「見た事ないティーセットだね、何処の物だい?」
「んふふ、稲妻さ。先日行った時に手に入れてね」
柄に無く少しはしゃいでる友人を前にフリーナ・ドゥ・フォンテーヌは異国の地に考えを巡らせていた。
モンドや璃月と違い、稲妻は遠い島国だ。入ってくる情報や文化も他の国に比べると少ないが、だからといって劣っている訳では無い。稲妻のスイーツは絶品だと新聞には書いてあったし、景色も絶景であるとすみっコのコラムに書かれていた。
「おお茶葉の色も違う、香りもだな。同じ種類の葉から作られているとは考えられないね」
「いいな〜ジャネットは。僕と違って自由だから稲妻にも行けて」
愚痴ってみると、彼女は人差し指を僕の唇にそっと優しく当てた。
「君もいつか連れていくさ。これはその為の下見だよ」
まるで歌劇のようなセリフを吐くと、何事も無かったかのように茶の準備へと戻った。今のはちょっとドキっとしたな。ああいう仕草って友人にするものか?少し熱を持った耳たぶをふにふに触りながら思考を切り替える。
「そういえば、ここ200年くらいは随分とサプライズが大人しいじゃないか。どういう意識の変化だい?」
「え……」
ん?意図してやってないのか?呆けた声を出すと彼女は手を止めてフリーズしてしまった。お返しとばかりに仮面をえいえい、とつついてやると数秒遅れて動きを取り戻した。
「もしかして、土産が足りなかったのか?別にバッグには幾らでも入るから大丈夫なんだが……モラが心許ないな」
「そうじゃなくてイタズラの方だよ。前は良く変なモノ食べさせてきただろ?」
「ああそういう意味ね」
桜が描かれたポットに茶葉を入れると、顎に手を置き考える素振りを見せる。そんなに考える必要あるか?何か言えない事情でもあるんだろうか。
だからといって昆虫や激辛を食べさせてくるのはやめて欲しいんだが。
「……強いて言うなら飽きた、が近いだろうね」
「そんな理由〜?」
「別に食べたいなら今出せるよ?丁度飛蝗の料理を教えて貰ってね」
「いやいや出さなくていいから!」
「む……なんて言うんだろうなぁ〜」
こめかみの辺りをコツコツ叩きながら、思う感じを言葉に出すのに苦戦しているようだ。
「100年……いやそれよりも前か?段々そういうのを盛り込んでも楽しく無くなってきてね。多分罪悪感だろう、それらしきものが残っていくからやめたのさ」
「ふ〜ん……」
罪悪感は感じるべきだぞ。人の心とかないのか?いやそもそも常人では無いだろう。普通の人間は何百年も生きたりしない。
というかそこら辺もよく知らないな。ホントになんなんだコイツ。
「キミが人間の心を理解していっているようでなによりだよ」
「!」
またフリーズか。どうしたんだ今日は、まさか中身がポンコツマシナリーな訳でもあるまいし。軽く指パッチンを2回ほどしてやると、頭を小刻みに揺らした後コッチを見つめてきた。
……見えなくても分かるぞ、これは驚愕の眼差しだ。
「フリーナ……神っぽい事言えたんだね」
「僕を誰だと思ってるんだ!?」
「フリーナ」
「それは名前!」
「可愛い子」
「いや嬉しいけど!」
「日に日に疲れが溜まってる」
「え、嘘!?」
「たった1人の私の友人」
「ーーーー」
「お、出来たぞ」
「ちょっと待て!」
「なに」
「……と、とにかくだ。うん」
おいおいおい、何言い出してくれちゃってんの!?そんな風に僕の事を思っていたの!?予想外の反応に思わずジャネットから目を背けてしまう。こ、こういう時は落ち着く以外ない。民衆から言われるのは慣れてるけどさ、そんな直接ぶつけてこないでよ!真っ白になった思考に普段の彼女の言動を思い浮かべる。
「……とりあえず淹れとくぞ?」
「うん……ありがとう」
待ってちょっと声が上擦った。会った当初はこんなじゃなかっただろ。
「もしかして具合が悪いのかい?さっきから顔が赤いけど、熱?」
「そういうのじゃないから!ホント!気にしないで」
手の平を突き出し、自分の顔が見られないよう誤魔化す。
「……分かるのかい?疲れが」
