学校の授業後、塾もないのでのんびり子猫さんと帰り支度をして、その後志摩さんと奥村くんとも合流して一緒に勉強することになりました。しかし、既にライトニングのところに行ったのか坊が捕まらなかったので、奥村くんが代表でお電話してみます。
「勝呂、これからぽんちゃん行かねー?」
「今日塾ないし、試験勉強するんです」
「もんじゃつつきながら~」
「学生の本分は勉強ですし~」
「ソレええなぁ。師匠の用事済ました後やったら……はい? ……、……え。……なっ……、昨日スケジュールまとめて紙に書いておいたやないですか!」
スピーカーフォンの電話口に四人で畳み掛けましたが、電話の向こうの雲行きが怪しいです。うっすら聞こえるライトニングののんきな声に対し、坊の声は切羽詰まっています。
「そんなんならんようにてあれほど……いえ、俺が先方に連絡します! すまん! 師匠がトラブルや、切るわ! 勉強気張りや」
「勝呂忙しそーだな」
「もう完全なジャーマネやん!」
切れた電話に向かって志摩さんが言います。いえ、ね。マネージャーだろうと、坊がね、したい言わはってやっとることやしね、あてがね、何か言うことではね、ありませんよね。まあ、志摩さんと一緒になってお電話で志摩家にチクったりしましたけどね。最初は八百造様も柔造兄さんも金造兄さんも坊を弟子扱いする馬のホネはどこのどいつやとか半ギレだったのですが、ライトニングの名前を出したらおとなしくなって、むしろ歓迎姿勢になってしまいました。権力と知名度が憎い。
ぽんちゃんの奥の、鉄板のある掘りごたつ席で、もんじゃを焼いたり駄菓子をつまみながら教科書を広げます。それぞれ、やっている分野は別でした。ちょくちょく志摩さんがつついて聞いてくる範囲を答えたりしながら、悪魔薬学のテキストを広げます。やっぱり
「なぁなぁ、……ヨシュアの書? ……の24章の25節って、ここから? こっち?」
「えーと、ここからやね」
「ここか! “その日ヨシュアは
「ええ、シケム? 施設? 地名? ちょお待って、辞書……」
「なんやろ、僕も勉強不足や。最近捗ってなくて……」
「あかん、辞書載ってへん」
国語辞典をカバンから引っ張り出しました。勿論重いのですが結構役立ちます。が、今回は範囲外でした。志摩さんがため息を吐きます。
「こんな時に坊おったら便利なんにな~~! ほんま教典とかめくるんしんどぃし……」
「暗記してるだけやなくて言葉の意味や歴史もよー勉強してはったし……」
「守備範囲やたら広くて何聞いても大丈夫やし……」
「意外と教えるんうまいし……」
「まだいってんのか。あきらめろよ、勝呂はライトニングのジャーマネなんだよ」
偲ぶ会みたいな私達を奥村くんがバッサリ切りました。ライトニングのジャーマネ。ジャーマネ……。志摩さんは机を叩きます。
「坊がジャーマネて!」
「ソコすげー引きずってんのな」
「しかもあの人心機一転とかゆーて頭まで丸めてしもて!」
「丸めてはねーだろ」
「あんなん丸めたも一緒や!」
子猫さんと奥村くんは冷たい目で見てきますが、私は志摩さんと同感です。しくしく。
「カッコよかったじゃん」
「坊主は二人もいらん! 坊が坊主でジャーマネて!!」
「しかも相手があのオッサン!」
わっと顔を覆った志摩さんに寄り添い、一緒にうつむきます。さめざめ。別に、高校からのトサカをやめてツーブロにしたのが不満なんじゃなくて、坊がライトニングのために髪型変えたのが不満ていうか……。
「……僕らかていつまでも坊に頼うてられへんよ」
子猫さんが言いました。わかってるんですよ、わかってますよ、お勉強だけじゃありません。いつまでも坊と一緒にってわけにもいかないのです。一人でも立派な
