この素晴らしい社畜に安寧を!   作:どこはかとなくやばい人

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風邪ひいてぶっ倒れてました


第40話

「よお、ナナミの旦那じゃねえか。 そっちはアレか、奥さんか?」

「お、奥さんだなんて、そんな……」

「いえ、違います」

「そこまですっぱり否定されると、なんとも言い難いんですけど……」

 

 永遠の20歳、ウィズ。リッチーになった時から年齢という概念が消え去り、実質的に歳を取らなくなったことから、もはや婚期なんぞ気にするだけ無駄なはずなのだが。どうにも、老婆が自身の子、孫に囲まれて幸せそうに笑う姿を見ていると、胸にぽっかり穴が空いた気分になるらしい。

 さて自分の周りを見渡してみると、同居人は心傷をさらに抉ってくるカス悪魔のみ。あとは確かな目利きにより購入された大量の魔道具ぐらい。かなしい。

 

「ん? その嬢さんからアンデッドの腐臭が……」

「ここに来るまでの道中、アンデッドの群れに襲われまして。まだ風呂に入っていないこともあり……」

「ああ、そりゃ災難だったな。この辺のアンデッドって言やぁゾンビか?」

「え、私もしかして臭ってます?」

 

 永遠の乙女ウィズ。遠回しに自分が臭う、などと言われればそりゃあ凹むし気になりもする。なんならさっき別なアクシズ教徒にも指摘されたばかりである。

 道中出くわしたアンデッドは、全て近づかれる前にアクアが浄化した。で、あるのならば。もしや本当に、自分から腐臭が滲み出ているのではなかろうかと。

 七海やカズマ、めぐみんたちはそれを理解しながらもなんとか気遣ってくれていたのではないか、と。そこまで考えて、バニルの存在を思い出した。

 アイツであれば間違いなく腐臭云々についていじってくる。デリカシーを地獄の奥底に置き忘れてきたあの悪魔が何も言わないのならば、おそらくそういうことではないのだろう。

 では何故、と疑問に思いながらも。とりあえず一安心し、話を進める。

 

「ま、食い終わったら温泉にでも入りゃいいさ」

「そうします」

「注文はいつもので良いか?」

「私は。ウィズさんは……」

「わ、私はこの、ハンバーグで」

「了解了解。ちょっと待ってな、すぐ作るからよ」

 

 そう言って厨房に消えていく店主。キラリと眩しい笑顔に、装着されたくまさんエプロンがよく似合う。

 推定身長2m越え、筋骨隆々くまさんエプロンを見送り、少し間ができる。或いはラノベの主人公なら、この短い時間で何かしらのイベントを起こせたのかもしれないが。生憎、七海はそう言う類の人間ではない。

 

「今の方もアクシズ教徒なんですか?」

「ええ。と言っても、アンデッドへの殺意は比較的低い方ではありますが」

「な、なるほど……。なんというか、失礼ですが、話が通じるのが意外で」

「中にはどうしようもない人もいる……と言うか、その割合の方が高いですが。探せばまだ普通寄りの人もいますよ。何処かしら狂っていることには間違いないですが」

 

 アクシズ教徒とて、100人中100人が全員話の通じない狂人か、と言われればそう言うわけではない。

 中には一般社会に紛れ込んで生活している擬態に長けた個体も存在すれば、他の街でバレることなくエリス教への嫌がらせ活動に精を出す、外当たりの良い個体も存在する。

 とは言え、そう言う連中も一応話が通じる、と言うだけであり。アクシズ教徒になる、という選択を人生のどこかでしている時点で、狂人であることに違いはないのだが。

 

「ただ。まぁ、ウィズさんには心配のないことだとは思いますが……」

「え、まだ何かあるんですか……?」

「エリス教徒に関しては一律で敵対視されますので、それだけは注意を───ウィズさん? どこを見て……」

 

 この店の隣には、カフェが建てられている。アルカンレティアの中でも比較的評判は良い施設であり、軽食利用に関して、外部からの観光客にも親しまれている。故に、接客もまたそれなり。最低限、外の街に''飲食店です''と名乗っても、恥ずかしくない程度のものではあるのだが。

 

「……エリス教徒だ、ということが判明すると。おそらく、ああなります」

「な、なるほど……」

 

 地面に這いつくばり、提供されたドッグフードを眺めるダクネス。その胸元にはエリス教徒であることを示す紋章の姿。

 彼女がなぜ、どういう意図を持ってこの街でエリス教徒であることを名乗っているのかはわからない。

 エリス教徒である以上、アクシズ教徒の嫌がらせに屈することはない。そんな高潔な精神を持ち、敢えて着用しているのであれば、それは賞賛されるべきことなのかもしれないが。

