び込んで潜りました。脳裏に焼き付いて消えへん。お、おお落ち着いて、せやお風呂入れてくれたおじいちゃんも八百造様も蟒様もみんなついとったやないの。男の子ならついとるものやないの。人類の半分にはあるんやから35億はあるんやないの。35億分の1なら大したことないな! 志摩さんのとか視界に入ったかもしれんけど見とらんし、1億は見んと見たに入らんわ! ……せやけど坊はオンリーワンやんなあ!! いやそれは坊がこの世に一人という意味で別にナニがそれでええと……あてはアホか? ていうか息苦しいやっぱエリクサー摂取者も窒息死出来るんやないのせやけど屍人(ゾンビ)は脳幹潰しても復活したから窒息では復活しないとは言えんけどいやでもぶくぶくぶく……。

「はい潜水しゅーりょー」

「ぷはぁ」

 首根っこを掴んで引き上げられました。霧隠先生です。胸に刀をしまっています。

「とりあえず男子は脱衣所に追い払ったから、着替えてから詳しい話聞くってことで、まずは服着るぞ」

「はい……」

 顔を赤くしたしえみちゃんと神木さんもお返事しました。……神木さん、母子家庭で妹しかいなかったはずですし、男の子の裸、見たことなかったんじゃないでしょうか。うん、あても気張ろう……。いやでも……多分あてだけ湯船の外で、しかも立っとったから、一番見えたんやろなあ……。逆に神木さんが立っとったんやなくてよかったってことにしとこうかなぁ。顔を覆った私に霧隠先生が言います。

「見られたのがショックなのはわかるけど、まあそこは全員一緒だから気にすんなって」

 いや、見られたというか見た方が……、……? いや私見てたってことは見られてますよね!? 火傷跡から植皮跡から採皮跡から、下着で隠すべき上の方のあんなところや下の方のこんなところも、一番前で立って全部見えてましたね!? みんなっていうか坊も見ましたね!?

「ワ゛ーーーー!!」

 再び飛び込んで潜りました。が、直ぐに引き揚げられました。うーむ釣られた魚の気分。

「イキが良いな。赤面するのは後にして着替えろ。まー彼氏持ちが一番ダメージあるかもしれないけどこれを進展と思ってだにゃあ……」

「……彼氏って誰です?」

「んにゃ!? えーおま、うぇーー? そ、そーなの……。うん、頑張れ若人……」

「霧隠先生それ言うと老けて見えますえ18歳」

「頑張れ同級生」

「若返った!?」

 脱衣所では体を拭いて、スキンケアをします。火傷があるので、体の保湿やらマッサージやらはもう習慣になっていました。服を着て髪の毛も乾かして、今度はファンデーションテープを使わずにコンシーラーで火傷を隠します。微妙に色の違うコンシーラーを使わないといけないので大変です。いつもは汗にも強いファンデーションテープで一度覆ってから更に化粧で隠す、コンシーラーもそこまで使わない楽なやり方なのですが、あれは結構単価がするので一日に二回はちょっと厳しいものがあります。

 そして、霧隠先生が身支度を終わらせて事情聴取にいくというので荷物をまとめてお供しました。具体的な状況が気になります。……いえ、錫杖握ってた志摩さんが容疑者っていうかほぼほぼ現行犯なんですけど。

 番台前には奥村先生と坊がいて、私達の姿を見た開口一番で奥村先生が言いました。

三猿鬼(スリーワイズモンキー)に影響された志摩くんの仕業です」

「へーー? ほーーん? ふ~~ん……」

 霧隠先生はにこにこ微笑んでいます。下手な言い訳だなあって雰囲気です。三猿鬼(スリーワイズモンキー)は人の本音を晒させる悪魔だったはずですが、三猿の置物に憑依するため、色々な置物が置いてあるとは言え銭湯に出るわけありません。奥村先生が慌てて付け足します。

「いえ、本当に! 兄さんなんかも影響されてしえ」

「恥ずかしいこと喋りまくって今はワタアメになりたいとか落ち込んでます!」

 どうやら身内を売りかけた奥村先生の非情な証言を、坊が情けでぼかしたようです。霧隠先生は今度は腰に手を当てて真面目な顔で言います。

「まあ、上級の使い魔まで持ち出して壁を掘った以上確かに三猿鬼(スリーワイズモンキー)の影響は本当の話なんだろ。に、してもその影響でやることが女湯覗きかあ……」

「既に修繕費は騎士團宛でお願いしてます」

「よりによって三猿鬼(スリーワイズモンキー)が銭湯に、しかも貸し切った今日出たってことは、まあ……メフィストも申請蹴らないだろ。壁修繕期間の賠償とか全部持たせろ」