「……、その……、僕、今……、えーと、システム開発の勉強してて……!」
「!?」
システム開発って、パソコンとかスマホのアプリ開発みたいなの……ですよね? 顔を上げた子猫さんは、気恥ずかしげに、でも瞳を輝かせて言います。
「そもそも悪魔の戦闘データの分類やっとったんやけど、そのデータもっと活かせんかなぁと思うよぉになって……。坊みたいに致死節暗記できひん人用に――例えば戦闘中、悪魔を携帯で画像認識させると、該当悪魔の弱点や致死節を即座に検索できるよぉな……、そんな携帯アプリみたいなモン作れへんかなて考えてるんや」
「画像認識できる、総合悪魔図鑑みたいな?」
「そうそう! せやから今はそっちの勉強ばっかに夢中になってて、つい試験勉強がおろそかに……」
子猫さんが勉強をおろそかにしてまで夢中になるなら、きっと楽しいことなのでしょう。笑う子猫さんは生き生きしていて、お寺に帰れなくても大丈夫そうです。
「なんかよくわかんねーけど、便利なんだな! つまり、それがあれば俺達ベンキョーしなくていいってことだよな? 頑張ってつくってくれよ!」
「いやいや、あくまで補助的なモンやし、勉強はせなアカンよ? でも頑張るわ~」
「子猫さんも前に進んではるんやね……。皆そうやって別々の道を行くんやなぁ。……俺も……納得せなアカンねやろな……」
志摩さんが頬杖付きながら言いました。……いやあんた、別々の道て。
「そーだぞ、お前が一番めちゃくちゃな道行ってんだからな」
「テヘッ」
奥村くんが突っ込んでくれました。ぺろっと舌出してかわいこぶってますけど、そんなことしたってスパイ業は全然可愛くないですからね。でも志摩さんは急におててを両膝に揃えて前のめり気味に背筋を伸ばします。
「いや、実は俺も、前に子猫さんがゆーてた通り、
「志摩さん……!」
気恥ずかしげに言っていますがいいことです。お勉強しとったら、どこでも使えますし。スパイについては色々複雑ですが、これなら私も手放しで応援できます。
「でも勉強ってほんっっましんどぃね……」
「座り続けるのがすでにキツイしな」
「わかる」
「二人とも頑張るならあても頑張って勉強して教えるし、頑張って座って……。……坊ほどうまくできんと思うけど」
ということで頑張って勉強しないといけません。もうこれ学校の勉強どうしましょうね。中学の頃は祓魔の勉強なんてこんな本格的にしてませんでしたから、その分の時間も学校の勉強に当てていましたけど、今では祓魔の勉強時間が学校の勉強時間も侵食する勢いです。そりゃあ4月からは成績も下がります。
「でも志摩さん……、いや、先に鶯花さん……」
子猫さんが言いました。え、なんですか、志摩さんになんか言うんじゃないんですか、私ですか。
「……え、もしかしてあての番? あてやっぱ、結界のプロになりたい!」
「鶯花さん昔っからブレんねえ」
「今はなー、理事長の結界をなー、好きにしたいねん」
また場が静かになりました。ソースの焦げる音と匂いが再び大きくなります。奥村くんが言いました。
「……いや、それ、危なくね?」
「もんじゃつつきながらしれっと言うとるけどテロ発言やからね、ソレ」
「失礼やな、テロにならんようにやらんとそりゃ片手落ちやん」
「というか鶯花さん、体の方は……」
子猫さんがほんの少し眉をひそめて聞きました。エリクサー摂取した体について正規ルートで調べるのは、情報系の得意な子猫さんでも手詰まりになっていました。それに。
「それ聞かはる? あんま考えると実験がてら毒でも飲みそうだから嫌なんやけどぉ……。神経毒はヤバそうやけど溶血毒や壊死毒は案外……」
