第62話
「ドラゴンの卵?」
ソファに座るアクアは膝に毛布を敷き、何やら卵のようなものを温めている。
聞くと、これはなんとドラゴンの卵なのだとか。これが仮にドラゴンの卵だとして孵化して成長した時にどうするつもりなのか、だとか。そんなことはもはや気にする必要すらない。何故か。どこからどう見ても鶏の卵であるからだ。
「……ちなみにそれ、いくらしたんだ?」
「うーん、私の手持ち全部と交換だったから……多分20万エリスぐらい?」
カズマパーティの活躍を聞き届け、凄腕の冒険者に育ててもらい来るべき魔王との戦いに役立ててもらいたい、と言っていたらしい商人。耳元まで連れて行って思い切り鳴き声を上げさせれば嫌がらせぐらいはできるだろうか。
鶏が炎魔法で焼かれて丸焼きが完成する姿を幻視しながら、愛おしく卵を撫でるアクアをなんとも言えない視線で見つめる面々。
「それで、その卵は……」
「ゼル帝って呼んであげて。神に育てられしドラゴンという高貴なこの子に相応しい名前よ」
神に育てられし高貴なる鶏とでもいうべきか。頑張れば神聖なオーラを纏ったただの鶏が爆誕するかもしれない。
ゼル帝の卵に向けてアクアが手をかざすと、柔らかな光がそれを包む。どうやら魔法で温度調整をして成長促進をしているように見える。要するに手動孵化機である。ドラゴンの卵に効果があるのかは知らないが、この卵には確かに効果抜群だろう。だって鶏の卵だから。
「ん、どこ行くんだナナミン」
「ナナミンと呼ばないでください。ぶっ飛ばしますよ。……セナさんのところに」
「あー……アクアには黙ってたほうがいいか?」
まあ、なんというか。サンタクロースを信じる子供というか、プリキュアに憧れる幼児というか、そのような雰囲気のアクアに現実を見せて夢をぶち壊すことは、どうにも憚られる。そのうち神聖なるヒヨコが爆誕した時に嫌でも現実を直視しなければならないにせよ、それは今この時でなくても良いだろう。
ただ、それとこれとは話が別。カズマパーティの幼児枠ことアクアを騙して金銭を奪い取った商人には、然るべき報いを受けさせねばなるまい。
「確実に潰します」
「お、おう」
娘のいじめを止めるため学校に乗り込む父親の如く、見てわかるレベル、鬼の形相で屋敷を出ていく七海。
その様子を尻目に孵化に専念するため冒険者活動の休止を宣言するアクアに微妙な顔を向けながら、本気で怒った親の恐ろしさを学ぶカズマであった。そのうちセクハラ問題で彼もこの状態の親に相対することになるだろう。
☆
「一応、このような儲かる案件を持ってきてくれた礼として教えておくが。鎧の娘、貴様に破滅の相が出ているぞ」
成金小僧ことカズマへの報酬を受け取るべく、ウィズ魔道具店を訪れていたカズマパーティ。と言いながらも実際ここに来ていたのはダクネスとアクア、七海のみ。肝心のカズマと、ついでにめぐみんはゼル帝の卵の面倒を見ている。
紅魔の里以降色々あったらしい彼らを微笑ましく思ったダクネスと、恋愛面が功を奏し奇行が多少収まって欲しいという願いを持った七海が、ゼル帝の卵から離れようとしないアクアの襟を引っ掴んで連れてきたわけである。
「ねえねえナナミさん、早く帰りましょ? こんなとこにいたらアンデット臭と悪魔臭が移っちゃうわよ。インチキ占い師のダメダメ予言なんて聞かなくて良いわ!」
「週5で泥酔して風呂をキャンセルする貴様よりかは体臭もマシであろう? それに、貴様ら神が下す神託とやらも嘘八百であろうに」
「何よ失礼ね、私が臭いわけ……え、ナナミさん? ダクネス?」
なんとも言えない表情でアクアから視線を逸らす二人の反応に少し目尻に涙を溜めたアクアと、高笑いするバニル。定期的に風呂キャン界隈の仲間入りを果たしていればそりゃあ女神とて多少は匂う。仕方ない。
それはさておき、破滅の相ときた。そうなれば流石にダクネスとて普段の様子を引っ込め、真面目に聞かざるを得ない。
「詳しく聞かせてもらおうか」
ブーブー文句を言うアクアを七海が適当な屋台の飯で餌付けすることにより黙らせる隙に、ダクネスはバニルに詳細を尋ねる。
曰く。そのうちダクネスの力ではなんともできない事態が訪れるであろう、と。その時が来れば全てを捨てて逃げるべきである、というような予言であった。その前に色々とダクネスが辱められたが、まあそれはどうでも良い。
「……忠告は感謝する。だが、私は逃げるわけにはいかない」
「ふむ、まあ、どのような選択を取るかは貴様の自由故。夜な夜な熱った体を持て余した貴様がどのような選択を取ろうと、我の知るところではあるまい」
「んんッ!!! そういえば、ウィズにも挨拶をしておきたいのだが。彼女はどこにいる?」
「奴は暇を持て余せば余計なことをして店の資産を削る故、飯を食う暇すら与えず24時間働かせてみればそれが上手くいってな。今も店で作業をしている」
「そ、それは流石にどうなんだ……」
ドン引きするダクネス。次に口を開こうとする七海からも、おそらく自身と同様の感想が語られるのであろうと、そう思い込んでいた彼女。
「それは良い手段を思い付きましたね」
「であろう? お得意様であれば理解してくれると思っていたぞ」
「ええ。確かに、24時間縛りつけておくというのは合理的です。ただし、それだと万が一抜け出された時の対策が──」
「む、確かに。……そうだ、こうすれば──」
肯定の言葉が出てきたことに驚く暇すらなく、ダクネスの目の前で二人による地獄に地獄を煮詰めたようなウィズの労働環境形成がどんどん進んでしまっている。
バニルも七海も、ダクネスの観察からすると特段の悪意を持っているわけではなく、純粋にウィズの対策をする必要がある、という目的意識だけで行動しているのが本当に。ウィズは過去に何をやらかしたのだ、と逆に勇気が湧いてきた。それを聞けば死んだ顔で悪行を語られるのが目に見えているので口には出さないが。
「……うん、仕方ない。これは仕方ないことなんだ」
そっと目を逸らしたダクネスは、七海の財布を持ってあらん限りの散財を尽くすアクアを止めるべく屋台のある方向に向けて歩き出した。店から聞こえるウィズの悲鳴は、誰にも聞き届けられることなく空気に溶けて消えた。南無。
この巻もなかなか難しい