花に嵐   作:上枝あかり

6 / 72
女生徒 6

 色々不安はありましたが、塾をやめはった朴さん以外の同期みんなで候補生(エクスワイア)に昇格できました。候補生(エクスワイア)となるとあちこちの現場に駆り出されましたが、まだ実戦許可は降りていないためおおよそ雑用です。まともに前線に出されても困るのですが、要は最低限の知識を持ったバイトのような扱いなので物足りないような気がするのは事実です。しかし、こうやって現場の空気に慣れていくのが下積みであり塾の意味でしょう。ちなみに私の初任務は土塊(ゴーレム)の材料採りでした。トラックに載せてもらって連れて行かれた山の指定された場所の土を掘っては猫車に積んでトラックに持っていくだけの簡単な肉体労働。鍛えていますので女にしては力持ちと自負していますが、いささか男子向けの任務であったことは否めない気がします。

 二回目の任務は遊園地での(ゴースト)探しでしたが、地震が起きて建物が壊れたり、山田くんと思っていたはずの同級生がお姉さんになって奥村くんを連行したりと、後から杜山さんに男の子の(ゴースト)が満足して消えたことを聞くまでは一から十までわけのわからないうちに終わってしまって、更にはそのお姉さん、霧隠シュラさんがネイガウス先生の代わりに講師に着任したりしました。奥村くん連行の理由やらネイガウス先生の行方やら霧隠先生が生徒のふりをしていたことやら、そういうことは全部大人の事情で流されて、正直正十字騎士團は大丈夫なんかと思わんでもありません。いえ、明陀宗も大概秘密の多い組織なので、あまり他所の事はいえませんが。それでも宗派も国籍もバラバラの組織でこんなに秘密があると匂わせるのはうまいやり方とは思えません。

 まあ、そんなことは置いておいて。今日は備品庫の整理の任務です。杜山さんと、引率の下級祓魔師(エクソシスト)の方と一緒に、学園中層にある資材搬入庫に運び込まれた備品をチェックシート通りあるか確認して、それから下層の各倉庫に台車で運ぶのです。ですが、杜山さんの緊張は置いておいても、どうやら候補生(エクスワイア)の引率が初めてらしい下級祓魔師(エクソシスト)の方の緊張の度合いがとんでもなく、どこか不安を誘います。そのうえ、私も今日は体調が万全ではないのです。(グール)の魔障はもう腕も口も体も跡形もなく治っているのですが、今日は生理の一番きつい日なのです。しかもうっかり痛み止めを忘れていたので、恥を忍んで坊にお薬をもらいました。本当は借りるだけで、後で私の薬一回分で返すと言ったのですが、バフォリンルナなん飲めるかと怒られました。ちゃんと裏書きどおり15歳から鎮痛剤を飲み始めた私と違って、坊は偏頭痛のために対象年齢未満の中学に入った頃から半錠に割って飲んでいたので、お薬へのこだわりも強いのでしょう。……いえ、そこが問題でないのはわかっています。多分と言うか間違いなくルナが問題です。

 薬は私が飲んでいるものとは違いますが、今のところうまく効いてくれています。そして倉庫内で搬入されている備品が全てあるということをチェックした後、今度は台車で運ぶことになりました。ただこれが難題で、台車を転がすことから鍵が使えないというのです。この学園はフェレス卿によって結界や罠が張り巡らされていて、鍵を使わなくてはまともには行けない場所も多いとのことなので、ただでさえ広い学園内を面倒なルートから上下しなくてはいけないようです。空はおりしも夕立のきそうな湿気った空気。雨に振られないことだけ祈って台車を転がし学園内を右往左往します。いえ、迷っているわけではなく、本当に文字通り右往左往なのです。まっすぐの道をわざわざ柱の間をじぐざぐに通って行かないとたどり着けない部署、すぐそこに見えるのにその場で三回回ってワンと言わなければ行けない倉庫、備え付けの鏡に手持ちの鏡で合わせ鏡を作らなければ現れないドア。魔法みたいと感心する場面もあれば絶対悪ふざけやんとキレたくなるしかけまで。こんな面倒な手段でもたどり着けるのはまだいい方で、杜山さんのお家の祓魔屋さんは物理的には近づけないと祓魔師(エクソシスト)の方は教えてくれました。

 緊張した祓魔師(エクソシスト)の方が二、三度道を間違えたりしたので当初の予定をやや過ぎた頃。曇り空からついに雨が降り出しました。ちょうど外を歩いていて、荷物が重いので傘も持っていなかったのですが、箱の中身はビニールで梱包されている上水濡れ厳禁という類のものではないらしく、私達さえ我慢すればどうにかなるかと思ったところでした。

「ちょっと待って下さいね!」

 杜山さんが言いました。

「ニーちゃん、コロロさんを出せる?」

 杜山さんの支給されたという高校の制服のポケットから、例の緑男(グリーンマン)が出てきました。緑男(グリーンマン)はうなると、小さな体から傘になるくらい大きな(ふき)の葉を何本も生やしました。杜山さんはそれを収穫し私達に配って、さらに台車にもかぶせます。

