花に嵐   作:上枝あかり

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夜間非行 10

 目を開けたら、ビルとビルの間の狭い夜空が見えました。都会のくせに薄暗くて、星がたくさん見えました。

 体はどこも痛くなくて、しかし状況を把握する前に敵が私の右肘を掴んで立たせました。少し貧血みたいにくらっときて、でもその瞬間。

 敵の持っていた刃がひらめいて、夜色のブラウスのひそかに気に入っていた袖口と一緒に、私の腕が飛びました。肘の先、上腕の中頃から、まるでかまぼこでも切るみたいに離れて、もう手は動きません。

 痛くはありませんでした。熱くすらありませんでした。ひょっとしたら、寒いのが近いかもしれませんでした。私の中から、何か抜けていきます。何か、じゃなくて血が。速くなった鼓動に合わせて、断面から血がプシュプシュ飛んで、確かに心臓はポンプなのがわかりました。左手のひらに汗をかきました。右手のひらにはかきませんでした。私の右の手のひらは、地面に落ちて、黒妖犬(ブラックドック)が咥えていました。

 止血を考える間も、抵抗を考える間もありませんでした。すぐに血が止まって、傷口が盛り上がりました。敵は私の右肘を、保定するように持ったまま、時計と傷口を見比べています。

 私が金剛杭を出そうとした途端、腕を咥えていなかった方の黒妖犬(ブラックドック)が飛び出して邪魔をしました。そうこうするうちに、盛り上がった傷口はどんどん腕の形をなしていきます。

 飛びかかって来た黒妖犬(ブラックドック)を、ポケットにやっていた左手で防ごうとして、揉み合いになって、そして敵に肘を離された私が倒されてマウントとられるまでの間に、とうとう、指の先、爪まで出来てしまいました。敵は時計を見るのをやめると、地面に落ちた私の新しい右手を取ろうとします。その手を払おうとしたら、右手は当然のように動きました。まるで、生まれたときからの当たり前みたいに。控えている方の黒妖犬(ブラックドック)が咥えている、だらんとして血の滴るあれは、確かに私の手なのに。

「機能もおそらく問題なし……。しかし、再生速度からして千人長級(1000分の1クラス)が原形を保っているだけか。これでは意味がないな」

 新しい腕に、採皮跡があるのに気が付きました。見慣れすぎた傷跡は、そのままの形をしています。本当に、何もなかったみたいに。さも、十年以上前の手術を経験したように。変わりないそれは今生えたのに。……腕は生えるものじゃないのに! その時。

「いやぁ……本当に月夜の晩ばかりじゃなかったね!」

 聞き覚えのある、よく通る声でした。敵は弾かれたように走り出します。黒妖犬(ブラックドック)もそれについていって、体を起こせば、私の背後、路地の街灯を背に、ライトニングがいました。

氣精(シルフィー)!」

 ライトニングが召喚した氣精(シルフ)が敵を追いました。何が何だかわかってませんが、とりあえず立ち上がってライトニングの背後への逃亡を試みます。

「オン・アニチエイ・マリシ・ソワカ!」

 隠形法で姿を隠し走り出すと、ライトニングは一言言いました。

「マーカ・エンブリオ」

「ぐっ」

 首を引っ張られたような感覚。首に手をやれば何か、首輪のような? 詠唱が途切れてしまって、姿が現れます。敵は氣精(シルフ)に任せたのか、ライトニングがこちらにゆっくりと歩いてきました。

 ああくそ、こういうわけですか。私は氣精(シルフ)を着けられていた。

「モーテム!」

 おかしいとは思ってたんですよ。あの時、何故私に氣精(シルフ)が喚べたのか。手騎士(テイマー)の才もなく氣精(シルフ)との縁もない私にはあれだけの準備では喚べない可能性が高かったのです。もっと直接的な、加護のあるものなど用意しないといけないはずでした。駄目元だったのに成功したのは、私自身に加護が与えられていたから。……加護と呪いの間みたいなものですけど。

