花に嵐   作:上枝あかり

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少女地獄 5

 金剛深山は明るく見えました。夜空を赤く照らすのはドラム缶の火。周りに祓魔師(エクソシスト)さんたちが待機していますし、彼らが明かりと暖を求めて焚いたのでしょう。びゅうと吹き下ろす北風。音もなく現れたけれど、こちらを見ていた人に気づかれて、でもあそこは、そうちょうどよく降魔堂。駆け寄られる前に結界を作って、更に強化します。

 なぜ、居所がバレたか。ずっと隠れ家に居た和尚(おっさま)はおそらく関係ありません。なのでとりあえず先に移動してもらいましょう。ついでに和尚(おっさま)に経典を持ってもらいます。行き先は、ええと、追跡されていた可能性がある以上、吉田山は使えません。影で宝ヶ池へ和尚(おっさま)を送ります。

 それから祓魔師(エクソシスト)さんたちの方を見直しました。意外にも警邏三番隊で、封印係の人間などは居ないようです。吹きすさぶ風にばらばら雨粒が混ざってタイツを濡らしました。ああ、降ってきよった。

 普通の祓魔師(エクソシスト)は、あまり結界破りが得意ではありません。張る方ならともかく破る方は専門技能に近いので、本職を呼ぶものですから。そもそも結界を張るのは上級悪魔か人間で、つまり専属の討伐隊など組まれるような相手ばかりです。現に今、祓魔師(エクソシスト)さんたちは蕁麻(イラクサ)を使って破ろうとしています。あれは魔力減退を及ぼすので効かないことはありませんが、結界破りのためのものではないので、あまり急ぐ必要はありません。

 危惧していたのは封印係でした。私は今も孔雀明王など仏教系悪魔の魔力行使メインで結界を張っていますが、悪魔憑きがそれをするのは、辻褄が怪しくなります。詠唱の方はベールの下であればベールに誤魔化してもらえると聞いているのですが、結界を破れる、つまり調べられる人間に結界を見られればバレます。

 不安ではありますが時間ももったいないですし、とりあえず自分の体を調べようとしたときでした。影に引っ張られて、グンと体が反ります。さっきまで頭のあったところに見えるのは、夜闇の中でなお光る黒い炎。ああもう、いないはずなかった!

 上体をひっくり返るくらい反らして、そのまま気配を消すのが得意なスパイの腰を両手で掴むと、逆立ちするみたいに足を振り上げます。私は逆立ちできませんが、影が体を持ち上げて、膝を志摩さんの肩に当てて体重をかけて倒します。唐突でありえない動きにそのまま仰向けに倒れた志摩さんの手を踏んづけて錫杖を奪うと、錫杖の先の黒い炎は消えました。周囲に視線を走らせながら空けた利き手では杭を持って。

 別に感覚はオマケしてもらってません。だけどここでは、見つけないと命取りになる。第一目標は奥村くんで、その性格と作戦上の役割からして。

「その心には悪がある――」

 聞こえ始めた詠唱の後ろ、護衛と奇襲の立ち位置!

 力一杯杭を投げました。日頃なら届くはずありませんが、影で今なら腕力がある。着弾を観測する余裕はありません。そのまま信じて悪魔の動きを封じる真言を唱えます。

「燐!」

 そこで気づいて下を見ました。ベール越しなら言葉は誤魔化される。でも私今志摩さんの上に居て、きっと志摩さんはベールの下に居る!

