花に嵐   作:上枝あかり

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夜間非行 12

 スーパーの袋をさげて戻ってきた奥村くんは言いました。

「鶯花、魚食うか?」

 今日は青森から帰ってきた奥村くんとの任務です。しかし、引率の祓魔師(エクソシスト)さんの都合だとかで集合時間まで大分時間があって、暇を持て余して塾の教室で勉強していたのです。奥村くんは割と早々に――奥村くんの時間ではだいぶ頑張った後、教室を出ていったきり30分も帰らなかったので、いい加減何をしにいったのか気になっていたのですが、魚。

「……食べる……」

「じゃあ、それ片付けたら中庭の噴水な。……いや、いいや、焼けたら持ってきてやるからここで待ってろ」

「何なん?」

「今からサバを焼く」

 今から鯖を焼く。中庭で。でも来なくてもいい。……まさか、奥村くん中庭で青い炎でサバ焼くんですか!? しかしその結論に至った頃には奥村くんの姿は既に教室から消えていました。あかん、止めな。流石にまずいですて。教科書類を片付けて噴水に向かうと、奥村くんは既に鯖の切り身を串に差し、手をかざして青い炎で鯖を焼いていました。

「ああああかんて奥村くん! こないなところで青い炎使ったら流石に怒られるえ!」

「うぉっ鶯花! 来なくていいって言ったろ?」

「いや今は直接見なかったら平気やしお気になさらず……て、ちゃうよ奥村くん、魔神の炎そないホイホイ使ってええの!?」

「炎使って慣れろって言われてるから大丈夫だって。大分細かく調整できるようになったしさ。それに、雪男もシュラもいねえから支部の外で炎使ったほうが怒られる」

「そうなん……」

 奥村くんは話しかけられて消していた炎を再び灯しました。私も噴水の奥村くんの隣に座ります。ここが一番青い炎の見えないところです。私の座る反対側にはスーパーの袋があり、鯖の切り身がまだいくらか入っていました。

「案外近づいてくるな……」

「頭では大丈夫やってわかっとるし。多分、高所恐怖症の人に近いんやないかな。ほら、おるやん? ビルが崩れるって思っとるわけやないし、実際ビルの高いところまで登れるけど、窓に近づいて下は見れへん、みたいな。あんなん」

「あー、いるよなあ、よくわかんねえの」

 でも私、今高所恐怖症もあまり他人事ではないんですよね。慣れるといいんですけど。聞こえてくるじゅうじゅうという音からして焼けてきた鯖からは油が垂れてきたらしく、奥村くんがかざす手を上にしたのが腕の動きで判ります。

「……で、奥村くんはどないしていきなり鯖を……」

「雪男が入院してるだろ? あいつサバ好きだからさ、焼き立て食わしてやりたくて」

「あ~、病院食はねえ、栄養バランスええんやろうけど、楽しくはないしねえ……。あてが入院しとった頃も、お兄がよう何や持ってきてくれはったわ。結局あの頃は食が細かったからほとんど食べられへんかったんやけど、奥村先生食べ盛りやし」

「そっか、鶯花も昔は身体弱かったのか。雪男も身体弱くてさあ。今は俺よりでっかくなっちゃって飯も食べるけど、最近は何かあんまり夕飯に帰ってこなくて……。やっぱ折角ならうまいもん食わせてやりたいしさあ」

 今騎士団はどこも忙しいですし、奥村先生も兼業なのに平日に青森まで飛ばされてたくらいですし、大変なんですね。入院も骨折で手術したとかで重傷らしいですが、これを機にゆっくりしてほしいものです。そして、あたりには焼き魚の良い匂いが漂ってきました。通る祓魔師(エクソシスト)さんも、匂いに惹かれてあたりを見渡して、それから奥村くんを二度見して歩き去っていきます。

「よっし焼けた! 熱いから気をつけて食えよ!」

「わあ、おおきにありがとぉ。いただきまーす」

 奥村くんは炎を消して串を渡してきました。吹いて冷ましてから一口かじります。皮がパリッとしてジューシーで、熱々の焼きたてでとってもおいしいです。飲み込んでから言います。

