花に嵐   作:上枝あかり

5 / 72
女生徒 5

 一言で言うともう限界です。たぶん口を開いても唸り声しか出てきませんが。

 坊と神木さんの喧嘩の連帯責任として旧寮の一室で囀石(バリヨン)を抱かされて、奥村先生にお説教されているのですが正直もう半分も入ってきません。お寺の子ですので正座には慣れているつもりでしたが、あくまで自重をどうにかすることが得意なのであって、どんどん重くなる石を載せることが得意なわけではないのです。

「僕が戻るまで三時間。()()()()()頭を冷やしてください」

 そう言って、奥村先生は出ていかはりました。既に膝の下から血液が帰ってこなくて頭が強制的に冷えていますよぅ。

「三時間……! 鬼か……!?」

「う……」

「もう限界や……。お前とあの先生ほんま血ィつなごうとるんか」

「……ほ……本当はいい奴なんだ……きっとそうだ」

 ……そうです、坊と神木さんの間にいるのは私です。

「つーか誰かさんのせいでエラいめぇや」

 ……志摩さんはたぶんまだまだ神木さんとお近づきにならない以上そうなのです。ならんでええ以上この先もずっと。

「は? アンタだってあたしの胸ぐらつかんだでしょ!? 信じらんない!」

「頭冷やせいわれたばっかやのに……」

 ……間にいるのが私である以上、仲の悪い二人を取り持つのは本来私の役目……。

「先にケンカ売ってきたんはそっちやろ!」

「……また微妙に俺をはさんでケンカするな!」

 人が真面目に反省しようって時に一番反省せんとあかん人らで喧嘩始めんのやめてもらえます!? キレる元気もないんやけど!

「……ほんま性格悪い女やな」

「フン、そんなの自覚済みよ、それが何!?」

「そんなんやと周りの人間逃げてくえ」

 坊の言葉が神木さんに刺さったような、気まずい沈黙。その時。

 フッ、と。周りが見えなくなりました。窓のあった方を見れば夜景が見えます。私の目がおかしくなったわけではないなら直に目が慣れるはず、と思ったら横から衝撃。位置的に子猫さんが倒れてきてつぶされます。ぎゃああ。囀石(バリヨン)が膝から転がり落ちて膝の下に一気に血が回り、んあああ、つらい、つらい、くらい!

 パッ、と眩しい明かりがつきました。志摩さんが携帯を開けたバックライトです。部屋は混沌としていました。転がる囀石(バリヨン)、爪先を抑える奥村くん、坊にすがりつく杜山さん。それから私の上の子猫さん、を蹴り倒している神木さん。