赤血球とか細胞が死ぬタイプの毒は再生するからイケると思うんですよ。麻痺をもたらす系はやばそうなんですけど。あと、血液凝固系とか。どれも前提としてだいぶ苦しそうですけど。と、考えていると場が完全に静かになっていました。あかん、ミスった。皆の手が一斉に止まって、もんじゃが焼けていきます。奥村くんが言いました。
「わかった。おまえ、今、相当、やばいぞ。鶯花、本当にこないだ勝呂が言ってたこと分かってんだよな?」
「? どの?」
「ほら、ライトニングに弟子入りした帰りがけに言ってた……」
ああ、あれ。けっこう情熱的なことを言ってもらいましたっけ。
「分かっとるよ。やばそうやったら頼るし……て、まっさかほんまに毒飲むわけないやん! え、ちょ、あて今そんなことやるように見える!?」
「今ならやりそうやなって、一瞬……」
「変な行動力あるし、むしろもう試したかもせんとは……」
子猫さんと志摩さんが言いました。いや確かに夜間徘徊してるんですけど、それでも。
「ハー!? ちょ、嫌やってそんな苦しそうなこと! まあ気になるけど危ないことしたら本末転倒やし、第一今そういうの置いといて勉強せんと試験が……」
「でもな、とりあえず勉強とか忘れてもんじゃ食え。考えすぎるから駄目なんだ。勉強はしなくても死なないしな、まず温かいもん食ってからだ!」
「おん、おおきに。奥村くんは勉強せんと死ぬけどな」
「やめろよ……、でシケムってなんだよ……」
もんじゃを頬張りながら言うと、奥村くんは頭を抱えました。志摩さんもまた「あかんわからん……」とか漏らしてます。覗き込むと、あーそこですか、わかってるつもりですけどどう教えればいいんでしょう。
「おお。よかった、まだ居ったか」
「ぼぉん!」
長身ゆえ顔にかかる吊り商品をかきわけながら、坊が現れました。わあ、かかりそうでしたけど来れたんですね。うれしい。坊はカバンも下ろさずに私と志摩さんを奥に詰めさせて座りながら、おじさんに注文を飛ばします。
「あ゛ー腹減った。おっさん焼きそば大盛り一つ。もんじゃじゃ足りんわ」
「うわーーん! 坊様ぁお勉強手伝って……!」
「勝呂待ってたぜ! シケムってなに?」
「? な、なんやお前ら。シケムは地名やろ。現パレスチナのナーブルス。ユダヤ教の聖地の一つ……」
待ってましたとばかりに志摩さんと奥村くんが泣きつきます。というか志摩さんは実際泣きついてます。坊の腕にひっつく志摩さんの背に、意味もなくよっかかります。流石というか、四人寄っても文殊の知恵とは行かなかったシケムについても、さらっと答えてしまいました。
「……ったくしゃーないなぁ、どれ、見せてみ」
「やっぱ坊は面倒見ええわぁ」
坊は志摩さんの教科書も覗き込みました。志摩さんの背から離れて、とりあえず大きなヘラに持ち替えてもんじゃの端を寄せて、鉄板に焼きそば用のスペースをつくります。子猫さんが言いました。
「……そもそも坊はジャーマネ気質やったんかもしれんねぇ」
「面倒見ええし、細かいところも自分でやりたい派やしねえ……。それにしたってあんな一回りは上のオッサンの世話焼かんでええのに」
寄せ終わったあたりでおじさんが焼きそばを持ってきてくれました。大きなヘラを置いて、流れで文句を言います。坊は志摩さんの教科書から顔を上げて言いました。
「なんやお前、妬いとるんか」
は。
「はー? はーー? はーー!? 誰が、誰に、何を妬いとる言うんですか!」
立ち上がって坊に抗議します。冗談にしてもちょっと心外すぎるんですけど。ていうか妬くて。妬くて! 私ヤキモチやいたりしませんし! 志摩さんが自分は関係ないですみたいな顔しながら言います。
「鶯花さんが、ライトニングに、やろ」