「皮パリパリで、油もほどよく落ちて残っとって、おいしい!」

「そっか、よかった! でもわり、参考にしたいから一口くれない?」

「くれるも何も元々奥村くんのやし……」

 言って串を差し出すと、奥村くんはもう二本の串で鯖の端を崩して鯖の切り身のトレイの端で受け、それから串を使って器用に食べます。

「う~ん、もうちょっと柔らかくなるはずだな。よし、リベンジしよ」

 そして奥村くんはその串に新たな切り身を刺します。はふはふ鯖をいただきながら、少し前から奥村くんに聞きたかったことを聞くのは今がいい気がしてきました。

「ねえ奥村くん……」

「ん?」

「奥村くんが悪魔に覚醒したのは、今年のことやったよね」

「そうだけど?」

「……いきなり、怪我が治りやすくなって、どうやった?」

「!」

 私はエリクサーでそんな状態になりました。でも、悪魔に覚醒したらしい奥村くんも、そんな事を思ったのではないかと思って、聞いてみたかったのです。

「……俺は昔から怪我治りやすい方だったし……、でも流石に、一時間もすりゃ治るようなのはちょっとな。あれ、怖いよな」

 怖い。そうです。あれ、怖いのです。奥村くんだって、怖いのです。

「や、やっぱり怖いよねえ、あんなの……。ごめんね、いっぺん聞いてみとうて……おおきに。……あと、その、ついでに、この一年で一番大きかった怪我は何か、聞いてもよろしい?」

「一番大きいの……、あ、アレは駄目だ、話せねえ。モザイクがいる」

「モザイク……。おん、ごめんね、奥村くんも大変やねえ……」

 私の知る限りではそのような事態は知らないのですが、奥村くん何があったんでしょう。大丈夫みたいなのでいいんですけど。でも、モザイク、私も必要でしたね。それに、奥村くんも、一時間とかはかかるんですね。

 今までの人生で、火傷やら手術やら、痛いのはたくさんありましたが、死ぬのはあれより痛いだろうからいやだなぁと昔から思っていました。実際には、寸前に気絶したのか、それとも痛みを認識する頭から潰れたせいか、痛みはありませんでした。よく聞くような綺麗な花畑も、父や母や祖母の姿もありませんでした。三途の川も賽の河原も奪衣婆もありませんでした。“何もない”すらなかったのです。眠って目が醒めるようなもので、前に林間合宿で頭を打って脳震盪で意識飛ばしたのと同じでした。死を確かに見たはずなのに、それは本当になんでもないことで、逆になんでもないことが恐ろしい。私にとっての死とは、怪我とは、今きっと、魔神の落胤にとってのそれより軽いものなのです。

 黙った私をどう見たのか、奥村くんが言いました。

「俺さ、祓魔師(エクソシスト)を目指す時に言ったんだ。人間でも悪魔でもない、祓魔師(エクソシスト)になる! って。鶯花は人間だけどさ、不安なら一緒に目指そうぜ、祓魔師(エクソシスト)

「……おん。一緒に目指そ、祓魔師(エクソシスト)。奥村くんが同期の同僚やったら、えらい心強そうや」

 ……でも私は、奥村くんと一緒に祓魔師(エクソシスト)には、きっとなりませんけども。

「さ、焼けたぜ。こっちのほうがよく焼けてると思うから食えよ」

「んー、じゃあ半身だけ」

 そうして頂いた鯖は確かにさっきより身が柔らかく、美味しくなっていました。しかし奥村くんは首を傾げ、まだイケる気がすると言います。これ以上美味しい焼き鯖を爆誕させようとするなんて、奥村くんは鯖で世界でも狙う気なんでしょうか。

 半身すぐに食べきった奥村くんは更に次の鯖を焼き、今度は仕上がりに満足したようでこの加減を覚えなくちゃなと言っています。一口もらいましたが、ぱりぱり、あつあつ、ふわふわ、おいしい……。