「あ……あの先生電気まで消していきはったんか!?」

「そんなまさか……」

 子猫さんが起き上がってメガネを直し、私も体を起こして、でもまだ脚がじんじんぐにゃぐにゃして使いものにならないので座ります。ウワあての脚氷みたぁに冷たい。

「停電……!?」

「いや夜景は見えるえ」

「どういうこと?」

 皆が携帯を開けて明かりをつけるので私も携帯の懐中電灯の機能を立ち上げます。

「停電はこの建物だけってことか……?」

「廊下出てみよ」

「志摩さん気ィつけてナ」

 志摩さんはなんだか少し楽しそうにドアを開けます。

「フフフ、俺こういうハプニング、ワクワクする性質なんよ」

 おん知っとるけど気ぃつけて。志摩さんはこちらを向いたままドアを開けます。

「リアル肝だめし……」

 開けたドアの先、暗闇に浮かぶ悪魔の顔。志摩さんはツイ、と振り向いてそれを認めて、曖昧な笑顔を浮かべると静かにドアを閉めました。

「……なんやろ目ェ悪なったかな……」

「現実や現実!!」

 志摩さんがこちらに全力ダッシュで逃げてくるのと悪魔がドアを破るのは同時でした。唸り声と悪臭を上げる悪魔の姿を見て神木さんが言います。

「昨日の(グール)……!」

「ヒィィ! 魔除け張ったんやなかったん!?」

「てか……足しびれて動けな……」

「オン・バサラ・ギニ・ハラ・ネンハタナ・ソワぁ、がっ」

 あてもです坊、なら被甲護身の印で防御せんと。携帯をポケットに仕舞う間も惜しく取り落とすと印を結び被甲護身の印を張ろうとしました、が間に合わず(グール)の体の一部が弾けて体液が飛び散り口の中、舌の上と喉の奥に入りました。まずいっていうか生命の危機を味蕾で感じ取る味にえづき、なんとか唾ごと垂れ流すように吐き出します。

「ニーちゃん……! ウナウナくんを出せる?」

 杜山さんの声に、緑男(グリーンマン)がうなり、体から何か、硬そうな樹木を生やしました。メキメキと伸びる樹木に、今度は嘔吐中枢に支配されて動けない私が取り残されかけましたが、誰かが、志摩さんが襟首掴んでひきずって後退させてくれました。

 どうやら一時的に安全地帯に入ったようなのですが、もう吐き出したはずの(グール)の体液ですっかり体がイカれてしまい、さらさらした唾液がダラダラ出て胃が引き絞られます。這うようにして部屋の隅にたどり着き、そこで限界を迎えて何度かに分けて夕飯を戻しました。志摩さんの手が私の背を往復します。たちの悪いことにもう胃袋に何もないのにからえづきばかりします。ぐらぐら熱も出てきたようで寒気がひどいです。

「え!? ……皆どうした!?」

「さっきはじけた(グール)の体液を被ったせいだわ……。あんた平気なの……!?」

 奥村くんは一人元気なようです。いえ、元気なら、もう、それでいいんですが。志摩さんにお礼を言ってから、戻したものに触れないように部屋の隅から離れて皆のところににじりよります。ここでやっと状況がわかったのですが、杜山さんの緑男(グリーンマン)による植物のバリケードに(グール)は足止めされていて、でもバリケードも決して長くは保たなくて、うっかり粘膜摂取した私ほどではありませんが悪魔を使役中の杜山さん筆頭にだいたい皆さん体調を崩していて、(グール)がバリケードを破る前に杜山さんの体力が限界を迎える可能性も高い。一言で言うとジリ貧籠城戦です。

「鶯花はどうしたんや」

「たぶん詠唱しかけてはったから(グール)の体液飲んでまったんやないかな……」

「吐きましたけど口には入りました……」

「そらあかんな……、ええから休んどれ」

 坊がそう言うと、志摩さんが支えて杜山さんの隣に連れてってくれました。熱で目眩がしてきて、こんな状態では確かにまともに戦えるとは思えません。

「雪男の携帯にもつながらねー……!」

「すごい勢いでこっち来てる……!」

(グール)は暗闇で活発化する悪魔やからな……」

「ど、どうするよ!」

 杜山さんは、壁にもたれる私を見て、きっと大丈夫だよ、まだ保つし、助けられるよと無理に笑いました。(グール)の体液の魔障は輸液によって体内の毒素を薄めるのが治療法です。知っていても、輸液も点滴設備もないこの状況ではどうしようもないのですが。

「二匹か……。俺が外に出て囮になる」

「!?」

「二匹ともうまく俺について来たら何とか逃げろ。……ついてこなかったら、どうにか助けを呼べねーか、明るくできねーかとかやってみるわ」

「はァ!? 何言うとるん!?」

「……バ……バカ!?」

「俺のことは気にすんな。そこそこ強えーから」

「バッ、おいッ! 奥村!! 戻ってこい!!」

 坊が、奥村くんを呼んでいます。奥村くんは脚がとても速いけれど、囮なんて無茶だと私も思います。奥村先生が言っていた(パーティ)での戦いというのは、そういうことじゃないのに、結局、奥村くんは行ってしまいました。私はもう目眩で壁にもたれるのもつらくなってしまって、ゴトンと床に倒れました。

