フリーナ、お茶会しないか?   作:クソザコぎつね

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食事中の方はお控えください。


罪人Fの逆夢

 

 

拍手喝采の中、フリーナ・ドゥ・フォンテーヌは目を開いた。そこはエピクレシス歌劇場によく似ている。

 

「ここは……」

 

観客も満席、自分はステージの真ん中で立っていた。だが慣れたはずのその光景に途轍もない違和感があるがライトの配置、観客席の数、木目のシミまで同じに見える。

 

「?」

 

自分の服装を見やれば、それはいつも着ている青い衣装だ。しかし一点だけ違う箇所が見受けられる。

 

靴が赤いのだ。

 

(わ、わわっ!!)

 

その事に気づくと身体が勝手に動く。文字通りだ。ワルツのステップだろうか?しかし相手がいない。

ここまでしてようやく夢の中だと言う事に今気がついた。

幸運だ。世の中には明晰夢という言葉がある。夢の中で夢だと認知すればその世界を好き放題に出来るといった内容だ。ならばこの踊りを止めて限定ケーキをたらふく食べようかと思考するが、更に違和感。

 

(!)

 

身体が言う事を聞かず、ステップは更にキレを増すばかり。緩急のつけ方も滝の様に急だ。転んで止めようと思い腕を大きく振る。

 

しかしそれはイメージに過ぎず、まるで自分の思考が宙ずりになったみたいだ。狂おしく身を捩り狂気を振りまくその踊り。

観客は皆顔色ひとつ変えず、瞬きもせず、喝采と拍手が耳を腐らせる。

 

気味が悪い。

 

一体どれだけの時間こうして踊っているのだろうか。拍手を気に留めない程に待っても身体は不自由のまま。

ふらつきはしないが、疲労はしっかり溜まっているのがひしひしと感じられる。そこにまで意識が向くこと自体がおかしい。

 

五感と思考以外全てを縛られた事による極めて不快な感覚。

空中に投げ出された事はあるか?濡れた髪の毛が全身に触れた事は?金縛りにあった事は?これは正しくそれだ。

 

彼らの張り付いた笑顔が溶けた蝋みたいに歪む。冒涜的なその笑みには人では無い憎しみがふつふつと沸いている。

 

身の毛がよだたない。冷や汗もかかない。人形の様にただ踊り続けるのみ。

 

嫌だ。

 

必死に魂を、思考を飛ばす。イメージだ、この身体から抜け出すんだ。

思考をひとつの塊として、中で暴れさせるんだ。アプローチしろ。

 

一体どこから見たのか、魂の凝視。今僕の上には剣が揺れている。

 

それは酷く、酷く透き通っている。まるで自分に穢れは一切ないとでも。

 

右へ、左へ、身体が動いたとしてもそれはじわりじわりとこちらを追ってくる。

 

間違いない、僕を狙ったものだ。

 

すくむ足もなく、腰を抜かすことも無く。魂だけが恐怖を感じる。

観客の瞳に映るは笑顔のフリーナ。

 

嫌だ。

 

踊りは最終段階を迎え、ピアノも不協和音へとシフトしていく。ああ、これは歌劇では無い。心臓をムカデが這い回るような刺激が襲う。

酷く怖い。魂だけが正常のまま、何も出来ないまま死ぬ。

あの剣が落ちた時、どんな景色が見えるだろうか?

 

 

 

嫌だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嫌だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嫌だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嫌だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嫌だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう嫌だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピアノがピリオドを打つことはなかった。いや、打とうとしたのだ。それをナニかが壊した。

 

巨大な足が、床ごとピアノを潰していたのだ。

潰された衝撃が劇場に伝わり、踊っていた脚もこれには転ばざるを得なかった。

転じて偶然からか赤い靴が外れると、身体を取り戻す事に成功する。手を握っても、瞬きをしても、感覚は変わらず。つまり主導権は僕に移った。

 

ピアノの置かれていた右側に首を動かすと、巨岩のような足は振り抜かれ、次へと歩を進める。壁を破って乱入した全体の姿は暗がりでよく見えない。

外は夜だったのだろう、月明かりが……いや。

 