「……奥村くん、何してはるん?」

「おっ子猫丸! サバ焼いてるんだ! 次焼くから来いよ!」

 奥村くんは声をかけてきた子猫さんに言いながら、次の鯖を串に刺しスーパーの袋を片付けました。どうやらラスト鯖のようです。私と逆の隣側に座った子猫さんが目線で説明を求めてきたので、かいつまんで説明します。

「奥村先生に美味しい鯖食べさせてあげたくて、炎使う練習も兼ねて焼魚の練習やって。でももう既にめっちゃくちゃ美味しいねん。ぱりっでじゅわぁっで」

「とりあえず、許可とかは大丈夫なん?」

「奥村先生も霧隠先生もおらんから、よそで炎使たほうがまずいみたい。せやけど怒られても口に鯖入れれば大抵の人間は懐柔できる味しとるよ」

「そうなん? ええ匂いするね、楽しみやわあ」

 しばし二人で鯖をそわそわ待ちます。するとそのうち、見覚えのあるピンク頭が中庭にやってきました。匂いを嗅ぎつけたようで他の祓魔師(エクソシスト)さん同様あたりを見渡し、奥村くんを発見して二度見します。他の祓魔師(エクソシスト)さんと違い、志摩さんはこちらに近づいてきました。

「……何してはるん奥村くん」

「魚焼く練習。明日病院で雪男に焼きたて喰わしてやろーと思って。焼きたてが一番うまいからな!」

 だいぶ焼けてきた鯖はもう細かい職人技の調整の域に入っているのでしょう。奥村くんは難しい顔をしながら志摩さんに答えます。志摩さん焼魚様の邪魔したらあかんよ。

「やっとコツが掴めてきたとこだ。ほら子猫丸お食べ」

「ほわぁ、サバおいしぃなあ。表面パリッとして中ふわふわやぁ」

 奥村くんは鯖を串ごと子猫さんの口元に運びます。子猫さんはアツアツの鯖をはふはふ食べます。その反応を見た奥村くんは串を子猫さんに持たせると立ち上がりました。

「ヨォーシッついに会得したぜ! 焼魚の極意をな!」

「何会得してるん!? 子猫さんも鶯花さんもツッコまな……!」

「奥村くん病院内で魚焼いたらアカンと思うで」

 立ち上がって見ていたら子猫さんが私にも鯖を食べさせてくれました。おいしい……。そして確かに、病院内は火気駄目だとおもいます。串を奥村くんに返却します。

「それもそやけど魔神(サタン)の炎で何してんのん? てハナシ……」

「いいからお前もお食べ」

「焼きたてうんま!?」

 私の見込み通り奥村くんの鯖はすべてを黙らせました。まだ任務までありますので、これから寮に帰るらしい子猫さん達に何となくついて歩きます。

「そーいや勝呂は?」

「……」

「坊、最近は塾終わるとライトニングの教務室で働いてはるんや」

 そうなんですよ。気に入らへん。それを聞いた奥村くんは、感心したように言いました。

「頑張ってんな……!」

「おうお前ら、帰りしなかいな」

 急に、坊の声が上から降ってきました。……そういえばこのあたり、ライトニングの教務室の裏でしたっけ。見上げると、そこには……。

 制服の上にエプロンをして、ライトニングのパンツを干す坊がいました。……パンツ? ああ゛!? パンツ?! あれパンツやんな!?

「えっ……勝呂!? お母さんみてーじゃん!!」

「あ゛!?」

「坊……おいたわしいお姿に……」

「さめざめ……」

「やかましい! 泣かんでええわ! ……こ、これは師匠の服が臭くて敵わんから自発的に……」

 え、ちょ、だめです。なんかだめです泣き真似してたつもりですけどホンマにめちゃくちゃ悲しい……。べ、別に、坊お掃除とか好きやないですか。だからパンツ干してようとこれもごく普通の弟子の範囲でですね……。

「ママ~」

 マ!?

「ぼく、お腹すいた。正十字バーガーいつものセット買ってきて~。×(カケ)2でね」

「大人し待っとれやボケェ!!」

「イエスマム」

 い、いまのなんだったんでしょう、あたまが追いつかない……。追いつきたくない……。ライトニングが窓開けて坊のことママとか呼んで甘えたようにパシらせたなんて認識したくない……。……。

 いえ、認識しなくてもそこに事実があることに変わりありません!!