緑男(グリーンマン)……の幼生?」

「杜山さんの使い魔です。この子のおかげであてら候補生(エクスワイア)になれたようなもんで。杜山さんもニーちゃんもおおきに」

「うん!」

 祓魔師(エクソシスト)の方は少し驚いていますし、見た目はたいへんファンシーなのですが、これで濡れずに移動できます。本当に、見た目はファンシーなのですが。祓魔師(エクソシスト)の方は気を取り直してまた歩き出しました。これが最後の荷物です。

「それにしても面白いなあ。ニーちゃんって杜山さんのつけた愛称をちゃんとわかっとるんやねぇ」

「うん。本当は覚えなおそうとしてるんだけど、ニーちゃんはわかってくれるからつい甘えちゃって……」

 杜山さんは軽く赤面しました。耳も赤くなっていますが、どうやら杜山さんは赤面症の気があるようです。

「そもそも、ニーちゃんは日本語わかっとるんやろか」

「え?」

「ニーちゃん、言葉話せんやん? それは下級悪魔やからや思とったんやけど、ほんまは日本語はわかってなくて、杜山さんの思考を読んどるだけなのかもせんなあって。そしたら、杜山さんがどんな名前で呼んでも何の植物を出したいのかはわかるやん」

「ああ、なるほど! 考えてもみなかったや……、悪魔学の先生に聞いたら、わかるかな? 私、よく考えたらニーちゃんのこと何にも知らないや。植物が出せるのだって、サンチョさんがいればって言ってたらニーちゃんが出してくれたから初めて知ったんだし。ニーちゃんのこと、もっと知りたいなあ」

「あの! ふたりとも、次の角右ね。目的地は左なんだけど、ここは右に曲がります! その後、ものすごぉく長いあいだ歩き続けるけど、ふたりとも大丈夫?」

「大丈夫です」

 祓魔師(エクソシスト)の方の声に返事して右に曲がります。雨脚はだんだん強くなり、バシバシと(ふき)の葉を叩きます。

「はあ、でもええなあ、仲ええ使い魔て。お寺の姉さん方に手騎士(テイマー)もおって(ナーガ)と戦っとるんやけど、杜山さんも姉さん方も使い魔と仲良うてうらやましいわ」

「ニーちゃんはいい悪魔だから……。あっ、神木さんのお稲荷さんももちろんいい悪魔だけど、プライドが高いから、仲良くって感じじゃないよね」

「おん、あての知っとる悪魔はどっちかゆうとああいう感じやから、なんや無い物ねだりやわ」

 兄の召喚する悪魔もどちらかというとビジネスライクな感じで、なにもないときにも呼び出すというタイプではありませんでした。廉造さんは志摩家の本尊を継いでいますが、あれも何やら大変なようですし。

「知ってる悪魔? お寺には他の悪魔もいたの?」

「あー、あては手騎士(テイマー)の才能さっぱりなんやけどね、家の方から持たされとる刀があって、それで喚べる悪魔がおるねん。喚べる言うより、ちぃとややこし事情であてに喚ばれてくれるって感じなんやけど……」

「どんな悪魔さんなの?」

「んーとな、さっき言うとった手騎士(テイマー)の姉さん方は、同じお寺の宝生さんちの姉さんなんやけど、その宝生さんちの本尊の軍荼利(クンダリ)さんっていうねん。その宝生と冬隣はなんや先祖が仲良かったとか命の救い合いをしたとかで、昔々お互いの家の本尊を召喚するための(よすが)を送りあったんやって。せやからうちには宝生の本尊の軍荼利(クンダリ)さんを喚べる懐剣があって、あてが持たされとるんやけど、よその本尊様やから滅多なことでは喚ばれへんし、上級悪魔やから消耗激しいし、そもそもあてに才能ないからめちゃくちゃ代償持ってかれるしで練習以外で喚んだこと無い宝の持ち腐れやねん。性格は、やっぱりなんや固いなあ」

 兄ならそれなりにこなせる上に、宝生にあるうちの本尊を喚べる太刀も同じくまともに使われているので、坊のそばに居るという理由だけで渡されたそれは少しコンプレックスを刺激します。

「お家にはいろんな事情があるんだねえ……」

「あて杜山さんのお家も気になるえ? 祓魔用品店なんやろ? やっぱりいろんな道具に触れて育ってきたん?」

「ううん、商売道具だからそんなに触ってないよ……、あ、でも、薬草とか植物には囲まれてたかな。お店には出なかったから、名前は自分でつけちゃってたんだけど……」

「へえ、薬草に。祓魔屋さんにはもう干して生薬になったやつばっかあるんやないの?」

「うん、生薬が多いけど、うちのお庭で色々育ててたから。いっぱいあるんだよ。正十字の学園祭に卸してるお花はうちのだし!」

「すごいなあ、卸すくらいあるてもうそれお花屋さんやん。そっちは手伝ってはったん?」

「うん。おばあちゃんが色々教えてくれて。だからお庭とお花については私もちょっと自信あるんだ」

「ええなあ、杜山さん薬草の知識すごいし、実用的なのにかわええやん」

「そ、そんなことないよ……、あのね、ところで……」

「おん」

「さっきから、ずっと同じところを歩いてるよね……?」

「せやねぇ……」

 そう。さっきから、同じ景色のところをずっと歩いています。両脇に洋風のおしゃれな街灯が並ぶ道を歩き続け、前を見ても地平線まで同じ街灯ばかりですが、後ろにはだいぶ前に曲がった角がすぐそこにあるのです。祓魔師(エクソシスト)の方が振り返って言いました。