「鶯花!」

「かぁだがだぅいだけです、んん、問題はありません。おくむらくん、どないなりました」

「いや舌もつれとるぞ!」

 口から入ったので、おそらく口に一番キているのでしょう。詠唱騎士(アリア)の命がどうにも鈍っています。

「奥村くんは何とか部屋からは出られたみたいや」

「結局一匹残ってますけどね!」

 私も大概ですが、体力的な消費は杜山さんの方が大きいかもしれません。荒い息を吐く杜山さんを見て、坊はひとこと決めました。

「……クソ、でも確かにこのままボーッともしとられへんし! 詠唱で倒す!」

「坊……でもアイツの“致死節”知らんでしょ!?」

「……知らんけど(グール)系の悪魔は“ヨハネ伝福音書”に致死節が集中しとる。俺はもう丸暗記しとるから……全部詠唱すればどっかに当たるやろ!」

「全部? 二十章以上ありますよ!?」

「……二十一章です……」

「子猫さん!」

「僕は一章から十章までは暗記してます。……手伝わせて下さい」

「子猫丸! 頼むわ……!」

 私も、ヨハネ伝福音書はそれなりに覚えているのですが、何せさっきから舌がまともに回らんので、真言のような短い詠唱はまだしも聖典のような長い詠唱はおそらく無理です。だからといって、何もできずに転がっているのは口惜しいのですが、いかんせん出来んもんをしようとすれば悲劇が起こるものです。

「ちょっと、待ちなさいよ! 詠唱始めたら集中的に狙われるわよ!」

 神木さんが、ただしいことをいいました。でも。

「言うとる場合か! 女こないになっとって、男がボケェーッとしとられへんやろ!」

 坊はこういう人なのです。こういう、いわゆる男の面子ってものを気にして、守られるのに耐えられん、格好良い人なのです。

「さすが坊……! 男やわ。じゃあ俺は全く覚えとらんので、いざとなったら援護します」

「志摩」

 志摩さんは懐から分解式の錫杖を出すと組み立て、いつでも使えるようにしました。やっぱり私もただ転がっとるのは耐えられません。体幹の自由が効く体勢になおして、ポケットに入れていた金剛杭をいつでも投げられるよう手の中で握ります。胃のしめつけと唾液は止まりませんが、少しは吐き気もおさまってきました。結界が得意とは言え、この状況では張り続けられませんから、志摩さんと同じくいざという時専門になりますが。

「む、無謀よ!」

「……さっきまで気ィ強いことばっか言っとったくせに……いざとなったら逃げ腰か。戦わんのなら引っ込んどけ」

 神木さんは、とうとう黙ってしまいました。確かに無謀ではありますが、志摩さんの錫杖以外に武器らしい武器は詠唱しかないのも事実です。

「子猫丸は一章めから、俺は十一章めから始める。つられるなよ!」

「はい!」

「いくえ」

 坊と子猫さんの二人は同時に、しかし声は揃えずに始めました。

太初(はじめ)(ことば)ありき!」

「此処に病める者あり……!」

 暗い部屋に二人の声が朗々と響くものの、(グール)は特に詠唱に反応する素振りを見せません。二章、十二章と二人のヨハネ伝福音書は進んでいき、(グール)も樹木のバリケードを破りこちらに進んできます。舌の筋肉が勝手に収縮し縮こまるので、口の中に指を突っ込んでむりやり舌を揉みほぐそうとしましたが、唾液がぼとぼと落ちるだけであまり効果はありませんでした。それでも舌が使えなくては話になりません。発熱した脳内で使いたい真言を繰り返します。六章、十六章。二人の詠唱が半分を越えました。ヨハネ伝福音書にこの(グール)の致死節がなかったら。……考えたくはありませんが、その時は志摩さんに頑張ってもらうしかないのでしょうか。そういえば、奥村くんは一体。悲鳴は聞こえませんが、帰ってもきません。私の舌はほんのすこしだけほぐれてきて、多分少しの詠唱になら耐えられます。足止めくらいは、出来るでしょう。九章、十九章。私の前で正座し続けていた杜山さんの伸びた背筋が丸まり、うつむきました。

