第32話
「へいらっしゃい、お得意様よ!!」
「はあ……」
七海は頭を抱えた。彼を出迎えたのは、エプロンをつけた地獄の大悪魔バニル。道行く子供達を見守り、時には不審者を捕まえ、時にはカラスを追い払う。
アクセルの子供やご婦人から密かに人気を集め始めている、今話題沸騰中のニュースターである。
「そんなことだろうとは思っていましたが……」
「ほう、理由を伺っても?」
「貴方はおそらく、あの戦いで本気を出してはいなかった。故に、何か復活手段があったのでは、と考えたのみです」
「ふむう。実際、あの場で貴様らを殺さず我輩が生き残れるとすれば、逃げの一手のみであったぞ?」
「殺害をアリとするのならば、また話は変わるのでしょう」
どこか断言めいた七海の言葉に、バニルはその口角をニィッとあげてみせる。素顔であれば或いは絵になったのかもしれないが、今のバニルは仮面を身につけた変態紳士。不審者にしか見えない。
「ウィズさんは……」
「む、貴様もあの行き遅れ店主のことが気になっているのか? 可能であれば、さっさと引き取ってもらえると助かるのだが……いやしかし、今後生まれる感情のことを思えば……」
何やらぶつぶつと呟き始める。少しその状態が続いたのち、七海から向けられる冷たい視線に気づいたバニルは、ひとつ咳払いをして話を続ける。
「んんっ。行き遅れ店主であれば、今頃は仕入れの最中だ。リストは我輩が作成した故、問題ないだろう」
「……心中お察しします」
「……いや、本当にな。何故こうもクソみたいな魔道具ばかりを掴んでくることができるのだろうか」
バニルがウィズの店にて働くことになった直後。陳列されている魔道具の効果を、一つ一つウィズから説明を受けた。客に対するセールスの為である。バニルは悪魔であるが、同時に常に研鑽を怠らないエリートセールスマンでもあるのだ。
「さて、本題に入ろうか。本日は何をお求めで?」
「パラライズのスクロールを」
「それならば、店主の仕入れ待ちだな。数分で帰ってくるだろうから、店内で待っているといい」
「……まぁ、わかりました」
勧められた通り椅子に座ると、目の前に湯気が立つ、淹れたばかりと見られる紅茶がコトンと置かれた。
当然、淹れたのはバニル。何用だとでもいいたげな顔をする。
「お得意様とは長い付き合いになりそうなのでな。親交を深める雑談だ、力を抜いてくれ」
「魔王軍幹部の情報を与えてくれるのであれば、話に付き合いますが」
「構わんぞ。まずは誰からいく? デッドリーポイズンスライムのハンス、両性具有のシルビア、爆裂娘の原点邪神ウォルバク……ああ、最近思春期を迎えた魔王の娘の話でもするか? 奴のパンツは白色だ。最近は色気付いたのか、段々と際どくなってきているぞ」
どうやら、一度仮面が破壊され、残機が減った時点でバニルは魔王軍幹部から外れたらしい。
故に、すでに情報の隠匿義務は失われている。尤も、仮に幹部の立場であろうと、自分へのリターンが大きければペラペラ喋るのがバニルという存在なのだが。
「まあ、汝が最も警戒するべきはハンスであろうな。奴には物理攻撃が効かん」
「スライム、ですか」
「然り。脳筋のお得意様には厳しい相手である故、行き遅れ店主や忌々しい駄女神、爆裂狂の手を借りるのが最善であるな」
デッドリーポイズンスライム。その名のヤバさの通り、相手を一瞬で致命にまで至らせる毒を持ったスライムである。
加えて捕食した相手に擬態する能力まで保有しており、潜入任務としてどこかの街で暮らしている可能性まであるのだとか。
「お得意様の運の悪さは筋金入りである故、警戒は常にしておいたほうが良いだろう」
「……なるほど」
七海が情報を噛み砕いているうちに、魔道具店のドアが開かれる。当然こんな店に来る客がそうそういるはずもなく、開けた主は仕入れを終えたウィズ。
スクロールやらマナタイトやらが入った袋と、片手に何やら特別大事そうに、一つの魔道具を持ち抱えている。
「貧乏店主よ。我輩は今回、魔道具の購入は頼んでいなかったはずなのだが」
「これ、凄いんですよ! 起動するだけでモンスターですら避ける匂いを出せるんです!」
「ほほう、それはそれは。ちなみに、欠点は?」
「はい! あまりに匂いが強烈すぎるので、人間も辺り一帯に近寄れなくなることです! ……バニルさん?」
ウィズの説明を聞いて額に青筋を浮かばせるバニル。七海に一言断ってから席を立ち、ウィズに腕を向ける。
「バニル式殺人光線!!!!」
「にぎゃあああああああ!?!?!?」
魔道具店ウィズ。その店内には、今日も今日とて新鮮な悲鳴がこだましていた。
明日も一話出したい
無理でした