 首の輪は致死節の詠唱で弾けて外れました。それでまた走り出そうとするも、路地の向こうから、ものすごい風が吹いてきました。いえ、大量の氣精(シルフ)です。息もできないほどの風圧、かまいたちみたいに切り裂かれる肌。被甲護身を張ろうとしていると、後ろから両肩に手を置かれて風が止みました。

「助けてあげたのに逃げるってひどくない?」

 その理由がわからないから逃げたんですよ。最終手段でした。ポケットから防犯ブザーを出します。するとライトニングは意外そうに言いました。

「きみ、それ本当に使っていいの?」

「は?」

「それを使えば誰か来るよってこと」

 何を言っているのかわかりません。私はそれを狙ってるのに。紐を握ると、ライトニングは指先に何か、ピンクのババロアのかけらのようなものをのせて私の前に差し出しました。

「ああ、気づいてないのか。君、髪に脳みそつけてるよ」

 せり上がるものがあって体を丸めると、ライトニングはさっと肩から手を離しました。黄色い、さっき飲んだコーンポタージュがびちゃびちゃ路上に落ちます。うつむいて垂れた髪からぽたりとほとんど黒いような雫が落ちて、地面の胃液に混ざりました。ブラウスの背中も温いものでぐっしょり濡れています。私の、血です。

「他にも頭蓋骨の破片とか、到底生きてると思えないようなものばっかくっつけて……ありゃ、そうか、()()の神経の子なんだっけ。医工騎士(ドクター)志望でも流石に自分の臓器は刺激が強いか」

 吐いたものの臭いとライトニングの言葉で、もう一度戻しました。膝やら指先やらが震えるのは、吐いたせいだけでありません。頬に張り付いているのは確かに骨の欠片。何故くっついているかって、脳漿やら血糊で。しかもそれは、私のものなのです。

 頭に、布をかけられました。ライトニングの騎士團コートでした。坊が洗濯しているかもしれませんけど臭いそう、と思ったけれど、血の臭いしかしませんでした。

「さ、行くよ」

「……教務室に?」

「ぼくに不良少女を捕まえる趣味はないよ。君だってわかってるから逃げたんでしょ、フェレス卿のところだ。心当たり、あるよね?」

 逃げたのは、単純にライトニングに捕まって話をするのが嫌だからでしたが、特に訂正はせず分かっていたような顔をします。フェレス卿に呼ばれる覚えが、ないとは言えませんし。ライトニングは抜け目なく私の手首を掴んだまま歩き出しました。鍵のある扉を探しているのでしょう。文字通り歩く死体の私を街中で連れ歩くのは、ロリコンの罪というか殺人の罪で捕まりそうです。通り過ぎた階段の下の血溜まりの中に、白やピンクのかけらとか髪の毛が落ちていましたが、暗かったので見えなかったことにしました。

 鍵穴のついたビルの裏口が見つかって、ライトニングはそこに鍵を差し、扉の向こうはどうやら学園町内でした。風景からしてきっと中層あたりでしょう。深い夜のしじまを歩きながらライトニングに言います。出た声はなんだか弱くて、内容に対して覇気が足りません。

「あんたが、フェレス卿の言うこと聞くんは意外でした」

「言うこと聞くって。ぼくも今は日本支部に籍があるんだ。上司からの仕事くらいこなすよ」

「……調べました。日本の祓魔塾以外に、四大騎士(アークナイト)が来ている養成機関はあるかって。あらへんかった。悪魔が活発化した影響で、他の四大騎士(アークナイト)はみんな大忙しで、授業は当然講師がしてました。そもそも、あんたの日本行きの辞令自体がフェレス卿からやのうて聖騎士(パラディン)から。……あんた、日本に何しに来たんです? 塾の先生や、ないやろ」

 未だ手首を握るライトニングを睨みます。正十字日報とか色々で、ちゃんとライトニングについて調べたのです。良い評判と一緒に、悪い評判も出てきました。ライトニングは目線だけで振り返って言います。

