「…………なぁ」
「はい?」
カズマが混浴風呂に入って問題を引き起こしたり、アクアが面倒ごとを引き起こしたり、ダクネスが物足りなさから再び街に繰り出そうとしたり。色々なことがありながらもなんとか終えたアルカンレティアでの一日目。
二日目に入り、七海はやっとの思いで掴んだ一人の時間、ゆっくりと街内の温泉に浸かっていた。
街自体はドブやら何やらに汚染された地獄のような様相を呈してはいるものの、温泉自体は一級品。日頃から社畜時代と同等の心労を背負う七海の身体によく沁みる。
「俺にはよくわかる、お前は俺と同類だ」
「……貴方も、もしや」
「ああ。知ってるか? この世の中には週休2日とかいう理想的な制度があるらしいぜ?」
「なんですか、その夢のような制度は」
「しかも、その休日は誰にも邪魔されず、自由に過ごすことができるときた」
「上司からの呼び出しや、機嫌を損ねた仲間の癇癪を治める必要は……」
「ない」
「なんと……!」
やたら己と声が似ている男。どうやら彼も相当に苦労しているらしく、七海に向けて愚痴を溢す。
平日昼間から一人で観光街の温泉に浸かりにくるやつなんぞ、相場は決まっている。大抵が日常生活に疲れた苦労人である。
この街に住む異常な人間の可能性はない。アクシズ教徒は勤勉である。観光客が街を練り歩く日中は常に街に繰り出し、絶対神アクア様のお救いをより多くの人間に齎すため、善意に基づく布教活動に励んでいるからだ。
「ったくよお、マジでやってられねえよな。俺なんか、この前やっと休み取ったかと思ったら上司の娘さんのご機嫌取りに付き合わされてんだぜ?」
「……それは、ご苦労様です」
「どっかのバカが娘さんの部屋を覗く展望台を作ったらしくてよ」
「犯罪なのでは……」
めぐみんだのゆんゆんだのひょいざぶろーだの、訳のわからない名前を代々受け継ぐ謎の一族が作成したと噂の展望台。それなりに容姿が整っていると評判の魔王の娘の日常生活を覗くことができる、と言うことから割と評判である。
以前には靴屋の息子が展望台を利用して、自身が想いを寄せる占い師から蹴り殺されそうになった、と言う事件も発生している。
取り壊させようと娘は何度も部隊を派遣しているが、謎の部族は戦闘力もかなり高い。というより、戦力で言えば、あいつらが全力を出せば小国ぐらいなら簡単に滅ぼせる程度にはある。毎度返り討ちにされ、ハンカチを噛むのが通例となっている。
「……私の仲間に、それはもうドMな方がいらっしゃいまして」
「…………苦労してそうだな」
「先日も、わざわざアクシズ教徒の前でエリス教の紋章を出し、這いつくばって犬の餌を……連れ戻そうにもやたらと筋力値が高く……」
「……お疲れさん」
底知れぬ闇を醸し出す七海の肩を、ハンスがポンと叩く。ここに居るのは王都でも活躍する新進気鋭の冒険者と魔王軍の幹部という、通常であれば相容れぬ二人ではあるのだが。苦労人の間に、そんな関係性などは些事にしかならない。
人間も苦労してんだな、と。ハンスが若干の同情を覚え始めたところで、徐に立ち上がる。
「……一つ、忠告しておいてやる」
「…………なんでしょうか」
「こっから出たら、他の温泉には浸かるな。出来るならさっさと帰れ」
「それは、何故」
「…………フン」
七海の質問に答えることはなく。一つ鼻を鳴らして、ハンスはその場を去った。
☆
「くっッッッッそ程怪しい」
「でしょうね。私も同意見です」
夜。めぐみんやダクネス、アクアに伝わると無駄に話が大きくなりすぎるとの推測から、カズマとだけ話をすることを決めた七海。本来であれば魔王軍幹部としての知見を得るためウィズにもご協力願いたかったところだが、生憎とアクアにやられて絶賛半透明、砂糖水を補給して布団で倒れている最中である。
二人が得た結論は、"絶対そいつは怪しい"と言うもの。二人して温泉に浸かっていただけなのに突然そんな意味深なことを言い残して去るのだ。高度な擬態能力を有するめぐみんの同種という可能性があれど、警戒するに越したことはない。それに加えて。
「バニルの予言通りなら、多分そいつがハンスだよな」
「十中八九、そうでしょうね」
七海が出発前、バニルより受けていた予言。アルカンレティアにてハンスと遭遇する、というソレが回収されたというのが、一番しっくりくる。
「……七海は、どうするべきだと思う」
「即刻旅行を切り上げ、逃げるべきです」
「やっぱそうなるよなぁ……」
単純に。今回の相手は、勝算が低い。触れたら即死、物理無効という性質からダクネスと七海が肉壁にすらなり得ない役立たずへと変貌し、一発屋のめぐみん、盾無しのアクア、仕事ができるか怪しいカズマで戦うことになる。唯一安定した戦力として考えられるのはウィズであるが、魔王軍幹部の立ち位置もあり、どこまで助力が望めるのかどうか。
「……どうにかならないか?」
「無理ですね。確実に死人が出ない策はありません」
「死人出す前提なら?」
「まぁ、私の想定だと5割程度です」
「5割かぁ……」
カズマが天を仰いだ。七海の自己評価は、基本的に高すぎず低すぎず。その彼が言うのだから、つまりはそう言うことなのだろう。
「……帰るか」
「そうすべきでしょう」
「っし、そしたら明日、アクアたちにも適当に理由付けして……」
「ちょーーっと待ったァ!! 私の可愛い信徒たちを見捨てて帰ろうなんて、そうは問屋が卸さないってもんよ!! 魔王軍幹部が何よ、この水の女神アクア様が……」
ここに至るまでの全ての思考が無と帰す瞬間であった。
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