「俺はつい先日、この近くの城に越してきた魔王軍幹部の者だが……」
デュラハン。アンデットの中でも最上級、恨みを持って死した騎士が死後転ずるモンスターの襲来に、ギルドは冒険者に緊急招集をかける。
正直な話、魔王軍の幹部級が相手ともなれば、木端冒険者が何百人いようとものの数にすらなりはしないが、それでも居ないよりはマシ。魔剣の勇者が不在の今、なんとかアクセルの総力を結集してこの襲撃を防ぐしかない。
「お、おおお、俺の城に、爆裂魔法を毎日毎日ポンポンポンポン撃ち込む大馬鹿者はだぁぁぁれだああああ!!」
ここで顔面を蒼白にする魔法使いが一人。初心者の街アクセルにおいて、爆裂魔法などと言う奇異なものを扱える"人間"が複数いるはずもなく。当然、冒険者たちの視線は一人の少女に集約する。
「……どうしましょうカズマ、土下座したら許してくれませんかね」
「良かったじゃないかめぐみん、今お前の爆裂魔法でアイツを吹き飛ばせば名実共にアクセルの英雄、王都にまで名が轟いて世界最強の称号を得る未来もそう遠くないぞ」
「行ってきます」
「アホか行くな、マジで死ぬぞお前」
デュラハン、その名をベルディア。幾多の勇者候補を返り討ちにしてきた彼の実力は確かなものであり、間違いなくめぐみんがノコノコ出ていったところで一刀に切り伏せられて終わりである。
正直差し出される贄が知り合いでなければ保身のためにスルーしていたかもしれないカズマだが、流石に知り合いに死なれると寝覚めが悪い。
皮肉混じりに囃し立ててみたところ、本当にやる気を出してしまったロリっ娘をなんとか引き止める。
「……サトウ君。万が一の時は、後を任せます」
前に出るのは我らが大人、七海建人。ここに集まる冒険者の中で一際飛び抜けた実力を持つ彼が矢面に立ち、あわよくば討伐。それが叶わなくとも、せめて追い返すか、魔剣の勇者が到着するまでの時間稼ぎを。
バカ目隠し曰く、若人から青春を奪う権利は誰にもない。正直爆裂バカに関しては一度痛い目を見たほうがいいのでは、と考えている七海だが、流石に殺させるわけにはいかない。
で、あれば。自分がその責を負い、ベルディアと戦うのが最善策。そう思考する。
「私が爆裂魔法を撃ち込んだ張本人です」
「ダウト」
ベルディアは即座にそう返す。
「ふん、俺を騙せると思うなよ。貴様は明らかに俺側だろう。普段からバカに迷惑ばかりかけられている雰囲気を出しているぞ。……というか貴様、もしやハンスではあるまいな? 何かすっっっっっごい声が似てるんだが」
「ご冗談を。それと、私はハンスとかいう人物ではありません」
「そ、そうか。こんなに声が似ることもあるのだな……。コホン、残念だがな。俺はこの数百年間、魔王軍にて散々な扱いを受けてきた。時にパワハラ、時に地方への急な出向、時に減給とな。貴様が出す雰囲気は、仕事に疲れた俺のものとまるで同じだ」
「…………」
非常にまずい。何も言い返せない。
議論、というものが成立する前提条件として、両者がその議題に対し"これは絶対にこうである"という確信を持っていない、ということがある。この場合ベルディアは、七海が犯人でない、という確信を持っている。
さて、どうするべきか。次の手を考えているうちに、真犯人が動きを見せた。
「ッ、真犯人は貴様かァ!」
「如何にも。我が名はめぐみん。アークウィザードにして爆裂魔法を極めし者、気高き紅魔族、その中でも随一の使い手である!!」
「なんだその名前は、バカにしてんのか!?」
「な、なんて失礼な!!」
名乗りを上げるのは我らが爆裂バカ、めぐみん。
万が一があってもいいよう、即座に割り込める位置に移動し、油断なく構える七海。
「それにしても……ふははははははははは!! まんまと罠に引っかかったようですね、間抜けな魔王軍幹部よ!!」