「もりやまさん?」

 杜山さんは荒い息を吐き、うなずきましたが、返事はしませんでした。汗をかいていますが、これはきっと私の背筋をびっしょり濡らす冷や汗と同じでしょう。ポケットからハンカチを出して、口に入れなかった方の手で拭ってあげたのですが、杜山さんの反応はどこか薄いです。子猫さんが十章を詠唱し終わり、部屋の中には坊の詠唱する二十一章だけが響いています。見れば(グール)はすぐそこまで迫っていました。私がハンカチをポケットに仕舞い、いよいよ金剛杭を握った時。

 杜山さんが倒れました。音を立ててバリケードは消え、(グール)の行方を遮るものは何もありません。

 金剛杭を坊のもとに滑らすように投げました。本当は、囲うように四本ほしいところですが。片膝立てて起き上がり印を組みます。

「オン・キリキリ・バザラバジリ・ホラマンダマンダ・ウンハッた」

 投げた金剛杭を中心にした丸い結界。詠唱している坊は、言うてしまえば囮でもあります。坊だけ守れば、他に結界を張らずとも安全なのですから。私が結界を張っている間に志摩さんが錫杖で(グール)に応戦しました。後ろでは、杜山さんを神木さんが見てくれているようで安心します。結界を張るのに体力を持っていかれて体勢が崩れましたが、頭の中は結界のイメージを保ちます。

 その時、志摩さんの錫杖が(グール)に弾き飛ばされました。(グール)はこちらを向き直ると、詠唱している坊を守る結界があると判断する知能があったのか、あたりめがけて最初と同じように体を弾けさせて体液を落としました。目を瞑り腕で庇うことこそ間に合いましたが、避けること叶わずひどい臭いの体液をひっかぶります。嫌な臭いが、嫌な臭いが、私の肌の焼ける臭いがしました。遅れてやってきた鋭い痛みに唸り声を殺せず倒れ込みます。坊は結界で守られ、皆は体液の射程に入らなかったようなだけマシでしょうか。(グール)の魔障は火傷に似ます。でも、いまさら、肌の少しが焼けても、きっと変わりません。金剛杭を中心とした結界は、一度張ってしまえば術者の姿勢を問いません、が、術者の意識がこれでは。

(たまゆら)の祓!」

 神木さんの声。(グール)の苦しげな声こそ聞こえるものの、気配が消えません。そして、結界に衝撃。一度は弾きましたが、二撃目には崩れました。

 ああくそ、えろう悔しい。

 

 

「ミステル?」

「ミステリアス?」

 何の話ですねん。

 目を開けると、先ほどとは違う天井。というかそれ以前に寝ているところが柔らかくて心地いいのでこのまままた意識を手放したいくらいです。

「鶯花、起きたか!」

 声のする方を見ると、坊が椅子に座ってはりました。私のベッドには子猫さんと志摩さんが座っていたらしく、その声で二人が振り返ります。隣のベッドには座る奥村くんと杜山さん。その奥に、神木さんやら宝くんやら山田くんも見えます。全員が横に点滴スタンドを置いているのを見てやっと自分も手の甲に点滴されていることに気づきました。ああ、(グール)の魔障。もう吐き気のようなものはありませんが、だるさと腕の痛みはあります。あれ、この腕治療されとるけど、どこで、誰が治療してくれはったんやろ。でもそれより先に。