「塩ーー!! 志摩さん子猫さん塩持ってへん!? 撒こうやもうあれに!!」

 全員が黙った中、閉まった窓の向こうを指差しながら叫びました。あかんホンマに涙出てきた気ぃする!

「そんな竜騎士(ドラグーン)でもないのに都合よく持っとるわけないやん……」

「え? 俺持ってる」

「何で!?」

「サバ焼いたから……。でももったいねーしやらねえぞ、調理実習室のだしさあ」

「どこから借りとんの」

「漫才しとる場合やないて! あ、あああんな……」

「皆まで言うなや……俺かて判っとるんや、お母みたいになっとる事は……! すでに敬語も崩れ気味やし……! まだまだ修行が足りひん証拠……! いずれ何言われても無我の境地に至ってみせる!」

 坊はそう言うと、拳をバルコニーの手摺に叩きつけます。そうです、どんなに私が受け入れられなくても、これも、坊が望んでやってはる修行ですし……。

「坊、何てお覚悟や……! 僕もうまくいくように仏さんにお祈りします……!」

「おー、よく判んねーけど頑張れ勝呂!」

 子猫さんも奥村くんも応援しています。私も、坊がしたい言わはってやっとることなので、応援……。

 ……いえ、いつぞやと同じです。認めなかったら克服できない。ここは認めなければなりません。私、ライトニングに坊をとられたようで全然面白くありません! ちくしょう!

「すみません坊! あても応援したいのは山々ですが、坊が好きにしはったんやさかいあてかて好きにさせてもらいます!! 坊がライトニングのところに入り浸るだけならまだしも、ママとか呼ばれてくっさいパンツ洗ってパシらされとるなんて耐えられへん! せめてあてがハンバーガー買いに行ってきますから! いつものセットって何です!?」

「そ、そこまで言うてへんぞ……でもとりあえずちぃと待っとれ、メモと財布渡すわ」

 坊は私の勢いに押されたように言いました。はい、メモは要ります。要りますけども。

「……財布?」

「師匠から買い出し用の財布ゆーて預かっとんねん」

「は」

 財布を預かる感じの……。

 そんな感じの、関係性……。

 ……。

「鶯花、信号赤!」

「ハッ」

 気がつくと路上に居ました。手にはやたら高級そうな革財布とレシート、もう片手にはバーガーショップの紙袋があります。

「奥村くんおおきに……。ところで、あてはいつの間にここに……」

「覚えてねーのかよ怖! 勝呂の代わりにハンバーガー買いに来たんだろ? しっかりしろよ……」

「あ、あー、大丈夫、覚えとるよ大丈夫……」

 そうです、私、バーガー買いに行ってたんでした。あかん、脳がオーバーフローしとった。そして任務までまだ余裕はありますが、あまり遊んでいるわけにもいかない時間になっています。少しだけ早足でライトニングの教務室に向かい、ドアをノックし開け放って言います。