 顔は紅潮し、息は荒く。喜色満面、とでもいうべきダクネスの姿に、七海はため息を吐き、ウィズはぎこちない笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナナミさんナナミさん」

「なんでしょうか」

「私、あのコロッケが食べたいわ!」

「買ってくれば良いのでは」

「……そ、そのー、ね? お金が……」

「…………」

 

 コロッケの値段は250エリス。観光地価格ということもあり多少高値にはなっているが、それでもこれぐらいであればポンと出せる金額。なんならアクセル市街で仮面をつけた不審者と日夜逃走劇を繰り広げる子供であっても払える額である。

 普段であれば、或いは説教をかましていたのかもしれないが。流石に、浪費癖による貧乏もここまで来れば呆れや怒りというより憐憫の感情が先行する。

 

「……これで好きなだけ買ってきなさい」

「わーい!! ありがとね、ナナミ!!」

 

 1000エリスを握りしめたアクアは、元気よく屋台へかけだしていった。その様子を見つめる七海の背中には、想像していたよりもバカだった娘の将来を不安視する父親の哀愁が漂っている。

 

「お疲れ様です、ナナミ」

「めぐみんさん? ダクネスさんはどちらに」

「放流しました。アレはもはや私の手に負えません」

 

 そういうめぐみんの顔は、木曜日の午前7時、満員電車に乗り込む入社3年目のOLの如き疲労感が滲み出ていた。

 カフェでの一件で終わることなく、あの後も様々なことをやらかしたのだろう。恐らく幼少期からあまり遠出をしてこなかったであろう彼女の事情を考えると、旅行先でテンションが上がる例の現象は間違いなく発動しているであろう。その上で、ダクネスがどのような状態にあるのかは想像に難くない。

 

「そろそろ宿に戻りませんか、と、提案に来たのですが……」

「見ての通りです」

「……もう少し、時間を潰しましょうか」

 

 ワクワク、という擬音が耳に聞こえてきそうなほどに。枕元に置かれたクリスマスプレゼントを開封する幼児の如く瞳を輝かせるアクアは、屋台の列に並んで今か今かとその時を待ち侘びている。

 流石にあの顔を見て、宿まで引きずり戻すほどめぐみんは悪辣ではない。時間をかければかけるほどダクネスの処理が面倒になるというデメリットはあるが、まぁ、それは最悪カズマか七海にぶん投げればいいだろう、と。そんなことを考えている。

 

「そういえば、ナナミ。アルカンレティアに来るのは初めてではないのですよね」

「はい。以前、任務で何度か」

「……ちなみに、なんですが。ゼスタとかいう最高司祭を───あ、はい。その顔でよく理解できました」

 

 アークプリーストとしての実力は人類最高峰、アクアが絡まなければ政治的な能力にも長ける。アルカンレティアを温泉街として確立させ、"アクシズ教の総本山"という特大デバフを抱える中一大観光地にまで押し上げたその手腕は、確かに賞賛されるべきものであろう。

 しかし。曰く、めぐみんやゆんゆんは己の妹である。曰く、アクア様は下劣なるパット女神エリスとは比較にならないほど尊きお方であり、この世の全てを救うほどの力を持つ絶対神である、と。そう宣う完全な狂人、それがゼスタである。

 

「なるべく、教会付近には近づかないようにしましょう」

「それが賢明です……アクアさん、随分と買い込みましたね」

「揚げ物ばっかり食べてると太りますよ?」

「最近お腹がぷにぷにし出しためぐみんと違って女神である私は太らないんですー」

「……な、ナナミ。その、ですね。決して私は太っている、というわけでは」

「聞かなかったことにします」

 

 コロッケメンチカツ唐揚げその他。数種類の揚げ物を器用に抱え込んだアクアは、トテトテと小走りで、笑顔を浮かべながら七海の元へと駆け寄ってきた。途中で不運にも石に躓いて転けそうになったが、そこは流石、カズマの倍以上のステータスを誇る上級職冒険者。咄嗟に体勢を立て直し、なんとか事なきを得た。

 

「それはともかくとして、はい、これ! あげるわ!」

「……!?」

「な、なによその反応」

「アクアが、人に、食べ物を渡した……!?」

「ちょっと!? 私そこまで食いしん坊じゃないんですけど!?」

 

 元は七海の金であるとはいえ、アクアが自分で買ってきた物の所有権を声高に主張することなく、あろうことか自ら七海にそれを譲り渡して見せたのだ。その際に彼らが受けた衝撃は如何程か、推し量ることは難しい。

 わーわー騒ぐアクアからコロッケの袋を受け取り、彼女の成長を確かに実感し、少し胸が熱くなるような衝動に襲われる。そうして、七海は、この日。一つ、新たな感情を覚えた。そう。父性である。




アルカンレティア、想像以上に長くなりそうで震えてる
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