第70話
「諸君、人とは会話が成り立つ生き物である。我輩と会話をしようではないか」
ダクネス関連の諸々が片付いた数日後。カズマ邸に連行されたバニルは、両側を陣取るアクアとウィズ、厳しい視線で見守るダクネスに対してそのような言葉をかけていた。
「良く良く考えたらあの騒動で一番得したのって貴方よね? 聞いたわよ、カズマさんから買い取った知的財産権を転売してとんでもない利益を出したそうじゃない」
「あ、ああ、なんということでしょうか……。お金を返そうにも、もう使ってしまった以上どうにも……」
「お、お得意様、これは不当裁判であろう! 弁護人を! ベルセルグの法に則り、然るべき弁護を要求する!」
「…………」
「何を呆けているのだお得意様よ!?」
ああ、アクアってこんな難しい言葉も使えたんだなぁ。知らぬ間に成長していたパーティの駄女神に一種の感慨を覚えている今の七海に、バニルの声は届かない。
いくらバニルとて仮初の肉体、相手がトンチキ女神とリッチーともなれば、2対1では抵抗も難しい。殺しが許可されていればまた話は変わるが、今彼女らを殺すわけにもいかない。
「……ん?いや、 少し待て貧乏店主、貴様今なんといった?」
「あ、聞いてくださいバニルさん! 私、物凄く純度の高い特大マタナイトを相場の半額で売ってもらえたんです! せっかくなので金庫にあったお金を全て使って買い込んできました!」
褒めて褒めて、とバニルに向かって笑顔を向けるウィズ。
マタナイトは純度が低い、小さいものでも数千エリスから数万エリス。ものによっては数千万にまで達し得る鉱石。それを相場の半額で買うことができたのであれば、まあ聞く限りさほどまずい話のようには思えない。
ただし、ここは初心者の街アクセル。マタナイトが入り用になるようなウィザードは滅多に現れないし、居たとしても大概金欠なので純度の高い物を買っていくわけがない。
強いていうなら紅魔族の某ぼっちだが、彼女とて別に富豪というわけではない。ウィズが仕入れたレベルのマタナイトを購入していくかと言われると、否と言わざるを得ない。
つまり、これはどういうことか。
「……アクアさん」
「待っててちょうだい七海さん、私今からこの悪魔をボッコボコに……」
「最近、クレアさんから良いシュワシュワを頂きまして。よろしければ一緒に飲もうかと思ったのですが、用事があるのでしたら」
「ちょっと何してるの七海さん! 早くグラス用意するわよ! ほら!!」
面倒なアクアは七海が連れ去った。そうなれば、バニルがするべきことは一つ。
拘束から華麗に抜け出し、必殺技の構えを取る。狙うは壊滅的な商才を持ち大量の不良在庫を作り出した貧乏店主、狙い定めていざ放つ。
「バニル式殺人光線!!」
「ぐわああああああ!!!」
「……何をしておるのだ貴様!?!? ええい、トイレの女神を呼び戻せ!!」
そこで射線に割り込んだのは我らがドM令嬢、ダクネス。前々から殺人光線を味わってみたいと考えていた彼女は、アクアが身近におり最悪死んでも蘇生可能であるという状況を確認した上で突撃を敢行した。リスクヘッジが取れるドMとはかくも厄介なものであったのか。大悪魔バニル、長き悪魔生においてまた一つ新たな学びを得た。
ふざけたネーミングではあるが、バニル式殺人光線はその名の通り殺人の光線。当たれば人は死ぬ。だがダクネスは即死しなかった。やはりこの女、人間を超越した新種族なのではなかろうか。
急遽呼び戻された不機嫌なアクアにより、魔王軍の中でバケモノとして密かに恐れられている女ことダクネスの治療は完了した。しれっと抜け出していたカズマとめぐみんを除く面々が再びリビングに集結した時、それは起こった。
「……アクアさん」
「どうしたの? ……って、あ!!」
そう、アクアが後生大事に温め続けてきた伝説のドラゴン、ゼル帝の卵がとうとう孵化の時を迎えようとしているのだ。
ピキピキと卵を突き破り、そこから姿を現したのは聖なる黄色の鳥。世間一般でいうヒヨコ。
ピヨ、と一声鳴いたヒヨコは周りをぐるりと見渡して、一人の人間を視界に収める。
「……え、ゼル帝、何してるの? 貴方の親はこっちよ?」
「…………」
「ふうむ……少し待っておれ、我輩が通訳してやろう」
そういったバニルは奇怪な姿勢をとったかと思えば、彼に向かってヒヨコがピヨピヨと数度鳴く。
ふむふむと数度頷いたバニルはアクアたちの方に向き直り、ゼル帝の言葉を伝える。
「要するに、ゼル帝とやらはお得意様のことを親だと勘違いしているらしい」
「はあ!?」
「まあこれも仕方あるまい、お得意様の溢れる父性が故である。諦めるが吉、というやつだ」
そういうバニルに飛びかかり、取っ組み合いの喧嘩を始めるアクア。オロオロと狼狽えているウィズ。七海の頭の上に登って寝始めたゼル帝。
地獄の大公爵、水の女神、リッチー、呪術師、瀕死のドM純情バツイチ令嬢。こんなキャラの濃い連中が揃う場で堂々と寝姿を晒すとは流石はゼル帝、神の寵愛を受けた聖なるヒヨコである。
その後。爆裂散歩から帰宅したカズマとめぐみんにことのあらましを説明したのち。カズマはポツリとと呟いた。
「俺さ、最近ナナミもこっち側なんじゃねえのって思う時がたまにあるんだよな」
「こっち側?」
聞き返す七海に、カズマはパーティが誇る美少女(笑)たちを順番に指差し、最後は自分にその指を向け、一言。
「こっち側」
この章も中々難産な予感がする