「気になる?」

「いいえ。どうせイルミナティ絡みでしょう。それか奥村くんとフェレス卿か……。……ただ、何をするにしろ“拷問官”なんて呼ばれるあんたの仕事に坊を巻き込む気ぃならやめてください。あの通り真面目で有能で、しかもあんたに惚れ込んどって、日本で馴染みの部下もいない今、あんたの一番の味方や。でも、あの人、そもそもの人間の作りが繊細で丁寧やさかい、きっとあんたのやらかすことで、あんたの想像つかんような理由で傷つきます」

「でも、彼がぼくの元で勉強したいって言うんだ。止めるならぼくじゃなくて、彼じゃない?」

「あの人が選んだことやし、口は出しません。普通はソレでええはずです。ただ、あんたが普通の範囲の仕事をすると思えへん。志摩さんや奥村くんも関わってくるやろうし、坊の前でも、それ以外でも、あんまり非道いことせんでくださいよ」

「……それ、ぼくがきみの言う事聞かなかったらどうするの?」

「……怒ります」

「あはは、かわいいなぁ」

 そのかわいいの意味はわかりました。回し車の中のハムスターと同じです。意味ないことで頑張っちゃう無力な存在を見る時のかわいらしさ。少し考えて、私に出来る合法的な脅しを思いつきます。

「……ドラグレスク博士のメールアドレスに、あんたがどんな極悪非道をしているか書き連ねて送る、とか」

「わあ、権力へのコネかあ! そうか、不死薬(エリクサー)の経過観察のツテで。うんうん、わかったよ、きみにはバレないように気をつけよう!」

 おそらく釘刺すくらいは出来たと思うことにしますが、まず効果はないでしょう。でも坊がこの人がいいという以上、私はこの人から坊を守るくらいの姿勢でいたいです。何が出来るというわけでも、ないんですけど。

 ヨハン・ファウスト邸につくと、玄関口でまた執事さんが迎えてくれましたが、私の有様を見ると「少々お待ちを」と引っ込んで、大きなバスタオルとコップを持ってきました。コップの水で口を漱がせてもらってから、被せられていたライトニングの上着ごと上半身をバスタオルでくるまれて……というか気分としては梱包されて、ライトニングとは違う部屋へ案内されます。

「旦那様が、先にお風呂を召されるようにと。全てこちらで準備しますので、ごゆっくり」

 やっぱりやたら広いバスルームは、脱衣所なども兼ねているようでした。その開いたドアの前で執事さんは立ち止まって、中には軽装のメイドさんがいます。……たぶんですけど、執事さんもメイドさんも悪魔です。中に入ってドアを閉めると、近寄ってきたメイドさんは深々と頭を下げた直後、あっという間に服も包帯も剥いで私を裸にしてしまい、濡らした布で軽く体を拭きました。着いていた脳みそとか骨とかを拭っているのでしょう。排水口詰まりそうですし。なんだか疲れてされるがままにされていると、今度は隅の方に連れて行かれて、椅子に座らせられました。まずは頭を洗われます。そういえば、屍人(ゾンビ)に髪はありませんでしたが、私の頭は今もちゃんと前と同じくらいの髪の毛が生えているようです。どういう仕組か知りませんけど、助かります。治りかけの傷口を洗われるそわそわした感じもなくて、本当に何もなかったようですが、流される水には赤がまじります。次は体を洗われて、柔らかいボディブラシでなぞられる腕には継目一つありません。泡を流して湯船に連れて行かれて、ふかふかの泡風呂に浸かります。

「お着替えのご用意をしますね」

 メイドさんは一礼して出ていきました。着替えが用意できたら上がれということでしょう。何も私を風呂に入れてあげたくてライトニングを使って迎えに来たわけではありますまい。お説教でしょうか。騎士團法にはまだ触れてないと思うので処分勧告じゃないと思うんですけど、お説教のために呼ぶとも思えません。わざわざライトニングにそんな仕事を頼んで、タイミングまで指示したのかもしれないあたり、私が安全な鳥籠を自分で出てイルミナティに殺されてくることもきっと織り込み済みだったのでしょうけど、そこまで見通してる悪魔が何考えてるのかなんてわかりません。わからないから考えるのをやめました。バスタブの縁にもたれかかって目をつむります。なんだか柔らかい花の匂いがして、血の臭いがしなくなって、でも、私は、一度墜死したとしか言えなくて。