「あんたもさっきまで坊主がジャーマネがってグダグダ言うとったやないの!」
「俺はもうちゃんと納得したしぃ」
「どぉーーだか! ていうかあては弟子に対する虐待に義憤を燃やしとるだけでですねえ!」
腕を振って力説する私を、坊はなんかゆーとるな~くらいのテンションで見上げます。奥村くんが子猫さんの耳元で言いました。
「ギフンて何?」
「当然アカンことに対して当然怒る、みたいな」
「ハイ国語辞典!」
カバンから出しっぱなしだったそれを奥村くんに押し付けて、そのまま座って水を一口飲みました。ふう。
「まあからかうみたいな言い方はしたけど、ほんまに。弟子入りした身やけど、時間作ってやれとらんからな」
「それが坊、鶯花さんやっぱどっかおかしゅうて」
「この子ったら何か毒とかブッソーなことばかり言うのよ」
「お父さんに子供の相談するお母さんみたいやな」
「お手」
「鶯花さんのここで即座に飼い犬役振ってくるところ嫌いやないよ」
訴える子猫さんと奥村くんへ茶々を入れた志摩さんに、手を上向きで差し出すと、志摩さんはシャープペンを持ってない方の手をのせてくれました。その手に粒あられを一粒握らせて戻し、今度は小さなヘラを握ります。坊が志摩さんの丸めた背中を越えて言いました。
「やっぱり、体のこと気にしとるんやろ。せやけど」
「あてねえ」
坊の言葉を遮るような無作法な真似をしたのは初めてかもしれません。
「今、誰ともむずかしい話したないんです」
しかも、坊の顔も見ないで鉄板なんか見ながら。
「話はせんでええから聞け。エリクサーについてはライトニングにも聞いてみるけど」
「せやから、聞くのも含めて話ですって」
「……なあ」
「ねえ奥村くん、せやんな、考えすぎるからあかんのやんなあ。ほら、焼きそば、焦げてまいますよ」
もんじゃをこそげとります。鉄板の上で、かき混ぜられない焼きそばがどんどん硬くなっていく音がしました。
自業自得に因果応報、悪因悪果に善因善果。悪いことをしたから、私は今夜もふらふら外に出る羽目になっているのでしょう。すっかり冷え込むようになってきて、もうそろそろコートがいる頃になりました。
とはいえ今は、何かしら悪いことをしたから、というより、何も改善策をとらないから、というのがきっと正しいのでしょう。保護責任者遺棄罪とかもありますし。自分の保護責任者は自分です。今までみたいに、坊に言えばいいのです。不安でしょうがない、これからどうすればいいのかさっぱりわからない、って。
今回とるのは、張り詰めた網のような結界の一部を緩め外に出るというやり方でした。メインの手順はそれだけですが、緩んだことが結界全域に伝わらないよう周囲を固定する作業や緩めた部分を通った後の復元作業、また固定などの作業を術者に知られないようにする処理などやることは多岐にわたります。こういうの、代わりにやってくれる使い魔が居ると嬉しいんですけど。孔雀明王様も、お使いの孔雀のヒナの一匹くらい貸してくれないでしょうか。大事にするので。
でも、坊にはどうにも言えません。それは別に、坊がライトニングに弟子入りしたからというわけではないのです。その前からそうでした。いつかみたいな、迷惑かけたくないとかそういうのとも違います。放り出されたようなことに対する恨み節にしても、納得してるはずですし。
どうにか作業が終わってするりと抜けました。網目と思っていた構造はどうやら網目状であるものの網目ではなく、動かすと予想外の挙動をしましたが、自己修復機能などもあったようでなんとか通った跡は元通りになっています。毎度のことですがキャパシティ的にはギリギリの仕事です。ここで使い魔とかいたら逆に持たないかもしれません。肌寒いのに浮いた汗を拭って、いざ学外に歩き出します。頭の中がぐちゃぐちゃでした。考えが全然まとまっていません。だから何も考えずに、今日は今まで行ったことのない方へ向かいます。夜道をふらふら、事務所の多いビル街へ。
