『魔王軍襲撃警報! 魔王軍襲撃警報! 騎士団及び冒険者は迅速に正門前へ集合してください!!』
物々しいサイレンと共に、女性のアナウンスが王都中に響き渡る。偶々王都にてワイバーンの討伐依頼を受けていた七海は、この襲撃に巻き込まれるのも当然ながら初めて。
共に行動していた冒険者パーティのリーダー、レックスに何事かを尋ねる。
「あー、そういやナナミさんの拠点はアクセルだったか。……なんでアクセルなんだよマジで」
「俺ら、一応上級職になった筈なんだけどな……」
諸々はさておき、レックス曰く。対魔王軍の最前線とも言える王都では、日夜魔王軍からの襲撃が絶えない。騎士団だけでは手が足りない為、実力のある冒険者が駆り出されているのだとか。
周囲を見ると、黒髪黒目のやたら自信に満ち溢れている、年若い少年の姿も見える。恐らく彼らは、カズマと同種。転生者なのだろうと、あたりをつけるのに時間は要さなかった。
それはそれとして。七海のレベルは42。知らぬ間にミツルギと並び、アクセルではトップに君臨している。これが日本の誇る究極生命体、社畜である。
とはいえ、元が高いせいで伸び代自体はそれほどでもない。気持ちフィジカルが向上したかなぁ程度。
どちらかというと、取得スキルの恩恵の方が大きい。術式効果の微増等、目立たないながら地味に役立つ効果が目白押しである。
「そういや、あのちびっ子は元気にやってんのかね。あの子が居りゃあ、もうちょい討伐範囲広げられたんだがなぁ」
「ま、元気なんじゃないか? あれだけ爆裂爆裂騒いでたし」
「変な人に捕まってなかったらいいんだけどね、可愛いし……って、ナナミさん? どうしたの?」
「……いえ、問題ありません」
アクセルに爆裂魔法を使える"人間"は一人しかいない。というか、あんなネタ魔法の使い手が複数人も居てはたまらない。
七海とめぐみんが出会った時、彼女は固定パーティが組めずにソロでの活動を余儀なくされていた。
レックスの言葉から考えるに、彼らは一度、めぐみんにパーティ加入の話を持ちかけていたのだろう。
では何故、彼女はそれを断ったのか。理由を聞きたいが、どうにもそんな時間は与えられていない。
「そら、おでましだ! 行くぞテリー、ソフィ!」
向かってくる集団に、レックスとテリーが飛び込んでいく。ソフィの援護を受けた彼らの実力は斥候である一軍を上回り、無双の如く蹴散らしていく。
ゴブリンに、コボルト。武装しているとはいえ、初心者でも狩れる雑魚モンスターを主力として襲撃をかけてくるとは思えない。
アイアンプレートを身に付けたアンデットに苦戦する騎士の援護に向かった七海は、鉈を一閃。なんの加護もかかっていない鉄の塊が七海の攻撃を防げるはずもなく、あっさりとアンデットの身体ごと両断される。
「怪我は?」
「だ、大丈夫、ですッ……!」
「大丈夫ではないでしょう。この戦線は私が受け持ちます、貴方は下がって治療を」
「ッ……すみません」
アンデットの剣を受けたのか、肩口から血を流す兵士を治療のため下がらせる。
敵の集団と対峙した七海は、ネクタイを緩め、息を吐く。討伐クエストからの連続任務。活動時間は既に8時間を超えている。で、あれば。
「……面倒なのですが、仕方ありませんね。『ここから先は時間外労働です』」
ある種、詠唱とでもいうべきか。その文言が紡がれる。
七海の縛り。その内容を簡潔に述べるのならば、普段の制約の代わりに、"時間外労働"を行う際、120%の実力を発揮できる、というもの。厳密にいうといろいろと異なるのだが、まぁ、解釈的には間違いではない。
「失礼、貴方が指揮官と見ました」
「あ、ああ。そうだが……」
「今から範囲攻撃を放ちます。騎士を下がらせてください」
「……了解した!」
見知らぬ冒険者の発言を信用して良いものか。悩みはしたが、現状、膠着した戦局を崩す手立てがない。
であれば、仕留め切れないまでも。一度兵士の戦列を整える意味でも、ここは乗っておくのが得策。
