深夜。魔王軍襲来の警報が里中に響き渡る。
警報に曰く、どうやら敵はすでに里の内部まで侵入しているらしく。いくらカッコつけで隙を晒す傾向のある紅魔族とはいえ、彼らの監視をすり抜けて雑兵が数多侵入できるとはとてもではないが思えない。
七海が現場に急行してみれば、そこに居たのは何やら不平不満をぶつけているらしいカズマと、素直に謝罪しているシルビアの姿。なんというか、こう。コンビニ店員が悪質クレーマーに謝罪するかの如く様相を呈しており、どちらが魔王軍なのか、どちらが悪辣なのかがよくわからない。
「ミツルギキョツヤ……ここで出会うなんて!」
「……」
後ろからトコトコと杖を持って出てきためぐみんと、何やら興奮収まらぬ様子のカズマ。それを見たシルビアは二人が"ナニか"をしていたことを邪推して言葉を投げかけ、めぐみんが否定し、カズマが肯定する。
極論、この二人が何をしていようと。別に、どうでもいいと言えばどうでも良く、どちらかといえば思考を割くべきはこの状況。
戦力は己のみ。普通、人間は爆裂魔法に耐えられない。ここで爆裂魔法を打てば辺り一体が吹き飛び、とんでもない数の犠牲者が出る。カズマはまあ。後ろから煽りに徹してもらうとして。
のこのこ出てきたアクアにはカズマがめぐみんの両親、要するにまともな戦力となるアークウィザードを呼びに行くよう指示を出し。
「よし、やっちゃえナナミン!!!」
「誰がナナミンですか」
ここで自らが突っ込んでいかないだけ、理性的なリーダーとしては及第点を渡して良いだろう。
後ろに隠れて自身の背中を押すカズマをヒョイとつまみ上げてめぐみんの元に放り投げ、自身はナタを構えてシルビアと対峙する。
「…………あら?」
「サトウくん、めぐみんさん、後ろへ」
シルビアが動きを止めた。何か大規模な攻撃魔法でも発動するつもりなのか。自身では肉壁たりえない、せめて少しでも攻撃範囲から遠ざかることで耐久に劣る彼らの命を繋ぎ止めるべく、七海は指示を出す。
だが。肝心のシルビアは、いつまで経っても動き始めることはなく、その口が魔法の詠唱を紡ぐことはなく。なんなら何故かわからないものの、少し息が荒くなってきている。
「そ、その。ねえ、ゴーグルを外してもらえないかしら」
「……お断りします」
「ま、魔王様に……い、いえ!! この私の魂に誓うわ!! 決して騙し討ちなんてしない!!」
「信じられませんね」
「……あの、ナナミさん? ちょーっとお話が……」
ちょいちょい、と。こちらに手をこまねくカズマを見た七海。シルビアから目を離すのは、と、渋る七海だが、本当に全く動く様子を見せないシルビアに戸惑いながら。なんなら"ご自由にどうぞ!!"と言わんばかりに両手を頭の上で組み、自らの口を塞ぐかの如く地面にその顔をこすりつけ始めた。七海は引いた。
「……なあ、ナナミ。一回ゴーグル外してみろ」
「所謂ゴルゴーンのような、目と目を合わせることがトリガーで発動する何かを持ち合わせている可能性が否定できません」
「そんなチート染みた能力があんなら、今までに紅魔族の一人や二人ぐらい潰してるだろ、多分」
カズマの多分は、紅魔族の生命力があまりに異次元すぎることから、彼ら彼女らが何をされようと死に至ることがない超常生命体の可能性が否定できないためである。
ともかく。カズマのいうことには一理ある。というか、どうせここで提案を断り、シルビアと戦っても遅かれ早かれ被害が出ることは確か。紅魔族一人一人は王都にいる冒険者と比べても十分上積みと言える能力を有しており、であるのならば、己一人の犠牲で解決する可能性が高い選択肢を取る方が賢明。
「…………」
「…………」
ゴーグルを外した七海の顔を、情熱的な色でじーっと見つめるシルビア。正直、ものすごく気まずい。何が悲しくて敵の幹部と情熱的に見つめ合わねばならないのか。
「……そのー、シルビアさん?」
「何かしら、ミツルギキョウヤ」
「あ、それ偽名です。サトウカズマです。……ちょーっと、お耳を拝借しても?」
ゴニョゴニョ、と。カズマがシルビアの耳に何やら囁くと、シルビアは爆発したかの如く顔を思いっきり赤くして、少し逡巡したのち、勢いよく首を縦に振る。
「あ……」
「どうかしました?」
「……その、ね、実は私……」
ゴニョゴニョ、と。続いてシルビアがカズマの耳に言葉をかければ、次はカズマが頭を抱える版になった。
うーんうーんと、流石にパーティメンバーにとんでもない呪物を押し付けるわけにも行かないとばかりに悩み続けるカズマ。
「……その、去勢とか、無理っすかね?」
「……その手があったわ!!!」
「うおっ。……そ、そのー。グロウキメラの生態とか知らないんですけど、戦闘力に悪影響出たりとか……」
「どうでもいいわよそんなこと。魔王軍ももう辞めるし」
「うわぁ、即断即決……」
少し引いたような目線を送るカズマに目もくれることなく、何やら決心したような様子を見せるシルビア。
「ね、ねえ。名前を、教えてもらえないかしら」
「…………」
「ナナミ、大丈夫だ。シルビアさんはもう無害だ、俺が保証してやる」
「……ナナミケント、です」
「……そう。ケント、また会いましょうね」
トテトテと。何やら妖艶な笑みを浮かべて、踵を返し立ち去るシルビア。何が起こったのかわからないナナミたちは首を傾げながらもとりあえず敵が撤退したのであればそれでいいか、と無理やり自らを納得させ、唯一事情を知るカズマは、去っていくシルビアの背中にいつまでもサムズアップを送り続けていたという。
シルビア生存ルート。よかったねナナミン、初めての純愛だよ!!!