「冬隣のにおいだ、冬隣のにおいがする」
誰もいない暗い道なのに、しゃがれた声が飛び込んできました。悪魔の声です。しかし、既に名前を知られています。なぜでしょう、悪魔に名前なんて名乗った覚えないです。不気味に思って立ち止まると、声は更に続けました。
「おい、何故そんな遠くにいる。おまえがわたしをここに縛ったのだぞ」
……おまえが? 少し興味を惹かれて、声の聞こえる方……路地とも言えないビルとビルの間に入りました。
「やはり冬隣だ、冬隣の顔をしている。おまえ、ずっと来なかったな。ずっとずっと来なかったな」
声はビルの隙間の更に奥、向こうのビルとの隙間からしていました。具体的に何の形をしているわけでもなくモヤモヤと黒いのですが、結界でそこに封じられていて出られないようです。……ただ、その結界に見覚えがあります。なんだか話が読めてきた気がします。
「おまえまさか、わたしを忘れたというのか。そんなに呆けて」
近くで確認すればやはりそうです。立小便禁止のよくある貼り紙に擬態していますが、しっかり種字が書いてあります。仏教系のやり方に見覚えのある字。これは兄の張った結界です。どうやら、力を削いで動けないよう閉じ込めているようです。
「ああ、見えてきた。冬隣おまえ、またそんな女のような格好をして……、? おまえ、胸でも入れているのか? いくらなんでも悪趣味だぞ」
「……その冬隣はもう少し背が高かったのでは?」
返事をしてはいけない悪魔の声に返事をしたのは、知り合いの気配を感じたのもあるでしょうが、ライトニングの『悪魔と仲良くなろう』という言葉を思い出したからでもありました。何せ攻撃もせずにこちらに興味を持つ貴重な悪魔です。一方、言われた方の悪魔はうるさいくらい喋っていたのに黙りました。
「……女の声だ」
「……あて、兄貴がおんの。顔のそっくりな」
そう、そっくりなので、塾でも高校でも、先生に言われることが多くありました。志摩さんは上が多いので志摩コレクション今年の新作もアホかぁくらいの慣れた反応だったのですが、私の場合は上が一人。比較されることも多かったのですが、君はおとなしいねとしみじみ言われた言葉の裏にあったものがこうやって断片的に見えるに連れて、なんだか身内として先生方に申し訳なくなります。
「なんだ……。そういうことか。
「あの人、今は京都や。高校三年間こっちにおっただけ」
「は、は、は。そうか。あいつ、挨拶もしないで帰りよった」
「あんた、何? お兄とはどういう?」
「わたしはしがない幽霊さ。おまえの兄にちょっかいをかけようとしたら、ここに閉じ込められたのだ」
……兄も、別にそのあたりのしがない
「妹御は冬隣より弱いな。波打つこころがよく見える。コレさえ無ければ取り付いてやったものを」
かり、かりと、爪でも立てているような音がしました。ええ、これ、文句なしに
「……なぁ、おまえ。本当は、あの男のこと、嫌いだろう」
急にあの男と言われても、誰のことかわからない、つもりでした。しかし、私が“あの男”なんて代名詞で呼ばれて真っ先に連想するのは、一人しか居ません。
「自分の思い通りにならないのが嫌いだろう。自分を優先しないのが嫌いだろう。自分だけを愛さないのが嫌いだろう」
「は……」
もう、あてはまるのは坊しかいませんでした。今更兄とか、志摩さんだとか思うのには無理がありました。しかし、私が坊を嫌えるはずありません。いえ、違います。そうやって坊を嫌うのは、私には