 しかしいつの間にか、私は肩から振袖を掛けていました。きっと落としたと思ってたのに、いつの間にか戻ってくるのは呪物(フェティシュ)の定番です。志摩さんの顔は振袖で覆われて、どうやらそれが志摩さんの動きを止めることにもなっているようでした。今は振袖がベールにできることならできるって信じるしかありません。

 奥村くんの方を向いたそのまま、袖からふるい落として出した金剛杭でまずは坊の喉元に狙いをつけます。

「マ! 孔雀忿怒要訣(クジャクフンヌヨウケツ)断末摩境界(ダンマツマキョウガイ)!!」

 いつかの屍人(ゾンビ)のように動いてこそないものの、あまりにも遠い。気道を塞ぐのを狙いますが、狙いがぶれて頸動脈を塞いだらまずい。いえ、いいえ! 私が坊の、あの喉仏を見誤るなんてありえない。

 喉を押さえて屈んだ坊の次、一緒に悪魔を落とすための詠唱していた子猫さんを狙おうとしたら、腕がぐん、とブレました。かすめてく銃弾、耳に遅れて飛び込む銃声。そして襲いかかってくる白狐(ビャッコ)

 慌てないで、慌てないで!白狐(ビャッコ)に“私”を最終的にどうこうする力はありません。ただ、邪魔なだけ。銃弾だって、殺されるわけやない。握ったままの志摩さんの錫杖でドン、と地面をついて結界を張って、白狐(ビャッコ)は一緒に入れてしまったけど、弾一発分くらいの時間は稼げるはず。その一瞬で、子猫さんを片付ける!

「マ!」

 ブレなかった腕の集中で子猫さんの喉を狙えました。坊の後ろだとか、とにかくどこかに隠れられたら困りましたが、子猫さんはそうしません。

 即席の結界が二発目の弾で割れたのをいいことに、志摩さんの体を縛る(まじな)いを唱えながら立ち上がり、奥村先生と、一緒にいるしえみちゃんの姿を捉えます。あれは鳥総寺。ならば結界は一瞬です。肩から振袖を奪おうとする白狐(ビャッコ)には、どうやら振袖が例の重さで対抗してくれていました。それより警邏三班の結界が不安です。志摩さんの上で仁王立ちしてたのをよろけるように離れて、ベールから白狐(ビャッコ)も出たのを確認してから真言で強化します。びりびりした緊張感の中に足音が聞こえて、振り向くとそれは神木さんでした。祝詞をあげようとする彼女に応えて白狐(ビャッコ)が離れた隙に、同じ手口で神木さんの喉を塞ぎます。祝詞をあげるとき、彼女は無防備になる。それを守る人は今いません。神木さんの受けた攻撃に白狐(ビャッコ)が 対応する前に、素早く簡単な結界で白狐(ビャッコ)も閉じ込めました。坊の気道を塞いでから、随分経ったような、まだ直ぐのような、とにかく早くしないと。

 ――ころしちゃいかねません。

 一瞬よぎった思考の、まるで、悪い風邪の時に飲んだシロップ薬みたいな、どろっと物騒な味に、固まることのできる余裕はありませんでした。なんで追われたのか調べないと。肩で息をしたくなるのを堪えます。こんなにたくさん結界を張って、無理をしすぎです。頭がぐらぐらします。握ったままの錫杖を杖代わりにして、やっと余裕みたいな姿勢ができる。

 ええと、制服にはさっき杭を仕込んだから調べたようなものです。振袖に何かあれば振袖がわかるはずです。だから調べるのは、ベールの花飾り。

「ピギッ」

 花に手を突っ込んだら、追われるように、鉛筆ほどの太さの蛇が地面に落ちました。

「迷子蛇……!」

 (ナーガ)は再び私に登ろうとするので、錫杖をシャンと鳴らして結界を張って閉じ込めます。杭はもう制服に仕込んだだけなので、なるべく節約しないといけません。錫杖はあまり触ったことはありませんが、この(ナーガ)にはこれで十分のはず。見れば見るほど懐かしい(ナーガ)でした。

「蝮ねえさま、やろなぁ……。気づかんかった。流石やあねさま」

 私も気を遣っていましたし、振袖だって気づいていなかったようですし。何が牙が抜けた、や。普通に現役やんあの人。

 この(ナーガ)は蝮ねえさまの使い魔です。私が小さい頃、外に出るのを嫌がった時に、これで迷子になったときも大丈夫、と(ナーガ)をポケットや鞄に入れてくれたのです。居場所を探すために使ったことは一度あるかないかでしたが、側にこの大人しく優しい(ナーガ)がいるのに安心して出かけられたことは沢山あります。いよいよやってくる眩暈のような、いっそ意識の遠のきのような眠気をやり過ごしているときでした。

 足が勝手に跳ねました。再びの銃声。

 奥村先生としえみちゃんの結界が崩れていました。しえみちゃんのニーちゃんの体から木が生えて、それが結界を破ったようでした。なぜ、って、ああ、あれは境木(サカキ)の木……!