「奥村くん無事やったんやね……」

「コイツの方がお前よりよっぽど元気や。お前だけ点滴だけやのうて薬草茶まで出とんぞ」

 坊がそう言うと、子猫さんが立って脇の薬缶から吸飲みにお茶を移してそのまま飲ませてくれました。

「んや、子猫さんあて自分で飲めるえ」

「でも鶯花さん腕も軽いけど魔障あるで寝とってください。ハイおかわり」

 子猫さんが問答無用で薬草茶を流し込んできます。二杯目を飲み干したところで聞きました。

「あの、あれからどうなったんです?」

「えーと? どこからや? まあ坊の詠唱が効いて(グール)が消えて、そしたら急に床下やら天井やら押し入れやらから先生がわらわら湧いてきたねん」

 志摩さんが語る内容をふんふんと聞いている間にも子猫さんがどんどん薬草茶を飲ませてきます。わんこ薬草茶か。たくさん飲んでたくさん排出しなくてはいけないのは分かっているので飲めるだけ飲みますけど。どうやらノルマはこの薬缶のようです。

「俺らが混乱してる間に医工騎士(ドクター)の先生方が皆の魔障の手当始めはって、奥村くんも帰ってきはったあたりで、塾長がこれは候補生(エクスワイア)認定試験やった言い出して、そのままあれよあれよと今に至る感じ?」

「えっあれ試験やったん!? どないしよあて最初にくたばっとったやん」

「いやお前はいけるやろってさっき話しとった」

 そうなんですかと言う前に子猫さんに吸飲みを口に突っ込まれました。

 でも、こうやって、起きることも許されずに皆の話を聞くだけというのは、昔を思い出します。最後の植皮手術、小学校一年生の春。私が受けた火傷の治療の中で、唯一完全な記憶が残っているもの。どうにも調子の悪い部分を、何度めか知りませんが再植皮した手術です。皮膚が正しく生着するまで寝返りも許されず、学校帰りにお見舞いに来てくれた坊らの話やら読み聞かせだけ聞いていたあのベッド。思い出したら本当に嫌になって、子猫さんの手から吸飲みをもぎ取って起きました。

「起きても大丈夫なん?」

 子猫さんは、本当に心配げに言いました。

「何ともあらしまへんて」

「鶯花」

 坊が私を呼びました。

「寝とけ。先生もお前の腕、しばらく動かさんほうがええって言っとった」

「そーだぜ、雪男のやつ本当は吊ったほうがいいとか言ってたくらいだし」

「……はい」

 奥村くんにまで言われて、子猫さんに吸飲みを渡してから大人しく布団に逆戻りしました。今回の負傷は私の行動ゆえです。甘んじて受け入れましょう。

「ああそれから、気にしとるやろうから言うけどお前は別室で奥村先生に治療されてこっち運ばれてきたで。状態としては体液を被った魔障と腕の魔障で、口入ったこと説明したらしばらく味覚障害があるかもせんけど残らんはず、腕の痕も同じくって」

 坊が言いました。私が皆の前に火傷痕を晒したか心配しているのがわかったので、遠回しに教えてくれたのでしょう。奥村先生は何も言わなかったようですが、袖付きベストとシャツのおかげで軽度に収まったはずの魔障にしてはものものしい対処は、きっと火傷痕で一度は弱ったのが明らかな肌を見てのものでしょう。奥村くんに続き奥村先生に見られたのは辛いですが、先生は医工騎士(ドクター)なので仕方ないのかもしれません。そして実はさっきから薬草茶の匂いはするものの味がせんかったので怖かったのですが、残らないなら安心です。腕は、もう今さら気にしてもしょうがないのですが。