「自分を捨てたのが嫌いだろう。嫌いで嫌いで仕方がない。愛しさ余って……ふふ」
「んなはずあるかぁ!」
悪魔に返事をしないのは基本でした。しかし、今声に出して否定しないと、私、駄目になります。
「仕方ないだろう。恋とはそういうものだ。美しいだけでいられない。勝手に嫉妬して傷つく。勝手に相手に不満をいだいて傷つく。傷ついて挙句の果てに嫌いになる」
「そんな、そんな恋の要らない部分、持ってへん。そんな汚いのあては要らんし許さへん」
そこまで言って気が付きました。瞬く間に傷の埋まる人でなしの体、ふらふら夜歩きする荒んだ心、魔除けすら持たない鈍った理性。駄目になるなんて、私、今更、
「それではおまえ、花に落ちるなと言っているようなものだ。摂理と違う。花は咲いたら落ちるもの。落ちたらそのうち腐るもの。そこを受け入れないでどうする」
「……いや、落ちん花かてあるでしょう」
急に、冷水でも浴びたように冷静になりました。悪魔のペースに乗りすぎたことに気がついたのです。ほんの少し読心できるからって、私のすべてわかるはずない。私が相手にしたせいで、最初はもやもやしていただけの悪魔は手も口も形作っています。
「あるものか。花は落ちる。人は死ぬ。さだめだ」
「さだめの外の悪魔が何を言う。死なない人かておるし、なら落ちん花かてあるでしょう。落ちない花は腐らへん」
腐らないで、ずっときれいでいられるのです。きれいなところだけ、見せていられる。大丈夫じゃないなら、きっと。そしてわかりました。私、悪魔にナメられてるのです。真言を唱えて兄の結界を強化しました。具体的には、中の声を通らなくしました。
悪魔は、しばらくは私が何をしたのかわからないのか口を動かし続けていました。しかし、表情の変わらない私を見て悟ったのか、焦ったように口を大きく動かし始めます。少しそれを眺めてから、道に戻ろうと踵を返しました。
「何でお兄がこんなん放っといたのかわからんわ」
こうやって声でまどわす悪魔もいますから、防音、というか声を通じなくさせる結界はわりとメジャーです。別に難しいものでもありません。第一、あんなのを封印するのに言葉を封じなければ片手落ちでしょう。こうやって声でふらふらしてしまう通行人もいるのですから。経年劣化なんかで解けたようにも見えませんでした。
――冬隣は、わたしに自分の弱さを指摘されて自覚して、克服するためにわたしのところに通っていたんだ。それが好ましかったから、わたしは他をたぶらかしたりしなかった。でもおまえ、生き腐れの花。わたしから……弱さから、自分から逃げたな!
振り向きました。いま頭に響いたのは、確かにさっきの
今度こそ道に戻りました。なんだか疲れましたし、まだ
急に、後ろから、抱きつかれました。
何事かと思えば、知らない男です。あかん。叫ぶべきか金的か。でも人に来られると。
「わあああっ!!」
私以外の女性の声がしました。男が振り向いた先、私にとって男の背中の向こうには、スーツ姿の女性がいました。
「男が女の子を襲ってる!! 誰か来てええ!!」
お使いの孔雀のヒナって、出雲ちゃんところのウケミケの兄弟の小さいきつねみたいな感じです。
網目みたいだけど網目じゃない構造は例のトランプタワー的なあれのイメージ。
立小便禁止の張り紙には元々鳥居が書いてあることが多いそうですが、兄貴の札には鳥居の代わりに梵字など書いてあるんだとおもいます。
志摩コレクションはパリコレクションのつもりだったので今年の新作としましたが、書いていたら「し・ま・こ・れ。はじまります!」って聞こえてきたので志摩艦隊かもしれません。