「や、フリーナ。久しいね」
「うわッびっくりした!」
「そろそろ慣れるべきじゃないか?」
「そっちが突然出て来るのが悪いんだろ!?」
飛び上がった心臓を片手で抑えながらフリーナ・ドゥ・フォンテーヌは自室で突然自身の背後に現れた不審者を指さした。
「こらこら、人に指を指すなって。前から言ってるだろう?」
両手を掲げ降参のポーズを取ると不審者は呆れるように言った。セミロングの跳ねた黒髪に表情の伺えない仮面、黒とグレーで彩られたシャツとパンツスーツ、その上からコートを羽織り、手には少し無骨なグローブ。髪と声以外隠された、正に不審者。驚いても仕方ないだろう。
「なら普通に面会で来ればいいじゃないか。僕は忙しいんだ!」
「おいおい、今日は休日だろう?水神様はやけに仕事熱心だな」
からかいながらそう言うと、彼女は手にした小さなカバンからアフタヌーンティーセットを取り出した。本人曰く簡単な手品らしいがどうやって入ってるんだか。
「まぁそんなに時間を取らせるつもりは無いよ。いつものお茶会さ」
「はあ……」
テキパキと準備を進めるその姿にため息をつきながら椅子へと腰掛ける。彼女は何年かに1回僕の自室にお茶会をしに来る。特にこれといった交渉ではない、ただの雑談。正しい礼儀作法は二の次である。
「最近忙しいんだろう?就任したばかりなのによくやってるじゃないか」
「当たり前だ、そうでもしないと……」
咄嗟に声が詰まる。危ない危ない、これは言っちゃいけないんだった。彼女は特に気にした仕草も見せずポットに茶葉を入れた。彼女が僕とお茶会を始め出したのは何十年も前になる。そう、僕が水神としてこの国の神座に座る前からだ。といってもその頃の記憶は何故か曖昧で、彼女が親友であるということ以外僕に情報はない。就任日の夜、彼女に会った時の事は今でも忘れられない思い出だ。もちろん良い意味かどうかは……。
「お、そろそろかな」
そう言うと彼女はシンプルな装飾で飾られた2つのカップに茶を注いだ。音を立てず注がれた液体は、いつ見ても綺麗な紅だ。混じり気ひとつ無い。
「さ、思う存分飲んでくれ。折角の休日なんだ。休まなきゃ損だろ」
「じゃあ遠慮なく……」
手袋を外しカップにミルクと砂糖を入れ、よくかき混ぜる。みるみる内に紅は濁り明るいベージュを成す。口元へ近づけると、爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。神らしい高貴な印象だ。
(おお、これは……)
口に入れるとその香りは残らず一気に喉元を突き抜け、独特な渋みをミルク達が優しく包み込んでくれる。仕事柄茶を飲むことも多々あるのだが、それにしても何処か安心する味わいだ。ミントに似た香りも少し含まれている様に感じる。
「その茶葉は丁度フォンテーヌ産でね、気に入ってくれたようで何より」
フォンテーヌは標高が高く、ミントも幾つか自生している。安心する味なのもまあ納得だ。
頬杖を着きながら此方を見る彼女。多分仮面越しに微笑んでいるのだろう。流石に慣れてきたぞ。
「前から思ってたんだが、茶を飲む時くらい手袋を外しなよ」
「断る。落ち着かないもんでね」
グローブを嵌めたまま彼女がカップを顔に近づけると、仮面が変形しその口元が顕になる。
「飲みづらくないの?」
「全然」
口に茶を含み、飲み込むと一言
「素晴らしい。500点だな、自分に拍手だ」
それからグイッと飲み干すと彼女はカップとソーサーをテーブルに置いた後小さく拍手した。もっと味わったらどうなんだろうか?折角上手く淹れられたのに。
「自信満々で羨ましいな」
「君も、面ではもっと堂々としな。でなきゃ釣り合わない」
「……」
畏敬、尊敬、崇敬。僕は果たして神らしく振る舞えているだろうか?振る舞えなきゃ皆を救えない。それが僕にできること。孤独でもやり遂げなきゃならない。いつまで続くか分からない苦しみ……それを選んだのは自分だろうに。
「ま、今この時間くらいはいいんじゃないか?神でも友人は対等であるべきだ」
彼女の言う通り、僕も休みが必要だな。寝る時とこのお茶会の時くらいだ、僕が自由なのは。彼女は民ではない、だから無理に大袈裟に振る舞うつもりは無い。神は友人にまで見栄を張らないだろう、僕の推測だが。
「私も君以外の七神に会ってみたいものだけどね、モンドは行方知らずで璃月は年一回、雷神は怖いし、草神はまだ若……そういえば君と同期だったね」
「僕は僕だ、僕なりの振る舞い方がある」
「なら良し」
何処か安心したかのように彼女の口元が微笑んだ。まさかバレたりしてないよな?
