「いやぁ正直驚いたよ」
「ふふん、僕も中々の慧眼ぶりだろ?」
薄い胸を張りながらフリーナ・ドゥ・フォンテーヌは目の前の友人へ自身たっぷりに言った。ヌヴィレットやメリュジーヌ達を地上に案内してから数年、彼らはこの国の為によく働いてくれている。といっても呼び込んだのは鏡の中の僕だし、僕は書類上必要な事や一般常識を教えたりしかしてないけど……。
「ここに来るまでの船でガイドをしてもらったけど、中々上手い説明をしてくれるね。それに可愛い。特に稲妻人は泣いて喜ぶだろうね」
「そうだろそうだろ?」
「……今自分がどんな表情してるか分かるかい?」
「?」
「んふふ、何でもないよ」
何故か分からないけど、ジャネットも機嫌がいいみたいだ。
「ところで仕事の方は順調かい?前会った時よりも元気そうだ」
「実は、僕が受け持っていたのを幾つかヌヴィレットが引き受けてくれてね。今じゃあっちの方に仕事が寄ってるんじゃないかな」
少し心は痛むが、ヌヴィレット自身が進言したんだし罰は当たらないはずだ。
「ハハッ、それは結構。後で彼にも土産をやるとしよう」
「それで、今日は何を持ってきたんだい?」
「今回はかなり珍しいぞ。でもまぁコレは後にとっておくよ、まずは茶を楽しもうか」
言って彼女はいつも通り紅茶をカップに注ぐ。なんだかいつもより香りが甘い気がするな。
「実は先日モンドに行った時、吟遊詩人に会ってね。彼も喋りが上手かったな、思わず聞き入ってしまったよ」
「詩人か……、きっとそれは素晴らしく壮大で美しいんだろうね?」
「ああ。次彼に会うことがあればここに招待してみるよ」
情動混じる演劇や審判とは一味違う、風に乗せた詩。少し興味が湧いてきたぞ、フォンテーヌにそういう詩人はあまり見られないからね。
「この茶葉は、彼から貰ったものなんだ。どうやらミルクや砂糖無しでも飲めるらしい」
「一風変わってるね。でも、期待が持てるよ」
若干果物のような甘さを孕んだ香りと共に、ストレートのままで口に流し込む。
おお、これは中々マイルドな仕上がりだ。紅茶独特の渋みが少なく、甘みが増している。それも砂糖のようなギラついた甘さじゃない。果物の様な暖かく優しい甘さだ。あそこはフォンテーヌと似たような気候だったはず。だが、ここまで違いが出るとは……。モンドには良い風が吹くらしいけど、それが影響を与えているんだろうか?。
「見た感じ、お気に召したようで」
「これはいいね、気に入った!なんていう茶葉なんだい?」
「忘れた」
「忘れた!?」
「貰い物だからねぇ、瓶に入ってたのをポンと渡されただけだし」
「そ、そうか……それは残念だ」
「気を落とすなよ、代わりに私のを置いていくからそれで我慢してくれ」
彼女は、茶葉が入った瓶をカバンから1つ、2つ、3つ、4つ……。
「いくらなんでも多くないかい!?」
「彼は酔っていたからねぇ、貰った時は私も困惑したよ」
粗方テーブルに出し終えると、彼女も茶に口を付けた。
「ふむ、今回の菓子にピッタリのチョイスだ。幸運だったね」
「このシュークリームの事かい?」
僕が中段の菓子を指すと彼女は頷く。見た目は普通のシュークリームが3つ置かれていた。因みにサンドウィッチ事件が起きてから彼女にはスイーツ以外禁止令を出した。法律の女王に刃向かった罰だ。
「最近市井で流行っているケーキ店のものさ。味は最高、だが3つの内一つ激辛が混じっている」
「激辛……」
そのフレーズに思わず顔が引きつってしまう。激辛、僕の嫌いな言葉だ。甘党こそが絶対な正義なのに、なんて暴挙だ。
「確率は3分の1。お先にどうぞ」
嘘だろ、ホントにやるのか!?でもでも、当たりを引かなければ美味しいシュークリームが食べられるんだ、やってみる価値ある筈!
火を吹いた
「ハハハハ!ヒヒッ、ンフフハハッ!」
「ーーーーー!!」
「そんな顔で見つめるなって、んふふ」
か、辛すぎるぞ。なんだこれは、雷みたいなピリッとした痺れが来たかと思ったら、マグマの様な熱に似た辛さが舌を溶かしてくる!しかもただの辛さじゃない、何か鼻にもツンと来るぞこれ!