「あのね、ここは空間を合わせ鏡みたいに繋いであるからどこまで行ってもこの街灯の道なの。でも、132本めの左の街灯の横を入ると、正しい道に行けるから大丈夫」

「そうなんですか。なんやほんまに物語みたいですねえ」

「今109本目だから、もうちょっと歩くよ」

「はい!」

 杜山さんが元気なお返事をしてまた歩き出しました。雨はもう土砂降りで、杜山さんの傘がなければきっと戻ることを提案していたくらいでしょう。跳ね返りでタイツは随分濡れてしまいました。足元が冷えてきたせいか痛みが薬の下から這い出してきたように頭蓋を叩きます。私のお薬より坊のお薬のほうが大分強いはずですが、効果時間は変わらないのでしょうか。

「はい、132本め。ここです!」

 祓魔師(エクソシスト)の方が街灯の横を指して言いました。覗き込むと、確かにそこには道がぽっかり浮かんでいます。街灯の間をすりぬけねばいけないので、私が先頭で行きました、が。

 ものすごい風が正面から襲ってきました。今まで経験したことのない、暴風警報よりも強いのではないかというくらいの風です。傘代わりの(ふき)の葉はあっという間に吹き飛ばされ、踏ん張ってみるものの台車ごと押し戻されてついにはバランスを崩してたたらを踏みました。その途端に風はやんだのですが、残念ながら脚がそのままもつれて転んで、運悪く水たまりに突っ込みました。ぱ、パンツは濡れてないのでセーフ、と思いたいのですが他はびしょ濡れです。

「……え?」

「きゃああ、大変! ニーちゃん、コロロさんをもう一回出せる? そうだ、シ……ちがう、習ったよね、ええと、弟切草! ニーちゃん弟切草も出して!」

 幸い、先頭の私だけで被害は収まったようなのですが、祓魔師(エクソシスト)の方は驚き、杜山さんは慌てて新しい(ふき)の葉を出してくれました。

「冬隣さん、腕見せて!」

「い、いや大丈夫やから、ちゃんと受け身とった」

「だめ! 打ち身も放っとくと、大変なんだよ!」

「ほんまになんともないって!」

 嘘です。そこまで俊敏ではないので、本当は打って熱も持っています。ガツンという音もしていました。実際しびれたような腕を動かすと、変なところに響いて痛みがあります。しかし患部を見せるというのは火傷痕も見せるということです。夏服の時期にわざわざ制服の下に長袖を着込んでいる理由を、杜山さんは知りません。杜山さんは、私が腕を動かして痛がった顔を見て、私のシャツの袖口に手をかけました。

「肘を打ってたでしょ? 脱がなくていいから、ちょっと捲って!」

「杜山さん! ええって言っとるの!!」

 杜山さんの手を、強く振り払ってしまいました。私の怒鳴り声が、無限に続く道に響きました。雨音は強かったのに、私の拒絶を隠してはくれませんでした。杜山さんは、傷ついたような、傷つけたような顔をして、うつむきます。祓魔師(エクソシスト)の方が言いました。

「冬隣さん、杜山さん、ごめんね。私の数え間違いだったみたい。今のはトラップだと思う。でもトラップがあるってことは、この近くのはずだから、わたしが確かめます。その、ふたりとも、ほんとうに、ごめんね……」

 祓魔師(エクソシスト)の方の声は、涙でうるんでいました。私も杜山さんも自己嫌悪で落ち込んでいましたが、祓魔師(エクソシスト)さんの様子を見るとそうそう落ち込んでいられず、お互いぼそぼそと謝り、私は風で荷物を落とした台車を片付けました。杜山さんはさっき出していた草を収穫するとハンカチの中にまとめて、私に差し出しました。

「冬隣さん、これ、弟切草。絞り汁を、患部につけてね」

「おん、ありがとぉ」

 受け取って、ポケットの中に包みを入れます。雨はいっそ水の中に突き落としてくれたほうが楽なくらいに降りしきり、止む様子はありませんでした。寒くて、風邪を引きそうでした。




宝生の本尊=軍荼利明王は蛇召喚の真言からの推測です。志摩家が錫杖飛ばす時に唱えてるのが大威徳明王(=ヤマンタカくん)の真言だったので、その法則で言えば軍荼利明王の真言を使う彼女らのお家は軍荼利明王が本尊であろうと。元は夢主の家の本尊が軍荼利明王の予定でしたが、よくよく情報整理していたらそうなったのでこんな設定に。
弟切草の絞り汁は一応打ち身に効くそうです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。