「竜士さま! 買うてきました!」

「お、まえ、何やそれ……」

 散らかった床を片付ける坊が振り返って手を止めました。床を散らかしていたライトニングは物音で一瞬こちらを見るも、何か探しているのかまた床を散らかす作業に戻ります。

「何て、ハンバーガーですえ」

「いや分かっとるやろ、何やいきなりその呼び方」

「別に、宝生のあねさま達はいつもこうやないですか。冬隣と宝生は仲良しなんですえ」

「ちゃうやろ、吐け」

「まあ、威嚇ですね!」

「やめえ! 師匠やぞ!」

 実際、ライトニングは全く気にしていないようなので威嚇としては不発です。でも、立ち上がった坊にハンバーガーの紙袋を渡しながら少し声を落ちつけて言います。

「でもね坊、弟子入りについては相手が四大騎士(アークナイト)やさけ静かになりましたけどね、もしこんなのが京都に知れたら……」

「……」

 立てた親指を首の前で横切らせます。

「あの先生、鴨川の藻屑や」

「そう単純にはいかんやろ……。……いかんよな? 確かに血の気の多い連中やけど……、でもお前がこれだけキレとるし……」

「冗談ですえ!」

「お前な……」

「せやけど坊が心配なんです……」

 そう言うと、背後の奥村くんは私の名前を呼び、心配してくれました。しかし坊は少し訝しげに言います。

「……前から思っとったけど、お前、俺のこと生娘か何かやと思っとらんか?」

「……? ……生息子ですよね?」

「またそんなマイナーな言葉を……」

 坊は呆れたように言いました。いいじゃないですか、別に。そういう言葉があるのは確かですし。坊は生息子ですし。でも、だから心配しているというのは、少し違うのかもしれません。ここまで来てしまったんですし、認めて、正直に言ってしまったほうがいいでしょうか。だって、計画通りなら、坊と要られるのもあと一月くらいですし。まるで告白でもするかのようにドキドキしながら、少し小さくなってしまった声で言います。

「……でも、心配てのは、たぶん嘘です。ほんまは坊が言うとった通り、……やきもちかもせん」

「それについてはちぃと悪い気はしとるんや……」

 私が一世一代の告白くらいの思いで言った言葉に対し、坊は軽く返事をしました。……あれ?

「大変な時期のお前をほったらかしとるのも同じやし、そもそもお前甘えたやし、せやのに肝心な時に限ってワガママの一つも言うてきいひんし」

「ま、待って下さい、あてのこといくつの子供やと思っとるんですか!?」

「俺と同い年の高一やろ」

「そうです、せやから別に色々一人で出来ますて!」

「なんにも言わんから、どうしたったらええのかわからんし」

 坊は心配げです。ですよね。山田くんの時と違って原因だって明らかで、なのに何も出来ませんし。何か甘えたほうが良かったでしょうか。でも。

「どうすればって、どうも。坊が、そのまま、坊のしたいようにしてくれはったら、あては幸せです」

「さっきキレとったやろ」

「ウッ……。せやけど、案外、大丈夫ですよ、あて」

 笑ってみせます。そう、大丈夫です。大丈夫にならないといけないのです。それに、心配されてるからって無理矢理甘えることを考えないのは、なんだか少し心が軽い気がします。

「そやって笑うようになったんは安心やけど……。志摩から夜中の話聞いたわ。無茶なことしたなるのもわかる気ぃはするけど、何も言わんで着いとったるから言えや……。取り返しのつかへんことがあったような気ぃしてならん」

 その言葉は別に、痴漢のことを指しているようには聞こえませんでした。勘のいい人でした。いえ、私がわかりやすかったのでしょうか。坊は私の顔をじっと見て言いましたから。でも。

「……もう、あったやないですか」

 取り返しのつかないことは既にあったのです。私は今こうやって、何でも取り返しのつく体になりました。それとも、私がそうやって自棄に不良少女するようになったことを言っているのでしょうか。でも、どっちも同じことです。坊が何か言う前に少しドアの方に下がって、更に続けます。

「まあ、体がどうにしろ、今は試験に集中するしかないんですよね。きっとその後も、またその後も、ずっと。人生ってそうなっとるんやと思います。心配事あっても、やれることしか出来ひんというか。ってことで、今後はちょくちょくカワイイやきもち焼きながら坊をお守りしつつ、祓魔師(エクソシスト)になるべく勉強していくということで……。というか、その、嫉妬とかして、迷惑やないです?」

「そんなことないわ。俺かてお前や子猫なんかが俺の気に入らんやつと楽しそうにやっとる時、面白くないこともあるし」

「え」

 初耳です。そ、そんな照れるわ。詳しく聞きたいような聞きたくないような気がします。私が何を言ったらいいかわからないうちに、奥村くんが言いました。

「へー、勝呂もそういうのあるんだな」

「最初に会った頃のお前とかな」

「えっ……。勝呂サン、おたくのオジョーサンお借りします」

「? 何や今更」

 ああ、今日の件。坊に説明します。

「今日、一緒に任務行くんです。恋人同士で乗ると別れるボートとかってやつで、あてら今日は恋人同士の役やるんです」

「またけったいな……、気張りや」

「あった! 話終わった? 出かけるから、ハンバーガー持ってついて来て!」

 急に立ち上がり、何か書類の束を掲げたライトニングが坊に言いました。どこに行く気なんでしょう。フェレス卿と書類について話してた気もしますけど、あれでしょうか? とりあえず、見送る背中に言います。

