「なぁ、めぐみん」
「はい?」
「今更だけどさ。なんだその猫」
「本当に今更ですね……。ちょむすけですよ、ちょむすけ」
「ちょむすけ?」
「名前です」
紅魔族的ネーミングセンスも、猫につける名前としてはそれほど違和感がない。クッキーだのポチだの、軒並みにとても生物につけるべきとは思えない名前を一般化してきた人類さんサイドにも問題はあるのだろうが、まぁそれはそれ。
面倒は見るから追い出すのはやめてくれ、とカズマに懇願するめぐみん。アクアにやたらと辛辣な態度を取っているが、カズマやめぐみん、七海には懐いている様子を見せる。
自分に懐いてくれる小動物ほど可愛い存在はこの世に存在しない。火を吹く怪生物、もしかしたら邪神かもしれないちょむすけの、屋敷への居住を許可した。
「た、大変だ!! お前たち、大変なんだ!!」
そんな、どうだっていい日の昼下がり。ご飯を食べ終え、ゆっくりしていたカズマパーティの面々は、勢い強く強引に開かれた屋敷の扉の先を凝視する。
身を包むドレスは、華美な装飾が施された派手なもの。とはいえ相手に悪印象を与える類のものではなく、調和が取れていることから、確かな腕を持つ職人の仕立てであることが見て取れる。
金髪、見覚えのある顔面、聞き覚えのある声。しかし、そのドレスのみが、視界に入る情報から導き出される答えを否定していた。
「……どちら様で?」
「んっ……!! そういったプレイも嫌いではないが、後にしてくれ!!」
「まさか、ダクネスですか!?」
彼女の帰還にアクアは涙を流し、めぐみんはゆっくりと近づき、ダクネスの肩をポンと叩く。
裁判で見た、領主アルダープ。でっぷりと太ったその体型、冒険者を下にみるその物言い、裁判官に対する横柄な態度。それら全てを加味し、且つダクネスのあの発言だ。既に彼女の身体は、汚されてしまったのだと。
「ダクネス、今は何も言いません。まずはゆっくりお風呂にでも入って、心と身体を休めてください」
「な、何を言ってるんだ? と言うか、その猫は……」
「うう、ダクネス……まさか、自分が犯されることが当然だと思うまでに調教を……!」
「違う! 私は犯されてなどいない!!」
ダクネスが一度叫んだことにより、場がある程度収拾した。
曰く。アルダープは自身の身体を要求することはしなかった。屋敷に呼びつけることはしたものの、ダスティネス家の使用人、護衛をつけることを許可。強引に身体を触るような真似もしなかった。
代わりに、要求されたのはアルダープの養子、バルターとの見合いであるとのこと。
この世界の貴族であれば、ダクネスぐらいの歳で婚約者が居るのも珍しくはない。バルターの年齢も彼女と程近く、ダスティネス家としても悪い提案ではないだろう、とのこと。
実際、ダクネスの父であるイグニスも、この提案を悪く思ってはいなかった。悪徳領主として嫌われるアルダープと違い、バルターは最年少で騎士に任命されるほどの腕、休日は孤児院で炊き出しをするという善性、勉学の成績も良しと知性も持ち合わせている。
「……ムカつくな」
「な、何をするんだ!?」
見合い写真に描かれたバルター。その完璧具合に腹を立てたカズマは、無意識にビリッと破いてしまった。
それはさておき。ダクネス曰く、このまま見合いが成立した場合には、彼女は冒険者を辞めざるを得ない。いわゆる寿退社をする羽目になるという。
さて、ここでカズマは考えた。ダクネスは果たして、本当にこのパーティに必要なんだろうか、と。
百歩譲ってめぐみんは爆裂魔法による範囲超火力、アクアはいざという時の保険として機能しているが、ダクネスは仁王立ちしてプレッシャーを放ち続けるのみ。ドリブルが上手い事よりも特徴がない。
「……というか、ダスティネス家と言いましたか?」
「ああ、私の名前はダスティネス・フォード・ララティーナ。ダスティネス家の娘だ。……尤も、ナナミとカズマには既に伝えていたのだがな」
「な、なるほど……。いえ、すみません。思いの外ビッグネームが出てきたものですから」
「無理はないさ」
「ですが、今重要なのはそこではありません! ダクネスは既に我がパーティの一員、今更辞めることなどあってはならないのです!!!!」
熱く語るめぐみんに、アクアもうんうんと頷いた。そんな二人の様子に感動したダクネスは目を潤ませ、熱い抱擁を交わす。その際めぐみんは胸囲の格差社会に慄いたわけだが、それは置いておくこととして。
裏でコソコソと話し合うのは、カズマと七海。
「ナナミ」
「ええ」
「ダクネスは幸せになり、親御さんも安心して、アルダープの願いもひとまず叶う。俺たちは惜しみながらもダクネスの寿退社を見守り、新たな前衛職を探す───どうだ、良いシナリオだと思わないか?」
「………………」
有体に言えば、七海は引いた。ここまでそこそこの時間を共にしたダクネスを、こうも簡単に切り捨てられるのかと。損得勘定で動くと自称する人間は多く居るものの、実際、そのうちの多くはいざとなれば情に流される。流石は鬼のカスマ、その本領が存分に発揮されている。
同時に、納得もしていた。正直、ダクネスは戦力としてかなり苦しい。硬いが、硬いだけ。何分攻撃が一切当たらないため、まともな継続火力を出せるのが七海だけなこのパーティにおいて必要とは言い難い。
ただ、七海とて後衛のめぐみんとアクア、ほっとけばそのうち死ぬであろうカズマを庇い切るのは難しい。その際『デコイ』で確実な囮役を遂行できるため、対モンスターにおいては割と有用な存在であるのも事実。
やべえやつ揃いであるとは言え、アクアがいる時点で死ぬことはまぁない。その点、リスクを無視できるのは他の前衛職にとっても魅力。探せば一人ぐらい物好きが見つかることだろう。
大抵のクルセイダー。というか、戦士は、『両手剣』スキルを取得している。即ち、攻撃が当たるのだ。頼れる耐久に、大剣による火力。それは、今のカズマパーティに求めてやまない物。
「…………いえ、それでも、望まぬ結婚を強いることはできない」
「なっ!?」
「ですが」
そう前置きした上で、七海は言葉を続ける。
「望まずとも貴族として生まれた以上、これはダクネスさんが負うべき責でもある」
「……おっと?」
「要するに。私は今回、何もしません」
七海は、カズマにそう告げた。
ストックでは既にリザードランナーのところまで到達してたりします