「……」

 とうとう人とはいえません。でも、本当は、志摩さんの言ったような悲観は、する必要が無いのです。帰る場所がないと泣きつけば、きっと坊はどうにかしてくれます。私が自分の愚かさで殺されようと、それでも生きてる人でなしだろうと、きっと見捨てずどうにかしてくれます。むしろ、こんなことを考えていることを叱って、もっと自分を大事に、前向きに生きろと言うでしょう。私きっと、何の心配もいらないのです。

 でも、お寺がないのは事実で。

 私と坊の間には、今までお寺というのが確かにあって。坊が私の面倒を見ると言っても、それは若座主と寺の一員としての関係に収めることが出来ました。それがなくなってしまえば、あるのは勝呂竜士と冬隣鶯花のきわめて個人的な関係です。私は耐えられるでしょうか。言い訳なしの一対一の、一生隣でただそれだけな、幸せで生殺しの関係性に。

 いつか朔子ちゃん達に、坊が結婚するような歳になったら異動願いでも出して逃げると言いました。でも、たぶん、今が私の人生最後の逃げる機会なのです。

 湯上がりに用意されたのは、ガーゼが幾重にも重なった上に総レースで飾られた、やわらかい真っ白の浴衣でした。ブルーの兵児帯がアクセントになっています。そういえば理事長は妙な日本趣味で、私達の候補生(エクスワイア)昇格のときには浴衣を着ていたこともありましたっけ。あの時着ていたものに比べれば趣味はいいのでしょうが、その趣味の良さは今では少し不気味です。他に、肌触りのいい下着や肌着に、サイズの合ったナイトブラまで用意されていましたが、顔の火傷を隠せるようなものは用意されていませんでした。ポケットに入っていた財布なんかはきれいにされて巾着にまとめられて、メイドさんがお帰りの際お渡ししますと言って持っていってしまいました。スリッパを用意されて、最初の執事さんに廊下を案内されます。

 そして通されたのは、以前とは違う部屋でした。ドーム状の天井で、市松模様の床などフェレス卿的な装飾のなされた部屋に、大型テレビや天蓋付きベッドがあり、棚には所狭しと美少女フィギュアが陳列され、あちこちにキャラクターもののぬいぐるみが並びます。……少し、今までのお姫様のお城的な空間とのギャップで目眩がします。……いえ、これ、本当に目眩がしています。

 寝室兼娯楽室と言えそうだったはずの部屋でしたが、中央にはまたお姫様のお城的な、白いテーブルクロスと燭台や花で彩られた長机があり、その周りの椅子に派手な浴衣姿のフェレス卿とさっきと同じ格好のライトニングが座って、何かカップで物を飲んでしました。

「お待ちしていましたよ。品が良くて気に入って購入したものの、女性ものでコレクションとなっていた浴衣なのですが、お似合いのようで何よりです。是非そのまま着て帰って下さい。服は着られるのが一番です。さあ、疲れたでしょう。そこに。ベリアル、準備を」

 執事さんは一番手前の椅子を引いて私を座らせてから、一礼して出ていきました。目眩がだんだんひどくなっていると自覚できたので、ありがたく座り、とりあえず切り出します。

「お風呂と浴衣、ありがとうございます」

「いえいえ、かまいませんよ。それにしても、お礼を言えるのはいいことですが、冬隣の家はどういう教育してるんですかね。兄妹揃って私の結界にちょっかい出して。アレ、日本支部を守るとっても重要な結界なんですよ?」