「なに……これ……」

 

歌劇場の外はフォンテーヌではなかった。それどころかこの今立っている場所自体もエピクレシス歌劇場ではない。

あの巨体が開けた穴から覗くのは、フォンテーヌよりも高度に発展した文明社会。高い塔らしきものがいくつも聳え立ち、シンプルな装飾とライトがあちこちに施されている。その建築様式は海中に点在する遺跡と同系統と見受けられた。

 

巨体が天井に腕をかけ、たたき落とす。重力の暴力とでも言うべきか、巨大な落し蓋が落とされ逃げ場は何処にもない。

 

「ッ!」

 

身体を縮めこませて頭を手で覆う。目を閉じて幸運を祈った。

幸いにも瓦礫は僕には直撃せず、再び目を開けると、歌劇場の天井は跡形も無くなっていた。

巨体の全身が、月を背にして現れる。

 

「………………」

 

御伽噺に出てくる龍と狼を混ぜた野性的な顔つき。やや前傾姿勢ながらも2本の脚で立つ重厚な身体。手と足に4本ある爪は鋭く、背中には妖しく輝く水晶が山脈を彷彿とさせる並びで尻尾まで生えている。またその尻尾も並の船より太く、竹よりしなやかに動いている。

身体中から滴る海水を推測するに、海獣とでも言うべきか。

 

何よりも印象的なのは目だった。太陽みたいに燃えるその眼は、眼下の者を見下し、先程までの観客とは別のベクトルな怒りと憎しみを爆発させている。

 

『─────────』

 

コントラバスを捻り歪ませた様な鳴き声が耳をつんざく。両手を耳に当てて保護する。押し当てると、汗が滲んで少し冷たい。

それから海獣がまた歩を進め、観客席を押し潰す。だがそこから発される筈の音は一切聞こえない。

生物から発するとは思えない音圧は僕の鼓膜を一時的に麻痺させたのだ。

 

音のない恐怖。

 

海獣がさらに1歩前進すると、先程足があった位置には。

 

「ひっ…………んぐっ……」

 

口に手を当て、生理的嫌悪感から来る吐き気を震える手で押しとどめる。

そこには赤いシミが、トマトを床に投げつけたみたいに出来ていた。所々肉片がミートソースみたいに転がり、白い骨がチラチラと主張している。

 

1歩を1歩を着実に踏み、次第に海獣は背中を向けて僕から遠ざかり、後ろから見届ける形になった。

その歩みには確実な殺意が込められている。逃げ惑う人々を見れば、その中には赤子を抱えた妙齢の女性や、まだ幼い少年。未来有望な学生を平等にプチプチと潰していった。

完全に潰されるならいい方だ。

下半身のみ潰された男性が発狂しながらも自分の腸を戻そうとしていたり、右半身を消された女性がありもしない右手を動かそうとぐちゃぐちゃの肩を動かしている様子を見てそう感じる。

 

次に海獣は尻尾を一回転、薙ぎ払った。

 

意味の無い構えを取るが、幸いにも上部の壁が僕に直接落ちることは無かった。

完全に建物の上半分は消え去る。

しっぽに巻き込まれた者は彼方へと吹き飛ばされ、壁のシミと化したであろう。

 

逃げようと必死で足を動かす人もいた。だが一度ソレを認識してしまえば、精神の弱い者は狂う他無かった。

 

「あなた…あなた……」

 

無くなった旦那の肉片を口に一心不乱に詰め込む者。

 

「おぎゃー、おぎゃー!」

 

下半身を濡らしながら幼児退行する者。

 

「ぅ…………ア………」

 

言葉を失った者。

 

「萎んだ仲間に雑炊が咲き誇る。ヤレ、ボトルハサミの踊り子だ!」

 

意味不明な言葉を並べる者。

 

「」

 

地面に頭を何度も落とし、額をかち割ろうとする者。

 

地獄だ。

 

自分ひとりが無傷なままの世界に不気味な感触を覚える。

歌劇場の外が完全に見える。幾つもある塔は崩れ落ち、微かな叫び声がコーラスを奏で、曇天の空には燃え盛る炎が反射していた。

僕にはただ、怪獣が見知らぬ街を蹂躙していく様を見届けるしか出来ない。

 

