近所の主婦方とカラス対策について協議するため、今日は自分が店主の仕入れについて行くことが出来ない。
だが、あのアホ店主に一人で仕入れに行かせるとどのような結果になるのかは分かり切っている。故に、お得意様にお守りを頼みたいのだ、と。
珍しく真面目な顔、ガチトーンでそんな頼み事をされた七海は、訝しげな顔でバニルの言葉を疑いながらも、特にやることもなかった、且つそれなりの額の報酬を提示されたため承諾。
ウィズ魔道具店が何に使うのか全く分からない魔道具、ポーションに溢れていることは七海も知っているが、とはいえ事前に買う物のリストを渡されていればそれに背くこともないだろうし、態々見張りが必要なのか。そうたかをくくっていたのが運の尽き。
「待ってくださいウィズさん、其方はバニルさんに渡されたリストには記載されていません」
「え? でも、この"超強力な爆発魔法が放てるスクロール"は冒険者の方々は気に入ってくれると思いますよ! ほら、やっぱり駆け出し時代は火力が足りないことも多々ありますし……」
「その足りない火力を補うために一々自爆していたらキリがないんですよ」
このスクロールにより放たれる爆発はかのエンシェントドラゴンの装甲をも貫くと太鼓判を押されている。確かに、初心者殺しの装甲すら貫けるか怪しい駆け出しからすれば非常に有用なスクロールであろう。爆発起点が使用者自身であり、巻き込まれてほぼ確実に木っ端微塵に消し飛ぶことから目を逸らせば。
「あ、ナナミさん! これなんていいんじゃないですか?」
「……"閃光弾"ですか」
モンスターの中には、当然認知を視覚に頼らない種も存在するため、一概にどうとは言い難いが。それでも確かに、アクセル周辺で遭遇する強敵───初心者殺し辺りには有効な武器になるだろう。
無論、これ一つで討伐が出来るわけではないにしろ、逃亡には十分役に立つ。尤も。
「……ちなみに、これの欠点は?」
「はい! あまりにも光が強すぎるため、使用する際目を瞑っても一定時間使用者の目にダメージが入ることです!」
「返してきましょう」
ウィズの頭を軽く叩き、元あった場所へ戻してくるよう指示する七海。
そりゃそうだ。自分の目まで潰してどうする。結局逃げられないのなら意味がない。それともあれか、両方とも視界を潰した状態で泥沼ファイトか。なるほど、それであれば確かに実力に劣る冒険者側にもごく僅かに勝ちの芽が生まれるだろう。誰がそんなもののために100万エリスを支払うのかは定かでないが。
「……ひょいざぶろー」
魔道具製作者の名前を見て、蘇るはあの忌まわしき記憶、量産型五条を相手に過ごした日々。確か、己のパーティメンバーである紅魔族の少女。めぐみんの父親の名前が、そんな名であったような。
七海はここまで考えて思考を止めた。娘が娘なら父も父とか、そんなことを間違っても口に出すわけにはいかない。
「あ、ナナミさん! これなんてどうですか?」
「…………」
そろそろぶん殴っても許されるのではないか、と。そんなことを思い始めた七海は、アクアに向けるそれと変わらない眼差しをウィズに向けながら、彼女のカスセールストークを右から左に聞き流すのであった。
☆
「…………バニルさん」
「……ああ、ああ。もはや何もいう必要はあるまい。お得意様よ、そこに腰掛けるといい」
そう言うバニルの視線はまさしく聖母の如く、地獄の公爵、大悪魔のものとは思えないほど慈愛に満ち溢れていた。
自らと苦労を同じくする人間に対する最大限の配慮。いくらバニルとて、この悪感情を増幅させようと煽りに行くほど鬼でもなければ鬼畜でもない。しっかりと今出ている分の悪感情は食すあたり、ちゃんと悪魔ではあるが。
「…………バニルさん。アレを」
「アレ、とは。……ふうむ。良いのだな、お得意様?」
「はい。私が間違っていました」
以前から。一応ウィズもリッチーであるため死ぬことはないにしろ、しばらく彼女が機能停止に追い込まれるのは困る。万が一その間アクセルに彼女の力を必要とする出来事が起きたのならば───万が一のリスクを軽減するためにも、この対応は改めて欲しい、と。
七海からバニルにしたとある要請であったが。
七海の口から出た"私が間違ってた"という言葉に、そうであろう、とでも言いたげな表情で深く頷いたバニルは独特の構えを取り、ウィズに向けて照準を定める。
「……え、バニルさん? 何を?」
「バニル式殺人光線!!」
「にぎゃああああああああ!?!?!?」
ぷすぷす、と。悲鳴と煙を上げてその場に倒れ伏すウィズの姿と、どこかやり切った表情を浮かべるバニルを他所に、七海は額に手を当てて。深く、深くため息を吐く。
世の中には、本当になぜかわからない摩訶不思議なことが起こり得る。呪術師として得た経験───戦闘方面以外のそれを理解できたのは良いが、それにしては高い授業料であった。
これからは少しバニルに優しくしてあげよう、と。そう思えた一日であった。
次回、婚期逃しかけ令嬢の逆襲