 ええと、どういう教育でしたっけ。あまり変なことは言われてないと思うのですけれど、たぶん好奇心と研究心が旺盛で騎士團に対する忠誠心が薄いんじゃないでしょうか。しかし、私が返事する前からフェレス卿は続けます。

「あなたのお兄さんは愉快犯的に色々やっていましたが、真正面からのアクションを好んでいました。一番迷惑だったのは結界に派手に穴を開けた後祓魔師(エクソシスト)や私が駆けつけるまでの間に元通りに修復するタイムアタックでしたね。ここまで来ると文句なしに騎士團法違反なんですが、何せあれできちんと直してしまうため証拠がないという憎らしさ」

「……あては兄の高校生活をそう詳しゅう知らんのですが、断片的に聞く限り知らんでよかったような気がします」

 私だってそこまではしません。あまり聞くとなけなしの兄の威厳が崩れそうです。

「対抗して真似されてもたまりませんしね。というか、貴女は私に気づかれないように、というコンセプトで色々やってたみたいですけど、普通に通ったりするならまだしも、小細工されたら普通にわかりますからね。お髭をそわそわ撫ぜられてるような感じがします」

 フェレス卿はそう言うと、自分の顎髭を爪先でそぉっとなぞってみせました。そのやらしい触り方をしているのと同じだという言い草に、背筋に鳥肌が立ちます。

「うわ、もうやらんどこ」

「お兄さんも同じこと言ってましたよ。まあ、ということで、支部長からの厳重注意はこんな感じです。次やったら拘束しますからね。理事長的にも今回の一連は私が見逃したということで特別に大目に見ますが、やっぱり無許可での外出は処分対象です。しかも夜間となれば停学もの。やんちゃしないように」

 そこで、扉がノックされました。フェレス卿が入室の許可を出すと、ワゴンを押した執事さんが入ってきます。ワゴンの上には銀色の覆いの被せられたお皿があって、執事さんはそれを私の前に置き、カトラリーも用意すると覆いを外しました。

 お皿には、分厚いステーキが載っていました。焼けたお肉のいい匂いがして、つばがじゅわっと湧いてきました。そう、私、いま気が付きましたけど、お腹が空いていました。目眩がするのだってきっと、あんな血の池を作った上であちこち再生したせいで、だったら何か食べなくてはいけません。しかし。

 ――おな、か、すいたぁぁあ! にく、にく、お゛にく!!

 屍人(ゾンビ)の言っていた言葉を思い出しました。私、あの時の屍人(ゾンビ)と、同じことを思っています。同じように、肉を欲していて、そう思うと肉を前にして切ないお腹がおぞましくなります。

「夜食にビーフステーキをご用意したんですよ。傷の消毒ができませんから抗生物質も用意したのですが、ものを入れないと薬はきついですし。さあ、どうぞ」

「い、……いりません。すみません、夜中やし、お腹、空いてません。せっかく用意してもらったのに、ごめんなさい。胃は、多分荒れてもすぐ治るから平気です」

「嘘おっしゃい。お腹、空いているでしょう?」

「いえ、本当に……、夜中にこない重いもん食べられへん」

「遠慮なさらず」

「口もさっき漱がせてもらったばかりやし」

「いい子ですね、でももう一度歯磨きすればいいでしょう」

「いえ」

「どうぞ、食べなさいと言っているのです」

「堪忍してください……」

 涙が落ちそうで俯くと、フェレス卿はこらえきれないとばかりに笑いを漏らして言いました。

「何せ悪魔的には、大人の言いつけやお友達の忠告を聞かなかった子なんて格好の獲物ですから! ぺろりと頭から食べられて文句は言えませんよ。でも(わたくし)一応教育者ですから、こうして生徒を保護しそれとなく反省を促すワケです。今のあなたにタンパク質が足りないのは事実。お食べなさい」

 諦めて、ナイフとフォークを手に取りました。ステーキをナイフで切って口に入れます。ソースはにんにく醤油がベースの香ばしくも素朴なもので、赤身の肉のうまみがよくわかりました。おいしい。やけくそみたいに噛んで飲み下して、またステーキを切ります。おぞましくて惨めでやるせなくて、涙がぼろぼろ溢れていました。