「というか志摩家に領収書行ったら、金額は置いといても八百造さまが血管ブチ切ってまう……」

「ほんまにな……」

 八百造さまなんかはスパイの件を知っていると聞きましたが、そんな危ない仕事に送り出した息子が東京で女湯を覗くために銭湯の壁を、よりによって本尊の力を借りて壊したとか、いくら悪魔の影響を受けたとは言えあんまりにもあんまりすぎてとてもチクれません。志摩さんじゃなくて八百造様や志摩のおばさんがかわいそうです。ため息とともに言った後、坊が思い出したように私に言いました。

「ああせや、イルミナティの件、子猫がやっぱり祓魔データファイルには情報ないって言うとったわ。普通の祓魔と違うからやないかって。探すなら閉架記録のリクエストになる言うとったけど……。この後行くか? 行くなら、俺と猫は手伝うけど……」

 祓魔記録を自分用にまとめていた子猫さんに頼んでいた件の話です。祓魔記録からイルミナティ絡みの記録を探して、そちらでエリクサー摂取者に関するデータを求めて自分の体の状況を把握したかったのですが、どうやらうまくいかないみたいです。霧隠先生にもダメ元でお願いしましたが、私に流すことはきっとないでしょう。

「ああ、ほんまに? ほんなら、お願いしても?」

「当然やろ」

「ありがとうございます」

 話に一段落ついて、ふと坊の目を見ると、坊は顔を赤くして少し目をそらしました。あ、あー……。

「……その、すみません。いや、確かに、見とらんとは言いませんが不可抗力で、あて以外皆湯船浸かっとったし、そない見たわけやないんやないかなぁ~……と思いますので、そうお気になさらず……」

「……待て、何の話や、逆やろ逆! 何で俺が見られたの気にしとる話になんねん!」

「……気にしとらんのです?」

「っ! いや、そこ違うやろ、俺が気にするなら嫁入り前の女ら相手に見てまったことと見せてまったことやろ!」

 坊は更に顔を赤くして言います。言ってることはなかなか男前ですが、赤面して言われても、あの、逆に、ひょっとしてかわいい……? というかむしろ見たことを気にされている事実が何かこう私の羞恥心をガンガンに煽ってくるわけで。

「いや、そこは気にされたほうが何や恥ずかしゅうなってくるんですけども……」

「す、すまん……」

 坊は耳まで赤くしてうつむきます。うつむいても私のほうが背が低いのでその目をつむった表情とか見えるわけですが、それがやっぱりかわいいような、その赤面の理由が恥ずかしいようなで混乱してきました。べ、別に? 坊かてあての裸見て顔赤くしとるわけやのうて? 神木さんとかしえみちゃんとか、あと丸出しのまま剣で追っ払ってきた霧隠先生を思い出して頬を染めているわけで!? なので私が恥ずかしがるところではないのですそうなのです。……下腹部のなんとも形容し難いおしべのあの形とか何で今思いだすんですかね!? いえそっちじゃなくて筋肉とかかっこよかったんですけど……ええい心頭滅却!!

「お、お互い修行中ですね!」

「せやな、修行が足らん……」

 頭を冷やそうとして、ふと思いました。嫁入り前の女。そうは言っても私は嫁入り先もないのに実家もなくて、“女は三界に家なし”よりひどくなってきたわけですが、まあ、でも、生きている以上おかえりとただいまを言う場所はあって。立派な寮にお友達と住んでいるのです。ですからきっと、大丈夫。念仏唱えて落ち着いている坊を、暖簾をくぐってきた志摩さんが見て「ウワ、変態や……」と言いました。そんな志摩さんの脇腹を一緒に出てきた子猫さんが肘でつついて、ほら、いつも通りです。




 オリ主の胸のサイズについては読者の方におまかせしています。そのうえで作者の想定を書くなら<反転>巨乳さんです。勝呂くんに一途に片想いするけどそういう意味で見向きもされない女がなかなかお目にかかれないレベルの巨乳で、よその男の視線はもらうくせに肝心の勝呂くんは興味なかったら宝の持ち腐れ感で良いので。</反転>
 薬草風呂のは当然三猿鬼の影響です。壁際で影響範囲に入っちゃった感じです。本当に泣きわめきたい対象が目の前に居なかったこと、三猿鬼の注意対象でなかったことから軽度で済んでいます。きっと本当は泣きわめいといたほうが良かったんでしょうけどね。
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