それが無力からか、恐怖からか、目を伏せると熱い雫が手の甲に落ちる。

 

すると海獣はこちらを振り向いた。もう駄目だ、僕には蹲る事しか出来ない。

四肢を引っ込め、頭を抱える。涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃに濡れるが関係ない。心臓がこれ以上無い程に大きく鼓動する。

 

段々とこちらへ歩みを進めるのが気配だけでも分かる。

 

真っ暗な視界でただひたすらに祈る。

 

『━━━━━━━━━━━!!』

 

轟く感情の濁流をその身に受けると、フリーナの悪夢は静かに焼け落ちていった。

二度とこの夢を見る事は無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつまで待てばいいのかな?」

 

何処までも続くような青い空を眺めながらフォカロルスは砂浜で迎えの船を待っていた。

雲ひとつないこの空は非常に美しく、透明で明るい。太陽が1つもないという所が不思議ではあるが。

 

「ほいっ」

 

打ち付ける波に足をくぐらせ、冷たい感触を楽しむ。空と繋がっていると感じさせるほどにこの海は綺麗だ。

 

「♪」

 

暫く軽い踊りを楽しんでいると、最後に見たヌヴィレットの表情が浮かぶ。その次にフリーナ、そして……

 

「や」

 

ある筈のない聞きなれた声がかかる。

 

「500年振りだね」

 

記憶にあるその姿と変わりなく、だが声色は更に人間らしく。

ジャネットが笑顔で砂浜に立っていた。

 

「どうしてここにいるのかな……?」

 

「簡単だよ、フォカロルス」

 

至極当然とでも言うかの様に親友は言った。

 

「立ってるのもなんだし、座ろうか」

 

「……それもそうだね」

 

柔らかい砂に腰を落ち着け、肩を並べる。

 

「もしかして、キミも死んでしまったのかい?」

 

「無いね、それは」

 

手を握って開いて、感触を確かめながらジャネットは告げた。であれば何故ここに、どうやって来たのだろうか?

僕と似通った顔ではあるが考えは読み取れない。

 

「彼等は多分使命を果たしてくれただろう。でなきゃ君が報われない」

 

「フフッ、僕が報われる事なんてないよ。ただ1人の歌劇に大事な人を巻き込んでしまった……罪人さ」

 

「いや、報われて然るべきだね。私がそう言うんだ。信用しろ」

 

自信満々にこちらへ顔を向けると、若干赤みを残した眼が揺らいでいる。結局3人も悲しませる事になるとは。心の底から申し訳ないと思うよ。

 

暖かい潮風が頬を撫でると、金属の擦れる音がする。手元に目をやれば、さっきまで無かった手錠が僕とジャネットの間に出来ていた。

 

「これは……」

 

「私は[錨]だ。フォカロルス」

 

そう言うと彼女は人差し指を立てながら説明を始めた。

 

「魂は肉体であり、肉体は魂である。この法則に基づいて君の肉体の一部は魂の一部と成る。であれば私の中にある君を辿ってここに来ることが可能になった訳だ。勿論逆も可能さ」

 

ニヤリと悪戯な笑みを浮かべ、更にもう一本指を立てる。

 

「心技体、これらは密接な関係にある。通常であれば体を失えばそれに釣られて2つ共持って行かれるが、例外は存在する。君は過去に自分の心を分離した。神性と人性にね。神性には技を、人性には体を割り当てた。今回処刑されたのは心と技。」

 

確かに言う通り、僕は神座ごと自分を殺した。そうする事でヌヴィレットに力を返還し、フォンテーヌ人を救う計画だ。

 

「だが技も、体も、半分の魂も現世に留まったまま。なら君の魂にはそれほど引力が無い。戻ってこれる程の重力は此方にある」

 

更にダメ押しとばかりにもう一本、指を立てる。

 

「そして1番の理由は、君が望んだからだ」

 

彼女は満点の笑顔で言った。最後に言われた内容に思わず顔が熱くなる。

 

「死ぬのは怖いんだろう?もっと生きたいんだろう?外に出たいんだろう?なら私の出番だ」

 