「フェレス卿、ぼくもお腹すいちゃった。なんかない?」

「貴方お茶請け食べ尽くしたんですか? あんなにあったのに……。ベリアル」

 執事さんがライトニングに、駄菓子の盛り合わせを差し出しました。そういえばこの人、何でまだ同席しているのでしょう。嗚咽のせいで喉がぐうっと締まりましたが、用意されていた飲み物でステーキを流し込んで、涙が落ちないようにあまり下は向きません。

「良い食べっぷりですね。ほら、パンもありますよ」

 フェレス卿がそう言って、脇に小皿で出されたパンを指しました。千切ってソースにつけて口に押し込みます。そのさまを見て、フェレス卿は頬杖ついてこちらに身を乗り出しました。

「正しくは違うのですが、ゲーテのものとして知られている言葉にこんなものがあります。“涙とともにパンを食べたものでなければ、人生の味はわからない”。……どうですか? 人生のお味は」

 にやついたフェレス卿の瞳は、下弦の月の形をして、燭台の灯を舐めるように揺れていました。よく噛んで飲み込んで答えます。

「……病人食よりはましです」

「なるほど、含蓄深い」

 悪魔はそれで満足したようでした。ステーキもパンも完食したところで、ナプキンで涙と口元を拭って、差し出された錠剤とともに飲み物を飲み干します。そこで、フェレス卿は切り出しました。おそらく、本題です。

「さて、貴女がエリクサーによって死なない体になったことにショックを受けて深夜徘徊していたのは判ります。責任の一端は私にあるのでしょうし、良いカウンセラーを紹介するのも雇用者の義務ではありましょうが、こればっかりは時間薬が――クク、失礼、時の王ジョークです――一番なのでしょう。でも貴女、忙しい方が気が紛れていいタイプでしょう? 実は、貴女に任せたい仕事がありまして。元はヴァチカンからの話なのですが、おそらく貴女が適任です」

 ヴァチカンから、と言いながらフェレス卿はライトニングを見ました。それでこの人が同席していたということでしょうか。

「……なんですか?」

「単刀直入に言いますと、明王陀羅尼宗が正十字騎士團にとって信頼できるか確かめたい、と。僧正血統次期当主による不浄王復活がまだ記憶に新しいのに、信頼の重要な二重スパイまで輩出してしまって、更には最高位の座主が騎士團に所属しないためこちらでコントロールが効かず、次期座主は気鋭の竜種で担ぎ上げるにはもってこい……。こう並べると、ヴァチカンが怪しむのも分かっていただけるかと」

 肩をすくめて言っていますが、それの大半は、この悪魔の仕込みです。でも、悪魔の仕込みだろうと、お寺が疑われてるのは事実なら。それに、確かに打ち込める仕事がほしいとは思っていました。それが騎士團に明陀の潔白を証明するのなら、きっと騎士團にいまいち帰属意識のない私にもぴったりでしょう。

「ええ、やりますよ。具体的に、何をすれば?」

 受諾すると、悪魔は計画通りとばかりに笑って、それから声を低くして説明をはじめました。




 オリ主は再生能力は異形屍人レベルなものの加護により適合者のように人型を保っている…って感じで書いてます。屍人みたいに刺されたら癒着するので燐くんとかよりやばいけど、藤堂さんみたいに復活しても髪の毛とかも整ってるみたいな。
 浴衣は多分フェレス卿の衝動買い。きっとブランド品で、ツイッターで嫁に着せたいとかってスクショを見たものの着せる嫁が居なかったのでタンスの肥やしとなっていたバックストーリーがあるかもしれません。
 伽樓羅入り藤堂さんや燐くんが超回復しても平気なのは魔力で補っているからで、魔力のないオリ主や屍人はエネルギー保存則というか質量保存則からしてお肉が欲しくなる、という解釈で書いています。
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