薄目で恐る恐る確認する。本当に分かるんだとしたら、きっといつかバレる日が来るんじゃないだろうか?そうなってしまったら僕のこれまでの意味が消えてしまう。最悪の事態を想定するとさっきまでの熱さは消え、代わりに全身に寒気がよだつ。汗が体温を急に奪い、心臓を誰かに握られている感覚がする。
「少しは分かるよ。君は会う度に疲れている。水神の仕事ってそんなに大変なんだな」
「そっか……そうだね」
「その為に私が居るんだ。せめて休みの日くらいゆっくりしてくれ。だいぶ前から言ってるけどね」
「うん……」
ジャネットを頼る事はできないよ。だって、これは僕一人でやらなくちゃいけないから。でも彼女が来る日はよく眠れる気がする。多分疲れがいつもより取れてるんだ。それだけで僕はいいよ、他に何も要らない。
「茶、飲めそうかい?」
「……飲むよ」
彼女は深く追求しない。その行動がさっきまでの心臓を自由にする。まだ少しビクビクしてるけど、追加の寒気は来ない。冷や汗も止まった。
そこが嬉しいな、やはりハッキリしたよ。僕が自分から打ち明けない限り、彼女は真実を知ることは無いだろう。
結論が出ると、手のひらをゆっくり下げジャネットの淹れた茶に目をやる。
「じゃあ頂くよ」
全く新しい香りに期待を寄せながら、ひとくち含む。
少し凍った身体にこれはよく染みた。温かさが行き渡る。渋みも少なく、口内の仄かな香りが喉を通じてバクバクと叫ぶ心臓を落ち着けさせてくれるのが感じられる。
ふと胸に手を当ててみると、少し熱を感じる。
それから1口、さらに1口。何も言わずただ飲む。その間もジャネットは喋らない。飲んでいるだけの僕を見て少し満足そうにしているだけだ。
「茶には菓子が必要さ」
今日彼女が取り出したのは白くて丸いものだった。マシュマロにしては形がおかしい。
「これは大福。稲妻ではポピュラーでね、色んな種類があったけど、今回は普通の奴だ」
手に取ると、指で挟んでているだけで落ちてしまいそうで慌てて手のひらに持つ。コラムでは中のアンコとやらが大事なのだと記されていた。
「あむっ」
僕の口では一回だと入らなさそうだし、2回に分ける。
長く伸びる白い生地を噛み切ると、マシュマロとは違う柔らかい食感が口に入ってくる。生地が伸びるのは面白いな。数回噛むと中のアンコが顔を出す。豆と砂糖から作られたそれは思ったより受け入れやすい味だ。
なにより、これはよく合う。茶が進むな。
啜る、食べる、啜る。その繰り返し。そうしていると先程までのブルーな気持ちはいつの間にか溶けて消えていってしまった。手元に目をやると、既に無い。
「もう一杯あるよ」
頷くと、彼女は決して飛び散らせず丁寧に茶を注ぐ。
二杯目は鮮明だった。1杯目も悪くなかったが、こちらの方がくっきりした味わいで渋みも強い。どちらも捨て難い。
「本当はもっと買っておきたかったんだけどね、少し菓子の話でイザコザに巻き込まれちゃって」
「菓子で?一体どんな」
「名前で争っているようだったよ。回転焼きだとか大判焼きだとかベイクドなんちゃらだとかね」
「ハハッ、それは愉快だね」
「代わりに本を買ってきたよ」
何冊か文庫本程の厚みをした本がドサッと置かれる。ここら辺ではあまり見ない派手な表紙だ。派手なのはいい事だ、それだけでページを開く気にさせてくれる。
「八重堂という所が出しているんだが、取り扱っているものが珍妙でね。新しい発想を持った本が所狭しと並んでいたよ」
「へぇ、フォンテーヌに支店を出してくれないかな?ヌヴィレットにも聞いてみよう」
「ここの人達に受けるか?」
本は好きだ、僕を不思議な世界に連れていってくれる。読んだ後にもそれは長続きし、日々の生活に新たな感性を持ち込んでくれるのだ。
「もし本が気に入ったなら手紙を送ってくれ、次来た時に買ってくるよ」
立ち上がり、こちらに背を向けながら彼女は言った。もう今日のお茶会はお終い。来週が憂鬱になるよ、まったく。
「またね、フリーナ」
「うん。本をありがとう、ジャネット」
今度は律儀に窓を閉めながら出ていったな。次からそうしてくれるとちょっと助かる。備え付けられたベッドに寝転がると、フリーナは新たな本の匂いを嗅ぎながら見知らぬ物語へと漕ぎ出していった。