「な、ナナミさん。お久しぶりです」
「ええ。……今日は王城での立食会と聞いていたのですが」
「ああ、はい。……その、ですね」
レインは内心、クレアを呪っていた。自分のことを配慮してくれるのは嬉しいが、導入があまりに雑すぎるのだ。
そも、アクアやめぐみん、ダクネスといった他のパーティメンバーが立食の方に呼ばれている以上、下級貴族であるレインが単独で七海の接待をする意味がわからない。その七海にしても確かに討伐実績は中々のものだが、一介の冒険者に過ぎないというのに。
あわあわするレインを他所に、なんとなく面倒ごとの気配を察知した七海は一旦その話題を他所に置き、話を進める。別段重要でない背景はすっ飛ばして話を進めることはこの界隈において必須テクニック。仔細に事情を聞いていればそのうち知恵熱が出る。
「……まあ、事情はさておいて。別でレストランを予約されているとか」
「は、はい! どうやら、クレア様が予約してくれたらしく……。代金は既に支払ってくれているようなので、そこはお気になさらず」
「了解致しました。それでは、行きましょうか」
「はい! ……あ、そ、その」
おずおずと。手を差し出すべきかどうか悩んで、引っ込んでは前に出し、引っ込んでは前に出しと挙動不審を繰り返すレイン。
今回の会食はあくまで懇親会のようなもの。故に、七海にレインをエスコートしてやる義務はない。
だが。流石にこうも女性を前にして無視を続けるというのはどうにも憚られるというか。具体的には周りから突き刺さる視線が流石にうざったいというか。
動機はさておき、結果行動に移したのであれば文句を言われる筋合いもないだろう、と。嘆息し、手を差し出す。
「お手を」
「え……は、はい!」
「拙いエスコートで申し訳ございません」
「こ、こちらこそ、碌に作法も知らず……」
下級貴族と冒険者という、一見あまりパッとしない組み合わせではあるものの。クレアセレクトのそれ一つで家が立ちかねない値段をする服に着飾られたレインと、前世よろしくスーツを着た七海だと、組み合わせが組み合わせとは思えないほどよく夜の街に映える。
「…………ここ、ですか」
「…………ここ、ですね」
聳え立つは見たこともないレベルで、もはや威圧感と言っていい雰囲気を垂れ流す高級レストラン。
そこの従業員なのだろうか。呆然として少しばかり立ち止まり、建物を見上げるばかりであった七海たちに近づき、声をかける。
「ご予約のお客様でしょうか」
「……は、はい! コールスロー・スカイレインと申します!」
「……ご予約確認致しました。それでは、どうぞ此方へ。手荷物はお預かり致しましょうか?」
「そのままで構いません。大した量でもありませんので」
名前だけ伝えてフリーズしたレインを見て、七海が口を開く。従業員はそれを聞き、丁寧な礼の後七海たちを個室に案内する。
例の如く七海はレインの手を引き───彼女がフリーズしていた為、男女のそれというよりか親子のそれではあったが───予約されていた個室へ入る。
最上階の、やたら煌びやかな。それでいて落ち着きがある個室は並大抵の値段で予約できるものだとは思わないが、むしろ何もいうまい。
ダスティネス家に並ぶベルセルグの懐刀、シンフォニア家の令嬢が予約する店なのだ。もうそういうものだと割り切った方が色々と楽である。
「う、うわあ、見たことないぐらい新鮮……」
「これは……」
冒険者目線からしてみれば、新鮮さに対する感動というよりか、これを処した冒険者に対する敬意が。ここまで新鮮だとさぞかし凶暴な野菜であったのだろう、と。同業者に対する畏敬の念が滲み出るものである。
驚くこともそこそこに、出された前菜を所作も分からずそれっぽく食べてみれば。以前アイリス達との会食で出された料理のそれより美味しいことはわかるのだが、もはやここまで来れば七海からすれば違いがろくに分からない。
金塊を目の前に二つドンっと並べられて、どちらが価値のある金塊でしょうと聞かれたところで答えられないだろう。アクアとダクネスを並べられて、どちらと一日過ごすのがマシですか、と聞かれたところで答えられないだろう。つまりはそういうことである。
「……その、ですね。ナナミさん」