「ライトニング! あてまだドラグレスク博士のアドレス持ってますからねー!」

「相手はラボの所長なんだから迷惑メールはだめだよ~」

「ウッ」

 それにしても、よかった。私、間違ってませんでした。男の師匠相手であんなにカッとなっちゃうのです。坊に好きな女性ができた時、私、とうてい正気でいられないでしょうから。

 あの夜、フェレス卿にお願いしたのです。私が任務を終えてなお、皆を騙しおおせたら、その時は。

 ――いいでしょう。作戦成功後、貴方の身柄が査問係に引き渡されるまでの間に、()()であることが公にならなかったら……その時は、貴女を秘密裏にどこか外国の支部に配属しましょう。そしてその支部で試験を受け、合格の暁には誰も知り合いの居ない環境で祓魔師(エクソシスト)になる、と。お安い御用です。むしろその後の身柄については悩みどころでしたし、こちらからお願いしたいくらいだ。これなら尚更きちんと嘘のつけるレディに仕立てなくては。いよいよ悪魔の仕事らしくなってきてワクワクしますね。いや、ここはヒギンズの気分というべきか。どうですライトニング、賭けでもしませんか。

 ――悪魔との賭けなんてゾッとしないな。でも、ピカリング役じゃなくて、ヴァチカンから来た男としてだったら名義貸しも考えるけど?

 ――えー、そっちですか? まあ、それでもいいでしょう。証文を作ります。署名に名前はいりません。ただ、ヴァチカンからの男と書いていただければ。

 ――ではそういうことで……。これで前から滞ってた書類の手続き、どうにかしといてよね。でも、フェレス卿が勝ったら君、何処にいくつもり? 勝者はフェレス卿でも日本には居たくないみたいだし。ヴァチカン来る? 賭けの()()には合わないだろうけど、本人が来たいって言うならいいでしょ。

 ――まあ行きたいなら止めませんよ。試験は配慮するにしろ、基本イタリア語なのであんまりオススメできませんけど。

 ――今やヴァチカンも人手不足だし考えといてよ。まあ何はともあれ、かつてグレートヒェンと呼ばれた()が全部持ってく展開にならないといいけれど。

 ……途中からおじさん二人が勝手に盛り上がってましたね。本当は仲良いんですかって聞いたら二人して全力で否定してましたけど。

 そして、現地集合先である学園町内の池の周りの林に向かいます。任務では、近くの寺の境内から出てきたらしい三猿鬼(スリーワイズモンキー)だの、ぬかるみで発生した擬態霊(シェイプシフター)だの、恋人たちの中を引き裂くには十分な効果のある悪魔の二本立てに挑みました。お互い想い人のいる状態で臨んだ奥村くんとの恋人ごっこはやっている間に自分たちで笑っちゃうどころか、それを見込まれて擬態霊(シェイプシフター)がしえみちゃんだの坊だのの姿を取っていましたけれど、結局どうにかなったので大丈夫です。いや、奥村くんとしえみちゃんの今後は心配なんですけど。他人事じゃない私は、もう走り切るしかありません。




 この場を借りてライトニングに謝りたいです。一応原作に描写のあることしか書いてないはずなんですけど、フィルターかかった女子高生に描写させたらなんだかとんでもない感じになってしまいました。
 いつの間にかオリ主が持っていた高級財布については、ライトニングはマジックテープ式の財布を使っている→財布を見かねたアーサーさんがクリスマスか何かの折に革財布を贈る→革財布は放置される→勝呂くんが日本にて革財布を発掘する→何かを買い出しに行かせるたびにお札を渡すのが面倒になったライトニングが革財布を勝呂くんのお使い用財布にする(そしてライトニングはマジックテープ式のくたびれた財布を使い続けている)て感じの流れが裏にあります。
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