「……あ? お前、この前の温泉の……こんなとこで何してんだ」
「魔王軍幹部である、貴方と交渉に」
「……お前、いつから気付いていやがった。俺が忠告した時か?」
「さて、どうでしょうか」
「チッ、余計なことはするもんじゃねえな。まァいい。まさか、一人で俺に勝てるなんざ思い上がってねえよな?」
「まさか。決裂したその時は、ベルディアを討伐した時のようにパーティで挑ませていただきます」
その言葉に、思わずハンスは顔を歪める。勇気と蛮勇を勘違いし単独で戦闘を挑んできた冒険者は数多あれど、その全てを例外なく喰らいつくしてきたハンスである。今回においても、交渉などという戯言につきあうことなく、早々に溶かしてしまえばいい、と。そう考えては居たのだが。
聞けば、ベルディアの最期は浄化による昇天だと言う。弱らせたところで並大抵のプリーストでは浄化することは叶わず、となれば、かの討伐パーティには最低でも高レベルのアークプリースト。加えて、ベルディアを相手にしてまともにダメージを与えられる戦力が存在する、と言うことになる。
いくらハンスとて、そのようなパーティを相手にして確実に勝ち切れるかどうか。アルカンレティアはアクシズ教の総本山、普段は石鹸と洗剤を武器に布教活動を繰り広げる彼らだが、いざ命の危機にあって死兵として突っ込んで来られればそれなりに面倒。なんせ、教会に属する連中はほぼ例外なく浄化魔法を扱えるのだから。
「それがどうした。今お前一人溶かして、さっさと帰りゃいいだけの話だろうが」
「───それが出来るのであれば、どうぞ」
「チッ……」
ハンスからしてみれば。間合いもクソもないやたら自信に満ち溢れる黒髪黒目の冒険者とは異なり、この手合いはやりにくい。自分の実力を熟知している分、分不相応な行動を取らないのだ。
むしろ実力だけなら前者の方が上回ることもザラにあるが、自分の実力を過信している。この世界において苦戦した経験がないために、無闇矢鱈に突っ込んでやられる。基本、一撃必殺の初見殺し技を持ち合わせる魔王軍幹部相手だと、よくある話である。
特にハンスのような、純粋な技術に優れるというよりか、一撃必殺初見殺しで勝ち切るタイプには、粘って攻略法を図られる方が。逃走を図られて情報を持ち帰られる方が遥かに面倒。尤も、そうしたとて上手くいく可能性の方が遥かに低いのが、彼が魔王軍幹部たる所以ではあるが。
「──聞くだけ聞いてやる」
故に、ハンスは一度、交渉とやらに応じてみることにした。頓珍漢なことを言い出せばその時は敵対すればいい。仮に目の前の男、およびそのパーティを全滅させることが叶わずとも、逃げ帰ることぐらいならばどうとでもなる。全滅させられれば、それはその時。ゆっくりと目的を果たし、悠々と帰還するのみだ。
「……ありがとうございます。ではまず、貴方は今の待遇に不満を持っては居ませんか?」
「は?」
さて、どんな言葉が出てくるのか、と。期待半分呆れ半分で待っていれば、七海の口から出てきたのはそんな言葉。
「端的に言います。転職しませんか、と言うお誘いです」
「はぁ?」
☆
「おい、さっさとこんな街出て行くぞ。早く準備しろ」
「……えーっと、ナナミさん?」
「はい」
「こちらのそのー……どことなくデフォルメされた、回復スライムっぽい方は一体……」
「ハンスさんですね」
「……え、マジで説得成功したの? あのプランで?」
「よく聞けクソガキ、7勤0休が常態化してる会社はクソだぞ」
「ええ……」
カズマはドン引いた。何にって、魔王軍の圧倒的ブラック待遇に。そりゃあハンスのようなモンスターの身体構造は人間と異なるものだろうし、人間のように休息を取る必要のない個体も中には存在するのかもしれない。それこそアンデットのベルディアなんかは、肉体的な疲労が存在しない分活動できる時間は人のそれとは比較にならないだろう。
だからと言って。休ませなくていいというわけではないだろう、と。地球にいた頃、平日が五日もあることに対しブーブー文句を垂れていた己を恥じた。世の中にはもっと凄まじい環境に置かれる者もいるのだ、と。
「コイツ、安全なのか?」
「縛りを設けたので大丈夫です」
「縛り?」
「……まぁ、破ったら物凄く嫌なことが起こる約束、とでも」
「怖っ」
流石に、魔王軍幹部をなんの処置もなしにそのまま街に放つわけにはいかない。諸々の縛りにより、民間人や冒険者を襲わない、暴れない等、諸々の条件を設定した上での取引となる。
「ま、まぁ、それは良いとして。結局、ハンスはどこに住むんだ? ……え、まさかうちの屋敷?」
「あ、私です。私のお店ですよ」
「あー、そういやウィズは魔王軍幹部だったな……」
魔王軍幹部、アンデットの王とも呼ばれるリッチーのウィズ。元魔王軍幹部、地獄の公爵にして大悪魔、もしかしたら魔王より強いかもしれないと評判のカラスキラーバニル。元魔王軍幹部、危険度は超弩級、コイツが通った後には草木すら残らない、デッドリーポイズンスライムのハンス。どんな魔境だ、ウィズの店は。
下手したらこいつらだけで魔王軍滅ぼせるんじゃなかろうか、と。実際アクセルが襲撃にあった場合こいつらが出てくるので、下手したら王都よりも守りが硬い可能性がある。
「……ちなみに、ナナミ。これって討伐報酬もらえたりは……」
「しないですね、残念ながら」
「だよなぁ」
当然ながら、討伐という形ではないので報奨金は入らない。そも普通であれば魔王軍幹部を一体討伐しただけで一パーティを一生養える程度の金銭は得られるのだが、そこは流石カズマパーティ、というかアクア。
正史とは異なりアクセルに被害を出すことなく討伐完了したにもかかわらず、泡銭の如くベルディア討伐の報奨金は泡と消えた。本人曰く、"高級シュワシュワ飲み放題、楽しかったわ!"とのこと。ちなみに飲み放題ではない。金に物を言わせて大量に注文しただけである。
酒の前では人間も女神も全てを忘れられる。冷たい石畳の上で正座して鬼の説教を受ける恐怖も例外ではないのだ。
「カズマ、ナナミ!! 聞いて! アルカンレティアの温泉が毒に侵されてるみたいで……あー!! その邪悪なる気、アンタが犯人ね!? そこに直りなさい、この水の女神であるアクアが貴方に誅を下してあげるわ!!」
「カ、カズマ、ナナミ! めぐみんが捕まった!! 爆裂魔法の騒音がまずかったらしく、このままだと──!!」
散々騒ぎ立てるアクアとダクネス。もしや自分はとんでもない魔境に迷い込んだのではないだろうか、と。冷静に考えれば魔王軍以上の魔境などこの世に存在しない──こともないのだが、ともかく。自分はもしや、選択を誤ったのではないだろうか、と。
そんなハンスに、七海は一言。
「ハンスさん。ようこそ、アクセルへ。歓迎します」
一緒に死にましょう、と。言外にそう言う七海に、ハンスは顔を思いっきり歪めた。
Q異世界で縛りってできるの?
Aわかんない…
感想欄より
A ナナミンが呪術師ってジョブに就てるからこの世界にもそういった概念はあるんだろうし、縛り自体は相手が呪術師じゃなくても可能な筈