エレメンタルマスターのような役割を担う魔物によって即席で構成された土石壁を、呪力を込めた拳で打ち砕く。そして。
「十劃呪法・瓦落瓦落!!!」
破壊された土石の欠片一つ一つに、呪力が籠る。七海が時間外労働時のみ行える拡張術式、範囲攻撃。必殺技と呼んで差し支えないそれを受けて立てるものは、少なくともこの部隊には存在しなかった。
周囲の騎士から向けられる尊敬の目に少し居心地悪そうにしながらも、指揮官から告げられた感謝の言葉に一言返し、戦場を駆ける。
「ふはははははは!!! 次期魔王軍幹部とも目される俺と出会すとは、運がないな冒険者よ……あれ?」
実はこの上級悪魔、幹部とまではいかなくとも、魔王直々に鎧を与えられるほどには期待された存在だったのだが。
お生憎様、出会ったのが七海なのが運の尽き。単発火力で言えば上位陣に匹敵する彼を止めたければ、せめてベルディアレベルの鎧を持ってこないと話にならない。
一応この悪魔が、今回の襲撃に関する総大将。サクッと討ち取られたことによりコボルトやゴブリンといった雑魚モンスターの軍は瓦解、知性あるモンスターも各々の判断で撤退を開始した。
こうなれば、王都側が追撃を仕掛けることは基本ない。藪蛇があっても困るし、そもそもこれは拠点防衛戦であるため、敵の撤退はイコールで勝利に値するからだ。
「あ、師匠! 聞きましたよ、敵の大将を倒したらしいじゃないですか!」
「私は貴方の師匠ではない、と何度言えば……」
大型犬のように七海に駆け寄るミツルギと、そんな彼の様子にあまりいい顔をしていないフィオとクレメア。
とはいえ、ミツルギのおこぼれでも貰ったのか、彼女ら二人もそれなりの額の報奨金を受け取った様子。普段と比べれば不機嫌さもマシになっている。
報奨金を一部エリス教会に寄付する、と言って、先にギルドを出たミツルギ。残されたのはフィオとクレメア、そして七海。控えめに言って空気は地獄。
「……恐らく、ミツルギ君は、本気で魔王を倒す気でいます」
「でしょうね。キョウヤだもの」
「その際、今の貴女方では足手纏いにしかならない」
レベル差、職業差。魔剣ブーストがかかったミツルギと並ぶ実力は二人にはない。カズマパーティとの初邂逅時はキャリーパーティだのなんだのといっていたが、側から見れば彼のパーティも十分にキャリーである。
無論、弱いわけではない。最低限王都で戦えるレベルの力はあるし、通常のパーティとして戦うのなら、変にリスクを冒さない限り十分この道で食べていくことも可能。
しかし、魔王の討伐ともなれば話は別。
「……何が言いたいのよ」
「身の振り方を考えた方がよろしいかと。このままでは、彼の為にも。貴女方の為にもならない」
ミツルギは、少しばかり優しすぎる。身内を切り捨てる判断をすることができないのだ。
尤も、日本で一般の学生として育った人間に対し、その選択を押し付けるのは些か酷な話ではあるのだが。このままでは、遅かれ早かれ二人が死ぬ。そうなれば、責を感じるのは間違いなくミツルギだ。
「……はあ」
青いな、と。七海はため息を吐く。身内が死ぬことに慣れてしまった今の自分では抱けない感情に少し懐かしさを覚えながらも、思い出に浸ることはない。
この世界の大人は、基本的に放任主義的側面が強い。死ねばそれまで、本人の責任。子供だからと言って責任を肩代わりしてくれることはなければ、悪意から保護してくれるわけでもない。
仲間が死ぬなんてイベントは、経験しない方が良いに決まっている。呪術師として働いた七海は、この世界の誰よりもそれを理解している。そして、誰よりも身内の死に慣れきってしまっている。
ミツルギが。フィオやクレメアが、己と同じ感覚を持つことが最悪。それは、なんとしてでも防がなければならない。その為ならば、嫌われ役になって、なんだってやって見せよう。それが、大人としての責任であるのならば。
このあともう一話でます。次は間違えんようにしないと……