「お見通しって訳だね……流石だ」

 

「当たり前だろう?私達は親友なんだ」

 

「親友ね……僕一人の為にこんな事までするなんて。それがキミの正義なのかな?」

 

手錠の鎖を鳴らしながら困った様に言う。

 

「正義?私はただ、自分か身内の為に動いているだけに過ぎない」

 

最初に会った時のことは今でも昨日の様に思い出せる。まるで走馬灯みたいに次々と人生のページが捲られていく。

その本心は、500年経った今でも色褪せることは無い。

 

「うん……やはり、それこそがキミの正義さ。人類はソレを愛と呼ぶんだ」

 

「ふん」

 

若干不服そうにしながら彼女は鼻を鳴らした。しかし今までジャネットが歩んできた生は彼女の正義をこれ以上無い程表している。

 

[愛]による[破壊]が、[存続]を助けるだなんて皮肉な話だろう?

 

「花を愛でる奴が、他者を蹴落とす。逆も然り。如何様にも姿形を変えながらも本質は変わらず。空想を信じ、情報を残し、自分を犠牲にもできる。確かに興味深い。

そして死への覚悟と生への渇望が同時に存在する心……そこが神と人の共通点だというのが私の持論さ」

 

彼女は吐き捨てる様に言う。宿題はちゃんとやってきた様だね。

 

「以前より人間を理解したみたいで何よりだ……ヌヴィレットの様子はどうだった?」

 

「中々愉快な奴さ。彼ならきっと任せられる」

 

実はジャネットという前例があったから水龍に賭ける事が出来たんだけど、この様子だとまだ気づいてないらしいな。

 

「フリーナは元気にしてるかな?長い間彼女には寂しい思いをさせてしまったからね、きちんと謝らないと」

 

「自分の目で確かめることだ……それに、寂しかったのはそっちもだろ」

 

言われると反論できない。いつから流れていたのやら、頬を伝う感触に笑みがこぼれる。

 

「さぁ、私の手を取れ」

 

立ち上がり、少し震えながら手を置くと不器用ながらもしっかりと掴むその力に安心感を覚える。

神でも、泣いたり喜んだりするんだな。

 

「今までお疲れ様、フォカロルス」

 

成されるがままに抱き締められ、彼女の体温を直に感じる。その温かさが僕の孤独な心を少しづつ溶かしてくれる。

思えばこの500年、ある意味では本当に退屈な日々だった。それがまさかこんなサプライズを貰うとはね。

溢れんばかりの感情と記憶が流れ出し、自分でも驚く。少し泣くだけだと思ったのに、口からは押しとどめていたはずの言葉や思考が声にならない声で鳴く。手にかける力が強くなるのと比例しては青天井。

500年という重みが全て大きな1つの波として過ぎたのだ。

 

やがて時間が経つと、僕から彼女を引き剥がす。500年分、満足に泣けた筈さ。

ふと空を見上げてみればいくつか亀裂が入っているのが確認できる。

 

「…………ありがとう、ジャネット」

 

「んふふ、それはどうも」

 

二人とも少し照れてしまう。

 

「ヌヴィレットには合わせる顔が無いね。[じゃあね]なんて言ってしまったよ」

 

「[また]があるのは素晴らしい事さ。私の実体験だが」

 

「フフッ、それもそうか」

 

「さて、そろそろ時間だ。最後に1つ君に告げなくては。過去は振り返らない主義なんだがね……泣く子も黙る龍王に頼まれては仕方ない」

 

彼女は高らかに、天にも届きそうな声で叫ぶ。

 

 

『最高審判官ヌヴィレットに代わり、獬龍タタリクスが宣告する』

 

 

調律されたコントラバスを思わせる荘厳。主の眼は怒りに赫く、哀しみに蒼を纏わせる。

両者が相見えた時、灰の奥より出でた深き茈が再びかつての災厄に宿る。

 

 

 

『罪人フォカロルスの罪を…赦そう』

 

 

 

風景は鏡のように木っ端微塵に砕け、フォカロルスは眩い光に包まれながら厳かで懐かしい故郷へと、新たな1歩を踏み出すのだった……。




誕生日おめでとう、ヌヴィレット。
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