「製作者は絶雲の唐辛子以外にもスメールのスパイスや稲妻の山葵とやらを入れたらしい」
こだわらなくていいんだよ、そんな所で!やばいやばい、一刻も早く茶を飲まないと。勢いに任せて一気に茶を口に流し込む。すると先程までの辛さが嘘のように流れて消えていった。ありがとう吟遊詩人の人……でもまだ少しヒリヒリするな。
「泣いてる?」
「泣いてない!辛さのせいだ!」
うう、あまりの辛さに目から涙も流れてきた。
「ほら、ハンカチ」
「ん……」
受け取ったハンカチで涙を拭い終わった頃には、辛さは完全に消えていた。
「悪かったよ、代わりに2つとも食べていいからさ」
少し笑いながら彼女は謝ってきた。たった2つのシュークリームで許す訳ないだろう?若干不貞腐れながらも、手早く取ったシュークリームを口に放り込む。
「!、!ーーーー!?」
「おや」
甘い!しかも激しくイヤミったらしい甘さでは無い。このモンドの茶と同じ、優しさを持ち合わせている。この柔らかなカスタード、独特な風味。さてはハチミツか!?
「もっと買っておくべきだったね」
これは凄い、さっきまで荒れていた口内が癒されて行くぞ。まるで砂漠に甘味の洪水が来たようだ。欲望に任せ、もう一個のシュークリームも手にかける。
「♪」
「まるでハムスターだな……」
2つとも頬張ると幸せで頭がいっぱいになった。飲み込んでしまうのが勿体ないが、ずっと口に入れておく訳にもいかない。なごりおしくも飲み込むことにし、残った上段のケーキ達に手を伸ばした。こちらもスポンジのふわふわ感にいちごの酸味、生クリームが上手く噛み合っていた。僕もこの店の事を気に入ってしまったな、機会があれば足を運ぶことにしよう。
「さて、それでは土産だけど……これだ」
「もしかして酒かい?」
「その通りだ」
彼女がカバンから取り出したのは、ラベルもなく、薄汚れた瓶だった。もしかして大分年季が入った代物じゃないか?
「彼いわく、サウザンドウィンドブリューという酒らしい」
「サウザンド?豪勢な名前だね」
「作り方も特殊でね、造り手によって入れる材料も醸造の仕方も違う。正に世界に一つといっても過言じゃないね」
「ふーん」
そういわれると、古びた瓶も輝いて見えてくるな。彼女がグラスに注ぐと、芳醇な夕暮れの実とググプラムの香りを放つルビー色の液体が姿を現した。
「見た感じ、出来は悪くなさそうだね」
「正直、君に酒を与えると……いやなんでもない」
「?」
別に多少嗜むくらいはよくやってるぞ。鼻に抜けるフルーツの香りと共に不思議な酒へ口をつけると、フリーナの意識はそこで途切れた。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「二杯程しか飲ませてない筈だったのに……あの酔いっぷり、特級案件だ……おや」
「君は、確かジャネット殿だったか」
「よく知ってるね。フリーナから聞いたのかい?」
「そうだ。彼女曰く友人との事だが、せめて正当な手続きをしてから訪問して欲しい。これは最高審判官としてではなく、私個人の頼みだが」
「悪いけど、それは無理だね。私に身分を証明するものは無いし、あっても怪しいだろ?」
「否定はしない」
「ああそうだ、君への土産もあるよ。いつもフリーナの面倒を見てくれてありがとう」
「礼などいらない、それが仕事と認識している」
「お堅いねぇ。ドラゴンスパインから直接持ってきたんだ、味わって飲みなよ?」
「感謝する。ところで、君は何故フリーナ殿と友人になる事を選んだのだ?」
「やはり気になるかい?元は同族みたいなものだし、それも仕方ないか」
「確かに君と私とでは幾つか共通点があるが、それはもはや同族と言うには到底足りていない」
「彼女の事が気に入ってるのさ。それだけだよ、簡単だろ?」
「ふむ、私では納得出来ない点があるな。君の言う友人とは、そこまで重要なものなのかね?」
「それは、君がこれから生きていく中で目にするだろうね」
「そうか」
「じゃあまた会おう、ヌヴィレット」
「ああ。また会える事を楽しみにしている」