「ほう? 罠、と。そこの男はともかくとして、ただの……いや爆裂魔法など言うキテレツな魔法を覚えている時点でただのではないが。ともかく、頭のおかしい貴様に何ができる?」
「この後に及んで私を侮辱するとは、今すぐにでもこの世から消え失せたいと見受けられます! いいでしょう!!」
紅魔族に備わる紅い瞳がキラリと光り、めぐみんは手に持つ杖を天高く掲げる。
油断なく構えるベルディアを見据え、言葉を紡ぐ。
「やっちゃってくださいアクア!! 女神パワー的な何かでそこな下賤なるアンデットを消し飛ばしてください!!」
「貴様は結局逃げてるだけじゃないか!?」
「貴方如きに私の爆裂魔法を使うのは無駄が過ぎると言う物。肉片一つ残らずこの世から消え去るよりは、せめてプリーストの慈悲によって天へ還ることを許そう、と言う私の気遣いが理解できないのですね」
「直撃してるわ何回も!! 俺はともかく何回部下のアンデットたちが吹き飛ばされたことか!! マジでお前そのうち殺アンデット罪で訴えられるぞ!?」
「いや、アンデットは元から死んでるだろ」
「…………うるさいぞそこの貴様ァ! アンデットにだって人権はあるんだ!! アンデット差別に俺は断固として反対する!!」
色々とよくわからない事態に混乱する冒険者たちの中で、唯一やる気を見せて勇足で前に出る女が一人。そう、我らが駄女神様のことアクアである。
この世界に来てからというもの、糞臭い馬小屋での寝泊まりやカエルの粘液が身体中に付着する、挙げ句の果てに後輩女神であるエリスの信者から施しを受けるなど、彼女のプライドはズタボロ。
汚名返上の機会が訪れ、大々的に己の名がコールされたのだ。もはや、アクアが前に出ない理由はどこにもない。
「この水の女神であるアクアがいる街に来たのが運の尽きね! とびっきりの神聖魔法で消し去ってあげるわ! 覚悟しなさい!」
「……アクシズ教の神を名乗るのはやめておいた方がいいと思うぞ、本当に。何か辛いことがあってトチ狂ったのかもしれないが、俺もこうして辛い時代を乗り越え、今があるのだ。そう自棄にはなるな」
「ぬあぁんですってぇえ!?」
本気で心配しているトーンで話すベルディアにブチ切れるアクア。それを他所に、咳払いをして仕切り直したつもりのベルディアは話を続ける。
「それに、何も俺はここに戦いに来たわけではない。そこの頭のおかしい爆裂狂に注意しに来ただけだ。……だが、そうだな。ふうむ。このままでは、奴はまた何も悪びれずに毎日俺の城に爆裂魔法を撃ち込みにくることだろう」
「ッ、めぐみんさん、後ろへ!!」
ベルディアが翳す手からめぐみんを守るように、自らの後ろへと下げさせる七海。
ちょうどその動作が完了したぐらいの頃、ベルディアは詠唱を開始する。
「汝に死の宣告を! 貴様は一週間後に死ぬだろう!!」
直後、七海───ではなく、なぜか割り込んできたダクネスの胸が妖しく光り、蹲る。
恐らく何かしらの攻撃を受けたのだろうことはわかるが、その種類を判別できる知識を持った人間はこの場に存在しない。
「ふむ。本当は小娘に当てるつもりだったが、まぁ仲間思いな貴様らにとってはこちらの方が効果的か。よく聞くがいい、今そこの騎士が受けたのは死の宣告! 断言しよう、そこの騎士は一週間後、確実に死ぬ! 他ならぬ貴様のせいでな!」
歯噛みするめぐみんを他所に、七海は思考する。一瞬このままくたばらせた方が世のため人のためでは、との考えも過ったが、それをすぐに振り払う。
解除条件がわからない以上、今すぐベルディアを仕留めにかかるのは悪手。かと言って、このまま何もしないわけにもいかない。
が。この手の強制イベントでは、大概の場合敵側から解除条件が明かされる。まさか現実にそれが適用されるとは、あのカズマアイを以てすら見抜けなかったことだろう。