「なんていうんやっけ、こういうの」

 独り言のように言います。ええと、頼りになる、じゃなくて。

「ああ、小賢しい!」

境木(サカキ)は確かに結界になりますから、ニーちゃんによって急成長させれば結界に干渉して最後破壊できるでしょう。なんで私、こんな壊れゆくのを感じなかったのか。だって今、頭の一部がやたらと重い……!

 奥村先生の銃撃は私の足元ばかりを狙って、私はまるで童話の悪い女みたいに飛び跳ねつづける羽目になっています。私が足元に逃げ込むことや攻撃を避けることが既に向こうもわかっていて、その対策でしょう。

 逃げるためには奥村先生を無力化する必要があって、その為には結界を張り直さなくちゃならなくて、それにはしえみちゃんの境木(サカキ)が邪魔をします。魔元素の形成図的には氣属性、いえ相手が木である以上炎? 坊はまだ意識あるみたいです。肺活量的に子猫さんや神木さんの方がまずいかもしれません。いっそ口でどうこうしたほうが早いかも。

「せんせい、ひょっとして、今のわたし、強いんと違いますか。よろしいですね。思い通りに出来るって、とってもよろしい。全部、どうにかできます」

 奥村先生はなんにも言ったりしませんでした。むしろ銃撃が激化した気すらします。二丁拳銃でリロードすら早いのは流石天才祓魔師(エクソシスト)、なんで私この人を後回しにしちゃったんでしょう。先生としえみちゃんは私から離れていて、封印で動きを止めるのもやや心もとない位置です。やっぱり鳥総寺の結界を張って、一瞬でもいいから稼ぐしかありません。さっき破られたそれをもう一度張ります。もう、もう時間がありません。窒息が怖い。その時。

「待って!!」

 しえみちゃんが大声を上げました。手元で魔法円の描かれた紙が破かれて、ニーちゃんはしえみちゃんの方を不思議そうに見ながら消えます。それですぐに結界を破る手段はなくなって、でもこれ以上ここにいられません。しえみちゃんは叫びます。

「鶯花ちゃんは、こんなことがしたいんじゃないよね! こんな、こんなふうに、みんなを傷つけたいんじゃないよね!!」

 しえみちゃんの言葉に集中していなかったのは、それこそ窒息死させる恐怖からだったでしょう。後ろの奥村先生が銃撃をやめて何か呟いてて。あれは、何?

 あたりに印章が光り出しました。影に逃げ込みます。見上げた頭上に水の塊が見えて、私はそれより、しえみちゃんの言葉に答えなくていいことに安堵しました。




 例によってだいたい捏造です。オリ主側の作戦というか優先順位は、炎で結界を破れそうな奥村兄・志摩→詠唱が(効かないとバレると)まずい勝呂・三輪→靈に強い(はずなのに効かないのがバレるとまずい)神木って感じでした。故に奥村弟・杜山を後回しにしたわけですが、塾生側もそれはわかっていた感じです。特に神木がわざわざ前に出てきたのは杜山が結界を破るのから夢主の注意をそらすためです。トドメは雨も降っていることですし奥村先生の水精の水牢ですが、このあたりの作戦はややしえみちゃんとの間で食い違いがあった感があります。……なかったら負けた!少女地獄編完ッ!でした。夢主の煽りが若干効いたと言うか、この頃の奥村先生と言うか。
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