「さ、続けようか」
セットの下段に置かれたサンドウィッチに手を伸ばす。見た感じタマゴサンドだろうか。
「はむっ」
ん、これもイケるな。口にしただけでもかなり新鮮な卵を使っているのがよく分かる。濃い卵の旨味にあらびきのブラックペッパーがアクセントを加えていて飽きない。海苔が少し掛かっているが、それもいい。海苔なんて滅多に食べることは無いからありがたい。機会があれば取り寄せてみるかな?海藻だし、ウエストを気にする必要もないはずだ。未だ未踏派の海に思いを馳せていると、あっという間にタマゴサンドを食べ切ってしまった。
「どうだい?新鮮な卵だろう。今朝取れたものでね、いやあ運が良かったよ」
「今朝?自分で取ってきたのかい?」
「あぁ、起きたら泊まっていた宿の上に巣が見えたものでね。少し拝借した」
「な、なるほど……」
「大丈夫大丈夫、代わりにミミズを数匹入れておいたから親鳥につつかれる事はないよ」
ハッハッハと彼女は笑ってみせた。知り合ってから少しして分かった事だけど何処か彼女はズレている。
「そういう問題じゃないと思うけど……」
なんだかそれを聞くと唐突に申し訳なく思えてくるな。とはいえ食事は大事だ。数少ない僕の幸せな時間。感謝を胸にいただこう。
「今日はタマゴサンドの他に新作も作ってきたんだ、是非試食してくれ」
「新作?何が違うんだい?」
残された新作とやら、見た目は普通、具材もレタスにベーコンとマヨネーズ。見えないだけで何か別の具があるのだろうか?手に取ろうとすると彼女が待ったをかけてきた。
「おっと、中身は見るなよ?」
「なんで?」
思わず首を傾げてしまう。自分も食べるであろう筈のものに変なモノがある訳ない。彼女の事だ、美味しいであろう事はある程度保証されている。
「先入観無しに食べて欲しいからね、でなきゃ講評にはならない。なにより今回は自信作でね、君からお褒めの言葉を頂きたい」
「なにか怪しいけど……ま、そう言ってくれるなら食べるとするよ」
勢いに任せガブッと一口。口に入れてみると、何やら奇妙な食感が。
(なにこれ……ナッツ?)
先程の具材は当然として、何か一種類知らない食材が混じっているな。食感はほぼナッツだし、味も近い。ただなにか、違和感。知らない良い香りがする以外問題無しだ。ペロッと食べ終わってしまった。
ナッツ以外にもベーコンの塩味がやや強めにされていて、いい感じにナッツであろうものの甘味が相殺されていた。それをマヨネーズで補助し、レタスでサッパリと締めている。
「うん、全然美味しかったよ?でもナッツを入れるのは面白い発想だね」
「んふふ、正解は食べ終わった後にでも話そうじゃないか」
ナッツじゃないのか?なら一体何を入れたんだろう。類似する食品なんて皆目見当もつかないけど。
─────
彼女は一応冒険者(自称)だった。その為彼女の土産話は退屈な日々に彩りを加えてくれる。それがこのお茶会の楽しみの一つでもある。対して僕はというと、特に面白い話は無い、日々のちょっとした愚痴があるだけだ。でも、こうやって素に戻れる時間は貴重だ。あの予言について話すことは無い。僕から話すのはそれこそ危険だし、彼女は以前その話を拒否した事がある。曰く面白みがないかららしい。
そんな風に他愛のない話をしながら過ごしていると、遂には上段のケーキも食べ尽くしてしまった。
「おっと、もう終わってしまったか。早いねぇ、次はいつになることやら」
「で、結局中身はなんだったんだい?」
二杯目の茶を啜りながら尋ねると。仮面を閉じ、口元を隠し、彼女は答えた。
「あぁ、ミ○ワー厶だよ」
茶を吹いた。
「きっ……キミねぇ!!」
「ン、ん、んふふふふ、あははハハハ!!」
なんてものだしてくれたんだ。
「いや〜ちょっ、んふふふ。最高だね全く」
「最悪だよ!」
「いやぁ傑作傑作。サプライズ大成功だね」
なわけあるか。怪しいとは思ったがまさかここまでとは……どうしよう、まあまあ食べてしまったぞ。暫くサンドウィッチが喉元を通らなさそうだ。いやそもそも口元に運びたくない。
「やはり入れておいて正解だったな。その顔の為に来たと言っても過言じゃないからね」
「まったく……」
お茶会の時、彼女は毎回と言っていいほど何かサプライズを用意してくる。それは各国のお土産だったりするのが大半なのだが、偶に変なイタズラを差し込んでくる。曰く面白いかららしいが、僕としてはたまったもんじゃない。
「さっきの君の顔!全く素晴らしいねぇ。切り取っておきたいほどだよ」
肩をピクピク震わせながら彼女は言った。仮面で見えないけれど、絶対ににやけてる。
「水神である僕にこんな仕打ちをするなんて……君くらいだよ」
「んふふ、お褒めの言葉ありがとう。今ので仕事のことを忘れてくれたなら充分だ」
確かに、あまりに衝撃的すぎて素が出てしまったぞ。だとしても方法が斜め上すぎるけど。
「神としての生は始まったばっかりなんだ。そんなに気負わないでよ、ほら」
ティーセットを片付けると、カバンから一枚のチケットを取り出して来た。
「今度エピクレシス歌劇場でマジックショーなるものが行われるらしい。これはその招待状さ」
「マジックショー?生憎だけど僕にそんな時間は無いよ」
日中の仕事以外に、面会。更には予言の調査。こうした休日くらい外に出て羽を伸ばしたいものだが、生憎疲れでそれどころでは無い。
「公務として行けばいいじゃないか。なに、ふんぞり返って堂々とリアクションしてやれば民も君を崇めてくれるだろう」
「そうかな……?」
仕事と称してショーを見られるなら、これ以上の事は望めない。でも部下達は認めてくれるだろうか。
「ま、選択は君次第だ。好きにしてくれたまえ。それじゃまた会おう、フリーナ」
「うん、またね"ジャネット"」
別れの言葉を交わすと、ジャネットは自分で開けた窓から飛び降りて行ってしまった。最初の頃は驚いたが、もう慣れっこだ。
(……口直しに何か飲むかな?)
部下に口直しの紅茶とショーのことを頼もうと考えながら、フリーナは自室を後にした。