「はい」
「何となく察せられているとは思うのですが、恐らくこの会食、クレア様からすれば一種のお見合いのようなものだと思うのです」
「……まあ、そうでしょうね」
「なので、その……本当に、本当に簡易的なもので構いませんので。写真を一枚、撮っていただけないでしょうか」
食事を済ませた後、店を出て直ぐに。カメラに類する魔道具を懐から取り出し、おずおずと、申し訳なさそうにそう言ってくるレイン。
いまさら女性と写真を撮ることを拒むほど、七海も童貞拗らせてはいない。とりあえず横に並べば様になるか、と。距離を詰めすぎず遠すぎずの位置に陣取り、レンズに顔を向ける。
「その、ですね。多分、これだとダメなんです」
「と、言うと」
「恋人……とは言いませんが、それらしき様子で撮影しないと、おそらくクレア様は納得されないかと……」
「…………まあ、構いませんが」
とはいえ、どうすればいいのか、と。悩んでいる七海の腕に、レインの腕が絡みつく。
王都の夜、高級な店が立ち並ぶ立地とあっては、当然夫婦が仲睦まじく歩いているところも多く見られるわけで。
レインと七海もそれに類する人間と見られるだけであり、それ以上の特別な意味には見られないであろう。アクセルならともかく、ここは王都。面倒な輩に見られることもあるまい。
嘆息し、とりあえず早く終わらせようと。何故か笑みを浮かべるレインに一歩近づき───。
「ッ!?」
「……どうしたんですか、急に」
「い、いえ。……そうですもんね。恋人、私たちは恋人……」
ぶつぶつ呟くレインに魔道具を預けるのは中々不安であるが、七海がそれの操作方法を分からない以上持っていても意味がない。
今度こそ魔道具をしっかり構えたレインがスイッチを押し、無事に二人の様子が写真に収められる。
王城に戻り現像されたそこには、仏頂面の男と、満面の笑みを浮かべる幸せそうな女性が写し出されていたという。
☆
「ナナミ殿」
「クレアさん?」
「ああ。……その、すまないな」
「何のことなのかは分かりませんが。謝罪は受け取っておきましょう」
「恩に切る」
七海からすれば、本来王都を訪れた目的とは全く異なるそれにいきなり振り回され、挙句意中とも思わない女とのデートじみた行為をさせられたのだ。怒られたとてそれは道理であり、クレアも受け止めるつもりでいた。
当然、これを決行に移すにあたり、七海に意中の女性がいないことは確認済み。アクセルに彼に好意を寄せるであろう女は居るには居たが、あれは純愛というより強迫観念じみたものに駆られた獣だ。
「……で、あれば。私から、失礼を承知で一つだけ、貴殿に頼みがある」
「…………叶えられるかは分かりませんが」
「それで構わない。聞くだけ、聞いてくれ」
曰く、レインは幼少期から自身の付き人として過ごした為、普通の貴族のような恋愛はしたことがないのだとか。
つまりこれはレインの人生における初めての青春。少なからず、彼女がこれを楽しんでいたことは、あの写真を見れば想像に難くない。
「……応えてやってくれ、とは言わない。言えない。そもそも彼女がその感情に名前をつけられておらず、そして、貴殿にも選択の自由がある」
レインがいざそれを自覚した時に。遠からずくるであろうそのタイミングに。人生のどこかでいつかきっと訪れるであろう、その時に。
七海がクレアの望む答えを出すことを要請することなぞ、とてもできない。それは彼の人生だ。クレアが口出しして良い量分を遥かに超えている。
「だが」
願わくば、レインの親友として。彼女の青春に、確かな形で決着を。
「貴殿なりの答えを、出してあげてくれ。レインの気持ちから、逃げないでやってくれ」
「……………………」
はい、とも、いいえ、とも。大人にあるまじき沈黙なのは理解しているが、どうにも。クレアの気持ちがどれだけ重いものかを推し測ってなお、この場でいつものような提携文じみた肯定の返事を口に出すのは、流石の七海とて憚られた。
それだけだ、と。帰路を歩むクレアを尻目に。七海は、彼女の言葉を脳内で反芻していた。
大人って大変っすねえ
気付けば60話ですわ。当初の予定だとベルディア倒して終わりのはずがどうしてこうなった。