「そこの魔法使いよ。死の宣告を解きたければ、あの廃城まで来るがいい。数多のアンデットを打ち倒し見事俺の元まで辿り着いて見せたのならば、宣告を解いてやろう」
「……信用できませんね。貴方にそれをするメリットがない」
「これでも生前は騎士だった身。この魂に誓い、違えることはないと約束しよう」
「…………」
信じるしかない。顔を顰めつつも、そう思考する七海。彼に、そしてベルディアに誤算があったとするのならば、それは死の宣告を受けた張本人が、死という生物としての終わりを迎えそうになってなお興奮する超級の変態だったことだろう。
ベルディアが振り返り、緊張感を保ったまま立ち去ろうとした、その時。ダクネスが、重い鎧を着ているとは思えないほどの速度でベルディアに迫る。
「つ、つまり、貴様はこう言いたいのだな!? 命が惜しくばその無駄に豊満な身体を俺に差し出せ、と! 部下のアンデット達と共に私のことを襲うのだろう!? あぁ、なんて屈辱なんだ! だが騎士として、この命をここで散らすわけには……! 断腸の思いだが、断るわけにはいかない!! …‥というわけで皆、ちょっと行ってくりゅうううう!!!!!!!!」
「うおおぉ!? バケモノか貴様!?」
「お前に言われたくはない!」
「それは確かにそうなんだが! そうなんだが、果てしなく納得がいかん!!」
鎧に縋り付くダクネスを物凄く鬱陶しげな視線で見るベルディア。その様子はさながら、服に引っ付いたカメムシを払うときの人間の姿と言っていいだろう。早く離れてほしい、だが、手で直接触るのはすごく抵抗がある。
自分がどのような扱いを受けているのかを察したダクネスは余計にその頬を紅潮させ、持てる全ての力を発揮してベルディアに縋り付く。
「さっさと離れろ貴様……なんでそんなに力が強いんだ!? 爆裂狂といいなんか強そうなそこの男といい貴様といい、ここは初心者の街だろう!?」
「知っているかベルディア! 人間は、どうしてもやらなければならない時、その持てる力を全て解放して尚余りある力を発揮するのだ!!」
「絶対今じゃないだろその時!! ええい、離れろ!」
全力の振り払いには流石のダクネスも耐えきれず、打ち捨てられる形で地面を転がる。
新調したばかりの金属製の鎧に幾つかの傷を付けて尚、彼女の頬は紅潮したまま。バケモノとしか言いようがない。
「と、とにかく!! 一週間以内に城に居る俺の元に来ることが出来れば死の宣告は解いてやろう! ではさらばだ!!」
馬に乗り、背を向けて街から離れるベルディア。その背中から魔王軍幹部の威厳は既に失われており、漂うのは仕事帰りのアラフォーサラリーマンのような哀愁のみ。一部アクセル住民の中には最早彼に同情の念を送る人物までいる。
「サトウ君。私は準備をして廃城に向かいます。君はこの街で待機を」
「死なせたほうが世のため人のためな気がしてきたんだが」
「……………ノーコメントです。が、理不尽な形で奪われる命は、少ないに越したことはありませんから」
「……七海」
我に返り悲壮感を漂わせて黙りこくるめぐみんを他所にそんな会話をするカズマと七海。
ダクネスという仲間……仲間……同僚……知り合いが死の宣告を受けた。その現実を認識した冒険者達が多少なりとも、ほんの少しフレーバー的に重い空気を漂わせる中、動き始める女が一人。
「セイクリッド・ブレイクスペル!」
「……へ?」
「女神たるこの私にかかれば、アイツなんかの呪いなんて一撃よ一撃!! ふふーん、私を褒め称えなさい!!」
「…………………………」
「な、ナナミ? どこへ行くんだ?」
「部屋に戻って寝ます」
「お、おう」
冒険者たちがあげる歓声を他所に、そうカズマに告げ宿へ向かう七海。奇しくも、フラフラと立ち去る七海の背中はベルディアのそれと酷似したものであったという。
普段推敲とかほぼしないので、誤字報告には助けられてます。ありがとうございます。