「ああ、ありがとうございます……。後で奥村先生にお礼言わんと……。そや、奥村くんは(グール)どないしはったの?」

「それもさっき話したな」

「えー、あてマジで置いてきぼりやん」

「燐はね、なんか剣でグサってやったって……」

「えっと、倒したん……?」

「おう」

 杜山さんの説明を聞いて、奥村くんの顔をまじまじ見ます。ええーっ。どないなっとるねん。そういえば、あの時は私がキレ散らかしていたせいか誰も言い出しませんでしたが、例の坊が奥村くんに因縁つけまくってた時に襲ってきた蝦蟇(リーパー)の行動はどうみても異常でした。あの時奥村くんは怪我をしていなかったようですが、普通なら坊の代わりに肉食の蝦蟇(リーパー)に土手っ腹からむしゃむしゃ食べられて私達はこう何とはいいませんがトマトジュース的液体にまみれ、祓魔塾百二十期生は早々に一人生徒を喪うことになっていたはずです。また、たとえ訓練用に蝦蟇(リーパー)の牙が抜かれていたから無事だったとしても、一度食いついた獲物を離すなんて妙です。ひょっとしたら、成績は悪くとも何かえらく強い秘密があるのでしょうか。ものごっつい悪魔と契約しとるとか。

 なにか秘密があるにしろ、奥村くんはいい子です。私の秘密を知っても、態度を変えずにいてくれます。誰にも話していないようですし、少し授業態度が悪くとも良い子です。そのことに安心していいのかよくわからず、何故かずっと曖昧な不安感を抱えていますが、これはきっと私の問題です。

「あっ、杜山さん、今日一緒にお勉強する約束やったけど、また今度にしてくれへん?」

「あ、あたりまえだよ! 私もだけど、ちゃんと寝てよう!?」

 子猫さんが唇に吸飲みを当てた時に、友達のようなワードで連想して杜山さんにいいましたが、杜山さんは逆に慌てました。今後の連絡をとる為に、番号を交換した方がいいでしょうか。……あっ。携帯。

「そういえば、あての携帯……」

 (グール)が襲ってきた最初に落として印を組んで、それ以来見ていません。

「ああ……それな……」

 坊が痛ましい顔をしてポケットから私の携帯を出しました。しかし、どう見てもヒビが入っています。

「一応拾って、開いてみたんやけど……」

 坊がケータイを開きます。が。液晶画面にもヒビが入り、見事に真っ暗です。うんともすんともいいません。

「なんと……。子猫さんどないしよ……」

「……祓魔師(エクソシスト)は携帯壊しやすいさかい大抵データ預かりサービス入っとるから、鶯花さんもお家の方でそういうの入っとるんやないかな……」

 こういうのに詳しい子猫さんからも遠回しにこいつは諦めろと言われました。

「ごめんね杜山さん……あて携帯しばらく使えんわ……。連絡どないしよ……」

「あ、あのね、私携帯持ってないから、祓魔屋の方に連絡してもらえたら……」

「えっ、あっそういう!? ならもう次塾で会うた時に話そ」

「う、うん!」

 杜山さんは嬉しそうに笑いました。最近の杜山さんは神木さんに蔑ろにされていたので、何だか安心します。そう、お友達の関係というのは、私だけではなくて杜山さんの問題でもあるのです。少し喋って、まだ本調子ではない舌が疲れたので、その後私はあまり喋らず、薬草茶を飲むことに専念しました。




唐突に出てきた金剛杭について紹介しますと、密教法具(=子猫さんなんかの独鈷杵の仲間)で結界を張る時に四隅に立てる杭、のようです。インターネット知識で申し訳ない。金剛厥という呼び方もあるようですが、字面で何かわかる金剛杭を採用しました。そのまま装飾のなされた金属製の杭的なものを想像して下さい。検索する際はプルパの方が出るかも。
夢主が結界を張る時に唱えていた真言は地結の際のやつです。実は勝呂父子の最も強力な結界呪の一部でもあります。
夢主の腕の傷は朴さんと同じ症状だけど軽度、という設定です。軽度だけど床下からはそこまでわからなかったので先生が出てくるタイミングが原作より早まっています。軽度の理由は朴さんよりセーター一枚多かったことと、おそらく朴さんより本気で襲われていないこと。薬草茶は瘴気に中った京都出張所のみなさんが飲んでいましたが、同じ腐属性で、毒出しのためのものであろうという予想から夢主にも飲ませています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。